小松法律事務所

配偶者慰謝料支払を理由に不貞第三者への請求を棄却した地裁判決紹介


○「婚姻破綻を信じたことに過失がないとして責任を否認した地裁判決紹介」の続きで、今回は、原告妻が夫と不貞行為をした被告女性に対し、慰謝料として金700万円の支払請求をしたところ、夫が妻に対し、不貞行為慰謝料として金500万円を支払ったことなどを理由に請求を棄却した平成25年5月14日東京地裁判決(ウエストロージャパン)関連部分を紹介します。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,700万円及びこれに対する平成23年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告に対し,被告が原告の夫と不貞関係を持った結果,原告が多大な精神的苦痛を被ったと主張して,不法行為に基づく損害賠償として,700万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
1 前提となる事実(特に証拠を摘示していない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,訴外A(以下「A」という。)の妻である。
(2) Aは,○○○○○で,c研修所の講師を務めていた(乙4,争いがない。)。
(3) 被告は,平成21年4月にc研修所本科に入所し,同年6月からは,Aの個人レッスンを受け始めた。被告は,平成22年3月,c研修所本科を修了し,同年4月,マスターコースに進学した。

2 争点

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば,前記第2の1記載の事実の他,以下の事実(争いのない事実を含む。)が認められる(なお,被告は,甲第14号証が恣意的に作出された書証であるから,同書証から心証をとることは許されないと主張するが,同書証は,甲第1号証として既に提出されていたメールの内容を裏付ける写真であって,恣意的に作出された書証ということはできないから,被告の上記主張は採用しない。)。
(1) Aは,昭和13年生まれであり,昭和42年に同じ声楽家である原告と結婚した(甲5,6)。

(2) 被告は,平成5年にd大学(ピアノ科)を卒業し,平成7年にe大学大学院(声楽専攻)を卒業した。被告は,平成21年4月,c研修所本科に入所してAの門下生となったが,その当時,30代後半という年齢であった(乙2,弁論の全趣旨)。

(3) 被告は,同年6月から,Aの個人レッスンを受けるようになったが,Aと被告は,同年晩秋ころには,携帯電話やメールで頻繁にやりとりをしたり,二人で食事に出かけたり,誘い合ってプールに行くなどするようになった(甲1,5,14,乙2,証人A,被告本人)。

(4) 被告は,平成22年3月,c研修所本科を首席で修了し,同年4月,マスターコースに進学した(乙8,争いがない。)。

(5) Aは,同年3月29日,被告の自宅マンションを訪れ,ベッドで被告にマッサージをしてもらった後,下着姿で被告と抱き合い,身体を触るなどしたが,持病の糖尿病のため性的不能であり,性交には至らなかった(甲5,乙2,証人A)。
 被告は,同日午後11時33分,「楽しい時間を有難うございました。また隠れ家でゆっくりしてくださいね。今日もあたたかくして休んで下さい。おやすみなさい。Y」というメールをAに送信した(甲1,14)。

(6) Aは,ソウルで行われるコンクールの審査員となっており,同年4月15日から同月25日までソウルに滞在することになっていた。被告は,同月24日にソウルを訪れるための航空券を同月5日に購入し,その旨,Aにメールで知らせた(甲1,5,14,証人A,被告本人)。
 被告は,ホテル等の宿泊先は確保しないままソウルに赴き,同月24日の夕方にAと合流したが,コンクールの見学はせず,翌25日の明け方までカジノで遊んだ後,Aの宿泊するホテルの部屋でチェックアウトまでの時間を過ごした(甲1,11,14,証人A,被告本人)。

(7) 原告は,同年4月20日から同年5月3日まで,海外での演奏旅行のため不在であった(甲6)。
 被告は,Aの自宅の合い鍵を事前にAから受け取り,同月29日深夜0時過ぎにAの自宅を訪れた。Aと被告は,Aのベッドで愛撫をしたが,性交には至らなかった(甲1,14,証人A)。
 被告は,同日昼過ぎ,Aの自宅のマンションを出たところで伴奏ピアニストのCと会ったことにつき,「Cさんに会ってしまいましたが…大丈夫ですよね。」というメールをAに送信した(甲1,5,14)。

(8) 被告は,同年5月8日,「今日も長い1日でしたね。お疲れ様でした。マッサージをさせてもらいに飛んで行きたいです。(私が,A先生にひっつきたいんですが。)小さなたまこが羨ましい…。Y」というメールをAに送信した(甲1,14)。
 また,被告は,同年6月16日には,「今朝,藤沢のDさんからご丁寧にファックスで姓名判断!?頂きました。大たまこはA先生が恋しい…です。Y」というメールをAに送信した(甲1,14)。
 なお,「たまこ」というのはAの飼い犬の名前であり,「大たまこ」は被告のことを指している(被告本人)。

(9) 原告とAは,同年7月5日から7日まで,原告の教え子3人とともに,ソウル旅行に行くことになっていたところ,被告も同行した(証人A,原告本人,被告本人)。

(10) 原告は,同月12日ころ,Aの自動車の後部座席に被告が忘れていった水着があるのを見つけ,Aを問い詰めたところ,Aは被告との不貞を白状し,被告からAに送信されたメールを原告に見せた。原告は激怒し,b会に事の次第をいうなどといってAを責めた(甲1,11,14,証人A,原告本人)。
 原告は,その数日後,Aに対し,原告が自宅から転居するための資金として1000万円を要求した。Aは,金策が上手くいかずに困り果てているという話を被告にしたところ,被告が500万円を用立ててくれることになり,同月19日に被告から500万円を受け取った。Aは,同月20日,被告に借用証を差し入れるとともに,被告が用立てた500万円を友人から借りたことにして原告に渡し,原告は,このうち少なくとも300万円を月末の支払に費消した(乙6,証人A,原告本人)。

(11) 原告代理人は,同年8月18日付け内容証明郵便にて,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償700万円の支払等を求めた(甲2)。

(12) 原告とAは,弟子のBが同年10月に購入したマンションに転居し,現在も同居している(甲9,原告本人)。

13) Aは,被告から借り入れた500万円について,平成22年11月から毎月10万円ずつ返済し,残金は平成25年1月時点で260万円となっている(証人A)。

2 争点1について(被告とAとの間に不貞行為があったか)
(1) 被告は,Aと被告との間には,性交やそれと同視できるような行為は全く存在しないと主張する。
 確かに,Aは持病の糖尿病のため性的不能であったから(前記1(5)),Aと被告との間に性交がなかったことは認められる。
 しかしながら,Aと被告が性交に至らなかったとしても,Aと被告との間には,前記1(5)及び(7)に認定した行為が認められ,かかる行為は,Aの配偶者である原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害するものと認められる。

(2) ところで,被告は,Aが被告の身体を触ったり,被告がAの陰部を触ったりしたことは認めつつ(被告本人),かかる行為は,Aの被告に対する性的ハラスメントであると主張する。
 しかしながら,声楽界における各種オーディションやコンクール等の審査は複数の審査員による点数制で行われること(甲5,証人A)からすれば,被告がAの要求を断ったからといって,被告が声楽界で活動することが不可能あるいは著しく困難になるとは考えにくい。加えて,被告からAに送信されたメール(甲1,14)は,被告が自ら作成してAに送信したものであると認められるところ,かかるメールの内容等,本件に顕れた諸般の事情に照らせば,Aと被告が師弟の関係にあったことを考慮しても,上記行為がAの被告に対する性的ハラスメント行為であると認めるに足りないといわざるを得ない。
 被告は,その本人尋問において,上記メールは,Aの機嫌を損ねないように迎合していたにすぎないと述べるが,師弟の関係を維持するのに必要な限度を超えてAに対する親密さを表現した内容となっており,被告の供述は信用できない。

(3) なお,仮に被告がAに対して恋愛感情を抱いていなかったとしても,前述のとおり,Aによる性的ハラスメント行為であるとはいうことができない以上,被告とAの行為は,原告に対する不法行為を構成するものというべきである。

3 争点2について(原告とAとの婚姻関係が破綻していたか)
 被告は,原告とAの婚姻関係が破綻していたと主張するが,原告とAは,平成21年ないし平成22年7月の時点において,同居して婚姻共同生活を営んでいたことが認められ,本件記録を精査しても,上記当時,両者の婚姻関係が破綻していたことを認めるに足りる証拠はない。
 被告は,原告とAの双方から,両者の婚姻関係が形骸化している旨を伝えられ,過失なくその旨信じたとも主張するが,原告が,Aの弟子である被告に対し,かかる話をした事実を認めるに足りる証拠はない。また,被告は,Aと原告の自宅を訪れて,Aと原告が同居して婚姻共同生活を営んでいることを認識していたと認められるから,Aが原告に対する不満を被告に述べた事実があったとしても,被告がAと原告の婚姻関係が破綻している旨信じたことにつき過失がなかったということも困難である。

4 争点3について(Aと被告との不貞行為があったとして,原告が被った損害額)
(1) 以上によれば,Aと被告との不貞によって,原告の婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益が侵害され,これにより,原告が精神的苦痛を被ったことが認められる。
 他方,原告とAは,Aと被告の不貞が原告に発覚した後も離婚しておらず,弟子であるBの自宅で同居しているというのであるから,Aと被告の不貞によって原告とAの婚姻関係が破壊されたということはできない。加えて,前記1に認定した事実を前提とすれば,Aと被告が不貞関係にあったのは,長く見積もっても平成21年晩秋ころから平成22年夏ころまでの1年弱と認められること等,本件に顕れた諸般の事情に照らせば,Aと被告の不貞によって原告が被った精神的苦痛を慰謝するのに相当な金額は150万円を上回るものでないと認められる。

(2) ところで,原告の被告に対する本件請求は,その性質上,Aと被告との間の共同不法行為に基づく請求に他ならず,両者の責任は不真正連帯債務の関係にあるところ,前記1(10)に認定したとおり,共同不法行為者であるAは,原告に対し,平成22年7月20日に500万円を支払い,うち300万円は原告によって夫婦の生活費として費消されたことが認められる。そして,上記500万円は,Aと被告との不貞を知って激怒した原告が,Aに対し,不貞の代償として支払いを求め,Aから支払われたものと認めるのが相当である。

 そうすると,Aと被告との共同不法行為による原告の精神的苦痛は,上記500万円(あるいは,少なくとも原告が費消した300万円)によって慰謝されたものと認められ,それ以上に,原告が被告に対し,Aと被告との不貞行為により慰謝料を求めるほどの損害を被ったことの立証はないといわざるを得ない。

5 よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判官 大須賀綾子)