小松法律事務所

ハーグ条約実施法134条子の返還強制執行申立不適法とした最高裁決定紹介


○判例時報令和5年4月1日号2545号に重要最高裁判決として令和4年6月21日最高裁決定が掲載されていましたので全文紹介します。国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(ハーグ条約実施法)134条に基づく間接強制の方法による子の返還の強制執行の申立てが不適法であるとされた事例です。

○国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律に関する事案で、その134条規定は以下の通りです。
第134条(子の返還の強制執行)
 子の返還の強制執行は、民事執行法(昭和54年法律第4号)第171条第1項の規定により執行裁判所が第三者に子の返還を実施させる決定をする方法により行うほか、同法第172条第1項に規定する方法により行う。
2 前項の強制執行は、確定した子の返還を命ずる終局決定(確定した子の返還を命ずる終局決定と同一の効力を有するものを含む。)の正本に基づいて実施する。


関連民事執行法規定は以下の通りです。
第171条(代替執行)
 次の各号に掲げる強制執行は、執行裁判所がそれぞれ当該各号に定める旨を命ずる方法により行う。
一 作為を目的とする債務についての強制執行 債務者の費用で第三者に当該作為をさせること。
二 不作為を目的とする債務についての強制執行 債務者の費用で、債務者がした行為の結果を除去し、又は将来のため適当な処分をすべきこと。
(中略)

第172条(間接強制)
 作為又は不作為を目的とする債務で前条第一項の強制執行ができないものについての強制執行は、執行裁判所が、債務者に対し、遅延の期間に応じ、又は相当と認める一定の期間内に履行しないときは直ちに、債務の履行を確保するために相当と認める一定の額の金銭を債権者に支払うべき旨を命ずる方法により行う。


○事案の概要は以下の通りです。
・X(抗告人)が,その夫であるY(相手方)に対し,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(「ハーグ条約実施法」という。)134条に基づき,両名の子らのフランスへの返還を命ずる終局決定(以下「本件返還決定」という。)を債務名義として,間接強制の方法による子の返還の強制執行の申立て(以下「本件申立て」という。)をした

・本決定に至るまでの経緯
ア XとYは,日本人であり,平成14年に婚姻し,平成22年,3人の子らと共にフランスに移住
イ Yは,平成29年4月にフランスの司法裁判所にXとの離婚の手続を申し立て
ウ Yは,平成30年,上記裁判所の勧解不調命令に基づき,自宅を出て別居し,令和元年7月,Xの了承を得て,子らを連れてフランスを出国し,日本に入国し,その後,子らをフランスに戻さなかった
エ 大阪家庭裁判所は,同年9月,Xの申立てに基づき,子ら(16歳に達していた長子を除く。)の返還事件について,Yに対し,上記子らを常居所のあるフランスに返還することを命ずる終局決定(本件返還決定)をし,その後,本件返還決定は確定
オ フランスの司法裁判所の裁判官は,同年11月,Yの離婚請求について,判決(「フランス第1審本案判決」という。)を言い渡し
 同判決において,子らの常居所はYの住所に定められ,この判断については仮の執行力を有するものとされた

なお,上記の判決手続においては,XとYは,いずれも代理人に委任して,訴訟活動を行い,本件返還決定の審理において大阪家庭裁判所が実施した家庭裁判所調査官による子ら(長子を除く。)の意向聴取の結果も採用された。
Xは,同年12月,フランス第1審本案判決について,控訴を提起

カ 原々審は,令和3年2月,本件申立てに基づき,Yに対し,上記子らをフランスに返還することを命じ,Yが同債務を履行しないときは子1人につき1日当たり1万円を支払うよう命ずる決定
キ Yが執行抗告をしたところ,原審は,令和3年4月,本件申立てはフランス第1審本案判決が仮の執行力を有する間は権利を濫用するものとして許されないとして,原々決定を取り消し,本件申立てを却下する決定
ク フランスの控訴裁判所は,令和3年6月,Xの控訴等について判決(フランス控訴審本案判決)を言い渡し、同判決において,上記子らの常居所はXの住所と定められた
ケ 奈良地方裁判所の執行官は,令和3年8月,大阪家庭裁判所による授権決定に基づき,上記子らをYから解放し,返還実施者と指定されたXに引き渡し、その後,上記子らは,フランスに返還


○民事執行法は不勉強で、且つ、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律なんて初めて読みましたが、子のフランスへの返還が実現しているのにXが抗告した理由がよく分からず、別コンテンツで大阪高裁決定、大阪家裁決定を紹介します。

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主   文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。 
 
理   由
1 本件は、抗告人が、その夫である相手方に対し、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(以下「実施法」という。)134条に基づき、両名の子らのフランスへの返還を命ずる終局決定(以下「本件返還決定」という。)を債務名義として、間接強制の方法による子の返還の強制執行の申立てをした事案である。

2 職権をもって調査すると、記録によれば、本件申立ての後、抗告人が実施法134条に基づき本件返還決定を債務名義として申し立てた子の返還の代替執行により子の返還が完了したことによって、本件返還決定に係る強制執行の目的を達したことが明らかであるから、本件申立ては不適法になったものといわなければならない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件申立てを却下した原決定は、結論において是認することができる。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官長嶺安政、同渡邉惠理子の補足意見がある。

裁判官長嶺安政、同渡邉惠理子の補足意見は、次のとおりである。
 私達は、法廷意見に賛同するものであるが、原決定の理由につき思うところを述べておきたい。
 原決定は、本件返還決定が子らの常居所地国であるフランスの第1審裁判所がした子の監護に関する裁判(本件本案判決)に反することを理由として、本件申立ては本件本案判決が仮の執行力を有する間は権利を濫用するものとして許されないという。しかしながら、外国における子の監護に関する裁判(しかも、いまだ確定もしていない。)がされたことのみを理由として子の返還の強制執行を許さないとすることは、仮に原決定が指摘するように上記裁判が適正な審理の下に行われたものであったとしても、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)の目的、同条約17条及びこれを受けて定められた実施法28条3項の趣旨に反するおそれがあるものと思料する。
 (裁判長裁判官 戸倉三郎 裁判官 宇賀克也 裁判官 林道晴 裁判官 長嶺安政 裁判官 渡邉惠理子)