小松法律事務所

親権者父から母と配偶者に対する幼児引渡請求を認めた地裁判決紹介


○「子の引渡拒否について親権侵害による慰謝料請求を認めた地裁判決紹介」の続きです。今回は、親権者・監護者たる親(父)からそうでない親(母)及びその配偶者(母の再婚夫)に対する親権の行使についての妨害排除請求たる幼児(訴え提起時7歳)の引渡請求が認められた昭和57年6月14日千葉地裁判決(家庭裁判月報36巻4号91頁、判時1080号98頁)関連部分を紹介します。

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主  文
一 被告らは原告に対しA(本籍千葉県船橋市○○○×丁目×××番地、昭和48年1月1日生)を引渡せ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

事  実
第一 当事者の求めた裁判

一 原告
1 主位的申立
(一) 主文一項と同旨
(二) 被告らは各自原告に対し100万円及びこれに対する昭和57年2月26日から完済まで年5分の割合による金員を支払え
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(四) (二)につき仮執行の宣言


(一)の請求が認められない場合の予備的申立被告らは、原告がAに対して監護、教育し、埼玉県三郷市○○×丁目××番××-×××号の原告自宅に居住させるなど親権者及び監護権を行使することを妨害してはならない。
二 被告ら
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二 当事者の主張
一 請求原因

1 原告と被告Y1は、昭和40年11月9日、婚姻し(本籍地船橋市○○○×丁目×××番地)、長男B(昭和41年12月16日生)、長女A(昭和48年1月1日生)、二男C(昭和49年4月10日生)をもうけたが、昭和53年11月13日右3人の子の親権者及び監護者を原告と定めて協議離婚した。

2 原告は3人の子と肩書住所地に同居し、親権者としてその監護、教育に当つてきた。被告らは、昭和54年6月23日婚姻したが、同年8月27日原告の意思に反してAを連れ去り、以来被告らの肩書住所地に居住せしめ、原告がAの引渡を求めても応じようとせず、原告が同人を監護、教育する等同人に対する親権を行使することを妨げている。

3 原告は被告らに対し、度々Aの引渡しを求めたが、被告らに拒まれたため、昭和54年10月18日東京家庭裁判所に調停の申立をなしたものの不調に終り、本件訴訟を提起することを余儀なくされ、その間多大の経済的及び精神的な負担を強いられた。これによつて被る原告の苦痛に対する慰藉料は100万円を下らない。

 よつて、原告は、被告らに対し、親権に基づき、主位的にAの引渡を求め、予備的に原告がAを監護、教育し、原告の肩書住所地に居住させること等親権を行使することを妨害しないことを求めるとともに、右各請求にあわせて親権の侵害に対する不法行為による損害賠償として慰藉料100万円及びこれに対する不法行為の後である昭和57年2月26日より完済まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否
 請求原因1の事実は認める。同2の事実のうち、被告らが昭和54年6月23日婚姻をしたこと、被告らが同年8月27日以来Aを自宅に引取つていることは認め、その余は否認する。同3の事実のうち、被告らが原告のAの引渡請求を拒んだこと、原告が同年10月18日東京家庭裁判所に調停を申立て、右調停が不調に終つた後本件訴訟を提起したことは認め、その余は不知。

三 抗弁

         (中略)

 
理  由
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
 本訴は、右のように離婚の際合意により婚姻中に生まれた子の親権者及び監護者と定められた夫婦の一方が提起した右親権の行使についての妨害排除請求であるから、その相手方がかつての配偶者であろうと第三者であろうと、右請求は民事訴訟の対象となるものと解すべきである。そして、かように原告が現にAの親権者である以上、特段の事情がない限り、親権者でも監護者でもない被告らが原告の意思に反し、その親権に服すべきAを連れ去り自己の支配下におくことは、原告の親権の行使を妨げるものとして許されないものというべきである。

 右にいう特段の事情とは、先ず、親権者が親権を濫用し又は著しい不行跡であつて親権喪失の宣言を待つまでもなく親権者又は少なくとも監護者として明白に不適格と認められる場合及び親権に服すべき子がその自由意思により親権者のもとを去り、非親権者のもとに滞在していると認められる場合をいうのである。

これを更に敷衍すれば、前者に関しては、親権者が真摯に子を監護教育する意思を有し、かつそれが可能であると認められる限り、現に子を支配下においている非親権者と対比し、時間的、経済的ゆとりその他養育環境において仮に親権者の方が劣位にあるからといつてそのことから直ちに子の引渡しを求める親権者の側に親権の濫用があると認めるのは相当ではなく、かかる事情は、家庭裁判所が審判又は調停等の非訟手続において親権者又は監護者変更の申立に対し判断する際の資料として考慮されるべきものである。

また、後者、即ち子の自由意思については、その子が弁識能力を有し右能力に基づく判断の結果、自己が親権者のもとを離れて非親権者のもとにある経緯、事情等の概要を知つたうえで、それでもなお非親権者のもとに滞在していることが認められることが必要であり、弁識能力が低く、また、親権者のもとを離れた事情に疎い子が現に滞在している非親権者になついているという外観から直ちに子の自由意思を推断してはならないのである。

特に、ようやく学令期に達した程度の子にあつては生活を共にする非親権者である実親から愛情を示されれば、これになつくのは当然であつて(そのことは裏を返せば、子が連れ去られることなく親権者のもとで養育されれば親権者になつくことになる。)、民事訴訟手続における判断にあつてかかる現状を一義的に重視することを許せば、結局、非親権者が親権者から子を引取るに至つた経緯、親権者の意思等は捨象されることとなり、離婚の際、親権者及び監護者を定めた合意を無意味ならしめるものといわざるを得ない。かような現状も前同様家庭裁判所の審判又は調停等の非訟手続による親権者又は監護者変更の申立に対する判断資料として考慮すれば足るものというべきである。
 かかる観点から以下において検討を進める。

二 当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第1ないし第10号証、原告及び被告両名の各本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く。)によれば、次の事実を認めることができる。

         (中略)



1 前記二に限定した事実によれば、原告がAを手もとに引取り養育することを真剣に考えているにもかかわらず、その意思に反し、被告らが同人を手もとにおいていることは明らかである。もつとも、前記二3に認定したように、一旦は原告自らが、任意に、被告らに3人の子を引渡したのであるが、それは、被告ら、特に被告Y2の強い希望があつたため、試験的に被告らに3人の子を預け、その経過いかんによつてはなお引続き被告らにその養育を委ねてもよいと考えたことによるもので(かかる心境になつたのは、自己の消防吏員としての夜勤を伴なう変則的な勤務状態を配慮したためと推察される。)、原告が決して親権者及び監護者としての権利及び義務を放棄したものではない。

そして、前記二4に認定したように、被告ら側が自らの求めにより3人の子を引取りながら、被告Y1が、昭和54年4月9日付で自己の住所地へ住民票の異動手続をすませたA及びBにつき同月16日付で原告の住所地へ再び異動手続をとつたうえ、原告に対し右両名の引取りを求めるに及んでから、原告はたとい試験的にせよ被告らに子を養育させることは相当でないと判断し、自ら3人の子を手もとで養育することを決意して、以後被告らに対し3人の子全員の引渡しを求めたもので、原告が右のような判断をしたことにつきこれを不当と非難すべき事由もなく、原告による右引渡請求が単に親権者としての面子にとらわれているとか、被告らに対するいやがらせでないことは明らかである。

 この間、原告は一学期終了時まで3人の子を被告ら方におくこととしたが、それは、被告らの間で子の引取りにつき意見の不一致があるのを知り、被告Y2の希望と子の教育面を考慮したことによるものであり、また、原告は被告Y1の子の引取要求に対し、被告Y2の実家である高橋方を通じるよう一見迂遠な回答をしているが、それも前記二4に認定した事情を配慮したものであることによるものであるから、かように原告が即時引取りの態度を示さなかつたからといつて、原告が親権者及び監護者としての権利及び義務を放棄したことにならないことは勿論である。

2 なお、前記二5に認定した原告がA(及びB)を被告らのもとから引取つた手段において全く問題がないではないが、親権者及び監護者である原告が被告らのもとに右両名をおくことを承諾したのは一学期終了までであり、本来被告らは原告に対し右両名を引渡す義務を負う立場にあるのであるから、原告による右引取手段の当否は、その極端な不法性を認むべき証拠のない本件においては、親権者としての適格性を判定する資料となるものではない。

3 前記二2認定のとおり、原告は消防吏員であるため、宿直を伴なう変則勤務状態にあつて、男手のみにより3人の子を養育することは必ずしも容易でないことは推測するに難くないが、原告本人尋問の結果によれば、原告自身かかる境遇にありながら、親権者及び監護者として子を養育する熱意のあることは十分うかがえるし、前記二6認定のとおり協力者もあることであり、更に長男Cが中学3年生となり前記二3及び4に認定した中学1年入学当初の約2か月間を除いては原告のもとにあることに鑑みれば、原告がAを含め3人の子をその手もとにおいて養育することは十分に可能であると認めることができる(被告両名の本人尋問の結果によれば、原告は離婚直後病気となつたBを他の2人の子と共に被告ら方に若干の期間預けたことが認められるが、かかる離婚直後の一現象をとらえて、原告の養育能力を疑うことはもとより相当ではない。)。

 他方、被告らについてみれば、前記二4に認定のように当初被告Y1は原告と被告Y2の子3人を養育することにつき反対態度を示していたが、被告両名の本人尋問の結果によれば、その後被告Y1はAに対し自らの子と同様の愛情をいだくようになり、その後被告ら間に女子が出生したが、同被告は両名をわけへだてなく育てていることが認められる。かような被告Y1がAに対する愛情が永続的なものであるならば、両者の養育環境を比較した場合、或は被告ら側が現時点において男手ひとつの原告側より優位であるとの見方があり得ることは必ずしも否定し得ないが、そのことが直ちに被告らにおいて原告のAの引渡請求を拒絶する根拠となり得るものでないことは、前記一に述べたとおりである。

4 次に、Aの自由意思についてであるが、同人が被告ら方へ一時引渡されたのは少学校へ入学したばかりであり、その後約3年を経過した現時点においても9歳(訴提起当時は7歳)に過ぎず、この程度の年齢の子として、果たして従前の原告と被告らの関係、自己が非親権者である被告らのもとにある経緯をどの程度理解しているか疑問であり、前記一に述べたように、同人が被告らになついているということが直ちに原告の引渡請求を拒み得る事由となるものではない。

5 その他原告に親権者としての適格を疑わしめる濫用又は著しい不行跡を認めるべき証拠もない。

6 以上述べたところによれば、原告がAの親権者にして監護者であり、未だその変更につき当事者の合意、家庭裁判所による審判又は調停がなされていない現段階においては、民事訴訟たる原告の被告らに対するAの引渡請求は認容せざるを得ない。

四 最後に原告の損害賠償請求について判断する。
 既に述べたところによれば、被告らは原告のAに対する親権の行使を妨害しているものというべきであるが、被告ら、特に被告Y2は原告の離婚の経緯がどうあつたにせよ、実母としての愛情に駈られてAを引取り養育して現在に至つているのであり、被告Y1も当初はいざ知らず現在においては同人に対し愛情を示している。そして、被告らによるAの養育が同人の成長に資する面があつたことは否定し得ないであろうし、また、被告らが原告に対し報復を意図し、その他なんらかの苦痛を与えることを積極的に意図してAの引渡しを拒んでいるものでないことは前記二に認定した事実経過により明らかなところである。

他方、原告がAの引渡しを拒まれ、その引渡しを求めるため労苦を重ね、また、同人と同居できないことにより精神的苦痛を被つたことは容易に推察されるところである。しかし、本訴の全経過に照らして原告の心情として看取されることは、何よりもAの引渡しを求めることにあるといつても過言ではないのである。以上のような事情をすべて勘案すれば、Aの引渡請求が認容されることにより、原告の右苦痛は慰藉されたものとみなし、もはや右苦痛に対する損害賠償は請求し得ないものと解するのが相当である。

五 よつて、原告の本訴請求中Aの引渡しを求める部分は理由があるからこれを認容し、損害賠償を求める部分は理由がないからこれを棄却し、訟訴費用の負担につき民事訴訟法92条、93条、89条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判官 松野嘉貞)