小松法律事務所

同意なく子連れで別居を強行した妻への慰謝料請求を棄却した地裁判決紹介


○原告夫と被告妻の別居に際し、被告妻はが、原告夫の同意なく、2歳の長男を連れ去ったことで、原告夫の親権及び監護権を侵害されたとして、被告妻に対し、不法行為に基づき親子関係を断絶させられたことなどによる精神的苦痛に対する慰謝料200万円の損害賠償求めました。

○これに対し、本件の事情を総合考慮すると、被告妻が長男を連れて、原告と同居していた自宅を出る形で別居を開始したとしても、被告妻が、専ら、その責に帰すべき事由によって、原告の親権を実質的に侵害したと解することはできないから、被告妻が長男を連れて、別居を開始したことが原告に対する不法行為を構成することにならないとして、原告夫の請求を棄却した令和4年3月28日東京地裁判決(LEX/DB)全文を紹介します。

○妻が夫の意に反して、小さな子供を連れて実家に帰る等別居をして、夫に対し、弁護士を代理人につけたので、今後の交渉は全て弁護士を通じて行いますと、夫に通告して直接の遣り取りを拒否することは良くあります。これに対し、一方的に別居したことに納得出来ない夫から、精神的苦痛を受けたので妻に対し慰謝料請求ができませんかとの質問を受けることが、たまにあります。これに対し気持は判りますが、別居自体に慰謝料請求をしても普通は認められませんと回答してきました。

○本件は納得出来ない夫が、本人訴訟で妻に対し、子供を連れての別居強行は違法だとして慰謝料200万円の支払を求めて訴えを提起しました。判決は、一般論として、共同親権者の一方が、子を同道して別居したことが不法行為を構成するか否かは、別居前後の監護状況の変化、別居に至る経緯、子の同道に至る経緯及び態様、別居後の子との交流に関する対応に加えて、家事調停手続や家事審判手続の内容などの諸般の事情を総合考慮して、子を同道した親権者が、専ら、その責に帰すべき事由によって、他方の親権者の親権を実質的に侵害したと解されるような場合に限られるとし、本件では、事情を総合考慮すると、本件同道によっても、被告妻が、専ら、その責に帰すべき事由によって、原告の親権を実質的に侵害したと解することはできないとしました。妥当な判決です。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は、原告に対し、200万円及びこれに対する令和3年6月5日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は、被告の夫である原告が、原告と被告の別居に際し、被告が、原告と被告の間に出生した長男を原告の同意なく連れ去り、これにより原告の親権及び監護権を侵害されたとして、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、親子関係を断絶させられたことなどによる精神的苦痛に対する慰謝料200万円及びこれに対する訴状送達日の翌日である令和3年6月5日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1 前提事実(争いのない事実を除き、認定に用いた証拠等は括弧内に示す。)
(1)原告と被告は、平成30年2月16日に婚姻し、同年○月○○日に両者の間に長男(以下「本件子」という。)が出生した。
(2)被告は、令和3年2月16日、本件子を連れて、原告と同居していた自宅を出る形で別居を開始した(以下「本件同道」という。)。
(3)原告は、横浜家庭裁判所に対し、令和3年3月12日付け申立書を提出して、被告を相手方として、本件子に係る面会交流、監護者指定及び子の引渡しの調停を申し立てた(以下「本件調停手続」という。)。
(4)原告は、横浜家庭裁判所に対し、令和3年5月25日付け申立書を提出して、被告を相手方として、離婚調停を申し立てた。
 他方、被告も、同月31日付け申立書を提出して、原告を相手方として、離婚及び婚費分担の調停を申し立てた(甲5の1、5の2)。

2 争点及び当事者の主張
(1)不法行為の成否
(原告の主張)
 被告は、本件子が原告及び被告と同居して共同監護の状態にあり、原告とも円満に過ごしていたにもかかわらず、本件同道により原告の同意なく不当に本件子を連れ出し、原告からの本件子との面会の求めを拒否するなどした上で、代理人弁護士を介して、婚姻費用名目で金銭を要求してきた。
 このような被告の行為は、民法820条や憲法13条、24条で保障される原告の親権・監護権という人格的利益を侵害するものであるから、不法行為に基づき、これによって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。

(被告の主張)
 次のとおり、本件同道は、何らの違法性もなく、民法820条に反しないことは明らかであるから、原告に対する不法行為を構成しない。
ア 被告は、原告に何も告げることなく本件子を連れて別居を開始したのであり、暴行又は脅迫や、詐欺又は欺罔の手段を用いていないところ、離婚を前提として別居を開始する場合、相手方からの妨害やトラブルを避けるために事前に相手方に告げることなく別居を開始することは通常のことである。そして、別居開始時、本件子は2歳であって、それまで被告が主たる監護者として監護養育していたことからすると、本件子を置いて別居を開始することができないことは明らかである。

イ また、被告は、別居開始後、原告からの連絡に応答するなど誠実に対応しているのであり、原告の不安を助長するような行動はとっていないし、別居から約2週間後には、代理人弁護士を介して、原告に対して離婚協議を求める書面を送付し、さらに、本件子の監護者指定等に係る調停手続にも出席して話合いに応じており、面会交流の必要性を理解した上で、その実施を拒むといったこともしていない。

ウ 原告との同居中、本件子の監護養育の大半は被告が担っており、現在に至るまで本件子の健康状態には問題はないから、別居後も、被告によって本件子は適切に監護養育されている。

(2)慰謝料について
(原告の主張)
 本件同道によって、原告は、多大な精神的苦痛を受け、それが原因となって適応障害を患い、睡眠障害や体調不良に苦しむなど日常生活も困難な状態となっているのであり、その精神的苦痛に対する慰謝料は200万円を下回らない。

(被告の主張)
 原告主張の適応障害の症状は、いずれも原告の愁訴によるものであってこれを客観的に裏付ける事情はないし、別居から約3か月後になって初めて診察を受けていることからすると、本件同道が原因であるとはいえない。
 また、原告と被告との関係は同居中から相当険悪な状態であったのであるから、被告が本件子を連れて別居を開始することは、原告においても十分に予測していたはずであり、突然の出来事により原告が精神的損害を被ったということもできない。
 仮に、本件同道によって原告が何らかの精神的苦痛を被ったとしても、今後、家庭裁判所の手続で面会交流の条件が決まり、原告と本件子の交流が継続する可能性が高いのであるから、原告の被った苦痛は既に回復されている。

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)本件同道後のやり取り
ア 令和3年3月3日から同月10日までの間、原告と被告は、離婚に向けた協議を進めることや、離婚の条件等を定めた離婚協議書を作成することなどについて、LINEのメッセージでのやり取りを行った(甲2、乙2)。
イ 被告は、代理人弁護士を介して、令和3年3月16日頃、原告に対し、離婚までの婚姻費用の支払や離婚に当たっての財産分与、離婚成立後の養育費の支払等について協議を求める内容の書面を送付した(甲3)。

(2)原告と被告との間の調停手続の経緯(乙1、5)
ア 令和3年4月28日、本件調停手続の第1回調停期日が行われ、同年5月9日に原告と本件子との間の試行的面会交流を行うこととされたが、同日の面会交流は実施されなかった。
イ 本件調停手続のうちの面会交流事件について、令和3年7月16日付けで家庭裁判所調査官の調査報告書(乙1)が提出された。
 同報告書には、家庭裁判所調査官の意見として、試行的面会交流は実施できなかったものの、調停による調整の余地が全くないとまではいえないこと、継続的な面会交流の実施の可否を検討するに当たっては、試験的面会交流や裁判所外で任意での面会交流の実施、原告の心身の状況に関する疎明等を通して、原告と被告が、子の福祉を念頭に、互いに面会交流のルールを守り円滑な面会交流の実施に向けて協力し合う関係を築けるかどうかや、被告の懸念が軽減されるかどうかといった点を中心に検討する必要があることなどが記載されている。
ウ 令和3年8月18日、本件調停手続の第2回調停期日が行われ、審判手続に移行することとされた。
エ 令和3年10月20日、原告と本件子との間の試行的面会交流が実施された。
オ 本件調停手続のうちの監護者指定及び子の引渡し事件について、令和3年11月30日付けで家庭裁判所調査官の調査報告書(乙5)が提出された。
 同報告書には、家庭裁判所調査官の意見として、
〔1〕同居中の本件子の主たる監護者は被告であり、その監護状況には子の福祉を害するほどの問題はなかったこと、
〔2〕原告やその両親の健康面や経済面も含め,原告の監護態勢に問題は認められないこと、
〔3〕母子関係を含めて、被告による現在の監護状況や将来的な監護態勢に問題は認められないこと、
〔4〕試行的面会交流においては、父子関係に問題がないことがうかがわれ、原告及び被告の本件子に対する対応に問題は認められなかったこと
などが記載され、これらの事情を考慮した上で、本件子が、最も情緒的なつながりが深く、出生以後の心身の経過や特徴等を最も細やかに把握していると考えられる主たる監護者による監護の継続が特に重要な段階にあることから、出生以降一貫して監護を主に担い、その監護態勢等に不適切といえるまでの事情がない被告が監護をすることがより子の福祉にかなうとして、監護者を被告とすることが相当であり、その場合には、面会交流について、原告と被告とが互いを親として尊重し、円滑に面会交流が実施されるよう協力し合う必要がある旨が記載されている。

2 本件同道を理由とする不法行為の成否
(1)前提事実及び前記認定事実によれば、本件同道によって、本件子の共同親権者である原告が、監護権に基づき、本件子と同居して監護養育していた状態が妨げられ、本件子との交流状況についても、現在は、本件調停手続における試行的面会交流での面会等ができる程度の交流が乏しい状況となっていると認められるのであり、これによって、原告の本件子の父親としての心情が害されていることは明らかである。 

 また、本件調停手続における調査報告書の内容等からすると、本件同道以前は、本件子は原告と被告との共同監護状態にあり、本件子の主たる監護者は被告であったものの、原告の本件子に対する監護状況についても子の福祉を害するほどの問題はうかがえないのであり、本件において、本件子の意思に基づくことなく本件同道によって原告も含めた共同監護から被告の単独監護の状況に変更され、面会交流が十分に実施されていない状況となったことは、子の利益に反する状況であるとはいえる。

(2)しかしながら、監護権を含む親権は、一次的には子の利益のためのものであって、親の心情や利益を保護することが第一目的でないことからすると、共同親権者の一方が、共同監護下にある子を同道して別居し、自らが子の単独監護者となったからといって、そのことのみから、監護をしていない親の親権を侵害したとして、直ちに上記同道行為をもって不法行為を構成するものと評価することは相当ではないし、実質的に見ても、両親が別居する場合の子の監護者については、別居前の共同監護の状況や、別居後の監護状況、共同親権者双方の意向を踏まえた面会交流の実施の可能性等を考慮して、最も重要な子の福祉にかなうか否かの視点が協議等によって定められるべきものである。

 そうすると、共同親権者の一方が、子を同道して別居したことが不法行為を構成するか否かは、別居前後の監護状況の変化、別居に至る経緯、子の同道に至る経緯及び態様、別居後の子との交流に関する対応に加えて、家事調停手続や家事審判手続の内容などの諸般の事情を総合考慮して、子を同道した親権者が、専ら、その責に帰すべき事由によって、他方の親権者の親権を実質的に侵害したと解されるような場合に限られると解すべきである。

(3)これを本件について見ると、本件調停手続における調査報告書(乙1、乙5)や本件調停手続に提出された資料等(甲1、甲12、乙6)によれば、別居前は、原告も、在宅時には本件子の遊び相手をするなどして子の利益に適った監護を提供して、本件子と良好な関係を保っていたものの、主たる監護者は被告であり、その監護状況に子の福祉を害するような事情は認められないこと、別居後は、被告が、被告の実家において両親(本件子の祖父母)の監護補助や経済援助を得て、本件子の監護を行っているが、その監護状況には母子関係を含めて問題は認められないこと、原告と被告が別居に至ったのは、原告においては家庭における被告の言動等につらさを感じるなどし、被告においては金銭面での不安等を感じることによって、双方が別居以前から離婚を意識するようになった一方、本件子への影響も懸念して直ちに別居するには至らなかったが、被告において貯金が尽きたことを契機として別居を決意したものであり、別居に関して当事者のいずれかに法的な責任があるとまでは直ちに認められないこと、本件同道に際し、被告が有形力の行使やその他社会的相当性を欠くような方法をとったとは認められないこと、被告が本件子を同道したのは、本件子の利益のためにどのようにすべきか悩んで判断した結果であって、父子関係を壊そうとする意図があったわけではないこと、また、本件調停手続においては、監護者は被告とすることが相当である旨の家庭裁判所調査官の意見が出されていることからすると、被告の上記判断は当該意見においても肯定されていること、本件調停手続において、被告は、原告と本件子との面会交流について、一定の条件の下実施することを容認しており、試行的面会交流も実施されていることなどが認められるのであり、これらの事情を総合考慮すると、本件同道によっても、被告が、専ら、その責に帰すべき事由によって、原告の親権を実質的に侵害したと解することはできない。

(4)以上によれば、本件同道が原告に対する不法行為を構成するということはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。

第4 結論
 以上によれば、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第15部 裁判官 植田類