小松法律事務所

18年間性交渉無し夫婦の不貞行為責任有無を判断した地裁判決紹介2


○「18年間性交渉無し夫婦の不貞行為責任有無を判断した地裁判決紹介1」の続きで令和3年10月29日東京地裁判決(LEX/DB)の結論と理由部分です。

○事案としては、典型的な和解事案として、裁判手続き中に和解協議がなされたはずですが、慰謝料400万円の請求に対し、夫側が提案した金額に妻が納得せず判決に至った思われます。判決では、原告と被告夫Bの婚姻関係は平成30年8月までは婚姻関係破綻は認められないとして平成29年12月から始まった不貞行為について、子までもうけ、且つその隠蔽工作をしていることに被告夫Bと不貞相手被告Cに200万円の慰謝料連帯支払を認めました。

○被告夫Bとしては、被告Cと男女関係に至り、且つ、妊娠まで発覚した場合、遅くてもその時点で原告妻に全てを打ち明け、離婚を申し出て、ケジメをつける態度を示せば、慰謝料金額も低額で済んだはずです。平成30年8月までズルズルと原告との形式的結婚生活を継続したことは、原告に対し不誠実極まると判断されました。しかし、この事案で慰謝料200万円は、最近の傾向からはちと高いかなとも感じます。

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主   文
1 被告らは,原告に対し,連帯して220万円及びこれに対する被告Bについては令和2年2月23日から,被告Cについては同月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その6を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告らは,原告に対し,連帯して524万5968円及びこれに対する被告B(以下「被告B」という。)については令和2年2月23日から,被告C(以下「被告C」という。)については同月24日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(平成29年12月頃までの婚姻関係破綻の有無)について

(1)
ア 括弧内の証拠(掲げた証拠の直後の〔〕内の記載は当該証拠における関係ページ番号又は関係部分である。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば、まず,〔1〕原告は,被告Bと苗場に旅行に行った際,性行為が苦痛である旨と,被告Bが早期に子供を設けることを希望するのであれば,自分と離婚して他の女性との子供を授かることも考えられる旨を伝え,それ以降,遅くとも平成28年頃まで,両者の間で性行為がされることはなかったこと(甲11〔1〕,原告本人〔1,2〕),〔2〕原告の職場では,顧客に対する接待が多く,頻繁に夜の会食の場が設けられていた。

原告は,その会食に三次会以降まで参加し,深酒をすることが多く,手荷物を紛失し,自宅に自力でたどり着けないほどになることや警察に保護されることもあったこと(乙1〔3,4〕,原告本人〔13〕,被告B本人〔4,5〕),〔3〕原告が先に帰宅し,玄関扉にドアチェーン又はドアバーをかけて寝てしまい,被告Bが入室できなくなったこと(原告本人〔13,14〕,被告B本人〔5〕),〔4〕平成24年頃に被告Bが他の女性を不貞行為をしたこと(原告本人〔11〕,被告B本人〔7〕),以上の事実が認められる。 

イ 上記事実関係のうち,上記〔1〕は,原告にとっては子を設ける望みがかなえられなくなるおそれが大きいと感じられるもので,一般に夫婦が子を設けるのが自然な選択肢の一つであると考えられることからすれば,大きな不満を感じるのも不自然ではなく,〔2〕及び〔3〕のようなことは,原告の介護,保護が必要となったり,被告Bが不便を強いられたりして,被告Bにとって負担に感じるものであって,同居生活を続けていて不満が大きくなる事柄であると考えられる。

 また,上記〔4〕は,一般に離婚原因を構成し得るもので,その当時において夫婦関係が悪化していたとも考え得る事情といえる。

(2)
ア しかし,こうした不満が被告Bに蓄積されたとしても,また,不貞行為が一度されたとしても,原告と被告Bの両者において婚姻関係を継続する意思が失われるものとは,直ちに評価し難い。

イ 加えて,括弧内の証拠及び弁論の全趣旨によれば,〔5〕被告Bが原告に自宅の鍵を交付し,以降これを所持しなくなったのは平成30年8月で,それ以前は自宅で同居をしていたこと(原告本人〔16〕,被告B本人〔12〕),〔6〕同居中の生活費は,婚姻時以来,互いに出費をしてきたこと(被告B本人〔21〕),〔7〕別居までの間,原告と被告Bとは,二人で又は友人や親族とともに,ゴルフに行き,マラソンやウォーキングイベントに参加し,年に数回は旅行をし,また,誕生日その他の記念日に贈答をしあっていたこと(甲2の1~25,被告B本人〔13,14,16〕),〔8〕上記の間,「離婚だ」という発言はあったが,離婚を決意して離婚の条件を協議したことはなかったこと(被告B本人〔22〕),〔9〕平成28年12月には自宅のリフォーム工事がされたこと(被告B本人〔13,14〕),以上の事実が認められる。

 上記事実関係によれば,早くとも平成30年8月までの間は,生活の本拠を共にし,生活費を分け合って互いに扶助していたというにとどまらず,外出その他の旅行やスポーツを共に行っていたというのであり,夫婦として,同居し,互いに協力し扶助している(民法752条)という外形があるといえる。

 また,一緒に旅行その他の外出をし,スポーツその他の行動を共にしているところ,こうした行動は互いに嫌悪感情があれば通常はとられないものであるから,他方配偶者に対する愛情が失われていないとみるべきである。のみならず,離婚の具体的な条件を協議したことはなく,自宅の改修をしていて,共同生活を継続する意思があったともうかがわれる。

ウ そうすると,婚姻の実態が形骸化しているとも,双方が婚姻関係を継続する意思が失われているとも,評価することは困難であって,平成29年12月頃までに婚姻関係が破綻していたということはできない。

(3)この点に関し,被告Bは,平成14年頃に原告は性行為を拒否し,他の女性との性行為を許容したことなどを供述するが,原告はこれを否定していて,上記供述部分の裏付けを欠いている。この点をおくとしても,上記(2)イの事実関係を踏まえると,被告Bに不満があっても,共同生活の実態は維持され,また,婚姻関係自体は継続する意思があったとみられるのであるから,上記(2)ウの判断は左右されない。

2 争点(2)(被告Cにおける夫婦関係破綻に対する信頼及びその過失の各有無)について
(1)被告Cは,原告から性交渉の拒否を宣言されて性交渉は一度もない,気持ちもなく夫婦としては終わった,原告と一緒に食事をとっても,寝てもいないことなどから,夫婦関係は破綻していて,離婚するつもりであった,以上のことを被告Bから聞いて,夫婦関係が破綻していると信じたと主張する。

(2)しかし,こうした発言を被告Bがしていたとしても,これを聞いて直ちに真偽を判定できるとはいえないものである。加えて,被告Cの供述によっても,上記の発言を聞いて円満な夫婦でないと感じたにとどまり(被告C本人〔2〕),被告Bが離婚を具体的に話し合っていると初めて聞いたのは平成30年5月のことで,投資用のマンションの売却を巡って夫婦間で対立があり,売却するなら離婚すると原告が述べ,被告Bの親族は離婚に賛成していると聞いたことから婚姻関係が破綻していると感じるに至っている(同〔4,5〕)というのである。
 そうすると,被告らが性交渉を持つようになった平成29年12月(前提事実(2)ア)に,原告と被告Bの婚姻関係が形骸化し,婚姻を継続する意思が失われたと被告Cが信頼したとみるには疑問がある。

(3)この点をおくとしても,上記(2)のとおり,被告Bの発言の真実性に疑問が生じるものである上に,被告Cの供述によっても平成30年5月まで具体的な離婚の話がなかったことからすると,被告Cには,真に婚姻関係が形骸化し,その継続の意思が失われているかを確認することが求められるというべきである。ところが,本件の証拠上,これを確認した上で性行為に及んだとは認められない。
 したがって,被告Cが,仮に婚姻関係の破綻を信じたとしても,そのことについて過失がある。


3 争点(3)(損害額)について
(1)慰謝料 200万円
 被告らの不貞行為が始まった平成29年12月頃には,原告と被告Bの婚姻生活は16年弱の期間に及んでいて,その間,生活の実態と親愛の情が,少なく見積もってもある程度はあったとみられる。そうしたところに,被告らは,不貞行為をし,これにより子を設けるに至っているのであり,子のない夫婦関係であったところに,他人との子をもうけた事実を知った原告が,大きな精神的苦痛を受けたとみるのが自然であるといえる。

 しかも,証拠(甲1,6,被告B本人〔16,17,21,22〕)によれば,被告Bは,被告Cとの間に子ができた事実が原告に発覚するのを避けるため,意図的に,子の出産後に原告と被告Bの戸籍の本籍地を転籍してもいるのであり,こうした事実を把握するに至った原告の精神的苦痛は,更に増大するというべきである。
 こうした事情などを考慮すると,原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は,上記冒頭額と認めるのが相当である。


(2)調査費用 0円
 原告は,探偵に行動調査を依頼した費用を損害として主張する。しかし,一般に証拠収集費用が権利や法律上保護される利益の侵害により生じる不利益であるとは直ちに評価し難い。また,不貞行為は,性行為の有無という単純な事実であって,その存否及び関係者の確定のために専門的知見に基づく調査,判断が必要とはいえない。したがって,調査費用は,本件の不貞行為により通常生ずべき損害とは認められない。

(3)弁護士費用 20万円
 弁論の全趣旨によれば,原告は,原告代理人弁護士に本件訴訟の追行を委任して相当額の報酬を約したと認められるところ,上記の損害額その他の事情に鑑みると,弁護士費用は上記冒頭額の限度で不法行為によって通常生ずべき損害と認める。

4 結論
 よって,原告の請求は,前記3の合計額(220万円)及びこれに対する遅延損害金の限度で理由があるからその限度でこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第12部 裁判官 萩原孝基