小松法律事務所

不貞第三者慰謝料支払を理由に妻へ慰謝料請求を棄却した地裁判決紹介


○「不貞第三者慰謝料支払を理由に夫へ慰謝料請求を棄却した地裁判決紹介」の続きで、今回は、婚姻中に元妻が不貞行為を行い、その不貞行為相手方男性が、元夫に対し慰謝料150万円を支払っていたのに、離婚後に、元夫が元妻に対し、慰謝料300万円を求めて提訴し、不貞行為第三者慰謝料支払を理由に請求を棄却した令和3年8月27日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。

○元夫婦は、平成17年9月に結婚し、平成24年までに4人の子供をもうけましたが、元妻が平成30年6月から9月ころまでの間にGと不貞行為をし、同年9月元妻が家を出て別居し、同年12月に協議離婚しました。その間、元夫はGに慰謝料請求をして同年11月に元夫に対し150万円を支払う旨の合意をして同年12月に慰謝料150万円を支払っていました。

○元夫は、不貞行為第三者から150万円の慰謝料支払を受けていながら、それでも足りないとして元妻に300万円の支払を求めましたが、東京地裁判決は、元妻のGとの不貞行為以前になされた前回不貞行為及びその発覚後の経過に照らせば,本件不貞行為の時点で,原告と被告の婚姻関係は相当程度悪化しており、本件における一切の事情を考慮し,本件不貞行為による原告の慰謝料として150万円が相当で、それがGから支払済みであるとして元夫の請求を棄却しました。

○「ニューヨーク州のN.Y.Civil Rights ACT80a全文紹介-和訳文例紹介」記載の通り、米国ニューヨーク州初め多くの州では、「婚姻関係を妨害する不法行為や、不貞行為、性的誘惑、婚姻契約不履行による損害を金銭で回復するための法的権利は廃止」されており、欧州の多くの国も同様と思われます。日本もそうなれば、夫婦関係を巡る不毛な争いはなくなりますが、弁護士の飯のタネが減るところが辛いところです(^^;)。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成30年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,その妻であった被告に対し,婚姻期間中に他の男性と不貞行為をしたと主張して,不法行為に基づく損害賠償の一部として,請求欄記載の金員の支払いを求める事案である。
 被告は,不貞行為の事実を認めた上で,原告との婚姻関係はすでに破たんしていたから損害賠償責任はない,原告との清算合意又は第三者による損害賠償金の支払いによって損害賠償請求権は消滅しているなどと主張して争っている。

1 前提事実(項目の末尾に証拠番号等を掲記したほか,当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア 原告と被告は,平成17年9月22日に婚姻し,C(平成18年○月○日生),D(平成21年○月○日生),E(平成21年○月○日生)及びF(平成24年○月○○日生)の4人の子をもうけたが,平成30年12月15日,協議離婚した。
イ 原告と被告は,上記子らとともに,平成30年9月7日まで同居していた。

(2)被告による不貞行為
 被告は,原告と婚姻していた平成30年6月10日ころから同年9月ころまでの間,G(以下「G」という。)と肉体関係を持った(以上,「本件不貞行為」という。)。

(3)原告と被告の別居等
 原告は,平成30年9月ころ,本件不貞行為の事実を把握し,被告は,同月7日,家を出て,原告らと別居した。

(4)原告とGの合意
 Gは,平成30年11月26日付で,原告との間で,本件不貞行為に係る損害賠償として,Gが原告に対して150万円を支払う旨の合意をし(乙1。以下「本件合意」という。),これに基づき,令和2年12月25日までに,原告に対し,150万円を支払った(以下「本件支払」という。)。

2 争点及びこれに対する当事者の主張
(1)本件不貞行為の当時,原告と被告の婚姻関係が破たんしていたか。
(被告の主張)
 被告は,平成28年1月ころから3月ころ,Gとは別の男性と不貞をした(以下「前回不貞行為」という。)。原告はこれを宥恕したものの,原告のモラルハラスメントに該当する言動等により夫婦関係は悪化しており,本件不貞行為の時点で,原告と被告の愛情は完全に冷めており,子供たちのために同居していただけであった。

(原告の主張)
 原告は,前回不貞行為後,被告との離婚を考えたものの,子供のことも考え,被告と話合い,婚姻関係を継続することとしたものであって,前回不貞行為を宥恕したものではない。
 原告と被告の婚姻関係が破たんしたのは,本件不貞行為が発覚したことによるものであり,本件不貞行為の時点では婚姻関係が破たんしていた事実はない。

(2)原告と被告が,離婚の際,本件不貞行為に関するものを含め,相互に金銭請求しない旨の合意をしたか。
(被告の主張)
 原告と被告は,協議離婚の際,離婚条件について争うこともなく円満に離婚したものであり,本件不貞行為に基づくものを含め,相互に金銭請求しない旨の黙示的合意をした。

(原告の主張)
 原告と被告が,離婚条件について争うことなく協議離婚したことは認めるが,相互に金銭請求しない旨の合意をした事実はない。

(3)本件不貞行為に基づく損害賠償請求権が,本件支払によって消滅したか。
(原告の主張)
ア 被告が前回不貞行為後,再度原告を裏切って本件不貞行為に及んだこと,本件不貞行為の発覚後,謝罪していないこと,原告と被告が離婚に至ったこと等からすれば,本件不貞行為についての慰謝料の額は300万円を下らない。また,弁護士費用相当額の損害は,27万5000円である。

イ 本件支払はGの不貞慰謝料についての和解金の支払いであり,被告を免責するものではない。また,本件不貞行為によって原告と被告は離婚に至っているところ,婚姻当事者であった被告が負担する慰謝料債務は,Gが負担する慰謝料債務よりも多額となってしかるべきである。

(被告の主張)
 本件不貞行為による慰謝料は,150万円を超えることはない。よって,共同不法行為者であるGによる本件支払によって,本件不貞行為による被告の慰謝料債務はその全部が消滅している。

第3 争点に対する判断等
1 争点(1)(本件不貞行為の当時,原告と被告の婚姻関係が破たんしていたか。)について

(1)前提事実のほか,証拠(甲6,乙10,原告本人)によれば,原告と被告は,前回不貞行為が原告に発覚した後に話合いを行い,その結果,子供たちのことも考えて,それまでと同様に同居して生活することにし,平成30年9月7日に別居するまで子供らを含めて同居生活をしていたこと,その際,原告が,被告に対し,前回不貞行為を宥恕する旨の発言等をしなかったこと,原告が,同月6日に本件不貞行為を知り,婚姻の継続は不可能であると判断したこと,前回不貞行為の後から別居するまでの間,原告と被告が喧嘩をし,その際,被告が負傷したことはあったが,離婚について真摯な話合いがされた事実はなかったことがそれぞれ認められる。

(2)以上の事実に照らせば,本件不貞行為が原告に発覚するまでは,原告と被告の双方において,子供らのことも含めて考えた上で,婚姻生活を継続する意思があったというべきであって,本件不貞行為の時点で原告と被告との関係が破たんしており,およそ修復が不可能であったとまで認めるのは困難である。
 これと異なる被告の主張は,上記に照らして採用できない。

2 争点(3)(本件不貞行為に基づく損害賠償請求権が,本件支払によって消滅したか。)について
(1)本件不貞行為の期間のほか,本件不貞行為までの原告と被告との婚姻期間及び両名の間に4人の未成熟子がいること,本件不貞行為について,被告が原告に対し謝罪等をしていないこと,原告と被告の婚姻関係が本件不貞行為によって破たんし,離婚に至ったことが認められるが,他方で,上記1で認定した,前回不貞行為及びその発覚後の経過に照らせば,本件不貞行為の時点で,原告と被告の婚姻関係は相当程度悪化していたと認められる。以上のほか,本件における一切の事情を考慮し,本件不貞行為による原告の慰謝料として150万円を相当と認める。
 これと異なる当事者の主張は,上記に照らして採用できない。

(2)そして,本件合意は,Gが,原告に対し,本件不貞行為につき損害賠償債務として150万円を認め,令和3年5月までにこれを支払うとするほか,本件合意で定めるものを除いて何らの債権債務がないことを相互に確認する内容である(乙1)。これに照らせば,本件合意は,Gが上記150万円を支払うことで,原告とGとの紛争の全部を解決する趣旨と解されるから,本件合意において,少なくとも黙示的に,Gの支払いを損害発生時点の元本に充当する旨の合意があったと認めるのが相当である。
 そうすると,原告の被告に対する本件不貞行為に係る損害賠償請求権は,Gの本件支払によって,その全額が填補されたと認めるのが相当である。

 原告は,本件支払はGの不貞慰謝料についての和解金の支払いであり,被告を免責するものではないと主張するが,本件支払が本件不貞行為に基づく原告の損害に対する賠償として行われた以上,原告の被告に対する本件不貞行為に基づく損害賠償請求権は本件支払の限度で填補されるというべきであって,原告の上記主張は採用できない。

 また、原告は,本件不貞行為によって原告と被告は離婚に至っているところ,被告が負担する慰謝料債務は,Gが負担する慰謝料債務よりも多額となってしかるべきとも主張するが,本件不貞行為に係る慰謝料相当額が150万円であることは上記(1)のとおりであって,本件合意の内容如何によってこれが左右されるものではないから,原告の上記主張も採用できない。 

(3)また,弁護士費用相当額の損害は,他に未填補の損害があることを前提とするところ,上記(2)に照らしてその前提を欠くというべきであるから,弁護士費用相当額の損害を認めることはできない。

(4)上記のとおり,原告が主張する損害のうち慰謝料相当額の損害は本件支払によって全額が填補され,弁護士費用相当額の損害は認められないから,原告が主張する損害を認めることはできない。

3 以上からすれば,争点(2)(原告と被告が,離婚の際,本件不貞行為に関するものを含め,相互に金銭請求しない旨の合意をしたか。)について判断するまでもなく,原告の請求には理由がない。
 よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第31部裁判官 俣木泰治