小松法律事務所

夫両親の夫婦名義形成財産を"一切の事情"に考慮した高裁決定紹介


○「財産分与請求として共有不動産移転・現金支払を認めた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審令和3年12月24日東京高裁決定(判タ1501号94頁)関連部分を紹介します。

○民法の財産分与に関する規定は以下の通りです。
第768条(財産分与)
 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
2 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から2年を経過したときは、この限りでない。
3 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。


○財産分与対象財産は、上記規定の通り、婚姻後に夫婦が「その協力によって得た財産」で、原則として、婚姻後夫婦のいずれかが単独或いは共同名義で、自らの労力で取得した財産になります。例えば夫が父親の遺産分割で得た財産は、夫婦の協力によって得た財産ではないので、特有財産と呼ばれ、財産分与対象にはなりません。

○本件では、財産分与対象財産中に、夫の両親が夫婦のために夫婦名義で形成した財産が相当額含まれていましたが、この事情を民法768条3項にいう「一切の事情」として考慮して財産分与の額及び方法を定めました。親から贈与された財産は、原則、自らの労力で取得した財産ではなく特有財産と主張されます。しかし、例えば親の介護をした等の労力を費やしていた事情等から贈与を受けた場合、夫婦共有財産に該当する場合もあります。

○本件は、共有財産か特有財産か、微妙な事案については、具体的に妥当な結論を得るために、「一切の事情」として考慮して柔軟に判断することができることを示した重要な判例です。

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主   文
1 原審判を次のとおり変更する。

(1)相手方は,抗告人に対し,別紙一覧表の「相手方名義財産」の「番号1」の預金を分与する。
(2)
ア 相手方は,抗告人に対し,別紙物件目録記載の不動産持分(別紙一覧表の「相手方名義財産」の「番号6」)を分与する。
イ 相手方は,抗告人に対し,同目録記載の不動産持分につき,前項の財産分与を原因とする持分全部移転登記手続をせよ。
(3)抗告人は,相手方に対し,2800万円を支払え。
3 手続費用は,原審及び当審を通じて各自の負担とする。

理   由
第1 抗告の趣旨及び理由

 本件抗告の趣旨及び理由は,別紙「抗告状」,同「抗告理由書」,同「抗告審主張書面(1)」,同「抗告審主張書面(2)」及び同「抗告審主張書面(3)」に記載のとおりであり,これに対する相手方の意見は,別紙「抗告審答弁書」及び同「抗告審第1主張書面」に記載のとおりである。

第2 事案の概要(略称は,本決定で特に定義するものを除き,原審判のものを用いる。)
1 本件は,平成4年に婚姻し,平成30年12月12日に協議離婚をした元妻である相手方が,元夫である抗告人に対し,財産分与を求める調停の申立てをしたが,その後,審判に移行した事案である。

2 原審は,財産分与として,〔1〕抗告人は相手方に対して原審判別紙物件目録記載の不動産(抗告人の持分2分の1)を分与すること,〔2〕抗告人は相手方に対して上記〔1〕の不動産につき財産分与を原因とする持分全部移転登記手続をすること,〔3〕抗告人は相手方に対して3200万円を支払うことを命ずる旨の審判(原審判)をした。抗告人はこれを不服として即時抗告した(なお,前記のとおり,相手方は,原審判において,原審判別紙一覧表の「相手方名義財産」の「番号1」の不動産(抗告人持分2分の1)について分与を受ける旨の審判を受けているが,手続の全趣旨によれば,離婚後の原審判以前に,同不動産(抗告人持分2分の1)以外の自己名義の持分2分の1を,売買を原因として抗告人の母に持分全部移転登記をしている。)。

第3 当裁判所の判断
当裁判所は,原審判と異なり,財産分与として,抗告人に対し,別紙一覧表(以下「当審一覧表」という。)記載の「相手方名義」の「番号1」の預金及び同「番号6」の不動産持分(別紙物件目録記載の不動産持分)を分与した上で(同不動産持分につき,相手方に対し,持分全部移転登記手続を命ずる。),相手方に財産分与として2800万円を支払うことを命ずるのが相当であると判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 前提事実(本件記録及び手続の全趣旨によって認められる事実)
(1)抗告人と相手方は,平成4年11月5日婚姻し,4人の子をもうけたが,平成30年12月12日に協議離婚した(以下「本件離婚」という。)元夫婦である。
 抗告人の父C(以下「父」という。)はD株式会社の代表取締役であり,抗告人の母E(以下「母」という。)は有限会社Fの代表取締役である(以下,これらの会社を併せて「本件各会社」という。)。本件各会社は,いわゆる同族会社であり,父が実質的に経営している。

(2)婚姻期間中の抗告人の収入は月額50万円程度であり,一方で,相手方も,婚姻後5年間ほどはD株式会社の従業員として,また,同社及び有限会社Fの取締役として少なくとも月額合計12万円ないし16万円程度の収入を得ていた(なお,相手方の稼働実態の有無については争いがある。)。

2 財産分与の判断
 民法768条は,協議上の離婚をした者の一方は,相手方に対して財産の分与を請求することができ,当事者間に財産の分与についての協議が調わないとき,又は協議をすることができないときは裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる旨を規定しており,裁判所は,「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して,分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める」ものと定めている(同条3項)。

そうすると,裁判所がその判断において考慮すべき事情としては,「当事者双方がその協力によって得た財産の額」及び財産形成における「寄与の程度」が清算的財産分与の額の判断において重要な考慮事情となるほか,それ以外の事情についても,当該事情を考慮することが財産分与における当事者の衡平を図るうえで必要かつ合理的であると認められる場合には,これを前記「一切の事情」として考慮し,裁判所の合理的な裁量に基づいて,「財産分与の額及び方法を定める」ことになる。

3 財産分与の基準時
 本件における「当事者双方がその協力によって得た財産(財産分与対象財産)」の基準時については,相手方は本件離婚時である平成30年12月12日と主張し,抗告人においても争っていないものと認められるところ,本件記録によれば,同日を基準時とするのが相当である(以下「基準時」という。)。

4 財産分与対象財産及びこれに関する当事者の主張の要旨
(1)相手方名義財産(当審一覧表の相手方名義財産。以下においては,同一覧表の財産番号で特定する。)について

ア 財産番号1(預金)
 抗告人は,同預金は父母の特有財産であって財産分与の対象ではない旨を主張するので検討するに,本件記録(乙8の2等)及び手続の全趣旨によれば,同預金の口座(相手方口座)は,父が相手方名義で開設し,役員報酬等の名目で金員を振り込んでいたもので,相手方口座の通帳及び届出印は父が管理しているものであることが認められるが,相手方は,抗告人との婚姻後,少なくとも5年程度の期間,実際にD株式会社の従業員として稼働し,そのほか本件各会社の取締役として登記がされていたことが認められるから,相手方口座には相手方に支払われる給与又は取締役報酬が振り込まれていたものというべきであり,たとえこれらの収入の中に相手方の稼働実態がないのに支払われた部分が含まれていたとしても,父が抗告人及び相手方の生活支援として相手方の口座に振り込みを行っていたものと推認される(なお,相手方は,稼働実態の存在及び程度について具体的な反論をしておらず,これを的確に認定できる資料も提出されていない。)。

 そうであるとすれば,相手方口座に入金されていた同預金は,相手方の従業員又は取締役としての地位に基づいて支払われたものであるか,抗告人の父が相手方及び抗告人の生活の支援のために贈与等をしていたものというべきものであるから,通帳及び届出印を父が管理していたものであったとしても,預金自体は,実質的には夫婦の共有財産として財産分与の対象とすべき財産であるというほかはない。
 したがって,同預金(1821万6378円)は財産分与の対象となる。

 なお,上記のとおり,相手方口座は,父が開設し,その通帳及び届出印を父が管理していたもので,そこに振り込まれた預金の中には,夫婦の協力によって形成されたとは認め難い預金部分があるといわざるを得ないから,この事情は,後記のとおり,「一切の事情」として,財産分与の額を定めるにつき考慮するのが相当である。

イ 財産番号2(貯金)

         (中略)

(3)まとめ
 以上によれば,相手方名義の財産分与対象財産の額は1938万1240円となり,抗告人名義の同財産の額は4492万9918円となる(合計6431万1158円)。

6 分与割合及び分与方法について
(1)本件記録に現れた一切の事情を考慮すると,財産形成の寄与の割合は,抗告人と相手方につき,それぞれ2分の1とするのが相当である(なお,後記のとおり,上記財産分与対象財産の形成においては,父母の協力による生活のための支援として受けた財産が多く含まれていることが認められるが,このような事情は後記「一切の事情」として考慮するのが相当であり,抗告人の寄与として考慮することは相当ではない。)。

 そうすると,以上の判断によれば,本件における民法768条3項にいう「夫婦の協力によって得た財産の額」は合計6431万1158円であり,財産形成の寄与割合は2分の1ずつであると認められるから,これを前提とすれば,相手方が取得すべき財産分与の額は3215万5579円となる。
(計算式)6431万1158円÷2=3215万5579円

 もっとも,財産番号1の預金については,上記5(1)アのとおり,相手方口座の通帳及び届出印は相手方ではなく抗告人の父において管理していることが認められ,抗告人が,この財産について父母の特有財産であると主張していることを踏まえると,同口座の預金は抗告人に対して分与するのが相当である。そうすると,相手方が抗告人から支払を受けるべき財産分与の額は,上記3215万5579円から相手方名義財産のうち財産番号1の預金を除いた合計116万4862円を控除した3099万0717円となる。

(2)ところで,上記1及び5で認定した事実関係によれば,当審一覧表の相手方名義及び抗告人名義の各財産の形成においては,父母が代表取締役として実質的に決定することができる本件各会社の給与又は取締役報酬が振り込まれた頂金のほか,抗告人が父母と相談して父母の資金提供を受けて形成した財産が多くを占めていることが認められる一方で,相手方はこれらの資産形成の経緯や抗告人の負担額の有無及び内容について十分に認識していないことがうかがわれるだけでなく,自己名義の財産についても,記憶にないものや,父が管理していてその内容を把握していないものがあることが認められる。

そして,このことは,上記5において財産分与の対象財産と認められた財産についても同様であり,相手方は,財産番号1の相手方口座の預金について,本件各会社の従業員及び取締役として稼働実態がない旨の抗告人の主張に対し,具体的な反論も資料も提出していない。そうすると,以上から認められる本件における夫婦の財産形成及び財産管理の実情を総合すれば,本件における財産分与対象財産(夫婦の協力によって得た財産)の額には,抗告人の父母による支援の結果として形成された,夫婦の協力によって得たものとはいい難い財産が相当額含まれていることが認められる(実際に,抗告人の父が管理していた相手方名義の財産番号1の預金額だけでも,その額は約1800万円になる。)。

そうである以上,相手方が求める本件の財産分与の判断においては,このような事情を「一切の事情」として考慮するのが,財産分与における当事者の衡平を図る上で必要かつ合理的であると認められるのであって,以上の事情(本件における基準時財産の額及び財産形成の寄与の程度,これらを前提とした上記(1)の算定に係る財産分与額)のほか本件に現れた一切の事情を考慮すると,財産番号1の相手方口座の預金を除く相手方名義の財産については相手方が取得することを前提に,抗告人に対して,本件の財産分与として2800万円を相手方に支払うように命ずるのが相当である。

7 当審における抗告人の主張に対する判断
(1)抗告人は,相手方が,飲酒の上で物損交通事故を起こした抗告人とは夫婦でいることはできないと執拗に主張して,協議離婚届の用紙を準備した上で,「慰謝料はいらない。Hと関わりを持ちたくないので財産もいらないから,とにかく離婚してくれ。」などと要求したため,やむを得ず離婚に応じたもので,相手方は財産分与請求権を放棄している旨重ねて主張する。

 しかし,上記のとおり,相手方名義の財産について財産分与の対象となり得る多額の財産があるのに,当事者双方の合意によるのではなく,相手方のみが一方的に財産分与請求権を放棄する(あるいは同権利を行使しない)意思表示をしたものであるとは考え難いことや,協議離婚届を作成する際に財産分与請求権の放棄に関する書面が作成されていないことに加えて,原審判を補正の上引用したとおり,抗告人は相手方から財産分与請求を受けることを前提とした行動をとっていること,抗告人から相手方に対し離婚を求めた経緯がうかがわれること(甲41,42)に照らすと,相手方が,抗告人に対し,離婚することを提案し,その際に財産分与請求権を放棄する旨を申し出たとは認められない。よって,抗告人の上記主張は採用できない。

(2)抗告人は,別紙一覧表の抗告人名義財産の財産番号8及び同9の不動産(マンション)について,オーバーローンであるなら,零円と評価するのではなく,不動産の評価額を積極財産として計上し,ローンの金額を消極財産(債務)として計上すべきである旨主張する。
 この点,財産番号8の不動産及び残ローンについては,上記のとおり,抗告人が上記ローン残額の全額を単独で負担することを前提に,相手方が,同不動産の持分2分の1を抗告人に分与することが相当であり,それ以上に,上記ローン残債務を財産分与において考慮する必要は認められない。

 また、上記財産番号9の不動産については,抗告人名義で同不動産を第三者に賃貸して賃料収入を得ていることが認められる(乙2の1)一方で,相手方が主として使用収益しているという事情も認められない。そうすると,抗告人が同不動産を引き続き保有して賃料収入を得ることを前提に,上記ローンの支払義務を引き続き抗告人が負うものとするのが相当である。したがって,この点に関する抗告人の上記主張は採用しない。

8 以上のとおりであるから,本件の財産分与の協議に代わる処分としては,抗告人に対し,相手方名義の財産番号1及び同6の各財産を分与した上で(不動産持分については相手方に抗告人に対する持分全部移転登記手続を命ずる。),相手方に対して2800万円の支払を命ずることとする。そうすると,これらの判断と異なる原審判は相当でないから,上記の限度で原審判を変更することとして,主文のとおり決定する。 
(裁判長裁判官 木納敏和 裁判官 和久田道雄 裁判官 上原卓也)


別紙 抗告状〈省略〉
抗告理由書〈省略〉
抗告審主張書面(1)(2)(3)〈省略〉
抗告審答弁書〈省略〉
抗告審第1主張書面〈省略〉
物件目録〈省略〉
一覧表