小松法律事務所

ハーグ条約実施法等趣旨から子の返還間接強制申立を却下した高裁決定紹介


○「ハーグ条約実施法135条等で子の返還間接強制金支払を認めた家裁決定紹介」の続きで、その抗告審の令和3年4月14日大阪高裁決定(ウエストロー・ジャパン)全文を紹介します。

○母である相手方が,父である抗告人に対して,当事者間の子らのフランスへの返還を命じる令和2年9月11日大阪家裁の終局決定(「本件返還決定」、令和2年12月9日確定)に基づき,子らのフランスへの返還につき間接強制を申し立て、原審令和3年2月1日大阪家裁決定は同申立てを認めていました。

○フランスの裁判所での令和2年11月23日離婚訴訟判決では、当事者の離婚を言い渡し(本案判決),子らに対する親権は当事者が共同行使すること,子らの常居所を債務者父の住所と定め、債権者母の親権の行使,子の居所,訪問及び宿泊の権利,子の養育・教育の分担に関する判断は仮の執行力を有するとされましたが、債権者母は令和2年12月14日,フランスの離婚判決を不服として控訴し,控訴審に係属中でした。

○抗告審大阪高裁は,フランスの裁判所で本案判決は、子の監護に関する紛争は常居所地国で解決することが望ましいという国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(実施法)及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)の意図に沿うもので,実施法28条及びハーグ条約17条の趣旨に反しているということもできず,現時点で,本件返還決定により子らをフランスに返還することは子らに移動の負担を強いることになり,子らの監護は本件本案判決の判断が尊重されるべきところ,相手方による子らの返還を強制するための間接強制の申立は,本案判決が仮の執行力を有する間は許されるべきでなく,権利を濫用するものであるとして,原審判を取り消し,本件申立てを却下し、母が最高裁に許可抗告をしていました。

○その後、フランスの控訴裁判所は令和3年6月、母の主張を認め、子らの常居所は母の住所地と定め、令和3年8月奈良地裁執行官は、大阪家裁授権決定に基づき、子らを父から解放して、母に引き渡し、子らはフランスに返還されました。これで母の目的は達したので、最高裁への許可抗告は取り下げ、間接強制の申立自体も取り下げても良さそうなものですが、取下がなされず、令和4年6月21日最高裁は、当該申立ての後に当該終局決定を債務名義とする子の返還の代替執行により子の返還が完了したという事実関係の下においては、不適法として抗告は棄却されました。

○最高裁の補足意見で「外国における子の監護に関する裁判(しかも、いまだ確定もしていない。)がされたことのみを理由として子の返還の強制執行を許さないとすることは、仮に原決定が指摘するように上記裁判が適正な審理の下に行われたものであったとしても、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)の目的、同条約17条及びこれを受けて定められた実施法28条3項の趣旨に反するおそれがある」とされており、この点を明らかにするため取下がなされなかったのかも知れません。

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主   文
1 原決定を取り消す。
2 本件間接強制の申立てを却下する。
3 手続費用は,原審及び当審を通じて各自の負担とする。

理   由
第1 抗告の趣旨及び理由

 別紙執行抗告状及び抗告理由書に記載のとおり

第2 事案の概要
 本件は,相手方が,抗告人に対し,当事者間の子らのフランス共和国(以下「フランス」という。)への返還を命じる終局決定(大阪家庭裁判所令和2年(家ヌ)第5号,同第6号。令和2年12月9日確定。以下「本件返還決定」という。)に基づき,子らのフランスへの返還につき間接強制の申立てをした事案である。

 原審は,本件返還決定の執行力のある債務名義の正本に基づき,抗告人は,子らをフランスに返還せよ,抗告人が本件終局決定の告知を受けた日から14日以内に子らの返還を履行しないときは,抗告人は,相手方に対し,上記期間経過の翌日から履行済みまで,子1人につき1日あたり1万円の割合による金員を支払えとの内容による間接強制を命じ(原決定),抗告人は,これを不服として執行抗告をした。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件申立ては却下するのが相当であると判断する。その理由は次のとおりである。

2 事実の調査の結果によれば,以下の事実が認められる。
(1) 抗告人は,平成29年4月20日,フランスの裁判所に相手方との離婚の手続を申し立てたところ,同裁判所の勧解裁判官は,同年12月21日,子らと長男(平成16年‥月‥日生)の監護に関し,親権を抗告人と相手方が共同行使することとして,相手方のフランスにある自宅を子らと長男の常居所として,抗告人と別居すること等を内容とする勧解不調命令による仮の措置を決定した。

(2) 抗告人は,平成30年2月15日,上記自宅を出て別居した。
 抗告人は,令和元年7月29日,子らと長男を連れてフランスを出国し,同月30日,日本に入国した。

(3) 大阪家庭裁判所は,相手方の申立てに基づき,令和2年9月11日,子らを上記2(1)で定められた常居所のあるフランスに返還せよとの本件返還決定をして,これが前記のとおり確定した。
 相手方は,本件返還決定に基づき,同年12月18日,同裁判所に本件間接強制を申し立てて,令和3年2月1日,原決定がされた。

(4) フランスの裁判所では,平成29年9月6日,子C及び長男の希望により,弁護士立会いの上で聴取が行われたところ,平成30年3月,抗告人の申立てにより離婚判決が求められたことから,家族事件裁判官は,令和2年5月25日,事前手続を終結して,子らがフランスにいないまま離婚の審理を進め,同年9月24日,弁論期日を実施し,同年11月23日,判決した(以下「本案判決」という。)。

判決手続においては,抗告人及び相手方の双方とも代理人に委任して,主張・証拠の提出等の訴訟活動を行っており,本件返還決定の審理において同年8月18日に大阪家庭裁判所が実施した家庭裁判所調査官による子らの意向聴取の結果も採用されている。

 本案判決は,上記2(1)の仮の措置の枠組みを前提としている本件返還決定は効力を失うとした上で,離婚を言渡し,相手方の住所への子らの即時返還を命令する理由はなく,子らの親権は共同で行使することを認め,子らの常居所については,日本への帰国が不法に行われたにもかかわらず,子らの最善の利益から,抗告人の住所に定めるというものであり,相手方と子らとの面会交流についても定めており,この判決が確定しなくとも,親権の行使,子の居所,訪問及び宿泊の権利,子の養育・教育の分担に関する判決は,仮の執行力を有するとした。


(1) 本件間接強制は,本件返還決定が仮の措置により子らの常居所地国と定められたフランスへの返還を命じたことに基づくものであるが,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(以下「ハーグ条約」という。)及びその国内における実施のために制定された国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(以下「実施法」という。)が国境を越えて不法に連れ去られ又は留置された子を元々居住していた国に返還することを原則としているのは,子の最善の利益を守るためには,子が不法な連れ去りにより異なる言語・文化環境の下で生活することで過大な負担を強いられることから早期に原状回復すべきであること,子の監護に関する紛争は子が元々居住していた国で解決することが望ましいことによる。

(2) 前記2で認定したとおり,相手方は,自宅のあるフランスの裁判所において,離婚の訴訟に前置される勧解の不調によって子らの常居所地をフランスと定める仮の措置の決定を得ると,これを根拠にして抗告人に対して子らの返還を申し立てて,子らのフランスへの即時返還を命じる本件返還決定を得たのであるが,フランスの裁判所では,子らがフランスに返還されないまま離婚の訴訟が審理され,子らの利益を検討し考慮した上で,仮の措置を継続することなく,子らの常居所地を抗告人及び子らのいる日本と定め,子らのフランスへの即時返還を命じないとする本案判決が出され,この判決の子らの居所等に関する点については仮の執行力が与えられた。

 本案判決に至る審理は,相手方が求めた常居所地国をフランスとする仮の措置に従ってフランスの裁判所でされており,その審理において,抗告人と相手方の双方が代理人を選任して訴訟活動を行い,家族事件裁判官は,子らに関して,本件返還決定で判断資料とされた家庭裁判所調査官の子らの意向聴取の結果を採用し,子Cについては直接に聴取も実施している。

そうすると,本案判決は,上記3(1)でみた実施法及びハーグ条約の意図するところに沿うものであり,他に子らの監護に関する紛争を審理するのに適した国は見当たらない。本案判決が管轄基準の濫用に基づいてされた裁判,あるいは当事者等の防御権を保障することなくされた裁判であるとして,実施法28条及びハーグ条約17条の趣旨に反しているということもできない。また,現時点においては,本件返還決定により子らを日本からフランスに返還することは,再度,フランスから日本に移動する負担を子らに強いる恐れがある。

(3) 上記3(2)によれば,子らの監護については,本案判決の判断が尊重されるべきところ,子らのフランスへの返還を強制することが本案判決に反することが明らかであり,相手方による子らの返還を強制するための間接強制の申立て(本件申立て)は,本案判決が仮の執行力を有する間は許されるべきではなく,権利を濫用するものであるから,却下すべきである。

4 よって,原審判を取り消すこととし,主文のとおり決定する。
 大阪高等裁判所第9民事部 (裁判長裁判官 永井裕之 裁判官 井川真志 裁判官 空閑直樹)