小松法律事務所

貞操権侵害を理由に慰謝料20万円の支払を認めた地裁判決紹介


○「貞操自己決定権侵害を理由に慰謝料10万円を認めた地裁判決紹介」で、内縁関係にある女性がいたのにこれを秘して、独身としてマッチングアプリに登録して、原告女性と性関係をもったことに対し、原告女性が被告男性に、結果として意に反する性行為をさせられたとして、貞操権ないし性的事項に関する自己決定権を侵害されたとして慰謝料・名誉毀損慰謝料を請求した事案を紹介していました。

○同様に、被告が婚姻していることを秘して、マッチングアプリに登録して、結婚を視野に入れた真摯な交際を望んでいるかのように装って原告と交際し、性交渉に及んだことが原告の貞操権を違法に侵害する不法行為に当たるとして、原告女性が被告男性に慰謝料200万円を請求し、20万円の慰謝料を認めた令和5年3月30日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。

○このような事例は、世間には山のようにあり、訴訟にまで至る事案は氷山の一角と思われます。弁護士着手金程度の金額しか認められないのでは、割に合わない訴訟です。このようなけしからん男にはもう少し慰謝料金額を認めても良いような気がします。

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主   文
1 被告は、原告に対し、22万円及びこれに対する令和3年11月4日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は、原告に対し、221万1640円及びこれに対する令和3年11月4日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、原告が被告に対し、被告が婚姻していることを秘して、結婚を視野に入れた真摯な交際を望んでいるかのように装って原告と交際し、性交渉に及んだことが原告の貞操権を違法に侵害する不法行為に当たり、これにより原告は治療費1万1640円、慰謝料200万円、弁護士費用20万円の各損害を被ったと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき221万1640円及びこれに対する令和3年11月4日(不法行為日)から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。なお、本件は、被告が原告に対して提起した債務不存在確認の訴え(本訴)に対する反訴として提起されたものであり、被告は、反訴が提起された後に本訴を取り下げた。

2 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。以下、年月日については特に断りがない限り令和3年のことを指す。)
(1)原告は未婚の女性であり、被告は、訴外女性と婚姻している男性である(争いがない事実)。
(2)原告は、10月1日、東京カレンダー株式会社が運営・提供するいわゆるマッチングアプリである「東カレデート」(以下「本件アプリ」という。)に登録した。
 被告は、遅くとも同月中旬には本件アプリに登録し、その際、未婚であると称していた。
 本件アプリは、既婚者が利用することを認めていない。(乙2・7条1項、乙4、争いがない事実)

(3)原告と被告は、10月中旬頃から本件アプリで連絡を取り始め、同月27日に初めて会い、被告の滞在先であるホテル東京ベイコート倶楽部に行き、同日、同ホテル内の居室で避妊せずに性交渉を行った。(争いがない事実)
(4)原告と被告は、翌月4日に渋谷ストリームエクセルホテル東急で会い、同所に宿泊し、その際、避妊せずに3回性交渉を行った。(争いがない事実)
(5)11月13日、原告は被告に対し、生理が遅れている旨の連絡をした。(乙6)
(6)同月17日、原告が被告に電話をし、既婚者であるか尋ねた際、被告は既婚者であり、子どもが2人いる旨述べた(争いがない事実)。

3 争点及び争点に関する当事者の主張

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実の他、証拠(後掲証拠並びに乙12、甲11、原告本人及び被告本人(以下、原告本人又は被告本人の供述について引用する頁数は、各陳述記載書面の頁数である。)。いずれも後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨により以下の事実を認めることができる。
(1)原告は、令和3年10月当時、34歳であり、結婚を希望し、結婚を視野に入れた交際相手を探す手段として本件アプリに登録した(原告本人〔1、22頁〕)。

(2)被告は、本件アプリのプロフィール欄の自由記載欄に、仕事で忙しく女性との出会いが少なくこのままではまずいと思い登録した、素敵な方と出会えたら嬉しいなどと記載した。
 被告は、同プロフィール欄の基本情報欄に、一人暮らしの独身であり、結婚歴について「未婚」、結婚に対する意欲については「良い人がいればしたい」、子どもが欲しいかという質問には「はい」と記載した。(乙4)

(3)原告及び被告は、10月27日に台場にある東京ベイコート倶楽部で昼食をとる約束をし、同日、国際展示場駅で待ち合わせをした上で、同ホテルに向かった。原告は、被告から、レストランが開店していないため被告が宿泊している部屋に行こうと誘われ、これを承諾した。原告及び被告は、部屋の中で話をした後、交際する約束をし、性交渉をした。
 その後、同ホテル内のレストランで昼食をとり、また部屋に戻って性交渉をした。

 同日中に、被告は原告からの質問に応じて、世田谷区で一人暮らしをしていること、親から継いだ食品加工の会社等を経営していること、自身のLINEのアイコンにしている犬は実家で飼ってもらっていることなどを話した。
 原告は、同日の夕方までにはホテルを出て、被告に対し、「今日はありがとう」「これからよろしくね」などとメッセージを送り、翌日以降会うことが可能な日について連絡をした。(乙4、13、14、原告本人〔1~4頁〕)

(4)10月28日に原告が被告に対し、本件アプリにおいて被告が非表示になっている理由を尋ねたところ、被告はアプリをやめた旨答えた。実際には被告は、当時本件アプリを退会していなかった。
 原告及び被告は、同日のうちに、11月4日に会う約束をした。その後原告及び被告は、LINEを通じて毎日連絡を取り合っていた。同月31日は被告の誕生日であったところ、原告は被告に対し、誕生日を祝うメッセージを送った。(乙13、被告本人〔14頁〕、弁論の全趣旨)

(5)11月4日の夜、原告及び被告は、渋谷区内のエクセルホテル東急で待ち合わせをし、居酒屋で食事をした後、ホテルに戻って3回性交渉をし、宿泊した上で翌日の昼頃まで滞在した(乙13、原告本人〔5頁〕、被告本人〔5頁〕)。

(6)原告は、11月7日に被告に対し、東京駅を出発した旨メッセージを送り、これに対し被告が返信をしたが、その後はやりとりがない状態が続いた。原告が同月13日に、被告に対し、体調や仕事の繁忙を尋ねた上で、生理が来ないため相談したい旨メッセージを送ったのに対し、被告からの返信がなかった。(乙13)

(7)原告は、被告から聞いていた被告の氏名及び被告が経営する会社に関する情報を基に、被告が経営する会社を調べ、その登記簿謄本を取り寄せて被告及びその実家の住所を探し当てた。原告は、11月に被告の住所及び被告の実家の住所を宛先とし、被告及びその家族に宛てて、自身が被告と交際していること、被告と1週間連絡が取れないこと、予定日から1週間経過しても生理が始まらず、子どもができていたら産むつもりであること、早めに被告と病院に行きたいことなどを記載した書面を送付した。(甲8の1、8の2、原告本人〔19、20頁〕)
 原告は、遅くとも11月17日までに、被告のSNSを検索し、被告に結婚歴があることを認識した(乙7)。

(8)被告は、11月17日に原告に電話を架け、連絡がつかなかった理由について入院していたなどと話し、原告は被告に対し、会いたい旨を伝えた。
 その後、原告は、被告に対し、メッセージアプリを通じて、「とりあえず無事でよかった」「ちゃんと連絡欲しかった」などと告げた上、妊娠していたらどうしたいかと尋ねた。それに対し被告は、どうするかは会ってから話そうと返信した。原告は、被告に対し、既婚者であるか尋ねたが、被告から明確な返信はなかった。その後、原告は、既婚者であれば会いたくないこと、既婚者と分かって会って妻から訴えられるのは嫌であることなどと述べた上、被告が既婚者であると表示されている被告のSNSのスクリーンショットを送るなどし、貞操権侵害で訴えたい旨メッセージを送った。被告は、原告に謝罪し、誠実に対応する旨述べた。(乙8、14、弁論の全趣旨)

(9)原告は、令和3年11月19日、ジャスミンレディースクリニック渋谷において診察を受けたが、妊娠は確認されなかった(乙5、弁論の全趣旨)。

(10)被告は、代理人弁護士に交渉を委任し、11月23日以降、原告及び被告の代理人弁護士は、本件について、被告が原告に対し一定の解決金を支払うなどの内容で和解ができるか否かについて交渉を行ったが、合意に至らなかった(甲1~5)。

2 争点1(原告の貞操権侵害の有無)について
(1)認定事実(2)から(5)までによれば、被告が本件アプリ上で、結婚して子どもを持つことを望んでいる独身男性であるかのように積極的に装った上,原告と実際に会った後も、既婚者であることを隠し、居住地や生活状況、経営している会社や同会社を経営した経緯、実家に関すること等のプライベートに関する話を隠さず原告に打ち明けるかのような言動をして原告を信頼させ、交際させるに至ったものと認められる。

そして、原告は、かかる被告の言動により、被告が独身であり、原告との真剣な交際を望んでいると誤信し、また、婚姻に対する将来の期待を抱いたために複数回にわたり、避妊もせずに性交渉を行うことに応じたものといえる。このように、交際及び性交渉を行うか否かを決定するに当たり重要な事実に関して原告を誤信させ、それを認識しながら性交渉を行わせた行為は、貞操権を侵害する故意による不法行為に該当する。

(2)これに対し、被告は、本件アプリがマッチングアプリであることや、原告と被告が性交渉に至った経緯に照らし、そもそも原告が被告との交際を結婚を視野に入れた真剣交際と認識していた事実がないと主張する。

しかしながら、本件アプリが既婚者の利用を認めておらず(前提事実(2))、実際に、被告が本件アプリ上で表示していたプロフィールも、結婚し子どもを持つことを望んでいるかのような内容であったもので(認定事実(2))、本件アプリが結婚を視野に入れた交際相手を探す媒体として不適切であるとはいえない。

また、初めて対面した当日に性交渉に至った事実についても、原告が真剣な交際と認識していた事実と矛盾するものではないし、実際に、原告と被告とのやり取り(乙13、14)の内容に照らしても、原告が性交渉のみを目的として被告と交際していたとは全く認められない。 

 また、被告は、積極的に既婚者であることを隠したり、偽ったりしていないなどと主張するが、本件アプリのプロフィールの内容(認定事実(2))や原告に対して話した内容(認定事実(3))、原告から配偶者との婚姻事実について表示したSNSを突き付けられるまでは、独身であるか尋ねられた際、虚偽の事実を述べたり、はぐらかしたりしていたと認められること(乙14、原告本人〔2、3頁〕)などに照らし、被告が、積極的に既婚者であることを隠し、独身であるかのように装っていたことは明らかである。

 被告は、原告が11月4日に被告と会ったときには、被告が既婚者であることを認識していたと主張するが、被告の妻に対して被告との婚姻関係の有無を尋ねるメッセージ(甲7)を送ったのが原告であるとは認められず、原告が同日時点で被告が既婚者であることを知っていたことを裏付ける証拠は何らない。

 さらに、被告は、性交渉の回数が少ないことや原告が妊娠に至らなかったことをもって貞操権侵害が観念できないとも主張するが、本件事実経過の下、上記(1)のとおり貞操権の侵害が認められ、性交渉の回数や妊娠の有無はこの結論を左右しない。
 その他、被告は種々主張して貞操権侵害の事実を争うが、いずれも認められない。

(3)以上より、争点1については、被告が原告の貞操権を侵害する不法行為を行った事実を認めることができる。

3 争点2(損害額)について
(1)上記2(1)のとおり、原告は被告の言動によって、被告が独身であると誤信し、結婚を視野に入れた真剣な交際を期待したために避妊せずに性交渉を行い、その後妊娠した可能性まで認識していたものであり(認定事実(6)~(8)、(10))、相応の精神的苦痛を被ったものと認められる。被告は、原告と真摯な交際を行う意思もなく(被告本人〔1~4頁〕)、自身の性欲を満たす目的のみのために本件不法行為に及んでいたもので、悪質である。

一方で、原告と被告との交際期間はわずか3週間程度であり(前提事実(3)、(4)、(6))、実際に会ったのは2回に過ぎないこと、実際には妊娠に至っておらず(認定事実(9))、原告と被告との間で結婚を前提とした具体的な言動があったとも認められないこと、被告が独身であると表示したのは、実名を明かさずに表示でき、記載内容が真実であることの保証もない本件アプリ上であり(乙2、4)、一方で自身の実名で登録しているSNSにおいては、婚姻した事実を明らかにしていたもので(乙7)、巧妙な手段で原告を騙したともいえないことなど、一切の事情を考慮すれば、被告による不法行為によって原告に生じた精神的苦痛を慰謝するために相当な慰謝料は、20万円と認めるのが相当である

(2)原告は、被告の不法行為により、帯状疱疹を発症し、膀胱炎になったと主張する。しかしながら、証拠(こ9~11、14)からは、原告が帯状疱疹及び膀胱炎を発症した事実が認められず、仮にこれらを発症した事実があったとしても、被告の不法行為によるものと認めるに足りる証拠もない。したがって、原告が主張する治療費が、被告の不法行為と相当因果関係のある損害であるとは認められない。

(3)被告による不法行為と相当因果関係の認められる弁護士費用は、2万円を認めるのが相当である。
 したがって、被告による不法行為の結果原告に生じた損害額は、22万円である。

第4 結論
 以上によれば、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、22万円及びこれに対する最後の不法行為日である令和3年11月4日から支払済みまで、民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
 よって、原告の請求は、主文記載の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第34部
裁判官 佐藤彩香