小松法律事務所

不貞行為に慰謝料等300万円の支払を認めた地裁判決紹介


○Cの妻である原告が、被告とCとの不貞行為により精神的損害を被ったとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金等の支払を求めた事案において、請求を一部認容した令和3年1月20日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。

○最近の不貞行為慰謝料金額は多くても150万円前後と思っていましたが、この事案では300万円が認められました。以下の通り、事案の特殊性がありました。
・原告の夫Cは、医者であり、自ら指導した研修医の被告と平成28年11月から、Cと被告が男女関係
・被告は結婚していたが、平成29年7月被告はCの子を妊娠し、同年10月夫と協議離婚
・被告は平成30年3月にCの子を出産し、Cは認知し、同年4月Cは原告と別居し、その後は被告及びその子と同居継続。
・原告・C間には、令和元年6月Cが原告に対し,別居中婚姻費用月額40万円を支払う旨の婚姻費用分担調停成立
 ※Cの原告への離婚請求は、有責配偶者として、当分の間認められないため、Cはやむを得ず、婚姻費用分担調停成立を認めたと思われる


○原告は、被告とCの不貞行為及び被告がCの子の出産することで、うつ病に罹患する等多大な精神的苦痛を受けたとして、訴訟前に被告から300万円の慰謝料支払提示を受けましたが、それでは足りないとして慰謝料1000万円に弁護士費用等含めて約1305万円の支払を求めて提訴しました。

○これに対し判決が認めた慰謝料額も300万円で、訴訟前提示金額と同じで、被告の支払提示額との比較では、事実上の敗訴判決です。原告が主張するうつ病と不貞行為との因果関係否認も含めて原告としては、到底、納得できない判決で、却ってうつ病悪化が懸念されます。

○ある裁判官から不貞行為慰謝料マックスは300万円と聞いたことがありますが、不貞行為慰謝料を認める先進国は日本くらいとの傾向からは、複雑な心境です。なまじ不貞行為慰謝料を認めるため頻繁に訴訟が提起され、却って当事者を苦しめているような気がします。弁護士業務を増やすという効果はありますが(^^;)。

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主   文
1 被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成29年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,1305万2618円及びこれに対する平成29年8月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,C(以下「C」という。)の妻である原告が,被告とCとの不貞行為により精神的損害を被ったとして,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償金1305万2618円及びこれに対する不法行為後である平成29年8月22日(原告がCと被告の不貞行為を知った日)から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨から認定できる事実)
(1)原告は,平成18年3月24日,Cと婚姻し,原告とCの間には,長女(平成21年○月生)及び次女(平成23年○月生)が生まれた。
 原告は眼科を専門とする医師であり,Cは内科を専門とする医師である。

(2)被告は,平成29年1月28日,D(以下「D」という。)と婚姻したが,同年10月19日,Dと協議離婚した。

(3)被告は,平成27年,研修医として川崎市立多摩病院(以下「多摩病院」という。)に入職し,当時,多摩病院の研修センターの責任者であったCの指導を受けることとなった。
 被告は,平成28年10月,2年間の臨床研修終了後,Cが所属する医局とは別の医局へ所属することとした。
 被告とCは,同年11月,飲酒の上,肉体関係をもち,平成29年2月から同年3月にかけて,複数回肉体関係をもった(以下,被告とCの不貞行為を「本件不貞行為」という。)。
 被告は,同年7月,Cに対し,Cの子を妊娠した旨伝え,同年8月7日,その旨をDに伝え,離婚を前提に,Dとの同居を解消することとした。
 Cは,同年8月22日,原告に対し,不貞相手がCの子を妊娠した旨伝えた。

(4)被告は,平成30年○月○○日,女児を出産し,同年7月27日,Cは,その子を認知した。

(5)Cは,平成30年4月26日,原告と同居していた自宅を出て,その後,現在まで,被告及びその子と共に同居している。

(6)原告とCの間では,東京家庭裁判所において,平成31年2月13日,原告とCは当面別居し,その間,当事者間の長女及び次女は原告が監護養育するとの夫婦関係調整調停が成立し,令和元年6月3日,Cが,原告に対し,別居中の婚姻費用として月額40万円を支払う旨の婚姻費用分担調停が成立した(甲10,11)。

2 争点及びこれに対する当事者の主張
 当事者間で本件不貞行為があった事実に争いがないので,本件の争点は,損害額のみである。
(原告の主張)
(1)慰謝料1000万円
 原告は,本件不貞行為により,円満であった家庭生活を壊され,被告がCの子を出産して,Cが認知をしたこと等によって多大な精神的な苦痛を受け,これらを原因として重篤なうつ病を発症し,現在も通院してカウンセリングと投薬治療を受けている。また,子どもたちが父親から愛情を受けられないことを日常的に目の当たりにすることによる精神的苦痛も大きい。

 被告は,原告のCと別れて欲しいとの依頼を受入れることなく,原告に対し,Cと結婚したい旨述べたり,Cの職場の近くに転居したりするなどして原告とCの関係修復を妨害し,また,慰謝料に関するこれまでの交渉態度や本件訴訟における態度からも誠意は感じられないから,これらは慰謝料の増額事由として考慮されるべきである。
 原告が,本件不貞行為により被った精神的損害に対する慰謝料は1000万円を下ることはない。

(2)治療費22万5330円
 原告は,本件不貞行為を原因としてうつ病とPTSDを発症し,現在も週1回の通院加療を受けているところ,平成29年8月22日から令和元年12月31日までに支払った治療費22万5330円は,本件不貞行為と相当因果関係のある損害である。

(3)弁護士費用282万7288円
 原告は,弁護士に対し,訴え提起前の交渉,本件訴訟,Cとの間の夫婦関係調整調停申立事件及び婚姻費用分担調停申立事件を委任し,弁護士費用として282万7288円を支払っているところ,これらは本件不貞行為と相当因果関係のある損害である。

(被告の主張)
(1)原告主張の慰謝料額は過大である。
 被告は,弁護士とも相談の上,弁護士の助言を得て,300万円の慰謝料を支払う旨申し出ており,原告に対しても,電話で謝罪の意思を伝えている。
 被告は,産婦人科に通院するのに便利な場所に転居したに過ぎず,原告とCの関係修復を妨害する意図はないし,Cが,原告との間の子どもらと面会することなどを妨害する意図もない。
 原告のうつ症状は,原告自身の気質や性格によるところも大きく,本件不貞行為と相当因果関係はない。

(2)前記のとおり,原告のうつ症状は,本件不貞行為と相当因果関係はないから,治療費は損害に含まれない。

(3)本件訴訟及びこれに先立つ弁護士費用は,本件認容額の10%を限度として認められるべきである。Cとの間の調停事件の弁護士費用が本件不貞行為の損害に含まれるとの主張は争う。

第3 当裁判所の判断
1 前提事実
に加え,甲1~9,14,17~19及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)原告とCは,大学時代に知り合い,平成8年から交際を開始し,平成18年3月に婚姻した後は,いずれも医師としてフルタイムで働きながら,家事や育児は専ら原告が担当し,しばしば家族で旅行に出かけるなど円満な家庭生活を営んでいた。

(2)原告は,平成29年8月22日,Cから,不貞相手が妊娠した旨の事実を告げられ,精神的なショックを受けて,同月23日,二子玉川心のクリニックを受診した。
 原告には,食欲不振や睡眠障害が認められたため,原告は,その後,週に1回の割合で同クリニックに通院して投薬やカウンセリングの治療を受けるようになったが,現在も,食欲不振,睡眠障害,急激な気分の落ち込み,感情の麻痺,希死念慮,強い不安感などの症状がある。
 なお,同クリニックのE医師は,原告について,うつ病,PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断した。

(3)原告とCは,被告とCの不貞関係が発覚した後,被告や被告とCの間の子に関して,度々喧嘩をするようになった。

(4)Cは,平成29年8月末,家族とともに長崎に旅行に出かけたり,同年11月,原告の提案により,家族の名前を刻印した指輪を購入したりするなどした。

(5)原告は,平成29年9月21日,被告の勤務先の上司に電話をして,医局を訪問するアポイントを取った上,被告と病院内の食堂で面談した。
 その際,原告は,被告に対し,子どもたちを悲しませたくないし,Cと離婚はできない,今後,Cと肉体関係は持たないで欲しい,子どもも一人で育ててほしいなどと話したが,被告は,原告に対し,Cの反対を押し切って子どもを産む訳ではない,被告には身寄りがないので,Cと別れて一人で子どもを育てることはできないなどと応じた。

(6)被告は,平成29年12月,世田谷区αに転居した。なお,当時の被告は,通勤に小田急線F駅を利用しており,Cは,小田急線G駅を利用していたため,原告は,被告が,Cの気を惹くためにCの職場の近くに転居したと考えた。

(7)被告は,平成30年2月初旬から,胎児発育不全のため入院をしていたところ,同月12日,原告から電話を受けた。原告は,被告に対し,Cと結婚したいという気は変わらないのか,二人目ができたら生むつもりなのかと尋ね,被告と生まれてくる子を死んでほしいほど憎んでいるなどと述べた。被告は,これに対し,Cと結婚したい気持ちは変わらない,子どもを中絶するという選択肢はないなどと回答した。

(8)原告は,平成30年2月23日ころ,原告訴訟代理人を通じ,被告に対し,本件不貞行為に対する損害賠償として2000万円を請求する旨の通知書を送付した。被告は,H弁護士を選任して,同年3月16日以降,原告代理人との交渉をしたが,同年5月8日,H弁護士との委任契約を合意解約し,同年6月末ころ,被告訴訟代理人に対して本件を委任した。

 原告は,被告からの申出に基づき,原告とCとの間の夫婦関係調整調停申立事件及び婚姻費用分担調停申立事件の調停成立までの間,被告との間の慰謝料に関する交渉を控えていたところ,令和元年9月10日ころ,原告訴訟代理人を通じ,被告に対し,慰謝料として1000万円を支払うと共に謝罪を求める旨の通知をし,被告及びCは,同年10月1日,被告訴訟代理人を通じて,損害賠償として300万円を支払う旨の提案をした。

2 前提事実及び上記認定事実を前提に,本件不貞行為についての損害額を検討する。
(1)原告とCは,平成18年3月に婚姻後,平成29年8月に本件不貞行為が発覚するまで,約11年間にわたって平穏な家庭生活を営んでおり,原告とCの婚姻関係は、本件不貞行為によって,破たんしたと認められること,原告は,本件不貞行為を契機として,食欲不振や睡眠障害などの心身の不調による通院をするようになったこと,原告とCの間には,未成熟子である小学生の娘が二人いること,原告は,Cとの離婚を望んでおらず,被告に対し,Cとの関係を解消するよう述べたが,被告は,原告の申出を拒絶し,Cとの関係を継続し,現在,Cとの間の子と共にCと同居中であることからすれば,原告は,本件不貞行為によって,現在も多大な精神的損害を被っていることが認められる。

なお,原告は,うつ病とPTSDの治療費を別途損害として請求しており,通院開始が,本件不貞行為発覚の翌日であることに照らすと,本件不貞行為がうつ病等の発症の契機となっているものと認められるものの,本件不貞行為とうつ病等の発症との間に相当因果関係があるとまではいえないから,原告が通院を継続している事情は,慰謝料の増額事由として考慮することが相当である。また,原告が,関係修復の妨害として主張する点は,結局のところ,被告が現在もCとの関係を継続しているとの慰謝料増額事由に含まれるものであり,被告の訴訟前の交渉態度等については,これが慰謝料増額事由になるほど不誠実であったとは認められない。

 上記事情に加えて,本件に表れた一切の事情を考慮すれば,原告とCが未だ離婚していないことを考慮したとしても,本件不貞行為によって原告が被った精神的損害に対する慰謝料は300万円が相当である。 

(2)本件事案の内容,上記認容額等に照らし,本件不貞行為と相当因果関係のある弁護士費用は30万円と認めるのが相当である。なお,Cと原告の間の調停申立事件の弁護士費用については,そもそも相当因果関係がないから認められない。

3 よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第7部 裁判官 小川理津子