小松法律事務所

不貞第三者慰謝料支払を理由に夫へ慰謝料請求を棄却した地裁判決紹介


○不貞行為慰謝料請求は、不貞行為第三者に対して行うのが普通で、離婚しない場合は、不貞行為を行った配偶者に対する請求は訴訟になった判決まで至ったものは余りありません。

○妻原告が、夫被告に対し、C女との不貞関係を継続したことで、先ず、C女に慰謝料請求訴訟を提起して和解金130万円を受領し、その後、慰謝料相当額は500万円であり、130万円を控除した370万円に弁護士費用50万円を加えた合計420万円の損害賠償請求を被告夫に対し、提起しました。

○これに対し、被告夫は、C女との不貞行為について、原告に対して共同不法行為責任を負い、その損害賠償債務はCと不真正連帯の関係にあるところ、原告はCから裁判上の和解に基づき不貞行為に関する慰謝料を受領し、被告の損害賠償債務は既に弁済により消滅しているとして、原告妻の請求を棄却した令和4年4月20日東京地裁判決(LEX/DB)を紹介します。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,420万円及びこれに対する平成21年8月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,妻である原告が,夫である被告において,遅くとも平成21年8月6日頃からC(以下「C」という。)との不貞関係を継続したことにより,精神的苦痛を被ったと主張して,被告に対し,不法行為に基づき,慰謝料等の損害賠償金420万円及びこれに対する同日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提事実(認定に用いた証拠は括弧内に示した。)

(1)原告と被告は,平成16年11月3日に婚姻し,現在も婚姻関係は継続している。また,原告と被告との間には,2人の子(長女・二女)がいる。

(2)原告と被告とは,平成30年11月26日以降,別居状態にある。

(3)原告は、令和元年,Cに対し,被告との不貞を理由に東京地方裁判所に損害賠償請求訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起した。別件訴訟において,原告は,令和2年12月15日,Cとの間で,Cが平成25年9月29日以降,被告と不貞関係にあったことを認めて原告に謝罪するとともに,原告に対し慰謝料130万円の支払を約束することなどを内容とする裁判上の和解をした。その後,原告は,Cから上記130万円の支払を受けた。(甲2,弁論の全趣旨)

2 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)被告の原告に対する不法行為責任の有無
(原告の主張)
ア 被告は,遅くとも平成21年8月6日頃から長期にわたり,Cとの不貞関係を継続した。そのことは,同日頃に,被告とCが被告の誕生日を祝うために2人で食事に出かけ,このときCが被告を苗字ではなく,名前で呼んでいること,その後も,平成24年前頃から平成30年頃にかけて,被告とCが海外(タイ,台湾),熱海,伊豆,金沢,仙台等に旅行に出かけたり,被告の誕生日を祝うために2人で食事に出かけたりしていることなどから明らかである。また,被告は,同年4月22日,Cとラブホテルに赴いて,不貞行為に及んだ。 
イ 原告と被告との婚姻関係が平成25年頃には破綻していた旨の被告の主張は否認する。

(被告の主張)
ア 被告が原告に対して不法行為責任を負う旨の原告の主張は争う。

イ 原告と被告との婚姻関係は,平成20年頃から悪化し始めた。被告は,平成21年頃にCと知り合ったものの,当初は,単なる知人・友人としての関係にすぎず,交際に発展したのは平成25年頃であり,その頃には,原告と被告との婚姻関係は破綻状態に陥っていた。また,平成29年4月頃には,原告と被告とが大喧嘩になり,その際,長女の中学校受験が終わるまでは形式的に婚姻関係を続けるが受験が終わったら離婚することで互いに合意していた。

(2)損害論(遅延損害金の起算点についても含む。)
(原告の主張)
ア 原告と被告とが婚姻してから別居に至るまで約14年間であること,原告と被告との間に15歳及び12歳の子がいること,被告とCの不貞関係は平成25年9月を起点としても現在までに9年以上継続し,原告が把握しているだけでも平成30年までに9回の宿泊を伴う旅行をCとしていること,被告が不貞発覚後も責任逃れの態度に終始していること,原告と被告との婚姻関係が,同年10月頃の不貞関係の発覚を機に急激に悪化し,別居に至り,その後も被告がCとの関係を継続し,原告との関係修復を拒否しているため,原告と被告との婚姻関係が現段階では破綻していること,妻帯者である被告が独身者であるCと比べて重い不法行為責任を負うべきであることなどといった事情に鑑みれば,被告の不法行為により,原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額は500万円を下回らないというべきである。また,弁護士費用相当額の損害は50万円が相当である。したがって,上記の合計額(550万円)から原告が別件訴訟での和解に基づきCから受領した130万円を控除した420万円が損害額となる。

イ 遅延損害金の起算点は,不貞行為の開始時期とするのが相当であるから,平成21年8月6日又は遅くとも被告がCとタイ旅行において不貞行為に及んだ平成25年9月29日とすべきである。

(被告の主張)
ア 原告の主張アは否認又は争う。原告が慰謝料算定の事情として挙げているものはそもそもそのような事実関係が認められないか,慰謝料を増額する方向に作用するものとはいえない。なお,原告は,平成29年5月5日,被告に対して,メールで「これからは親として責任を果たす協力者として頑張っていきましょう」「これからはまた新しい関係性,友達みたいな!関係性を見出していけたらと思います」などと述べており,この時点で実質的な婚姻関係が破綻していたことは明らかである。

イ 原告の主張イは争う。不法行為に基づく損害賠償請求権は,損害が発生しなければ請求権そのものが発生しないものであり,本件のような慰謝料請求については,精神的苦痛が発生した時期を起算日とすべきである。本件において,仮に,被告に不法行為責任が認められたとしても,遅延損害金の起算日は原告が被告とCの交際を認識した日と解すべきであり,その日付が証拠上明らかでない以上,早くとも別居開始日である平成30年11月26日とするのが相当である。

第3 判断
1 認定事実

 前記前提事実に加え,証拠(認定に用いた証拠は括弧内に示した。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)被告とCは,平成21年の夏頃,男女複数人のグループの食事会で知り合った(甲7,乙2)。

(2)被告とCの交際状況
ア 被告とCは,平成21年○月の被告の誕生日に食事会をした(甲1,3)。
イ 被告とCは,平成24年頃より前に台湾に旅行し,同年の春頃,伊豆に旅行したほか,同年○月の被告の誕生日に食事会をした(甲1,7,11,12)。
ウ 被告とCは,平成25年9月にタイに旅行し,パタヤを訪れた際には,ホテルの同じ部屋で宿泊したほか,同年12月には熱海に1泊旅行をした(甲7,13,14)。
エ 被告とCは,平成26年3月に金沢に1泊旅行をした(甲7,15)。
オ 被告とCは,平成27年4月30日から同年5月1日にかけてα付近のホテルでデートをした(甲7,16)。
カ Cは,平成30年10月,仕事で仙台に行った被告と合流し,そこで宿泊をした(甲7,17)。

(3)被告は,平成29年5月5日,被告に対して,メールを送った。当該メールには,「これからは,親として責任を果たす協力者としてがんばっていきましょう。あなたを男の人とみるから悲しいわけで,そういう対象でないと理解出来れば問題はなにもないのです。」,「これからは,また新しい関係性,友達みたいな!関係性を見出していけたらと思います。子供達の将来のためにその辺りは二人で協力していきましょう!あとは,会社の人に接するようにお互い,特に私は失礼のないように努力します!」などといった記載がある。(乙1)

(4)原告は,平成30年10月頃,被告の携帯電話のメッセージのやり取りを見つけて,被告とCとの関係を知った。その後,原告は,被告との喧嘩を契機に,同年11月26日に子らを連れて実家に転居し,別居を開始した。なお,本件の口頭弁論終結時において,原告と被告は離婚していない。(前記前提事実(1),(2),甲9,弁論の全趣旨)

2 前記前提事実(3)及び前記認定事実(2)によれば,被告とCは,少なくとも平成25年9月以降,不貞関係にあったと認められる。この点,被告は,その頃既に原告と被告との婚姻関係は破綻していた旨主張し,被告本人がこれに沿う陳述をするが,それをうかがわせるような客観的な裏付けはないから,上記の陳述を直ちに採用することはできず,このほかに,被告の上記主張を認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,被告は,Cとの不貞行為につき,不法行為責任(Cとの共同不法行為責任)を負うというべきである。

3 本件において原告が被告に対して請求するのは,飽くまでも被告とCの不貞行為に係る慰謝料であって,離婚に伴う離婚慰謝料ではない。それを踏まえて,慰謝料額について検討する。
 まず,原告は,被告とCの不貞関係が,平成21年8月頃から始まっている旨主張し,確かに,被告とCは同月の被告の誕生日に食事会をしているが(前記認定事実(2)ア),このことをもって直ちに(被告による)不貞行為があったとはいえない。

また,前記認定事実(2)によれば,平成24年前頃から,原告とCの交際に親密度が増していることはうかがえるものの,結局のところ,平成25年9月より前に,被告とCとの間に不貞行為があったと認めるに足りる的確な証拠はない。

次に,同月以降の不貞行為の頻度も証拠上必ずしも明らかではなく,さらに,前記認定事実(3),(4)によれば,原告が被告とCとの関係を知る前である平成29年の段階で,既に夫婦関係が悪化し,子らとの関係でのみ夫婦関係の外形を維持しようとしていた様子もうかがえるところである。

 以上の事情を総合すると,被告の不貞行為による慰謝料額は,遅延損害金等を考慮しても130万円を超えるものではない。この点,原告は,不貞発覚後の被告の態度や妻帯者である被告が独身者であるCと比べて重い不法行為責任を負うべきであることなどの事情等も指摘して,被告に対しては高額の慰謝料が認定されるべきである旨主張するが,前者については,上記の慰謝料額を超えるほどの事情は認められず,後者については,指摘される被告とCの立場の違いのみから直ちに被告の慰謝料額が増額されることになるとはいえない。

4 そして,被告は,Cとの不貞行為について,原告に対して,共同不法行為責任を負い,その損害賠償債務は,Cのそれと不真正連帯の関係にあるというべきところ,前記前提事実(3)によれば,原告は,被告の共同不法行為者であるCから不貞行為に関する慰謝料として130万円を受領していることが認められるから,被告の損害賠償債務は,既に弁済により消滅しているといえる。

5 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がない。よって,主文のとおり,判決する。
東京地方裁判所民事第44部 裁判官 飛澤知行