小松法律事務所

祖母から実父母への子の引渡保全処分を一部認めた高裁決定紹介


○「祖母から実父母への子の引渡保全処分を却下した家裁審判紹介」の続きでその抗告審の平成14年9月13日福岡高裁決定(判タ1115号208頁)全文を紹介します。

○両親の未成立の離婚問題に絡んで抗告人祖母のところに預けられた2人の子らについて、抗告人祖母が、父親の暴力行為や性的行為の可能性があることを理由に第三者を監護者に指定するよう家庭裁判所に申立てを行ったところ原審平成14年7月19日福岡家裁久留米支部審判は、親権者が親権をその本来の趣旨に沿って行使するのに著しくかけるところがあり親権者にそのまま親権を行使させると子の福祉を不当に阻害するような特段の事情が存することを疎明するに足りる資料があるか疑問がある等としていずれも却下していました。

○福岡高裁は、2人の子のうち1人については、度重なる両親の暴力を伴った紛争、父親による暴力や性的虐待が加えられている可能性が極めて高いこと等が否定できないのであるから、親権の行使が子の福祉を害すると認めるべき蓋然性があるとして、原審判を取り消し、監護者を仮に抗告人である子の祖母と定めて仮の引渡を命じました。

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主   文
1 原審判中未成年者好井Aに関する部分を取り消す。
2 未成年者好井Aの監護者を,本案事件につき審判がなされるまで仮に抗告人と定める。
3 相手方らは,抗告人に対し,未成年者好井Aを仮に引き渡せ。
4 未成年者好井Bに関する本件抗告を棄却する。
5 抗告費用中,未成年者好井Aについての抗告につき生じた分は相手方らの,未成年者好井Bについての抗告につき生じた分は抗告人の各負担とする。

理   由
1 抗告の趣旨及び理由

 本件抗告の趣旨は,未成年者好井A(以下「A」という。)及び同好井B(以下「B」という。)についてなされた原審判をいずれも取り消し,本案審判の確定まで,抗告人を未成年者らの監護者と仮に定め,相手方らから抗告人に対し,未成年者らを仮に引き渡せとの決定を求め,さらに,未成年者Bについては,予備的に,同人についてなされた原審判を取り消し,本件を福岡家庭裁判所久留米支部に差戻すとの決定を求めるものである。
 抗告人の本件抗告の理由とするところは,原審判には,本件未成年者らについての保全の必要性についての認識,判断に誤りがあるというものである。

2 当裁判所の判断
(1)本件紛争の経緯についての当裁判所の認定は,原審判2頁7行目から4頁6行目までに記載のとおりであるからこれを引用する(但し,3頁24行目の「望んでいる。」の次に「なお,Aは,平成14年9月3日無断で久留米児童相談所から逃げ出し,現在一時的に抗告人のところに身を寄せている。」を加える)。

(2)そこで検討するに,原審判は,第三者が申立てた子の監護者の指定が認められるためには,親権者に親権を行使させることが子の福祉に反するような特段の事情が必要であることを前提として、抗告人の本件各申立ては,そのような特段の事情の存在を疎明するに足りる資料がなく,また,未成年者Aは久留米児童相談所に一時保護されており,未成年者Bも現在相手方らのもとでそれなりに安定して生活していることから,保護の緊急性にも疑問があり,家事審判規則52条の2の「事件関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」の要件を充たしていないとして,抗告人の本件各申立てを却下したものである。

 当裁判所は,未成年者Bについては,原審判は相当であると判断するものであるが,未成年者Aについては,本案認容の蓋然性及び本件保全処分の必要性をいずれも認めることができると判断するものである。すなわち,前記引用した原審判認定の本件紛争の経緯及び当審における未成年者Aの審問の結果によれば,未成年者Aは,相手方らのもとに帰ることを強く拒否しており,同児がこのように相手方らのもとに帰ることを強く拒否する主たる理由は,一つは,本件未成年者らの両親である相手方らが不仲であって,暴力を伴う争いを繰り返すため,そのような両親の紛争を目の当たりにしながら生活することに苦痛を感じることであり,一つは,頻繁ではないが相手方明の暴力が未成年者らにも向けられることについての恐れであり,一つは,相手方明による未成年者らに対する性的行為に起因するものと認められる。

 そして,原審記録及び精神科医○○○○の未成年者Aについての診断書(2通)ほか当審において提出された証拠,当審における抗告人及び未成年者A各審問の結果によれば,未成年者Aが訴える上記事実はあながち否定し難いところがあり(この点に関しては原審判も相手方明による未成年者らに対する暴力行為や性的行為は否定し難いものと認定しているところである。),それにより現在未成年者Aが被っている精神的な悪影響も看過し難い状況に至っているものと認められる。 

(3)児童は,その健全な心身の成長のためには,できうる限り良好な環境で監護養育されるべきは当然のことであって,そのような環境を児童のために整えるのが親権者の中心的な義務であることもいうまでもない。そうすると,本件の場合,度重なる両親の暴力を伴った紛争,未成年者Aに対して父親である相手方明による暴力や性的虐待が加えられている可能性が極めて高いこと等が現段階では否定できないのであるから,相手方らの親権の行使が未成年者Aの福祉を害すると認めるべき蓋然性があるというべきである。

また,未成年者Aは,原審判後,暫くは一時保護先である久留米児童相談所で生活をしていたところ,まもなく同所から逃走し,現在抗告人のもとにかくまわれている状況であって,抗告人と未成年者Aは,相手方らから連れ戻されるのを恐れて,現在学校に登校することもできない状況におかれているものである。そうすると,上記のような事件本人Aの状況は,同児の福祉に反することは明らかであって,現時点においては,同児の生活環境を早期に安定させる必要があるから,保全の緊急性もまたこれを認めることができる。そして,同児の早急な生活の安定を図るためには,現在未成年者Aが望んでいる抗告人による監護につき法的根拠を付与することが必要であると解せられる。


(4)未成年者Bについても,相手方明による性的虐待等未成年者Aについてと同様の事情が主張され,原審記録によればあながちこれを否定しえないところもあるが,未成年者Bは現在相手方らの肩書住所地である京都市において相手方らと共に生活しており,その正確な実情を把握することは極めて困難であり,同児についての保全の必要性を判断すべき的確な資料がないと言わざるを得ない。

抗告人は,同児については,予備的に福岡家庭裁判所久留米支部に差し戻しを求めているが,上記事情,殊に,未成年者Bは現に京都市に在住していることに照らせば,今後種々の手段によって把握できる同児と両親との関係における監護養育上の問題の有無如何により,京都府内の児童相談所による保護や京都家庭裁判所に対する新たな申立て等を検討することによって,解決を図るのが相当と解せられ,現段階における保全処分の必要性の疎明に欠けるものといわねばならない。

3 よって,原審判中未成年者Aについての保全処分の申立てを却下した部分は相当でないからこれを取消し,同児の監護者を仮に抗告人と定め,相手方らに対して未成年者Aの仮の引渡を命ずることとし,未成年者Bについての保全処分を却下した部分は相当であって,同却下部分に関する抗告は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 湯地紘一郎 裁判官 坂梨喬 長久保尚善)