小松法律事務所

性的自己決定権侵害・婚約不当破棄に慰謝料100万円を認めた地裁判決紹介


○「貞操自己決定権侵害を理由に慰謝料10万円を認めた地裁判決紹介」の続きで、女性の性的自己決定権を侵害した不法行為と婚約の不当破棄を理由に慰謝料100万円の支払を認めた令和3年12月1日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。

○原告(女性)はマッチングアプリを通じて被告(男性)と知り合い、結婚を前提とする交際を開始したが、被告は交際開始当初から既婚者であることを秘して原告に性行為を承諾させたのみならず、婚約後に一方的に連絡を絶って、婚約を不当に破棄したとして、原告が、被告に対し、損害賠償金等330万円のの支払を請求し、慰謝料100万円弁護士費用10万円の合計110万円の支払が認められました。

○「貞操自己決定権侵害を理由に慰謝料10万円を認めた地裁判決紹介」で認められた慰謝料は10万円でしたが、本件は、被告が原告の両親と会うなどして結婚の申込をしていることから、原告と被告との間には,遅くとも平成30年4月下旬頃までには,婚約が成立していたと認定され、原告の性的自己決定権侵害の不法行為のみならず、婚約の不当破棄についての慰謝料も認められ、100万円になりました。本件での被告は本人訴訟だったことも多少は影響しているかも知れません。

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主   文
1 被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する令和元年11月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。


事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する令和元年11月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,マッチングアプリを通じて被告と知り合い,結婚を前提とした交際を開始したことから,被告との避妊具を使用しない性行為に応じたほか,被告から結婚の申込みを受けて,原告の両親に挨拶をするなど,被告と婚約をしていたにもかかわらず,被告が,原告と交際を始めた当初から,既婚者であることを秘して原告に性行為を承諾させ,かつ,婚約後に一方的に連絡を断って,原告との婚約を不当に破棄したものであり,これらの被告の行為が,原告の性的自己決定権を侵害し,かつ,婚約を不当に破棄したと主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,慰謝料等合計330万円及びこれに対する不法行為日の後の日である令和元年11月6日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定することができる事実である。)

         (中略)


第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告と被告は,平成29年9月頃,「Tinder」というマッチングアプリを通じて知り合った。原告は,当時,「Tinder」のプロフィール欄に「真剣に交際相手を探しておりますので,それ以外の方(人脈,友達づくり,雑談等)は申し訳ありません。」と記載していた(前提事実(1),甲10)。

(2)原告と被告は,平成29年9月30日,夕食を共にして,お互いに独身であり,結婚相手を探している旨の話をした。原告は,被告との会話が楽しかったことから,このまま継続して関係を深めたいと思った。
 もっとも,被告は,当時,既に結婚しており,被告の妻との間には子どもがいた。そして,同年○○月○○日には,被告に二人目の子どもが生まれている。(以上について甲8,原告本人,被告本人,弁論の全趣旨)

         (中略)


(9)被告は,平成30年4月17日,イタリア料理店で原告と夕食を共にした際,原告に対し,同年5月に被告の両親に挨拶した後,入籍するか,それとも数か月間一緒に住んでから入籍をするかなどの話をした。
 また,原告と被告は,同月28日及び同月30日にも食事をし,同月30日は性行為も行った。原告は,この頃,被告との間で,被告の両親が,同年5月にオーストラリアから一時帰国するため,そのときに被告の両親に結婚の挨拶に行く旨の話をしていたものの,具体的な日程等は決まらないままであった。(以上について甲8,13,原告本人,弁論の全趣旨)

(10)被告は,平成30年5月に入り,原告からのLINEのメッセージに返信をしなくなり,原告からの電話にも出なくなった。そして,被告は,平成30年6月9日,原告に対し,友達に戻った方がよいと一方的に告げた。
 その後,原告は,同年9月18日,被告の勤務先であると聞いていたクレディ・スイスに対し,被告宛てに本人限定郵便により手紙を送付したが,同手紙は宛先不明で返送された。
 なお,原告は,令和2年8月頃,被告がクレディ・スイスに勤務していたかの調査結果として,被告がクレディ・スイスに勤務していなかったとの報告を受けた。(以上について甲8,13,14,16,22,原告本人,弁論の全趣旨)

(11)原告は,平成31年3月24日頃,被告が9年前に既に結婚していたこと,被告と当該結婚相手との間には,2歳と8歳の2人の子どもがいることを知った(甲5,12)。

(12)原告は,令和元年8月1日及び同年9月4日に被告と会った。被告は,その際,原告に対し,結婚はしておらず,婚活も今は頑張っていないこと,避妊をしなかったのは,子どもができたらできたでうれしいと思っていたからであること,原告以外に避妊をしないで性行為をしたことはなかったこと,原告とは結婚しようと思って付き合っていたこと,原告以外とは結婚を考えることはできず,原告だから付き合ったことなどの話をした(甲7(枝番号含む))。

2 争点1(性的自己決定権の侵害の有無)
(1)前記1に認定した事実によれば,被告は,原告と知り合った当時から,既婚者であり,配偶者との間に子どもがいたにもかかわらず,これを秘して,原告に対し,結婚しておらず,結婚相手を探しているなどと事実と異なる旨を告げたこと(前記1(2)),原告は,被告の話を信じ,被告が結婚をしていないと誤信し,被告と結婚を前提とした交際をすることとしたこと(前記1(3)),原告は,被告と結婚を前提とする交際を続けていく中で,被告と性行為を複数回行い,その際,被告が避妊具を利用しなかったこと(前記1(3)ないし(5),同(7)ないし同(9)),原告が平成31年3月24日頃まで,被告が既婚者であり,子どもがいることを知らなかったこと(前記1(11)),以上の事実が認められる。

 このような事実に照らせば,被告は,原告に被告が結婚をしておらず,結婚を前提とした交際をしていることを誤信させて,避妊具を用いない性行為を承諾させていたものというべきであり,このような被告の行為は,原告の性的自己決定権を侵害する不法行為となるものと認めるのが相当である。

(2)これに対し,被告は,原告と出会った際,被告が既婚者であり,一緒に飲食や旅行をしてくれる遊び相手を探している旨を原告に伝えていたのであり,原告と結婚をするという話をしたこともない,原告と性行為を行った際はコンドームを着用するなど避妊具を利用していたし,原告から積極的に性行為を誘ってきたこともあったのであり,原告とは,遊興目的で,双方の合意の下,性行為を行っていたのであるから,原告の性的自己決定権を侵害するものではない旨主張し,被告の供述には上記主張に沿う部分がある。

 しかしながら,原告は,「Tinder」において,「真剣に交際相手を探しておりますので,それ以外の方(人脈,友達づくり,雑談等)は申し訳ありません。」と記載していたのであり(前記1(1)),真剣な交際を希望していた原告が,被告から,被告が既婚者であり,一緒に飲食や旅行をしてくれる遊び相手を探していると言われた上で,被告と交際するというのはにわかには考え難い。

また,原告は,京都に居住している原告の両親に被告を会わせているが(前記1(7)),被告の供述を前提とすると,原告は,わざわざ京都まで行き,不貞相手である被告を自ら両親に紹介していることになるが,そのような行動は不合理である。

さらに,被告は,令和元年8月1日及び同年9月4日に原告と会った際,原告に対し,結婚はしておらず,婚活も今は頑張っていないこと,避妊をしなかったのは,子どもができたらできたでうれしいと思っていたからであること,原告以外に避妊をしないで性行為をしたことはなかったこと,原告とは結婚しようと思って付き合っていたこと,原告以外とは結婚を考えることはできず,原告だから付き合ったことなどの話をしたのであり(前記1(12)),このような発言は,いずれも被告の供述と矛盾するものである。

 なお,被告は,令和元年8月1日及び同年9月4日の録音及び反訳書(甲7(枝番号含む))について,事前に仕組まれた誘導尋問的なものであり,証拠能力を否定すべき旨を主張するものの,会話の内容等からして,不当な誘導がされているものであるとは認められないし,録音が著しく反社会的な手段を用いてされたものであるとも認められないから,被告の上記主張は,採用することができない。
 以上によれば,被告の上記供述は,信用することができない。

 したがって,被告の上記主張は採用することができず,そのほか本件記録を精査しても被告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
 なお,被告は,原告とは別の女性との間では,既婚者であり,子どもがいることを伝えた上で交際をしていたとして,LINEのメッセージ(乙4)を提出するが,原告とは別の女性に対して、そのように打ち明けた上で交際していたからといって,原告に対しても同様に既婚者であることなどを伝えていたことにはならず,また,上記に指摘した各事情にも照らせば,同メッセージが,被告の供述を裏付けるものであるとは認め難いから,上記認定判断を左右するものとは認められない。

(3)以上によれば,被告には,原告の性的自己決定権を侵害した不法行為が成立するものと認められる。 

3 争点2(婚約の成否及び不当破棄の有無)
(1)前記1に認定した事実によれば,原告と被告は,平成29年12月16日,結婚を前提とした交際を開始したこと(前記1(2),同(3)),被告が平成30年2月3日に,原告に対し,原告の両親に結婚の挨拶をするための顔合わせをしたい旨を伝えたこと(前記1(4)),被告が,同月14日,原告に対し,プロポーズはロマンチックな場所でする予定である,婚約指輪は一緒に買いに行きたい旨述べていたこと(前記1(5)),原告と被告が,同年3月18日から19日にかけて,結婚の挨拶のために原告の両親が居住する京都を訪れ,被告が,原告の両親との会食の場において,原告と結婚したいこと,同年秋頃までには結婚式を挙げたいことなどを伝えていたこと(前記1(6)),原告と被告との間では,平成30年4月下旬頃には,同年5月に被告の両親に結婚の挨拶をするとの話がされていたこと(前記1(9)),以上の事実が認められる。
 これらの事実によれば,原告と被告との間には,遅くとも平成30年4月下旬頃までには,婚約が成立していたものと認めるのが相当である。

 しかしながら,被告は,平成30年5月に入り,原告との連絡を一方的に取らなくなった上,同年6月に友達に戻った方がよいと一方的に告げて,交際を終了させていることが認められ(前記1(10)),これらの事実によれば,被告は,原告との婚約を,不当に破棄したものというべきであり,原告に対する不法行為が成立するものと認められる。

(2)これに対し,被告は,原告と出会った際,原告に対し,既婚者であり,一緒に飲食や旅行をしてくれる遊び相手を探している旨を伝えていたのであり,原告と結婚をするといった話をしたことはなく,原告の両親に対し,原告と結婚したい旨を述べたことはない,また,原告と被告が婚約をしていたというのであれば,婚約指輪等の受渡しがあってしかるべきであるが,そのような事実もないから,原告と被告との間で婚約は成立していない旨主張する。

 しかしながら,原告と被告との間において,婚約が成立していたものと認められることは,前記(1)に認定判断したとおりであり,また,被告が,原告に対し,結婚をするといった話をしていないことなどの主張について,これを採用することができないことは,前記2(2)に認定判断したとおりである。
 したがって,被告の上記主張は採用することができず,そのほか本件記録を精査しても被告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。

(3)したがって,被告には,原告との婚約を不当に破棄した不法行為が成立するものと認められる。

4 争点3(損害)
(1)被告について,原告の性的自己決定権の侵害及び婚約の不当破棄による不法行為が成立することは,前記2及び3に認定判断したとおりであるところ,上記不法行為の内容に加え,証拠(甲1,6,17,18)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,被告の上記不法行為により,不安抑うつ状態となり,通院を余儀なくされており(甲1,6),平成30年6月から令和2年3月まで新宿ゲートウェイクリニックにおいて通院治療を受けていたこと(甲17),令和2年4月以降も那須こころの医院において通院を継続していること(甲18)が認められ,これらの事実に加え,原告が,信じていた被告から一方的に別れを告げられ,その後,被告が既婚者であったことなどの事実を知るに至ったことなどの事情(前記1(10),同(11))も考慮すると,原告が被った精神的苦痛は大きく,これに対する慰謝料は100万円と認めるのが相当である

(2)そして,原告は,本訴訟を提起し,これを追行するために訴訟代理人として弁護士を選任せざるを得なかったことなどの事情を考慮すると,被告の不法行為(前記2及び3)と相当因果関係のある弁護士費用としては,前記(1)の慰謝料額の1割の10万円と認めるのが相当である。

(3)以上によれば,被告の不法行為による損害額は,110万円であると認めるのが相当である。

第4 結論
 よって,原告の請求は,上記の限度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第26部 裁判官 市野井哲也