小松法律事務所

子を連れ出し父に対する母への護者指定・子引渡認容家裁審判紹介


○「母への監護者指定・子引渡申立却下家裁審判取消し高裁決定紹介」に関連した続きです。現在、別居夫婦の監護者指定・子引渡保全処分関係裁判例を探しています。

○別居した夫婦間での子の取り合いですが、連れ出した相手方父は,未成年者の養育環境を激変させ,未成年者の心身に大きな負担をかける態様で別居に至ったもので,その態様は,未成年者の福祉ないし利益に対する配慮に欠けた不相当なものであったこと,その後も,相手方父は,未成年者の面前で申立人母への否定的な感情を表すなど,未成年者の心理的な負担について十分な配慮をしなかったことが認められ、これに対し,申立人母は,未成年者が申立人や申立人の母の前でも屈託なく自由に相手方父の話題を持ち出すことができるような環境を整えていることが認められるとして、母を監護者として指定し子の引渡を命じた令和元年6月14日東京家裁審判(ウエストロー・ジャパン)理由部分を紹介します。

○この家裁審判は、抗告されましたが、抗告審東京高裁決定もこの結論を維持しており、別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 未成年者の監護者を申立人と定める。
2 相手方は,申立人に対し,未成年者を引き渡せ。
3 手続費用は各自の負担とする。
 
理   由
第1 申立ての趣旨

 主文第1項及び第2項同旨

第2 当裁判所の判断
1 認定事実

 本件記録,調停事件記録,家庭裁判所調査官作成の平成31年3月19日付調査報告書(以下「本件調査報告書①」という。),家庭裁判所調査官作成の令和元年5月20日付調査報告書(以下「本件調査報告書②」という。)及び手続の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 当事者等(本件調査報告書①)
 申立人(昭和52年○月○日生)及び相手方(昭和48年○月○日生)は,平成23年7月7日に婚姻し,平成24年○月○日に未成年者をもうけた。
 申立人は,a株式会社の客室乗務員として勤務しており,相手方は,b株式会社に勤務している。申立人及び相手方は,相手方の肩書住所地(以下「自宅」という。)において未成年者と共に同居していた。

(2) 同居中の監護状況(甲4ないし6,10,本件調査報告書①,同②)
 申立人は,大田区内の実家(申立人の肩書住所地であり,以下「申立人実家」という。)に里帰りをして平成24年○月○日に未成年者を出産し,平成25年1月下旬ないし2月上旬に当時の同居先に戻るまでの間,申立人実家において未成年者を監護した。申立人は,同居先に戻った後,平成26年3月に復職するまでの間,未成年者を主として監護した。申立人が復職した後は,申立人及び相手方がそれぞれ分担して申立人の母の補助を受けながら未成年者の監護に当たった。申立人が勤務のために週に4日程度連続して自宅を空ける際は,相手方が未成年者を監護し,申立人の勤務がない日は,申立人が未成年者を主として監護した。なお,申立人及び相手方は,相手方が体調不良であった時期や双方が繁忙であった時期などに長期間,未成年者を大分市内の相手方の実家(以下「相手方実家」という。)に預けることがあった。

(3) 別居に至る経緯(本件調査報告書①,同②)

         (中略)


(10) 家庭裁判所調査官の意見(本件調査報告書②)
 家庭裁判所調査官は,本件調査の結果を総合考慮するならば,未成年者の監護者としては,申立人を指定するのが相当であるとの意見を提出した。

(11) 審判移行等
 本件各調停事件は,令和元年5月31日,いずれも不成立となり,本件審判に移行した。申立人は,同年6月3日,本件保全事件を取り下げた。

2 検討
 別居中の夫婦間において,未成年者である子の監護をめぐる争いがあり,当事者間で協議が調わない場合は,家庭裁判所は,双方の監護者としての適格性を検討し,夫婦のいずれの下で子が監護されることが子の福祉により適合するかという観点から,子の監護に関し必要な事項を定めることができると解される。そして,この場合においては,子の利益を最も優先して考慮しなければならないとされている(民法766条1項ないし3項)。そこで,前記認定事実を踏まえ,子の福祉ないし利益の観点から,当事者いずれを未成年者の監護者と指定すべきかについて検討する。

(1) 未成年者と双方との関係
 前記認定事実(7)アのとおり,未成年者は,双方に対してそれぞれ親和感情を抱いており,良好な関係にあるといえる。一方で,未成年者は,双方の不和,別居,相手方実家への転居,自宅への再転居等の一連の紛争に巻き込まれ,心理的な負担を感じていることが認められる。

(2) 同居中の監護の状況について
 前記認定事実(2)のとおり,未成年者が出生してから申立人が勤務に復帰するまでの約1年7か月の間は,申立人が主として未成年者を監護してきたこと,申立人が勤務に復帰した後は,申立人及び相手方が監護を分担し,申立人の母の補助を受けたり,相手方実家に預けたりしながら,未成年者を養育してきたことが認められる。
 以上によれば,申立人は,十分な監護実績があるといえ,相手方も,監護実績があるといえる。

(3) 監護態勢,監護方針等について
ア 双方の生活状況,勤務態勢及び収入等
 前記認定事実(8)ア,(9)アのとおり,相手方は,就労状況,経済状況及び心身の状況において安定しており,申立人も,就労状況及び心身の状況において安定している。申立人の負債については,申立人の弟が立替払いをしたことにより返済されており(今後は弟に対して返済していくことになる。),申立人は,これまでの金銭の使い方を改め始めており,未成年者を養育していく上で支障が生じるほどの影響があるということはできない。

イ 住居の状況
 前記認定事実(8)イ,(9)イのとおり,申立人実家も自宅も,未成年者の住居として適切に整えられており,自宅は,未成年者が別居前まで居住していた場所であり,同じマンション内に仲の良い友人もおり,継続性という点からも,未成年者が生活していく場所としてふさわしいといえる。一方,申立人実家も,未成年者が出生後しばらくの間生活した場所であり,その後も何度も訪問している居心地の良い場所であり,未成年者が生活していく場所としてふさわしいといえる。

ウ 監護方針等
 前記認定事実(8)ウ,(9)ウのとおり,申立人は,申立人実家で未成年者を監護養育し,d小学校に通学させる方針であり,相手方は,自宅で未成年者を監護養育し,現状のままc小学校に通学させる方針である。
 申立人の監護方針によった場合,未成年者は,申立人実家に転居し,c小学校からd小学校へ転校する必要が生じることから,一定程度の負担がかかることは否定できない。しかしながら,本件記録等及び手続の全趣旨を総合すると,未成年者は,比較的適応力が高いこと,c小学校に入学してまだ間がないこと,申立人もできる限りの配慮をするつもりであること等からすると,転校の事実をもって監護者としての適格性について重大な影響を及ぼすとまで評価するのは相当でないと解される。

エ 監護補助者の状況
 前記認定事実(8)エ,(9)エのとおり,申立人の監護補助者である申立人の母も相手方の監護補助者である相手方の両親も,監護実績を豊富に有し,未成年者と良好な関係にあるといえる。したがって,双方とも,監護補助者の有効なサポートを得ることができ,勤務をしながらでも安心して未成年者を養育することができる環境を整えているといえる。

オ 未成年者との関わり方等
 前記認定事実(8)オ,(9)オのとおり,双方とも,未成年者と他方当事者との面会交流については寛容な考えを有していることが認められる。
 なお,申立人は,未成年者が申立人や申立人の母の前でも屈託なく自由に相手方の話題を持ち出すことができるような環境を整えているのに対し,相手方は,未成年者の面前で,家庭裁判所調査官に対し,申立人が購入したという品々を話題にして申立人への否定的な感情を表すなどしたことが認められ,未成年者も,相手方及び相手方の両親の前で,申立人の話題を出すことをためらうなど,心理的な負担を感じている様子が認められた。

(4) 未成年者の意向・心情
 前記認定事実(7)ウのとおり,未成年者は,家庭裁判所調査官から,今後の生活の希望を問われた際,「大分に帰って,洋服買って,好きなイチゴとミートソーススパゲッティを作ってほしい。」と述べたこと,現在の相手方及び相手方両親との生活がこれからも続くとしたらどうかと問われると,黙り込んで何も答えなかったこと,さらに,相手方らとの生活がこうなったらいいなと思うことはあるかと問われると,「大分に帰れたら帰りたい。Aの出てるテレビ見たい。」と述べたこと,申立人実家で申立人及び申立人の母と一緒に住むことになったらどうかと問われると,しばらく考え込んだ後,「困ることある。」,「学校行けなくなる。」,「50分・・・。」と述べたことが認められる。

 そこで,上記の未成年者の発言について検討するに,上記発言当時,未成年者は6歳であり,未だ,抽象的・仮定的な事項の理解や検討が難しい段階にあり,自分の置かれた状況を理解した上で中長期的な展望の下で利益及び不利益を客観的に考慮して回答をすることは難しい状況にあったということができ,それ故に,直近の楽しかった経験や身近な現実的な通学時間の不便を断片的に述べたと解される(実際,未成年者は,相手方実家に転居する直前まで,小学校受験のために通塾するなどしており,受験による重圧を感じていたであろうことは容易に推認されるところ,相手方実家へ転居することによって受験による重圧から解放され,そこにおける生活が楽しく,好ましいものと感じたことはごく自然な反応であると解される。)。したがって,監護者の適格性の判断において,未成年者の上記発言を重視することは相当でないと解される。

(5) 別居の経緯
 前記認定事実(3)のとおり,相手方は,未成年者の小学校受験の前日に申立人に無断で未成年者を自宅のある東京都から遠方の大分市内の相手方実家へ連れて行き,未成年者の安否を非常に心配した申立人がかけた電話にも一切出ずに連絡を断ったこと,3日後に申立人が警察官を通じてメッセージを残したことから連絡に応じたこと,相手方は,その後も,申立人が大分市まで出向いて未成年者との面会を求めたにもかかわらず面会をさせず,本件調停事件の申立後,裁判所からの指示を受け,平成31年1月中旬になってから大分空港で1時間弱の面会を認めたこと,相手方は,裁判所から,未成年者を監護しているのは相手方の両親であって相手方はほとんど監護していないこと,未成年者の福祉のために未成年者を自宅に戻すべきであることなどを指摘された後,同年2月中旬に未成年者を自宅に戻したこと,未成年者は,4か月弱という短い間に,東京都から大分市へ転居して新しい幼稚園に入園し,再度,大分市から東京都へ転居して従前の保育園に再入園することを余儀なくされたことが認められる。

これらの相手方の一連の行動は,未成年者の養育環境を激変させ,両親の一方である申立人との交流を不十分なものにさせた点において未成年者の心身に大きな負担をかけるものであり,未成年者の福祉ないし利益に対する配慮に欠けた不相当なものであったといわなければならない。

この点,相手方は,申立人との言い争いに巻き込まないようにするために未成年者を相手方実家に連れて行った,当初は小旅行のつもりであったが,申立人による暴力の話が出たことからそのまま相手方実家におくこととしたと主張するが,夫婦間の言い争いに未成年者を巻き込まないようにするためであれば,必ずしも未成年者を大分市の相手方実家に連れて行く必要はなく,仮に申立人による暴力の話が出たとしても,未成年者により負担のかからない方法が存在したはずである。

 なお,相手方の主張によっても,未成年者から申立人による暴力の話があったのは,未成年者が相手方実家に来てから1週間経過するかしないかであったというのであるから(乙7),相手方が申立人に無断で小学校受験の前日である平成30年10月31日に未成年者を相手方実家に連れて行き,同年11月3日に警察官からのメッセージを受け取るまでの間,申立人からの連絡を無視し続けて連絡を取らず,未成年者の安否を一切知らせず,申立人と未成年者との交流を完全に断ち切った事実を正当化することはできないと解される(申立人が警察官に依頼しなければ交流が途絶えた期間は更に延びたと推認され,仮に未成年者から暴力の話があったとしても,申立人に無断で大分市へ連れ出し,その後の安否を母である申立人に一切知らせなかったことを正当化することはできない。)。

(6) 総合評価
 上記検討結果を総合すると,未成年者との関係,同居中の監護の状況,双方の生活状況,住居の状況,監護補助者の状況,面会交流に対する寛容性の程度等において,双方にほとんど差は見られない。申立人は,経済状況において不安がなくはないが,現状においては,監護者の指定の判断に大きな影響があるとまではいえない。

また,申立人が未成年者を監護養育する場合は,未成年者は転校を余儀なくされ,申立人が宿泊付きの勤務をする際には監護補助者による監護に頼らざるを得ない状況が生ずるが,未成年者の適応力や申立人による配慮,申立人の母による監護補助の状況等を総合すると,これらの点も,監護者の指定の判断に大きな影響があるとまではいえない。

 一方,上記検討結果のとおり,未成年者は,双方の不和,別居,相手方実家への転居,自宅への再転居等の一連の紛争に巻き込まれ,心理的な負担を感じていることが認められるところ,今後,学童期前半を迎えるにつれ,他人同士の関係についての理解が進み,双方の紛争に敏感に反応し,精神的な影響を受けやすくなり,より一層心理的な負担が高まるおそれがある。

そうすると,今後の未成年者の監護養育に際しては,双方の紛争に巻き込むことによる心理的な負担を生じさせないような配慮が必要であり,非監護親と気兼ねなく安心して交流できるような環境を整えることができる寛容性が必要であり,それらは,未成年者が今後健全に成長していくために非常に重要な要素となる。

この点,上記検討結果のとおり,相手方は,未成年者の養育環境を激変させ,未成年者の心身に大きな負担をかける態様で別居に至ったものであって,その態様は,未成年者の福祉ないし利益に対する配慮に欠けた不相当なものであったこと,その後も,相手方は,未成年者の面前で申立人への否定的な感情を表すなど,未成年者の心理的な負担について十分な配慮をしなかったことが認められる。これに対し,申立人は,未成年者が申立人や申立人の母の前でも屈託なく自由に相手方の話題を持ち出すことができるような環境を整えていることが認められる。

 これらの事実を総合すると,上記の申立人の経済状況における不安や申立人の監護方針から生じる未成年者の負担を考慮したとしても,未成年者の監護者としては,申立人を指定することが相当であると解される


3 結論
 よって,未成年者の監護者を申立人と定め,相手方に対し,申立人に未成年者を引き渡すことを命じ,主文のとおり審判する。
 (審理終結日 令和元年5月31日) 東京家庭裁判所家事第3部 (裁判官 細矢郁)