長男の居所及び通園先開示等仮処分を却下した地裁決定紹介
○未成年である長男の父であり、債務者の夫である債権者が、長男とともに別居している債務者に対し、監護権を含む親権及び人格権に基づき、
〔1〕親権を共同で行う者として長男の利益のために債権者と協力すること、
〔2〕長男の通園先の施設及び居所をいずれも開示すること、及び
〔3〕債権者の承諾なく長男の居所を移転させないことを求めるとともに、
〔4〕債権者が長男の保護者として長男を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負うこと
の確認を求める仮処分命令の申立てをしました。
○これに対し、東京地裁判決は、成年に達しない子は、父母の親権に服し、親権は父母の婚姻中は、父母が共同して行うものとされており(民法818条1項及び3項)、また、夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならないものとされている(民法752条)が、これらの規定から直ちに、長男とともに別居している債務者に対し、長男の通園先の施設及び居所をいずれも開示することや債権者の承諾なく長男の居所を移転させないことを求める具体的な権利があるということはできないなどとして、本件申立てを却下しました。
○子と離れた父の気持ちも判らないではありませんが、弁護士を依頼して仮処分まで申請するのは珍しいと思われます。「債権者が長男の保護者として長男を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負うことの確認」は児童福祉法2条2項の規定そのもののようですが、抽象的すぎて、確認の利益がないと一蹴されています。当然と言えば当然ですが、別居し単独で子を監護する母に対する根強い不満があったものと思われます。
○別居した母は、別居先住所も夫に教えず、長男の通園先も変更し、夫に教えなかったようですが、「長男の通園先の施設を開示せよ。」、「長男の居所を開示せよ」との具体的要求は、DVの恐れ等がない限り、開示しても良いようなものですが、「長男の通園先の施設及び居所をいずれも開示することや債権者の承諾なく長男の居所を移転させないことを求める具体的な権利があるということはできない」と一蹴しています。夫は納得出来ないとして東京高裁に抗告しています。
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主 文
1 本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者の負担とする。
理由の要旨
第1 申立ての趣旨
1 債務者は,親権を共同で行う者として債権者と債務者の間の長男○○(○○生。以下「長男」という。)の利益のために,債権者と協力せよ。
2 債務者は,債権者に対し,長男の通園先の施設を開示せよ。
3 債務者は,債権者に対し,長男の居所を開示せよ。
4 債務者は,債権者の承諾なく長男の居所を移転させてはならない。
5 債権者が長男の保護者として長男を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負うことを確認する。
第2 事案の概要
1 本件は,未成年である長男の父であり,債務者の夫である債権者が,長男とともに別居している債務者に対し,監護権を含む親権及び人格権に基づき,
〔1〕親権を共同で行う者として長男の利益のために債権者と協力すること,
〔2〕長男の通園先の施設及び居所をいずれも開示すること,及び
〔3〕債権者の承諾なく長男の居所を移転させないことを求めるとともに,
〔4〕債権者が長男の保護者として長男を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負うこと
の確認を求める仮処分命令の申立てをした事案である。
2 申立ての理由は,仮の地位を定める仮処分命令申立書の訂正申立書記載のとおりであるから,これを引用する。
第3 当裁判所の判断
1 第2の1の〔1〕について
この点に関する本件申立ての趣旨は,「親権を共同で行う者として長男の利益のために,債権者と協力せよ」という抽象的なものであって,具体的にいかなる協力を求めているのか,その内容が何ら明確ではなく,請求が特定されているということはできない。
したがって,この点に関する本件申立ては,不適法なものである。
2 第2の1の〔2〕及び〔3〕について
確かに,成年に達しない子は,父母の親権に服し,親権は父母の婚姻中は,父母が共同して行うものとされており(民法818条1項及び3項),また,夫婦は同居し,互いに協力し扶助しなければならないものとされている(同法752条)。しかしながら,これらの規定から直ちに,長男とともに別居している債務者に対し,長男の通園先の施設及び居所をいずれも開示することや債権者の承諾なく長男の居所を移転させないことを求める具体的な権利があるということはできない。その他,児童福祉法を含め,債権者にかかる権利があると解すべき明確な根拠は見当たらない。
したがって,この点に関する本件申立ては,いずれも被保全権利の疎明を欠くものであって,その余について判断するまでもなく理由がない。
3 第2の1の〔4〕について
確認の訴えは,即時確定の利益がある場合、換言すれば、現に、原告の有する権利または法律的地位に危険または不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り、許されるものであるところ,この理は仮処分の申立てにおいても同様である。
第2の1の〔4〕に関する本件申立ては,「債権者が長男の保護者として長男を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負うことを確認する」という,児童福祉法2条2項の規定(児童の保護者は,児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負う。)と同内容の抽象的なものであって,これを確認する仮処分決定を得ることが,債権者の有する権利または法律的地位に存在する危険または不安を除去するため必要かつ適切な場合ということはできない。
したがって,この点に関する本件申立ては,確認の利益が認められず,不適法なものである。
4 よって,本件申立ては,第2の1の〔1〕及び〔4〕はいずれも不適法であり,また,〔2〕及び〔3〕はいずれも被保全権利の疎明を欠くものであって理由がないから,これらをいずれも却下することとし,主文のとおり決定する。
令和2年11月6日 東京地方裁判所民事第9部 裁判官 朝倉佳秀