小松法律事務所

不貞行為相手への夫との面会・同棲差止請求を棄却した地裁判決紹介


○不貞の相手方に対する妻からの慰謝料請求とともに申し立てられた、夫との同棲の差止請求を棄却した平成11年3月31日大阪地裁判決(判タ1035号187頁)前文を紹介します。本判決は、配偶者と不貞関係にある第三者に対しての、配偶者との同棲や面会の差止請求という、実務上あまり見られない請求についてのものです。

○原告の夫太郎(両名は昭和50年婚姻)は、同54年ころから20年近くにわたって被告と交際するようになり、その後原告もこれを知ることとなりました。平成10年になってから被告との関係の解消を巡り原告と夫太郎との間で話がこじれ、太郎は家を出て、居住先も告げないまま原告と別居するようになりました。

○そこで、原告は被告に対し、夫である太郎と不貞関係を持ったことについての損害賠償1200万円と太郎との同棲や面会の差止めを求めて提訴しました。本判決は、被告に対して、太郎と20年近く不貞関係が継続していると認定し、損害賠償300万円の支払いを命じました。

○しかし面会・同棲差止については、差止めが相手方の行動の事前かつ直接の禁止という強力な効果をもたらすものであるから、事後の金銭賠償によっては原告の保護として十分でなく、事前の直接抑制が必要といえるだけの特別な事情のある場合に限られるとして、原告と太郎との婚姻関係が平常のものに復するのは相当困難で、原告としても太郎との離婚やむなしと考えているものの、被告が太郎と同棲することは許せないとの気持ちから離婚に応じていないといった事情を指摘し、今後の被告と太郎との同棲によって直接的かつ具体的に原告と太郎の平穏な婚姻生活が害される関係にはなく、侵害されるのはもっぱら原告の精神的な平穏であるとして、このような場合には同棲の差止めを認めうるだけの特別事情はないとしてが、太郎との同棲や面会の差止請求については棄却しました。

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主   文
一 被告は原告に対し、金300万円及びこれに対する平成10年8月6日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを三分し、うち二を原告のその余を被告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求

(1)被告は、原告に対し、金1200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成10年8月6日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告は、原告と甲野太郎との婚姻が継続している間、甲野太郎と同棲又は会ってはならない。

第二 事案の概要
一 争いのない事実

 原告と訴外甲野太郎(以下、「太郎」という。)は、昭和50年9月9日に婚姻した夫婦であり、原告、太郎及び被告のいずれも公立学校の教師である。被告は婚姻していたが、平成元年に夫が死亡した。
 昭和54年ころ、被告と太郎は同じ小学校に勤務するようになり、それから間もなく交際するようになり、現在に至っている。この間、被告は、被告名義の携帯電話や銀行キャッシュカードを太郎に使わせるなどしていた。
 平成10年5月17日、原告、太郎及び被告とで話し合いがされ、原告は、被告が太郎と今後交際しないよう念書の差入れを要求したが、被告はこれを断った。その後、太郎は原告と同居していた自宅を出て、原告と別居するようになった。

二 争点
(1) 被告と太郎との間に肉体関係があったか。
(ア) 原告の主張
 被告と太郎は、肉体関係を持っていた。太郎もそのことを原告にしばしば話している。また、太郎は被告宅に泊まるなどしている。

(イ) 被告の主張
 被告と太郎は、当時の被告の夫の病気や、太郎と原告との夫婦関係がうまくいっていないことの悩みをお互いに相談するうちにお互いに愛情を持つようになったものであり、その関係はいわゆるプラトニックなものにとどまっていた。

(2) 被告に対して太郎と会うことや同棲することの差止めを求めることが許されるか。
(ア) 原告の主張
 被告は、太郎の不貞の相手方となり、将来も同様の行為を継続する高度の蓋然性がある。原告は、これにより著しい精神的苦痛を被るおそれがあるから、人格権又は民法709条に基づき、これを差し止める権利を有する。

(イ) 被告の主張
 原告と太郎の夫婦関係は破綻しており、また原告は太郎との離婚を決心している。原告が被告と太郎の交際を禁ずることを求めるのは権利濫用であり、被告と太郎の人格権を損なうものとして認められない。

第三 争点に対する判断
一 争点(1)(不貞の有無)について
(1) 事実経過について
甲11、乙1、原告及び被告各本人尋問の結果、弁論の全趣旨並びに後掲各証拠によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告と太郎は、昭和50年に婚姻し、同51年に長女を、同54年に長男をもうけている(甲1)。被告は昭和50年に婚姻し、同52年に長男をもうけたが、夫は平成元年に死亡した。

(イ) 太郎は、昭和54年に被告が当時勤務していた小学校に赴任し、間もなく、太郎と被告の交際が始まるようになった(甲5)。
 昭和62年4月に被告と太郎が宴会の後に朝帰りすることがあった。これについて被告の夫から原告方に電話があり、被告が太郎と宿泊したのではないかとの話であったため、原告が被告に太郎とホテルに宿泊したのではないかと電話で問いただし、被告はこれを認めた(甲11)。
 被告は、遅くとも平成元年ころから自己名義の銀行キャッシュカードを太郎に手渡し、これを自由に使わせていた(甲4、9)。また、自己名義の携帯電話を太郎に渡し、メッセージを入れるなどもしていた(甲10)。

(ウ) 太郎は、被告と肉体関係があることを原告に対しても述べたり、被告と原告を比べるような話をしたりしていた。
 そして、平成9年11月ないし12月ころ、太郎は原告に対し、離婚してほしいと申し向けるようになった。そこで、同10年3月終わりころ、太郎の両親が来阪して太郎と話しあうなどした結果、太郎は被告と別れる旨述べた。
 ところが、同年5月14日、太郎が深夜になって被告の運転する車に乗って帰宅したことがあり、これを契機に原告は太郎との離婚を考えるようになった。ただ、原告としては、太郎が原告と離婚した後被告と結婚等するのは許せないと感じ、被告と太郎において結婚等しないならば太郎との離婚に応じるので、被告もその旨の書面を作成するように要求した。しかし、被告は、これに応じなかった(以上につき甲6ないし8)。
 太郎は、その直後から家を出て原告と別居するようになり、原告には居住先も教えていない。なお、被告は太郎の居住先を知っており、同人の衣類を被告方で洗ってやるなどしている(甲3)。また、被告は太郎との結婚を希望している。

(2) 原告供述の信用性について
 なお、被告は、(1)の事実認定の前提となる原告記載によるノート(甲6ないし8)の内容の信用性について争っている。しかし、ノートの記載内容は非常に具体的かつ赤裸々で、原告自身にとってのプライバシーや名誉に関わりかねないことについても詳細に書かれている。そして、原告本人尋問の結果とも、よく内容が合致しており、他の証拠から認められる事情にも沿った内容となっている。また、ノートの記載内容の信用性を疑わせる事情も窺えない。したがって、ノートの内容は信用できる。

(3) 不貞行為の有無について
 (1)での認定事実に照らすと、被告と太郎においては遅くとも昭和62年ころから不貞関係にあったものと認められる。
 なお、これについて、被告は、太郎との間では肉体関係はおろかキスもしたことがなく、抱擁してもらったことがある程度であって、いわゆるプラトニックな関係である旨本人尋問で述べている。

 しかしながら、前記のとおり、太郎においては、被告との肉体関係を認めていることが認められる。また、交際の経緯を見ても、被告と太郎との交際は両者が30歳前後の若いころから既に20年近くにわたって継続しており、両者間の関係は深いものになっていることが窺える。また、太郎も被告もそれぞれ子どもをもうけた身であって当然に性経験はあり、太郎はそれなりに活発な性的欲求を持っていること(甲6ないし8)も窺える。そして、被告は太郎との結婚を希望しているところである。

 他方、被告は、太郎との交際がプラトニックな関係にとどまっている理由として、原告の家族のことを考慮してのことであると述べる。しかしながら、交際の経緯や先に挙げた諸事情に照らすと、この理由は納得できるものではない。
 そうすると、被告と太郎とには肉体関係があったと認められるのである。

(4) 慰謝料額
 以上検討したところによれば、被告は太郎と不貞関係にあったと認めることができる。そして、不貞行為の期間が長期にわたること、最終的に太郎が原告と別居するに至ったこと、もっとも不貞関係になるに当たって被告と太郎とのいずれが主導的であったかについては明らかでないこと等、不貞行為の経過、態様及び影響等について証拠上認められる諸事情を総合的に考慮すると不貞行為によって生じた原告の精神的苦痛を慰謝する額としては金300万円を相当と考える。

二 争点(2)(差止め請求の可否について)
(1) 原告は、被告が太郎と会うことについての差止めも求めているが、被告が太郎と会うこと自体が違法になるとは到底いえないから、少なくともこの部分については請求に理由がないことは明らかである。

(2) そこで、次に被告と太郎との同棲の差止めを求めた部分について検討する。
 差止めは、相手方の行動の事前かつ直接の禁止という強力な効果をもたらすものであるから、これが認められるについては、事後の金銭賠償によっては原告の保護として十分でなく事前の直接抑制が必要といえるだけの特別な事情のあることが必要である。
 そこで、本件におけるそのような事情の有無についてみると、原告と太郎は婚姻関係こそ継続しているものの、平成10年5月ころから太郎は家を出て原告と別居しており、原告に居所を連絡してもいない。これに加えて、先に認定した経緯をも考慮すると、両者間の婚姻関係が平常のものに復するためには、相当の困難を伴う状態というほかない。そして、原告もまた太郎との離婚をやむなしと考えてはいるものの、太郎が被告と同棲したりすることはこれまでの経緯から見て許せないということから太郎との離婚に応じていないのである。

 そうすると、今後被告と太郎とが同棲することによって、原告と太郎との平穏な婚姻生活が害されるといった直接的かつ具体的な損害が生じるということにはならない。同棲によって侵害されるのはもっぱら原告の精神的な平穏というほかない。このような精神的損害については、同棲が不法行為の要件を備える場合には損害賠償によっててん補されるべきものであり、これを超えて差止請求まで認められるべき事情があるとまでは言えない。


 よって、原告の差止め請求については理由がない。(裁判官小林宏司)