小松法律事務所

貞操自己決定権侵害を理由に慰謝料10万円を認めた地裁判決紹介


○被告男性が、内縁関係にある女性がいたのにこれを秘して、独身としてマッチングアプリに登録して、原告女性と性関係をもったことに対し、原告女性が被告男性に、結果として意に反する性行為をさせられたとして、貞操権ないし性的事項に関する自己決定権を侵害されたとして慰謝料100万円(その後の名誉毀損と合わせて200万円)の支払と求めて提訴しました。

○被告男性は、内縁関係はなく、原告に対して深い付き合いを行う趣旨を述べていたわけではなく,これを原告は了承し、原告としてもいわゆる一時のパートナーを求めていただけであり,いわゆる真剣交際を行う意図がなかったと主張しました。

○女性は結婚相手として、真剣に交際していたのに、男性は一時的なセックスフレンドを求めただけとの主張で、女性はいわば遊ばれただけとのことで100万円相当の慰謝料請求をし、女性の主張を認めて、男性に対して10万円の慰謝料支払を命じた令和4年3月4日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。

○遊び人の男性が結婚をエサにして女性と性関係を持る例は、世間には掃いて捨てるほどあると思われます。本件は、独身でなければ登録できない「恋愛や出会いを希望する世界中の独身の男女(18歳以上。ただし,18歳以上であっても,高校生は除きます)を対象に,最適なパートナーと知り合う機会を提供する」マッチングアプリ経由で知り合った例です。スマホ時代になってスマホアプリ経由男女交際は相当あるはずで、その紛争で訴訟にまでなる例は氷山の一角と思われます。

○名誉毀損と合わせて弁護士費用含めて220万円の請求に対し、認められたのは1割相当額の22万円で、弁護士着手金額にもなるかならないかの金額です。この判決が遊び人男性への警告になるかは不明で、むしろこのような訴訟は割に合わないことを示すものです。

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主   文
1 被告は,原告に対し,22万円及びこれに対する令和2年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その9を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する令和2年5月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,被告と以前交際関係にあった原告が,被告は,〔1〕被告と内縁関係にある女性がいたのにこれを秘して原告と交際し,原告の意に反する性行為に及んだことから,原告の貞操権ないし自己決定権を侵害し,また,〔2〕原被告間の交際終了後,原告に対して送付した手紙等において,社会通念上許される限度を超えた侮辱表現し,原告の名誉感情を侵害したと主張して,被告に対し,不法行為に基づき,精神的慰謝料200万円及び弁護士費用20万円の合計220万円並びにこれに対する不法行為後の日(被告に対する通知書到達日の翌日)である令和2年5月10日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお,当事者間に争いのない事実については認定根拠を付していない。)
(1)当事者等
ア 原告は,令和元年当時37歳の女性である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は,昭和49年○月○○日生まれの男性である。被告は,平成13年11月17日にCと婚姻し,同人との間に長男をもうけたが,平成20年6月9日に離婚した。(甲1)
ウ 弁論分離前の相被告であるDことE(以下「D」という。)は,令和2年2月10日以降,被告と同じ住所地に住民票を置き,現在被告と同居する者である(甲2,9)。

(2)原告と被告との交際経緯等
ア 原告と被告とは,令和元年7月上旬頃,「○○○○○」という名称のマッチングアプリ(以下「本件アプリ」という。)を介して知り合い,間もなく性交渉を伴う交際関係を開始した。
 なお,本件アプリの利用規約第1条には,「当サービスは,恋愛や出会いを希望する世界中の独身の男女(18歳以上。ただし,18歳以上であっても,高校生は除きます)を対象に,最適なパートナーと知り合う機会を提供するものです。」とあり,同規約第4条には,「18歳以上(高校生は除きます)で,かつ独身(離婚している場合も含みます)でなければ,当サービスの会員登録や当サービス,ウェブサイトの利用ができません。」などと記載されているところ,被告は,本件アプリに登録する際,「独身」という項目にチェックを入れて登録を行った(甲5,弁論の全趣旨)。

         (中略)

2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1)争点〔1〕(被告による貞操権ないし自己決定権侵害の有無)について
【原告の主張】
 被告は,内縁の妻と認識している女性と同居していたにもかかわらず(ただし,原告は内縁関係の存在を争う。),本件アプリの利用規約に違反して本件アプリに登録し,そこで出会った原告と交際し,性行為に及んだ。本件アプリは単に性行為の相手等を探すことを目的とするようなものではなく,真摯な恋愛を求めるものであり,原告も結婚相手を探すために本件アプリに登録したものであるから,仮に被告に内縁の妻と称する女性がいることを知っていれば,被告と交際することも,性行為をすることもなかった。

 被告は,内縁が成立していると認識しているDの存在や,初めから結婚の意思も交際する意思もないのに,これを隠して原告と交際し,性行為に及んだものであり,結果的に原告の意に反する性行為に応じさせたという点で,原告の貞操権ないし性的事項に関する自己決定権を侵害した。

【被告の主張】
 被告とDは籍を入れていないし,原告との交際当時において同居を行っておらず,かつ会う頻度も数週間に1回程度のものであった。しかも,被告とDが会う理由は,被告とDの連れ子が数年間一緒に暮らしていたことがあるため,Dの連れ子と会わせるために会っていたということに過ぎない。当時Dとの間で性交渉も行っていない。したがって,そもそも,原告の被告に対する不法行為責任の根本となる被告とDの実質的な内縁関係は存在しない。そして,内縁関係が存在しないことにつき,原告自身が認めている。

 また,原告は,被告との真剣交際を求めていたとのことであるが,そもそも被告は原告に対して深い付き合いを行う趣旨を述べていたわけではなく,これについても原告は了承していた。交際開始後の事情においても,原告は,他の男性との交際関係を被告に相談したり,令和元年10月で交際終了といった先のない交際態様についても了承したりしていたことからすると、原告としてもいわゆる一時のパートナーを求めていただけであり,いわゆる真剣交際を行う意図がなかったことが推察される。

 その上,原告は,被告と4か月の交際を行っていた旨主張するが,令和元年7月~10月のうち,現実に付き合っていたのは1か月に満たない程度の期間である。 
 以上のことから,原告の貞操権ないし性的事項に関する自己決定権は侵害されていない。

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 争点〔1〕(被告による貞操権ないし自己決定権侵害の有無)について
(1)認定事実

 前記前提事実に加え,証拠(原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
ア 原告は,結婚相手を探す目的で本件アプリに登録をし,令和元年7月上旬頃,本件アプリを介して被告と知り合った。原告と被告が最初に会った際,原告は,被告に対し,結婚を前提とした交際がしたい,子どもが欲しい旨を伝えたところ,被告は,結婚はすぐには考えられない旨を返答した。

イ 原告と被告は,知り合って間もなく交際を開始したが,その後一,二週間程度で一旦交際関係を解消した。被告は,原告との交際関係を解消する際,原告に対し,結婚して子どもをもうけることはできない旨を伝えた。

ウ 原告と被告は,一旦別れた後も,SNSや電話で連絡を取り合っていた。原告は,被告に対し,他の男性との交際に関する相談などをした。

エ 原告と被告は,一旦別れてから約1か月後の令和元年8月下旬か同年9月上旬頃,交際を再開した。原告は,この際には,被告との結婚に当たって子どもはいなくても構わないと考えていた。

オ Dは,被告と内縁関係にあるとの認識を有していたところ,令和元年9月上旬頃,原告と被告が交際関係にあることを知り,被告に対して怒りを示し,直ちに原告との交際をやめるよう伝えた。

カ その後,被告は,原告に対し,令和元年10月末で交際関係を終了させることを申入れた。被告は,その理由として,原告に対し,令和元年11月以降被告の前妻及び実子と同居することになった旨を告げた。原告は,被告の上記申入れを受け入れ,原告と被告は,同年11月3日,交際関係を解消した。

(2)判断
ア 前記前提事実のとおり,被告とDが住民票上の住所を同じくしたのは令和2年2月10日であって,原告も主張上は被告との交際期間中における被告とDの内縁関係の存在を争っていることからすれば,少なくとも原告と被告が令和元年7月上旬頃に交際を開始した当初から被告とDが事実婚と評価できる関係にあったとまでは認め難い。

 しかしながら,前記前提事実のとおり,令和元年11月9日に原告が被告の自宅を訪れ,少なくとも同日時点では被告とDは同居していたと認められること,前記認定事実のとおり,原告との交際関係がDに発覚したのは同年9月上旬頃であって,これを知ったDが怒り,被告に対して直ちに原告との交際をやめるよう伝えたこと,同年11月8日以降,Dが原告に対して内縁の妻と称して損害賠償請求を行う旨告知し,原告の勤務先や原告の両親に対してもメールや書面を送付するなど(甲7の1・2,甲8),原告に対する激しい抗議を行っていること,被告自身,交際終了後に原告に対して送付した本件手紙上でDのことを内縁の妻と表記していることなどの事実に照らせば,原告と被告との交際終了後に被告とDが内縁関係になったとは到底考えられず,遅くとも原告と被告とが交際を再開した令和元年8月下旬か同年9月上旬頃には,被告とDの関係は内縁状態に至っていたものと認められる。

 被告は,それまで内縁関係とは認識していなかったものの,Dが怒ったのを見て,Dを内縁の妻と認識するようになった旨供述するが,上記の事実関係及び被告が本件手紙の中で「その中で本来俺には内縁(妻)の事を心から愛していたにも関わらず。性欲を満たす為に12年間も俺に尽くした,内縁の(妻)を裏切った形になってしまった。」などと記載していることに照らし,採用することができない。

イ 他方で,原告は,上記認定事実のとおり,結婚相手を探す目的で本件アプリに登録をし,被告との交際開始に当たって,結婚を前提とした交際がしたいなどと被告に伝えたというのであるから,被告としても,原告が真摯な交際を求めていることを認識していたと認められる。
 にもかかわらず,被告は,本件手紙の中で「俺は遊びのつもりで,はじめから,接していました。」,「俺からすれば性欲も満たせて責任もなく,軽い気持ちで付き合える感覚だけでした。男の立場からすればラッキーにしかおもってないです。」などと記載しているとおり,真摯な交際をするつもりがないのに原告との交際関係を継続し,性交渉を持ったものであって,上記のとおり交際を再開した際には被告とDが内縁関係にあったと認められることからすれば,被告は,少なくとも令和元年9月上旬頃から同年11月3日まで原告と交際して性交渉に及んだことについて,原告の性的事項に関する自己決定権を侵害したものであり,原告に対する不法行為責任を負うと認められる。

         (中略)

3 争点〔3〕(損害の有無及び額)について
(1)自己決定権侵害の不法行為による慰謝料額

 前記のとおり,被告は,原告の性的事項に関する自己決定権を侵害したと認められるところ,原告の年齢(令和元年当時37歳)や,出産して子をもうけたいという希望があったことなどに照らすと,原告が受けた精神的損害は少なくないと考えられる。
 他方で,原告と被告との交際期間は,交際再開後の期間につき2か月程度であって,長期間とまではいえない。また,原告本人の供述によっても,被告が原告との婚姻を約束したような事情までは認められない。
 これらの点に加え,本件にあらわれた一切の事情を総合的に考慮すれば,原告が自己決定権を侵害されたことによる精神的慰謝料の額は,10万円と認めるのが相当である。