不貞行為慰謝料請求書勤務先送付行為の慰謝料請求を棄却した地裁判決紹介
○被告は原告に対し、反訴として、Cの不貞を認める念書、離婚訴訟での不貞行為認定を根拠に、被告の夫Cと不貞行為を行った旨主張し、不法行為に基づき慰謝料100万円の賠償などを求めました。
○これについて、被告が原告の勤務先に対して慰謝料に関する請求書を送付したことについて被告に何らかの注意義務違反があったとまでは認められないとして、本訴請求を棄却し、認定された事実によれば、原告とCが不貞行為を行ったとの事実を認めることはできないとして、反訴請求も棄却した令和5年2月7日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。
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主 文
1 原告の本訴請求及び被告の反訴請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴
被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する令和3年1月17日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 反訴
原告は、被告に対し、110万円及びこれに対する平成30年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本訴は、原告が、被告が原告と当時被告の夫であったC(以下「C」という。)が不貞行為に及んだとして原告に対して慰謝料の支払を求める請求書を原告の当時の勤務先に送付したため、同勤務先が請求書の内容を確認することになり、原告は同勤務先を退職せざるを得なくなったのであり、上記の勤務先への請求書の送付行為は不法行為に該当する旨主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和3年1月17日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
反訴は、被告が、原告が当時被告の夫であったCと不貞行為を行った旨主張して、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料100万円及び弁護士費用10万円並びにこれらに対する不法行為の日である平成30年5月12日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実
(中略)
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実、証拠(乙13ないし15、原告本人及び証人C(ただし、いずれも後記認定に反する部分は除く。)のほか、後掲の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1)被告とCの婚姻関係の推移等(乙1、8、24、25の1・2)
ア 被告とCは、平成28年11月22日に婚姻届を提出したが、直ちには同居せず、しばらく別居していた。
また、被告とCは、平成29年6月に結婚式を行い、同年7月に新婚旅行に行ったが、被告は、新婚旅行の際のCの言動に立腹し、同年8月頃以降、Cに対して関係を終わりにしたい旨のメッセージを送るなどした。
その後、Cと被告は、同年11月頃に話合いを行った結果、離婚はせずに同居を始めることとし、同年12月30日から同居するようになった。
イ もっとも、Cは、同居開始後も、被告が何か嫌なことがあると部屋に閉じこもったり、実家に帰ったりし、Cが平成30年○月に被告の誕生日ケーキやプレゼントを購入してメッセージを送っても被告が実家から戻らず、連休中にも一度も会うことがなかったことから、離婚を決意し、同年5月頃、離婚届出用紙を入手した。
その後、被告は、同月10日頃、Cが離婚届出用紙を所持しているのを発見したため、Cの行動に不信を抱くようになったところ、同月30日、Cの鞄の中から避妊具と使用済みのパンティストッキングを発見したため、Cに対して不貞をしたのかを問い詰めた(乙5、6)。その際、Cは、原告と不貞関係に及んだことを認め、「2017年10月14日 A宅にて肉体関係に。」、「2018年5月11、12日 Aと、同人宅にて肉体関係に。」、「不倫したことを認める。」などと記載した念書(以下「本件念書」という。)を作成し、これに署名押印した(乙3)。
一方で、Cは、翌日の同月31日、弁護士に相談したところ、事実と異なる念書を書いたのであれば記録を残した方がよいとの助言を受けたため、日記に、「前日の深夜に被告より念書の作成を要求され、書かないと支店長に電話する、会社に電話して調べさせるなどと言われ、机を叩きながら早く書くように何度も要求されたため、原告と肉体関係ありと記載した」旨や、「本件念書に記載した日に原告の手を握ったり抱きついたりしたことは事実であり、それらの行為も肉体関係に含まれるとの認識で肉体関係ありと書いたが、性行為は行っていない」旨などを記載した(乙11、12)。
ウ 被告は、平成30年6月2日及び3日、Cに対して激しい怒りをぶつけ、Cの私物をごみ扱いし、Cのことを「クソ野郎」などと罵倒し、Cの信仰を「クソカルト」、「キチガイ」と侮辱するなどし、同日午前3時頃には被告の両親が駆けつけて被告をなだめて実家に連れ帰ろうとしたが、被告はこれを拒み、Cを「人間のなりそこないの奇形児」などと罵倒し、自分が死んでも喪主はCにさせないよう述べた上、Cを土下座させてその姿を写真撮影しようとするなどした。また、被告は、同月4日ないし5日頃、Cの衣類を汚損し、トイレットペーパーに「不倫野郎使うな」などと書いてCの使用を妨げ、冷蔵庫内に「ここに不倫野郎のエサはない」、「あさってんじゃねぇよ」と記載した紙を入れてCに使用させないようにするなどした。
その後、被告は、同月5日に病院に救急搬送され、これ以降、Cと被告は別居している。
エ Cは、平成30年7月、被告との離婚を求めて夫婦関係調整(離婚)調停を申し立てたが、同年10月30日に不成立となり、令和元年9月13日、被告に対して離婚請求訴訟を提起した。
東京家庭裁判所は、令和2年8月26日、本件念書はCがその作成当時に自らの体験内容を記載したものと認めるのが相当であり、原告とCは本件念書記載の平成29年10月14日及び平成30年5月11日に不貞関係に及んだものと認められるとし、Cを有責配偶者に当たるとした上で、被告とCの夫婦の別居が同居期間に比して相当の期間とみることができること、両者の間に未成熟子はいないこと、及び、離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情があるとは認められないことから、Cからの離婚請求が信義誠実の原則に反するものとはいえないとして、Cの離婚請求を認容する判決を言い渡した。
被告がこれに対して控訴したが、東京高等裁判所は、令和3年3月1日、被告の控訴を棄却する旨の判決を言い渡し、その後、上記離婚判決が確定した。
(2)原告とCの関係等
ア 原告とCは本件勤務先の同僚であり、原告がCの先輩であったところ、原告とCは、平成29年10月14日、二人でカフェで会って話をしたことがあった。
イ Cと原告は、平成30年4月、本件勤務先において同じチームで仕事をするようになり、同年5月11日には二人でCの車で出かけたことがあった。
なお、原告は、同年4月26日頃、C以外の男性と婚約した(甲4)。
ウ Cと原告は、Cが本件念書を作成した日の翌日である同年5月31日午前5時14分頃以降、以下のようなメッセージのやり取りを行った(甲3)。
C:朝大事な話があります。ごめんなさい。
原告:どういう意味?
C:チケットかなにか見たみたい。それで聞いてきたんだと思う。不倫したことを認めるっていう書類を書かされてAさんの名前も知られてる。
とにかく今日日中とか話せないかな。
原告:は?不倫?出かけただけで?巻き込むつもり??
C:関わりたくないだろうけどそっちにもなにか連絡が行ったりする可能性があるからちゃんと話したい。
原告:連絡先教えたの?
こんな形で巻き込むなんて。
C:名前言わないと会社に連絡して調べさせるけどって言われて名前こたえるしかなかった。
そしたら連絡網を勝手に見たみたいで電話番号は知ってる
原告:何の証拠もないのに、認めるとかバカだよ。まぁ、後で話そう。
C:ごめん、こっちも朝から空いてるからすぐ話そう。
原告:いいようにされてるね。。
もう関係ないし、不倫がないものはない!連絡来たら言ってあげるよ。これ以上巻き込むようなら名誉毀損も考える。
(3)本件送付行為等
被告は、同年6月27日、代理人を通じて、本件勤務先に宛てて、原告への親展を付した上で、原告に対してCとの不貞行為に基づく損害賠償を求める旨の請求書を内容証明郵便で送付した(本件送付行為)。
同請求書の1頁目には、「原告以外の者が同請求書を読むことは想定していないので、原告以外の者が同請求書を開いた場合には速やかに同請求書を原告に渡してほしい」旨の記載があり、Cとの不貞行為に関する記載は同請求書の2頁目に記載されていた(甲1)。
これに対し、原告は、同年7月6日、被告の代理人に対し、Cから要望を受けて2度ほど会ったことは事実だが、離婚の相談を受けただけで不貞行為の事実はない旨などを記載した回答書を送付した(甲2)。
2 本件送付行為の不法行為該当性について
原告は、被告が、他の方法もあったにも関わらず、本件勤務先に対して原告とCが不貞行為に及んだので損害賠償を求める旨記載した請求書を送付し、原告が不貞行為に基づく損害賠償請求を受けているという事実を公にした旨主張し、これが不法行為に該当する旨主張する。
しかし、被告が原告とCが不貞行為に及んだ旨の事実を本件勤務先に対して暴露する目的で本件送付行為に及んだなどの事実を認めるに足りる証拠はない。また、被告が当時原告の住所を把握しておらず、原告の勤務先に請求書を送付することもおよそ合理性のない手段であるとはいえなかったこと、被告は請求書を送付する際に原告への親展を付しており、また、請求書の1頁目には「原告以外の者が同請求書を読むことは想定していないので、原告以外の者が同請求書を開いた場合には速やかに同請求書を原告に渡してほしい」旨記載し、Cとの不貞行為に関する記載は同請求書の2頁目に記載していたこと(認定事実(3))などからすれば、その後本件勤務先が同請求書を開封してその内容を確認したことがあったとしても、被告が本件勤務先に対して同請求書を送付したことについて被告に何らかの注意義務違反があったとまでは認められない。そして、他に本件送付行為が原告に対する不法行為に該当すると認めるに足りる証拠もない。
よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求には理由がない。
3 原告とCの不貞行為の有無について
(1)
ア 原告とCの不貞行為を裏付ける証拠としては、Cが作成した本件念書が存在するところ、Cは、本件念書を作成した理由について、被告から、机を何度も叩きながら「肉体関係」があったことを認める念書を書くように言われ、書かなければ明日本件勤務先に連絡するなどと脅迫された、被告のこのような言動に畏怖したことや、翌日の仕事のために早くこの状況から解放されたかったことなどから、内容が虚偽の本件念書を作成した旨供述ないし証言する。
そして、(弁護士から記録を残すように助言を得た上で作成したものではあるものの)Cが本件念書を作成した日の翌日に上記供述ないし証言に沿う内容を日記に記していたこと(認定事実(1)イ)や、本件念書が作成された数日後の被告のCに対する言動が苛烈なものであったこと(認定事実(1)ウ)に照らすと、Cの上記供述ないし証言が不合理であって信用できないものとは直ちには断じ難い。
イ かえって、原告は当時他の男性と婚約をしたばかりであったこと(認定事実(2)イ)、原告とCとの間のメッセージのやり取りでは特段二人が男女として親密な関係にあった様子はうかがわれないこと(乙21)、本件念書が作成された日の翌日になされたやり取りでは、原告はCとは一緒に出掛けたことがあるだけであるのになぜ不倫の相手として巻き込まれなければならないのかなどと困惑・立腹していた様子がうかがわれること(認定事実(2)ウ)などの事実に照らすと、原告とCが当時不貞行為に及んでいたとはにわかには考え難い。
ウ また、確かに、本件念書に不貞行為が行われた日として記載されていた日のうち、平成29年10月14日と平成30年5月11日に原告とCが二人で会っていたことは両者も認めるところであるが、その理由について、原告及びCは、平成29年10月14日は本件勤務先で取得することが推奨されていた資格試験の勉強会で会っただけであるし、平成30年5月11日はCが原告に対して被告との関係がうまくいっていないことについて相談をするために会っただけである(その際、結局、Cの車の中で原告がCから相談を聴くことになった)旨それぞれ供述ないし証言している。
そして、証拠によれば、平成30年5月頃にも原告がレストランで勉強しているところにCが加わることがあった事実(乙21。なお、その際には本件勤務先の他の同僚も同席していたようである。)や、原告がCと会った同月11日の翌日に、友人に対してCから被告との離婚に関する話を聞かされたことを伝えていた事実(甲8)など、原告及びCの上記供述ないし証言に沿う事実が認められ、その供述ないし証言には相応の信用性が認められるといえる。
そうすると、本件念書に不貞行為が行われた日として記載されていた日に原告とCが二人で会っていたからといって、両者がその日に不貞行為を行っていたとまでは容易には認め難い。
エ 以上によれば、本件念書の信用性については、容易にこれを肯定することはできないと言わざるを得ない。
(2)
ア これに対し、被告は、原告とCが不貞行為に及んだことを推認させる事情として、Cの鞄内から避妊具や使用済みの原告のパンティストッキングが発見された事実の存在を指摘する。
しかし,上記避妊具がCが原告と使用する目的で所持していたものであった事実をうかがわせる証拠はなく、Cが鞄内に避妊具を所持していたからといって直ちに原告とCが不貞行為に及んでいた事実が推認されるとはいえない。
また、Cの鞄内から発見されたパンティストッキングについては、それが原告のものであるかは必ずしも明らかではない上、仮に原告のものであったとしても、そのことから直ちに原告とCが不貞行為に及んでいた事実が裏付けられるとはいえない(原告は平成30年5月11日にCと会った際にCの車に乗ったことがあったのであり(認定事実(2)イ)、その際に原告が所持していたものをCの車の中に忘れて行っただけである可能性がある。)。
イ さらに、被告は、原告とCが不貞行為に及んだことを推認させる他の事情として、原告が友人に対してCと不貞行為に及んだことを認めるような内容のメッセージを送っていたことや、Cと原告がデートに用いたものと考えられるチケットに関するやり取りをしていたことなども指摘する。
しかし、被告が指摘する原告が友人に対して送ったメッセージの内容とは、「私が関わったのは1週間」、「離婚切り出した次の日からしか会ってないのに、理由にされたらたまらない。」などという内容であって、その前後のやり取りも含めた実際のメッセージ(乙22)を見ても、原告がCと不貞行為に及んだことを認めるような内容のものであったとは解し難い(原告は、上記のメッセージは、原告がCから被告との離婚の相談を受けるなどしてCの私生活に関わっていたのが1週間程度であったという意味であったり、Cが被告に離婚の話をした次の日にCと会っただけである原告が離婚の理由にされるのはおかしいという意味であった旨供述しており、実際のメッセージの内容(乙22)等に照らしても、その供述が不合理であるとはいえない。)。
また、Cと原告がデートに用いたものと考えられるチケットに関するやり取りをしていたというのは、本件念書が作成された日の翌日になされた原告とCのやり取りにおいて、Cが原告に対し「チケットかなにか見たみたい。」などとのメッセージを送っていたこと(認定事実(2)ウ)を指すが、何のチケットの話であるのかが全く不明であるし、その後の原告の返信の内容(「は?不倫?出かけただけで?巻き込むつもり??」など)に照らしても、上記のやり取りがあるからといって原告とCが不貞行為に及んでいた事実が推認されるとは言い難い。
ウ したがって、被告の指摘する事情を踏まえても、原告とCが不貞行為に及んでいた事実は認められない。
(3)以上によれば、そもそも原告とCが不貞行為を行ったとの事実を認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、被告の反訴請求には理由がない。
なお、Cと被告との間の離婚請求訴訟においては、原告とCが不貞行為に及んでいた事実が認められているが、本件とは前提となる証拠関係を異にしており、かかる事情の存在によっても上記判断は左右されない。
第4 結論
以上によれば、原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第6部 裁判官 菊地拓也