小松法律事務所

面会交流円滑実施義務違反での慰謝料請求を棄却した地裁判決紹介


○原告が、前妻である被告に対し、原告と両者間の長男との面会交流について、被告が原告に対する長男の心情の悪化を防止し原告との面会交流を円滑に実施するよう長男に働き掛ける義務を負うにもかかわらず、これを怠ったと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料150万円の支払を求めました。

○これに対し、長男が原告に対する強い不信感を抱くに至ったのは,原告が代理人弁護士を通じて、長男の通学先に対し、長男が元妻の再婚相手の姓を名乗っていることについて照会する内容の第1文書ないし第3文書の送付及びこれに対する原告ないしその代理人弁護士の対応に原因があるものと認められ、このような原告に対し,被告元妻が,原告との面会の働き掛け等を長男にする法的義務を負い,その義務に違反したことが原告に対する不法行為を構成するとするのは相当でないとして、原告の請求を棄却した令和3年2月26日東京地裁判決(LEX/DB)判決関連部分を紹介します。

○離婚或いは別居後の非監護親の監護親に対する面会要求紛争が増えている感がしますが、子が面会を拒否することについて、監護親に対し、面会交流円滑実施義務違反を理由に慰謝料請求をするまでに紛争が悪化した事案です。東京地裁には様々な事案があるものだと感嘆します。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,165万円及びこれに対する令和2年1月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,前妻である被告に対し,原告と両者間の長男との面会交流について,被告が原告に対する長男の心情の悪化を防止し原告との面会交流を円滑に実施するよう長男に働き掛ける義務(以下「心情悪化防止義務」という。)を負うにもかかわらず,これを怠ったと主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料等165万円及びこれに対する不法行為日の後(訴状送達の日の翌日)である令和2年1月16日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 争いのない事実等

         (中略)


第3 争点に対する当事者の主張
1 心情悪化防止義務違反の有無(争点(1))について

(原告の主張)
(1)非監護親の子との面会交流は,親として有する固有の自然権であり,人格の円満な発達に不可欠な両親の愛育を求める子の権利としての性格をも有する。監護親(被告)は,子(長男)と直接的に接し子の成長に対して大きな影響を及ぼすことができる存在であるから,非監護親(原告)と子の面会交流の実現のため,非監護親と面会交流の日時等について誠実に協議するにとどまらず,子の非監護親に対する心情の悪化を防止し,ひいては非監護親との面会交流を円滑に実施するよう子に働き掛ける義務(心情悪化防止義務)を負うというべきである。

(2)原告は,平成29年11月16日にされた本件審判の後,本件調査報告書が作成された平成31年3月6日までの間、長男と一切かかわりを持つことができなかったにもかかわらず,同報告書によれば,長男は,現実認識が向上して父母(原告及び被告)の争いに関する理解が進み,原告に対する不信感が強まったとされている。

 被告は,本件審判が平成29年12月5日に確定した後,長男の原告に対する更なる心情悪化を防止する措置をとらなかったほか,本件面会交流調停事件2において,原告が,将来的な父子関係の回復のために裁判所の提案を受けてした提案に対し,消極的な態度に終始した。そのため,被告は,前記(1)の心情悪化防止義務に違反したものであり,不法行為を構成する。 

(被告の主張)
(1)監護親の非監護親に対する面会交流に関する義務は,未成年者に対し,殊更に非監護親に対する心情を悪化させるような言動をとらないといった消極的なものにとどまるというべきであり,被告は,原告と長男の面会交流について,原告の主張する内容の心情悪化防止義務を負わない。

(2)また,原告と長男の面会交流が中断された原因は,長男の通称使用について,長男の通学先に抗議するような通知書を送付するなどした原告にある。
 したがって,仮に被告が原告と長男の面会交流に関して何らかの義務を負うとしても,これに違反したとはいえない。

         (中略)


第4 当裁判所の判断
1 認定事実

証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実を認めることができる。
 なお,認定の主たる根拠となった証拠を,その末尾に掲記する。
(1)被告は,平成27年3月30日,Dとの婚姻を視野に入れた上で,長男の通学先に対し,長男の姓として「D」を使用する希望を申入れ,その了承を得た。長男は,通学先では「C」との姓名を使用している。
(以上につき,乙8,9,弁論の全趣旨)

(2)
ア 原告は,平成27年9月7日,代理人弁護士を通じて,長男の通学先に対し,「御連絡」と題する文書(乙1。以下「第1文書」という。)を送付した。その内容は,長男が通学先でD姓を使用していることが判明したものの,原告は,親権者として,長男が対外的に実名以外を名乗ることを承諾しておらず,D姓使用の経緯について伺いたく連絡した次第であるといったものであった。(乙1,8,9,弁論の全趣旨)

イ 原告は,長男の通学先から第1文書に対する返答が得られなかったことから,平成27年10月1日,代理人弁護士を通じて,長男の通学先に対し,長男が実名とは異なり,かつ,監護者たる保護者の姓とも異なる姓を使用することとなった事情,上記保護者の通称を長男の姓に合わせるような話合いあるいは申出があったか否かの回答を求める文書(乙2。以下「第2文書」という。)を送付した。(乙2,8,9,弁論の全趣旨)

(3)被告は,平成27年10月13日頃,代理人弁護士を通じて,原告の代理人弁護士に対し,原告から通学先への第2文書の送付を長男が知ってショックを受けているとして,通学先等への文書の送付を控えるように申し入れた。(乙4,8,9,弁論の全趣旨)

(4)
ア 原告は,平成27年10月26日,代理人弁護士を通じて,通学先に対し,〔1〕監護者たる保護者の申出があれば,児童の姓名は,戸籍とは異なるものを使用することができ,姓については,戸籍とも,監護者たる保護者のものとも異なる第三者の姓を用いることができるという理解でよいのか,〔2〕小学校からの回答によると,長男の場合には,事情を聞くことなく監護者たる保護者の申出により児童の別姓使用を容認するのか,との以上2点の照会に対する回答を求めて,文書(乙5。以下「第3文書」という。)を送付した。(乙5,8,9,弁論の全趣旨)

イ 被告は,第1文書ないし第3文書が送付される都度,通学先から呼出しを受けた(乙6,8,9,弁論の全趣旨)。

(5)被告の代理人弁護士は,平成27年10月30日,被告から,電話で,原告の代理人弁護士名義で長男の通学先に対して長男の通称使用についての3度目の書面(第3文書)が届き,被告が通学先から3度目の呼出しを受けた旨,長男は,第3文書の送付を知り,原告の代理人弁護士に対して直接抗議の電話をしたい,同年11月1日の面会にも行きたくないと涙ながらに訴えた旨の連絡を受けた。

 被告の代理人弁護士は,その後,長男と直接話をしたものの,同日の面会に行きたくないとの意思が固かったことから,同日に予定されていた面会交流を中止せざるを得ないと判断し,その旨を原告の代理人弁護士に電話で連絡して,同日の面会交流は中止となった。

 被告の代理人弁護士は,原告の代理人弁護士に対し,同月3日付け「ご連絡書」と題する書面を送付することにより,上記の経緯を伝えるとともに,長男は,長男が通学先で通称を使用することについて原告が今後一切異議を述べないと誓約するまで面会交流はしたくないと述べており,被告の代理人弁護士としては,面会交流の重要性に鑑み,長男と電話で直接会話し,長男本人の意思を十分に確認したものの,長男が11歳に達してしっかりと自分の意思を説明することができるようになっている以上,原告と無理やり面会させることはできない旨,長男が通称で通学先に通うことについて原告が今後一切異議を述べないことを書面で確約するまで面会交流は中断させていただく旨などを伝えた。(以上につき,乙6,8,9,弁論の全趣旨)

         (中略)

2 心情悪化防止義務違反の有無(争点(1))について
(1)原告は,被告が,本件審判(原告と長男の面会交流に係る本件調停条項の内容を変更したもの)が確定した後,長男の原告に対する心情の悪化を防止し,ひいては原告との面会交流を円滑に実施するよう長男に働き掛ける義務(心情悪化防止義務)に違反した旨を主張する。

(2)
ア しかしながら,前記1(8)イ及び別紙「長男の回答内容」に記載のとおり,長男は,本件審判の確定後に実施された本件面接3において,担当した家裁調査官に対し,前の調査(本件面接1及び同2)のときには,まだ小学生で,今ほどいろいろなことを理解できていなかったため,今回話した気持ちを言葉にすることはできていなかったように思う旨,前の調査の後,被告から,原告がどうしても会いたがっているので1回だけ会ってと言われたので,仕方なく応じた旨,原告については,学校にあんな手紙を送っておきながら会いたいなんて,何を今さらという感じがする旨を述べている。

 また,前記1の各認定事実(特に,本件面接1ないし3における長男の回答内容)によれば,長男は,原告が,平成27年9月から10月に,代理人弁護士を通じて,長男の通学先に第1文書ないし第3文書を送付したことについて,「学校にも迷惑だし,このとき,未成年者(引用者注:長男)は転入したばかりで,新しい学校に馴染もうとしていたところで,家の事情もあまり知られたくなかったし,すごく気分が悪かった。さすがにふざけんなと思って,電話までしたのに,謝罪の言葉もなかった」(別紙「長男の回答内容」参照)ことから,父である原告に対して強い不信感を抱いたこと,これを原因として,同年11月実施分以降,原告との面会交流を拒否しており,被告から「原告がどうしても会いたがっているので1回だけ会って」と言われて仕方なく応じた平成29年6月18日の試行的な面会交流を除き,現在まで,これに応じていないことが認められる。そのため,長男が現在まで原告との面会交流を拒否している原因は,平成27年11月までに抱いた原告に対する強い不信感にあるものと推認される。

イ これらの事情によれば,長男は,平成27年11月までに原告に対して強い不信感を抱き,これ以降,その不信感は払拭されていないものと認められるのであり,本件審判の確定(平成29年12月5日)後,本件面接3の際(平成31年2月14日)に「父への不信感を強めていった」(前記1(8)ウ参照)と評価されたのは,小学5年生であった本件面接1及び2の時から成長して中学1年生となり,成長するに伴って,自身を取り巻く現実に対する認識が深まったこと,あるいは,自身の考え・思いを表現する語彙等を習得するに至ったことが原因であると考えられる。

 つまり,長男が「父への不信感を強めていった」といった評価をされたのは,長男が成長に伴い認識力ないし表現力が向上したことによるものと考えられるのであり,原告に対する強い不信感を抱いている状態自体には変わりがないように思われる。母親(親権者兼監護権者)である被告が,かかる不信感を抱きながら成長を続ける長男に対して,何らかの働き掛け等をする法的義務を課され,しかも,その義務に違反したことが原告に対する不法行為を構成するといった帰結を採用するのは疑問である。

(3)また,前記1(6)ないし(8)において認定した事実(特に本件面接2及び同3における長男の発言内容)によれば,被告は,長男に対し,「会いたくなったら,会いたいって言ってもいいよ。」と伝えており,平成29年6月18日(本件面会交流審判事件の係属中)に試行的に実施された原告と長男の面会交流についても,「原告がどうしても会いたがっているので1回だけ会って」と述べてこれを実現している。

 これによれば,被告は,平成27年11月までに原告に対して強い不信感を抱き面会交流を拒むようになった長男に対し,原告との面会交流が実現するよう,相応の対応をしていたものと評価することが可能である。前記1の事実経過によれば,長男が原告に対する強い不信感を抱くに至ったのは,第1文書ないし第3文書の送付及びこれに対する原告ないしその代理人弁護士の対応に原因があるものと認められるのであるから,かかる原告に対し,被告が,本件審判の確定後に,上記のような対応を超える何らかの働き掛け等を長男にする法的義務を負い,その義務に違反したことが原告に対する不法行為を構成するとするのは相当でない。

(4)したがって,被告は,本件審判の確定後に,原告が主張する内容の心情悪化防止義務を負うとは認められないというべきであり,前記(1)の原告の主張を採用することはできない。

3 結論
 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第12部裁判官 大島広規