小松法律事務所

山口亮子氏”アメリカの養育制度についての一考察”一部紹介


○「2023年02月16日発行第335号”弁護士の穏健な提案”」に続けて、日本の養育費について考察を続けます。
「日本の養育費の現状と各国の取り組み」での「養育費未払いについて各国政府の対応比較」として以下の表が掲載されています。



○アメリカでは、養育未払に刑事罰を科し、その上、逃げている親の顔写真に「Wanted(お尋ね者)」という見出しをつけたポスターを街に貼り、社会的制裁として取り扱われる「Wanted(お尋ね者)」制度まで導入しているのに、養育費未払率は4割にも達しています。日本の未払率8割よりはマシですが、養育費の確保は困難であることを実感します。

○流石、福祉の国スエーデンでは、養育費立替支払制度が確立して、未払率は「ほぼなし」となっています。養育費未払を犯罪とするアメリカですら養育義務者からの養育費確保は6割程度であり、子供の養育費の確保は、国が補償することが最も確実なようです。

○アメリカの児童扶養法をネット検索したら山口亮子氏の「アメリカの養育制度についての一考察」と言う論文が見つかりましたので、先ず「むすび」全文を紹介します。古いデータですが、日本では
離婚の際の養育費取決率は39%、養育費支払率は19%、平均的養育費4万2000円、児童扶養手当1人目4万1430円、2人目5000円、3人目以降3000円、児童扶養手当全体5035億円等のデータが紹介されています。

○アメリカが親を刑務所に入れてまで、また多大な国家予算を使ってまで、決して効果が高いとはいえない養育費を取り立てる制度を取っているのに対し、わが国ではなぜそこまでの議論が巻き起こらないのかについて、「ひとり親家族」は欠損家族として位置づけられ、社会的偏見が強いとされてきたことが理由の一つとしています。

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むすび

日本の現状と比較することで、むすびに代えたい。
日本では、婚外子は全出生子の約2%であるため、養育費は主に父母の離婚後の問題となる。

人口動態調査によると、2011年に婚姻したのは67万組であり、その年に離婚したのは23万5千組なので、単純計算すると離婚率は35%である。
この離婚のうち、未成年子は25万人おり、ひとり親世帯は年々増えてきている。母親が単独親権となるのが83%であることもあり、2010年に母子世帯は約76万世帯であり、うち8割が離婚を理由とするものであった。

日本でも母子家庭の経済状況は厳しい。2010年の母子世帯の平均年収は215万円である。児童のいる世帯の平均年収が637万円であるのと比べると非常に低く、OECDの調査では、ひとり親世帯の子どもの貧困率は53.7%で、2番目に高い。しかも、日本のひとり親の就業率は他国に比べ高いにも拘らずに貧困率が高いのである。全世帯の日本の子どもの貧困率が14.3%なのに対して、ひとり親世帯になると急激に悪化するのは、女性であるが故の低賃金の他に、養育費と社会保障に問題があることがうかがえる。

厚生労働省の報告では、2006年に養育費の取決めをしているのは、協議離婚で31%、その他の離婚で78%であるが、協議離婚が全離婚の9割を占めるので、全体として取決めをしているのは39%に過ぎない。そして、現在も養育費を受けているのは19%である。過去、現在全く受けたことがない者が6割もいる。養育費を現在設けているまたは受けたことがある世帯の養育費は、平均42,000円である。

これに対し、母子家庭・父子家庭に支給される福祉給付金である児童扶養手当は、現在母子世帯の収入に応じ、全額支給が41,430円、一部支給が9,780円から41,420円である。子ども2人目から5,000円の加算、3人目以降1人当たり3,000円の加算が生じる。児童扶養手当の受給者である子どもは、2007年度は955,941人であった。

国家の予算はいかほどか。児童扶養手当の支給主体は都道府県、市等であり、費用負担は国が3分の1、都道府県、市が3分の2である。2010年の国庫負担分の予算案が1678.4億円であるから、都道府県、市等併せて約5,035億円となる。受給総数は2010年から支給が開始された父子世帯も含めると966,266世帯に増えている。日本では、離婚後の非親権者からの養育費を、公的児童扶養手当が補完しているという意識である。5,035億円は税金から賄われているにも拘らず、アメリカで社会問題となった「無責任な父親の義務を納税者に負担させている」という意識が社会的に語られることはないように思われる。

もっとも、財源縮小の必要性から、1984年に父親の所得によって手当の支給を制限するとの改正案も出されたが、養育費の支払い確保を前提に方策を取る議論ではなく、批判が多く、結局成立には至らなかった。日本での不払いの理由は、調査によると感情的側面が大きくクローズアップされる。具体的には、離婚による相手方に対する腹いせ、面会交流が拒否されたことや親権者に恋人ができたことからの停止、親権者から子どもと関わることを拒絶されたことを理由として等が主な理由として挙げられているが、いずれのケースでも面会交流はなされていない。また、離婚したら赤の他人であるという意識も、非親権者および親権者双方から現れてきているのも特徴的である。

他方、経済的な理由としては、養育費の取決めをしない理由の1位に「相手にお金がないと思ったから」があり、養育費不履行の理由に「相手にお金がない」が1位となっており、実際はどうであれ親権者がそのように捉えることで行動を起こさないという実態が明らかとなる。また、非親権者に対する調査からは、「払うきっかけを失っている」という理由が示された。何となく取決めをしなかったとか、取決めはしたがつい支払いができずに数年経っているという理由もあり、なかには子どものために毎月積み立てをしている者もいる。

アメリカで執行力が弱い場合に不払いに陥る状況と類似するところがある。アメリカが親を刑務所に入れてまで、また多大な国家予算を使ってまで、決して効果が高いとはいえない養育費を取り立てる制度を取っているのに対し、わが国ではなぜそこまでの議論が巻き起こらないのであろうか。

養育費確保のための強制徴収システムを構築するのに人員と事務コスト等の執行コストが膨大になることから躊躇する意見もあるが、むしろ離婚後の家族や親子関係に国家が口出しすることをタブーとする意識があるからではなかろうか。考えられるその理由の一つとして、従来「ひとり親家族」は欠損家族として位置づけられ、社会的偏見が強いとされてきたことがある。例えば、子どもの就職、結婚において社会的差別が横行してきたこと、離別家族は子どもの人格形成への悪影響を及ぼすという言説が広まっているが故に、ひとり親家族と子どもの研究も困難とされてきたことが指摘されている。

また、国民感情としては、「母子家庭でもきちんと子どもを育てる」ということが離婚する母親の重大な決意であるところに、父親の存在を物心両面で必要とする主張は、より母子家庭を欠損と認めるようであり、控えられてきたとも考えられよう。しかし、今日では母子家庭は隠されるべき存在ではないし、離婚後の家庭に他方親の存在を排除すべきではない。そして、子どもの貧困が社会問題となっている現代では、離婚後の家庭および離婚後の子の養育費は国家が考えなければならない課題の一つである。離婚後の家族と子どもに対する国家の政策が何によって動くかは、まず子の利益とは何かという認識から形成する必要がある。アメリカのアグレッシブな動きも、根底にある信念は間違っていないように思われる。