小松法律事務所

裁判上養育料支払合意を再婚養子縁組事情変更で免除した家裁審判紹介


○毎月3万円を養育費として支払うとの調停離婚をした元妻が、離婚後まもなく再婚して、再婚相手と子供が養子縁組をしたので、養育費の支払を停止していたところ、10年後に10年分まとめて養育費支払履行勧告が家裁からきました。このような場合でも支払義務がありますかとの質問を受けました。

○これに対する回答は、「再婚相手と子の養子縁組のみでの請求異議棄却判例解説」に記載していますが、訴訟上和解での養育料合意或いは家裁調停での養育料合意がある以上、家裁に事情変更に基づく養育料減免申立をして、家裁から減免を認める審判を受けた場合は、支払義務が減免されますとの回答になります。従って、先ず家裁に養育料減免申立をすることが必要です。

○そこで家裁への養育料減免申立について、元妻の再婚及び再婚相手と子の養子縁組を事情変更として養育料免除を認めた審判例を紹介します。平成29年12月8日千葉家裁審判(LEX/DB)です。事案の概要は以下の通りです。
・当事者は離婚した元夫婦で、申立人(元夫)が相手方(元妻)に対し、裁判上の和解により養育料支払合意
・相手方が再婚し、再婚相手と事件本人らとの養子縁組及び申立人の減収)により、養子縁組日以降、零円に変更することを求めた


○家裁は、公平の見地から変更の遡及を制限すべき事由は証拠上認められず、変更の始期は、原則どおり、事情変更の生じた長男及び長女と養親Eとの養子縁組がなされた日とするのが相当であるとして、同日以降、申立人は、長男及び長女の養育費の支払義務がないとしました。

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主   文
1 申立人及び相手方間の神戸地方裁判所姫路支部平成14年(タ)第82号事件において平成14年△△月△△日に成立した和解に係る第1回弁論準備手続調書(和解)の和解条項3項により申立人が相手方に支払うべきものとされた事件本人らの養育費額について,いずれも平成16年▽月▽日以降は支払義務がないものと変更する。
2 手続費用は,各自の負担とする。

理   由
第1 申立ての趣旨及び実情

 本件は,当事者は離婚した元夫婦であり,元夫である申立人が元妻である相手方に対し,平成14年△△月△△日に裁判上の和解により取り決めた事件本人らの養育費について,その後の事情変更(相手方の再婚相手と事件本人らとの養子縁組及び申立人の減収)により,いずれも平成16年▽月▽日(上記養子縁組日)以降零円に変更することを求めた事案である。

第2 当裁判所の判断
1 事実の調査を行った一件記録によれば,以下の事実が認められる。

(1)申立人と相手方は,平成8年頃婚姻し,両者の間に事件本人C(以下「長男」という。)及び事件本人長女D(以下「長女」という。)が誕生したが,申立人と相手方は,平成14年△△月△△日,神戸地方裁判所姫路支部において,長男及び長女の親権者をいずれも相手方と定めて協議離婚することで裁判上の和解(同庁平成14年(タ)第82号)が成立し,平成15年□月□日届出により協議離婚が成立した。上記和解において、長男及び長女の養育費として,申立人は,相手方に対し,養育費として,平成15年1月から長男及び長女がそれぞれ成年に達する月まで1人につき月2万円を毎月10日限り支払う旨合意し,和解調書が作成された。もっとも,申立人は,上記養育費を一切支払っていない。

(2)相手方は,平成16年▽月▽日E(以下「E」という。)と婚姻し,長男及び長女は,同日,Eと養子縁組をした。相手方とEの間には,平成17年○月,平成19年○月,平成20年○月,平成22年○月,平成23年○月,平成24年○月と合計6人の子が生まれた。 


(3)相手方は,平成17年頃から,うつ病で障害認定(2級)を受け,現在,年間約○○○万円の障害基礎年金を得ている。また,相手方は,ずっと無職であったが,平成28年中からパートとして稼働を始め,同年中の所得は○○万○○○○円であった。Eは建設業の会社に勤務し,継続的に概ね年間○○○万円前後(平成28年分は○○○万○○○○円)の給与収入がある。

(4)申立人は,年間○○○万○○○○円(平成28年分)の給与収入がある。

(5)相手方は,前記(1)の執行力ある第1回弁論準備手続調書(和解)正本を債務名義として,神戸地方裁判所姫路支部に対し,長男及び長女の各養育費の平成19年4月から平成29年4月分を請求債権,申立人所有の不動産を被差押物件とする強制競売を申立て,平成29年5月31日,同裁判所は上記開始決定を行った。

(6)申立人は,平成29年7月11日,本件審判を申し立てた。

2 本件は,相手方の再婚相手と長男及び長女との養子縁組を主たる事情変更として,養育費の減額を求めるものであるが,将来分の減額のみならず(なお,長男については,平成29年○○月○日成人に達しており,将来分は問題とならない。),養子縁組以降の過去の養育費について遡って減額審判することができるか問題となる。


(1)この点,養育費等扶養に関する権利義務の内容は,身分関係等一定の扶養要件から当然に発生するものではなく,協議ないし審判によって具体的に形成されるものというべきであるから,一旦協議ないし審判(民法766条1項,2項)によって定まった養育費額については,事情変更の事実があったとしても当然に権利義務の内容が変更されるものではなく,別途協議ないし審判がなされない限り,その権利義務の内容に変更はないと解すべきである。

(2)もっとも,だからといって事情変更に基づく別途協議ないし審判において,その権利義務の変更の始期を協議の成立時点ないし審判確定時点に固定しなければならないわけではなく(相手方提出にかかる審判例が,いずれもそのような考え方を採用していないことは明かである。),上記始期を事情変更の事実が生じた時点,あるいは変更の申立て時点等に遡らせることも,協議ないし非訟事件の審判における裁判所の合理的裁量として可能というべきである。すなわち変更に協議ないし審判が必要であることと,変更の始期をどのように定めるかは別個の問題というべきである。


(1)そこで,養育費増減額の審判において,変更の始期をどの時点まで遡及させるのが相当かについて検討するに,事情変更の生じた時点を始期として遡及されるのが実体的な生活関係ないし扶養義務に関する実体法の建前に合致した結論である。また,変更事由については,権利者側に生じる場合と義務者側に生じる場合があり,反対当事者の不知を奇貨として養育費の増減額変更の申立てが遅れたときなど,遡及効を申立て時等に限局することは事案間の公平を害する場合もある。

さらに,養育費等は,扶養義務の履行として,日々の生活保持のために支払われるべきものであるところ,権利者が債務名義を有しながら,長期間にわたって履行確保の手段に出ていないことは,権利者がその扶養請求なしでも生活保持ができていたことを一応推認させるものであり,後日になって一括請求することは扶養としての本質から逸脱する側面がある。そもそも審判自体既判力を有せず,事情変更による柔軟な修正は制度上予定されたものであることも併せ考慮すると,扶養義務の事後的一括請求に対し,遡及的な権利内容の変更を認めても,それ自体,権利者に著しく不利益を与え,あるいはその地位を著しく不安定にするものとはいい難い。

(2)他方で,養育費が従前の約定・審判どおりに支払われた事案においては,長期間に及ぶ遡及は,権利者が多額の不当利得返還義務を負う結果となるなど不測の損害を被るおそれがある。また,義務者側の変更事由が生じたにもかかわらず,養育費減額の審判等申し立てることなく従前の金額を支払っていた場合に,後になって遡及的な変更を認めることが信義に悖る場合も存する。

さらに養育費の支払は,相当長期間継続して行われるもので,その間には身分関係の変更や,収入,生活費の重大な変動等養育費額の算定に影響を及ぼす事由は複数回生じ得るものであり,義務者の主張する変更事由が認められるとしても,同時点への遡及が,その後の更なる事情変更を考慮すると相当でないとされる場合も存する。

(3)以上に鑑みれば,養育費増減額の変更の始期については,原則として事情変更時に遡及するものの,生じた事由が権利者と義務者いずれの側に生じたものか,変更事由についての反対当事者の認識の有無,当該変更事由の内容や性質,遡及期間の養育費の支払状況,権利者側の生活保持状況及び遡及期間内の他の新たな変更事由の有無等を総合して,公平の観点から遡及効を制限すべき場合が存するものと解する


(1)これを本件についてみるに,相手方は,平成16年▽月▽日Eと再婚し,長男及び長女は,同日,Eと養子縁組をしていることから,同日以降長男及び長女の扶養義務は第一次的には相手方及びEが負うことになるため,原則として,反射的に申立人を養育費の支払義務を免れることになったというべきであり,例外として,相手方及びEの基礎収入が最低生活費(相手方,E,長男及び長女を含む子ら全員分)を下回り,長男及び長女の養育費が不足する場合(なお,この点の真偽不明の場合の立証責任は相手方にあるというべきである。)に,当該不足分に限り申立人が養育費を負担するものと解される。

(2)この点,相手方世帯において,上記養子縁組以降現在まで,生活保護の受給など,相手方及びEの基礎収入が最低生活費を下回ったことを裏付ける的確な資料はなく,相手方が強制競売を申し立てた直近時点においても,相手方主張のとおり,相手方世帯収入(○○○万○○○○円)は相手方世帯の生活扶助基準額(452万0462円)を上回っているというのである。

(3)また,本件においては,申立人の扶養義務を免じる事情変更の事由は,相手方の再婚相手と長男及び長女との養子縁組という専ら相手方側の事情に基づくものである上,申立人は,協議や審判で決まった養育費を支払っていなかったため,養子縁組時まで変更を遡及させても,相手方が多大な過払金返還債務を負うなど不測の損害を被る事態は生じない。

 なお,この場合に支払を行わなかった義務者に遡及を認め,他方,支払を履行した義務者には遡及が制限され得るとすると,両者の不均衡も問題となろうが,そもそも養子縁組による事情変更の手続が遅滞なくなされていれば,義務者は扶養義務自体を免れ得たものであるから,義務者の不知等により結果的に支払が履行されていた場合との均衡を問題とすること自体相当とはいえない。

(4)加えて,平成19年頃,相手方と申立人は電話で会話し,その際,相手方は申立人に対し,養育費の請求をするとともに,再婚・養子縁組の事実を告知しており,同時点で申立人は,これらの事実を認識したことが認められるところ,同時点以前は,申立人が養育費減額の調停・審判の申立てを行うことはそもそも不可能であったし,同時点以降については,一般私人である申立人にしてみれば,養子縁組によって長男及び長女に養父が出来たことを知れば,もはや自身の責任はなくなったと考え,前記3(1)のように,別途減額の協議・審判が必要であることに思い至らなかったとしてもやむを得ないものがある。

(5)なお,相手方は,当時,申立人に対する強制執行等を考え,弁護士とも相談したものの,申立人の就業先や資産が分からなかったことから,これを断念したというのであるが,仮に相手方が同時点で強制執行等の手続をしたならば,義務者としては,直ちにこれに対抗すべく養子縁組を理由とする養育費減額の申立てを行ったこと,そして同申立ては認容されたであろうことが容易に想像されるのであって,相手方が上記のとおり,強制執行等を速やかに取り得なかったことをもって,遡及効を制限すべきものとも認められない。

(6)相手方は,養子縁組の前後で長男及び長女の生活費は増えてないから,事情変更に当たらないとも主張するが,前記(1)のとおり,養子縁組自体で申立人は第一次的な扶養義務(生活保持義務)を免れるのであり,このことは相手方世帯において養子縁組により長男及び長女の生活費が増えるか否かとは関係がないし,元々扶養義務を負っていなかったEの収入が,養子縁組によって長男及び長女の生活費にも回されるのだから,上記主張自体に理由がないことは明らかである。

 なお,相手方の基礎収入を○○○万○○○○円(=約○○○万○○○○円(年金)×0.6+○○万○○○○円×0.4)とすると,養子縁組をしなかった場合に相手方の収入から長男及び長女の生活費に割り振られる金額は(この場合も,Eとの婚姻及び同人との間の6人の子供の存在は考慮されなければならない。),○○万○○○○円(=約○○○万○○○○円×(90+90)
(23+90+90+23×6))となる(上記生活費指数23は,生活費指数55を相手方とEの各基礎収入割合で按分した,相手方の負担分である。)。

 他方,Eとの養子縁組をした場合に相手方世帯で長男及び長女の生活費に割り振られる金額は,○○万○○○○円(=約(○○○万○○○○円+○○○万○○○○円)×(90+90)/(100+55+90+90+55×6))となる。

6 相手方は,予備的主張において,申立人世帯で長男及び長女が同居した場合の生活費を,申立人世帯と相手方世帯(相手方の収入にEの収入を加味して,生活費指数で按分したものに修正)した金額の範囲で,申立人も養育費を負担すべき旨主張するが,第一次的に申立人も養育費負担を負うという前提に立っている点において,前記5(1)のとおり,上記主張は採用することができない。

7 他に公平の見地から変更の遡及を制限すべき事由は証拠上認められず,変更の始期は,原則どおり,事情変更の生じた長男及び長女とEとの養子縁組がなされた平成16年▽月▽日とするのが相当であり,同日以降,申立人は,長男及び長女の養育費の支払義務を免れるに至ったというべきである。
 よって,主文のとおり審判する。
平成29年12月8日
千葉家庭裁判所家事部 裁判官 内田貴文