小松法律事務所

不貞行為相手方の不貞配偶者に対する求償請求を否認した地裁判決紹介


○「不貞行為損害賠償請求事件での不貞配偶者と不貞相手の負担割合判決紹介」の続きで、ここで紹介した判決の一つを紹介します。

○Y2と婚姻したXが、Y2とY1は肉体関係を有し、継続していたのであり、Y1は係る不貞行為により、XとY2との夫婦関係を破綻させ、Xに多大な精神的苦痛を与え、Xは現在まで心療内科に通院加療中であるとして、Y1に対し、不法行為に基づき慰謝料300万円を請求しました(甲事件)

○Y2は、Y1がY2に対し、Y2は職務上の地位を利用して、当時部下であったY1を執ように誘惑して肉体関係を有するに至り、それがXに発覚して不貞関係の継続が困難になるや、Y2を退職に追い込もうとしたとして、不法行為に基づき慰謝料100万円とXから請求されている300万円の事前求償として300万円の計400万円を請求しました(乙事件)。

○これに対し、Y1に対して200万円の賠償義務を認め、Y1のY2に対する請求は全て棄却した平成22年2月9日東京地裁判決(ウエストロージャパン)全文を紹介します。認容慰謝料額といい、求償請求否認といい、Y2にとっては、踏んだり蹴ったりとも言える、苛酷な判決です。

********************************************

主   文
1 被告Y1は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成20年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 被告Y1の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,次のとおりとする。
(1) 原告に生じた費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告Y1の負担とする。
(2) 被告Y1に生じた費用は,これを6分し,その1を原告の負担とし,その余を被告Y1の負担とする。
(3) 被告Y2に生じた費用は,被告Y1の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 甲事件について

 被告Y1は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成20年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 乙事件について
 被告Y2は,被告Y1に対し,400万円及びこれに対する平成21年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 甲事件における当事者の主張
1 請求原因

(1) 原告は,平成9年12月24日,被告Y2と婚姻した。

(2) 被告Y1は,平成20年3月ころ,被告Y2と一緒に食事をして以来,次第に親密な関係となり,同年4月下旬には肉体関係を有するに至った。その後も,被告Y1は,被告Y2と宿泊旅行するなどし,被告Y2との不貞関係を同年8月下旬ころまで継続した。

(3) 被告Y1は,上記不貞関係により,原告と被告Y2との夫婦関係を破綻させ,原告に対し多大な精神的苦痛を与えたが,そのため原告は平成20年9月から現在まで心療内科に通院加療中であって,これを慰謝するには少なくとも300万円が相当である。

(4) よって,原告は,被告Y1に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,300万円及びこれに対する甲事件訴状送達日の翌日(平成20年10月25日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)(2)は認める。
(2) 請求原因(3)は否認又は争う。

3 被告Y1の主張
 被告Y1は,下記事情により,本件で損害賠償責任を負うことはない。
(1) 本件不貞関係は,被告Y2が繰り返した誘惑によって生じたものであり,職場で身分上弱い立場にあった被告Y1としては,上司であった被告Y2の誘いを断り切れずに応じたものであるから,本件不貞関係が生じた責任の主要部分は被告Y2が負うべきである。

(2) また,本件不貞関係が原因となって原告と被告Y2の夫婦関係が破綻しているのであればともかく,破綻していないことを考えると,被告Y1が原告に対し損害を賠償するのは筋違いである。仮に本件不貞関係が被告Y1と被告Y2による原告に対する共同不法行為に当たるとしても,原告と被告Y2は現在も世帯を共にする経済共同体であって,原告が被告Y2に対し損害賠償を請求していないことを考慮すると,被告Y1が原告に対し損害を賠償することは被告Y2にとって利得となり,その結果は不当というべきである。

4 被告Y1の主張に対する認否
(1) 被告Y1の主張(1)は否認又は争う。被告Y1は,被告Y2と肉体関係を結ぶことに積極的であったものであり,弱い立場にあったため被告Y2の誘いを断り切れず応じたものではない。

(2) 被告Y1の主張(2)は否認又は争う。原告と被告Y2が経済共同体を構成しているとしても,そのことと被告Y1の不法行為による原告の損害とは何ら関係ないのであって,被告Y1の主張は不当である。

第3 乙事件における当事者の主張
1 請求原因

(1) 被告Y1は,平成18年7月ころから,株式会社a(以下「訴外会社」という。)において,派遣社員(受付係)として稼働していた者である。

(2) 被告Y2は,訴外会社の総務リーダーの職にあって,被告Y1の直接の上司であった者であり,被告Y1の雇用継続につき決定的な権限を有していた。

(3) 被告Y2は,平成20年3月ころから被告Y1をしばしば食事に誘うようになり,やがて肉体関係も求めるようになった。被告Y1は,当初,肉体関係については断っていたが,被告Y2から何度も執拗に求められた末,同年4月下旬ころ被告Y2と肉体関係を有するに至り,被告Y2との不貞関係を同年8月下旬ころまで継続した。

(4) 被告Y2は,同年8月31日,被告Y1に対し,突然別れ話を切り出すとともに,訴外会社を退職するように求めたが,被告Y1が退職の求めを拒否すると,被告Y1の両親や夫に対し,被告Y1との関係を記載した内容証明郵便を送付するなどと言って脅迫した。

(5) 被告Y2の上記(3)(4)の行為は,職務上の地位を利用して,当時部下であった被告Y1を執拗に誘惑して肉体関係を有するに至り,それが原告に発覚して不貞関係の継続が困難になるや,被告Y1を退職に追い込もうとしたものであるから,不法行為を構成する。
 上記不法行為により被告Y1が被った精神的苦痛を慰謝するには,少なくとも100万円が相当である。

(6) 被告Y1は,原告から甲事件を提起され,300万円の損害賠償を求められているが,上記第2の3の事情に照らすと,原告に対する損害賠償を命じられた場合には,共同不法行為者であって,主たる責任を負う被告Y2に対し求償することができる。

(7) よって,被告Y1は,被告Y2に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき100万円の支払を,求償権に基づき300万円の支払をそれぞれ求めるとともに,合計400万円に対する乙事件訴状送達日の翌日(平成21年2月28日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)は認める。
(2) 請求原因(2)のうち,被告Y2が訴外会社の総務リーダーの職にあったことは認め,その余は否認する。
(3) 請求原因(3)のうち,被告Y2が執拗に肉体関係を求めていたことは否認し,その余は認める。被告Y1は,被告Y2と不貞関係に至ることを希望していたのであり,被告Y2が執拗に肉体関係を求めたものではない。
(4) 請求原因(4)のうち,被告Y2が別れ話を切り出したことは認め,その余は否認する。
(5) 請求原因(5)(6)は否認又は争う。

第4 当裁判所の判断
1 甲事件の請求原因(1)(2)について

 甲事件の請求原因(1)(2)は当事者間に争いがない。

2 甲事件の請求原因(3)及び被告の主張について
(1) 証拠(甲43,乙4の1,8,丙6,原告本人,被告Y1本人及び被告Y2本人)及び弁論の全趣旨によれば,次のような事情が認められる。
ア 被告Y2は,被告Y1から,バレンタインデーのチョコレートを受け取った後,被告Y1を食事に誘い,平成20年3月19日に食事をする約束をしたが,突発の業務が生じ約束の時間に間に合わなかったため,同月25日に食事をする約束を再度交わし,被告Y2と被告Y1は同日一緒に食事をした。

 この当時,被告Y2は,訴外会社の総務リーダーの職にあったものの,同年3月下旬には,同年5月1日付けで他社へ出向することが決まっていた一方で,被告Y1は,この当時から後記ケの時点まで,訴外会社で受付係として稼働していた。

イ 被告Y2と被告Y1は,上記アの食事の際,お互いのメールアドレスを交換し,同年3月末ころには一緒に千鳥ヶ淵の花見に行き,被告Y2が他社へ出向する直前の同年4月下旬には,被告Y1が勤務する受付の前で記念撮影をしたが,その際の被告Y1は,被告Y2の腕を取って寄り添う形で写真(甲41,丙1)に収まっている。

ウ 被告Y1は,甲事件の請求原因(2)のとおり,同年4月26日ころ,被告Y2と肉体関係を有するに至ったが,その直後,また被告Y2に会いたいとの趣旨のメールを送信し,これに対し,被告Y2は「ありがとう。俺もいつでも逢いたいよ。本当に夢の中にいるようです。ずっと醒まさないでおこう。お休みなさい。」と返信した(乙4の2の12番)。

エ 被告Y2が他社へ出向した同年5月以降,被告Y2と被告Y1は親密度を深めていき(甲3ないし30,乙4の2),被告Y2は,将来的には原告と別れて被告Y1と結婚したいとまで考えるようになって,その旨を被告Y1に対し告げたが,被告Y1もそのような被告Y2の申出を嬉しく感じていた。そして,被告Y2と被告Y1は,同月31日から同年6月1日にかけて,会津若松に宿泊旅行した。

オ 同年6月7日,被告Y2の不貞を知った原告がひどく精神的に動揺したため,翌8日,被告Y2は,原告に対し,被告Y1とは別れる旨告げたものの,原告はそれを聞いても半信半疑で不安な日々を送ることになった。

カ 被告Y2は,原告に不貞関係を知られた後も,被告Y1との不貞関係を積極的に解消しようとせず,被告Y1との間で頻繁にメール交換していた(乙4の2)が,被告Y1も,被告Y2の個人携帯電話宛てに,原告が閲覧できることを知りながらメールを送信していた(甲32,36,44,45)ばかりか,被告Y2の出向先に備付けのパソコン宛てに,被告Y2の実家の最寄り駅を撮った写真を添付したメールを送り,今度は被告Y2と一緒に行きたい旨のメッセージを添えていた(甲42,丙5)。しかも,被告Y1は,被告Y2に対し「Y2クンと私の夢は2人で叶えるもの!Y2クンと私の未来は2人で創るもの!!同じ気持ちでいてくれたら,とてもうれしいです。」「いつも一緒に笑って居られますように。一緒に幸せになれますように。」などと記載された同年7月7日付けの手紙(甲38,丙2)を,「また花火にも行きたいし,他にも遊びに行きたいトコロがいっぱいだよ♪」「毎日の1コ1コのhappyの積み重ねが明日の,未来のhappyになると私は思ってます。」「『最高の幸せ』に向かって,お互い1歩1歩がんばろうねdocument image」などと記載された同月下旬ころ作成の手紙(甲39,丙3)を,「いずれは私があなたにとっての『世界にひとつだけの花』になる予定です。」「お仕事が落ち着いたら,デイトしようね!いっぱい!!」などと記載された同月下旬ころ作成の手紙(甲40,丙4)をそれぞれ渡すなど,被告Y2との関係継続に前向きな意向を示していた。

キ 被告Y2は,同年8月31日,被告Y1に対し,不貞関係を清算したい旨伝え,被告Y1も,「了解です。私は本当のことが知りたいだけです。同じ別れるにしても,嫌な思い出にはしたくない。楽しかったから。」とメールで返信する(甲31)など,被告Y2の上記申し出を了承した。
 その際,被告Y2は,被告Y1に対し,両名が同じ職場で働くことを望んでいないという原告の心情を伝えて,訴外会社を退職できないかと申し出たところ,被告Y1は,これに反発し,被告Y2が先に辞めるべきであるなどと発言した。

ク 原告は,上記オのとおり,本件不貞関係を知って精神的に不安定となっていたが,同年8月28日から被告Y2と別居を始め,同年9月初旬から心療内科に通院して投薬治療を受けることになった(甲37)。もっとも,原告は,稼動できるような健康状態ではなく,被告Y2から経済的に自立して生活することが困難であったため,同年12月中旬には自宅に戻り被告Y2との同居を再開した。しかし,原告は,被告Y1との関係を継続していた被告Y2をもう一度信じることができなくなったため,被告Y2との間で夫婦らしい会話はなく,食事も別にとるなど,被告Y2とは家庭内別居の状態にあって,婚姻関係が修復する具体的な見込みはなく破綻に瀕している。原告は,現在でも心療内科への通院及び投薬治療を継続している。

ケ 被告Y1は,平成21年5月31日付けで訴外会社を退職した(被告Y1・29頁)。

(2) 上記(1)の事情によれば,被告Y2と被告Y1とは,親密な関係を構築し始めた当初,同じ職場での上下関係があったものの,被告Y2の出向直前に不貞関係に至り,さらにそれを継続した経過をみる限り,お互いの自由意思で関係を深めたものと認められる。
 これに対し,被告Y1は,被告Y2が職務上の地位を利用して関係を強要したなどと主張するが,被告Y2は,被告Y1との不貞関係を始めた当時,総務部リーダーにすぎず,訴外会社による被告Y1の雇用継続につき決定権限を有していない(丙7の1,2,丙8)上,他社への出向を控えていた身分にあったばかりか,被告Y1自身も,被告Y2から上記権限を仄めかされたことはない旨供述している(被告Y1・34頁)。したがって,被告Y1の上記主張には理由がない。

 そうすると,被告Y1は,その自由意思に基づき本件不貞関係に及んだものとして,被告Y2との共同不法行為が成立し,これにより原告の婚姻共同生活の平和維持という権利又は法的利益を侵害し,現時点では原告の婚姻関係を破綻に瀕した状態に陥らせたのであるから,原告に対し,本件不貞行為による精神的損害を賠償する責任を負うものというべきである。

 そして,上記(1)に顕れた事情を考慮すると,原告の慰謝料として300万円が相当であるところ,被告Y1と被告Y2の各損害賠償債務はいわゆる不真正連帯債務の関係になるが,婚姻共同生活の平和は第一次的には配偶者相互の守操義務,協力義務によって維持されるものであって,不貞行為又は婚姻破綻の主たる責任は不貞行為を働いた配偶者にあり,その不貞行為の相手方の責任は副次的なものにとどまると解される。

しかも,本件では,不真正連帯債務の関係にあって主たる責任を負う被告Y2が,原告から慰謝料請求を受けていないにもかかわらず,副次的な責任しか負わない被告Y1が高額な慰謝料債務を負担するのは公平とはいえない。これらの事情を考慮すると,被告Y1は,慰謝料300万円のうち200万円の限度で被告Y2と連帯して賠償責任を負い,残余は主たる責任を負う被告Y2の個人的賠償責任に属すると解するのが相当である。

 以上より,被告Y1の主張は,その賠償責任を一部減縮させる限度で理由があるものと認め,被告Y1は,原告に対し,慰謝料200万円及びその遅延損害金を賠償する責任を負うものと解するのが相当である。

(3) そして,原告が申し立てた附帯請求の起算日は,甲事件訴状送達日の翌日(平成20年10月25日)であって,被告Y1による不法行為の開始日以降の日であることは明らかであるから,上記200万円に対する平成20年10月25日以降の遅延損害金の発生が認められる。

3 乙事件の請求原因
(1) 上記2(1)の事情及び同(2)の検討結果によれば,乙事件の請求原因(5)の被告Y2の不法行為を認めることはできず,他にこれを認めるに足りない証拠はない。

(2) 共同不法行為者は,被害者に対し損害を賠償した場合には,他の共同不法行為者に対し,その負担部分に応じて求償できるが,事前求償できるものとは解されていないことから,乙事件の請求原因(6)には理由がない。

4 結論
 よって,原告の甲事件の請求は,慰謝料200万円及びこれに対する不法行為以後の日である平成20年10月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却する一方で,被告Y1の乙事件の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。(裁判官 上拂大作)