小松法律事務所

審判前の子の引渡仮処分を認めた家裁審判紹介1


○子の引渡仮処分を認めた家裁審判例を探していますが、自分の不貞行為を原因として、元夫である相手方との間で、子らの親権者を相手方とする協議離婚書を作成した元妻である申立人が、子らの監護者をいずれも申立人とすることを求める監護者指定審判を申し立て、申立人を監護者として指定する旨の同審判の確定後、別に子の引渡しの審判を申し立てたのに伴い、子の引渡しの仮処分を申し立てました。

○これに対し、本件では、相手方と再婚した妻が、前審判確定前に本件子を養子としているものの、当該相手方妻にも確定した前審判の効力が及ぶと解されるとした上で、相手方の前審判確定後の相手方の態度、行動や、引渡しの対象となった子の状況、態度などから、本案である子の引渡しの審判の確定を待っていては子の福祉が損なわれる事情が認められ、かつ、これを早急に解消する必要性が認められるとして、申立てを全部認容した平成11年2月26日東京家裁八王子支部審判(判タ1017号268頁)理由文を紹介します。

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主    文
相手方両名は申立人に対し事件本人甲野和子を仮に引渡せ。

理    由
1 申立ての趣旨
 主文同旨

2 事実
 本件記録(家庭裁判所調査官徳井浩及び同北尾眞美作成の調査報告書を含む)、本案審判申立事件の記録、当裁判所平成11年(家)第35号、同第36号、同第37号子の監護者の変更申立事件の記録、当裁判所平成9年(家イ)第1970号、同第1971号、同第1972号親権者変更調停申立事件、当裁判所平成10年(家)第325号、同第326号、同第327号子の監護者の指定申立事件の記録及び東京高等裁判所平成10年(ラ)第1406号の子の監護者の指定審判に対する抗告事件の記録、最高裁判所平成10年(ク)第628号特別抗告事件の記録並びに申立人及び相手方両名に対する各審問の結果によれば、以下の事実が一応認められる。

(1) 申立人と相手方甲野太郎(以下「相手方」といい、相手方甲野春子「相手方春子」という。)は、昭和61年10月30日に婚姻届出をなし、平成元年1月10日に長男一郎、平成2年1月22日に二男二郎、平成4年7月29日に長女和子(事件本人)が生まれた。事件本人を含む子供達はいずれも相手方の赴任先の英国で生まれた。

 平成8年4月に申立人及び相手方一家は日本に帰国したが、申立人の不貞行為が原因となって平成9年5月21日に申立人と相手方は子供3人の親権者をいずれも相手方と定めて協議離婚届を提出した。ただ、申立人と相手方は、1998(平成10)年4月1日以降かつ申立人又は相手方が第三者との婚姻届をした日を同居の解消とすること、同居解消後申立人は相手方から長男又は二男の親権を譲り受けることができること等を内容とする協定書を作成して従前の同居生活を継続した。子供らにはこのような両親の事情は全く知らされなかった。

ところが、その後も申立人が上記不貞相手との関係を継続していることを知った相手方は申立人との復縁の可能性はないものと考えて、かねて家庭の事情を話していた相手方春子との再婚を考えるようになり、同年7月下旬に同人に結婚を申し込み、同年8月上旬にその承諾を得た。
 同年8月上旬、相手方から、同人が再婚すること及び協定書に従った(申立人が監護する)子供の選択等を求められた申立人は、現状の同居継続を望んでいたことから、突然の相手方の再婚の話に戸惑い、改めて子供の今後の養育について考えるようになり、子供三人の監護を切望するに至った。

         (中略)


(7) 相手方ら及び事件本人の状況は、平成10年7月8日に生まれた相手方と相手方春子の間の長女夏子が同年9月19日に退院して、その後四人の生活を送っている点を除いては前事件の最終調査時と特段の変化はない。事件本人は、従前通園していた幼稚園を退園した後、同年12月1日から無認可保育園に通園しており、園での評価も良く、保育園において特に問題点は認められていないし、家庭内においても、一応安定した生活をしている。そして、平成11年4月から就学予定であり、地元小学校への就学通知書が届いている。

 相手方によれば、事件本人は申立人のことを全く話題にせず、今の生活が充実しており、申立人のことは既に過去のこととなっているという。そして、調査官が相手方に対して、本件の本案の調査のために事件本人と申立人とを試行的に面接交渉させたいとの考えを述べたところ、相手方は、面接交渉には基本的には反対である旨述べた。その理由として、事件本人が相手方の許で安定して生活しており、申立人のことは忘れており、面接交渉をさせることは事件本人の傷ついた心を再び傷つけることになること、面接交渉の場で申立人と事件本人がうまく行った時に、それにより引渡せといわれたのでは困る、面接交渉の試行がどれだけ意味があるのか理解できないということを挙げた。ただ、このような危険性や無意味さを承知の上で、面接交渉を試行するというのであれば協力する、但し、事件本人と申立人とを面接させるのであれば、相手方と長男及び二男との面接も希望すると述べた。

 ところで、平成11年1月27日、徳井調査官及び北尾調査官が相手方宅を訪問して、相手方、相手方春子及び事件本人と面接を行った際、事件本人のみとの面接において、事件本人は調査官との遊びには興じたものの、調査官が平成10年10月17日の事件本人と申立人及び兄らとの面接のことを話題にすると事件本人は「忘れた。」と答え、家族画を描くことや家族に関する質問に対しても、敏感に調査官の意図を察してか、これらの質問を回避する態度が認められた。ただ、兄達とは遊びたいが、申立人宅には行かない旨の発言はあった。そして、事件本人と調査官との遊びの中で、事件本人は「たたかいごっこ」と称して、調査官両名をそれぞれ叩いたり蹴ったりする行動にでて、さらにdocument imageみ付くという行為にも及んだ。帰り際にも、相手方春子に背負われた事件本人が、突然北尾調査官の手をとって同調査官の手首に再度document imageみついた。(このような事件本人の粗暴な行為は、前事件における北尾調査官らの数回にわたる事件本人との面接の際には全く認められなかったものである。また、申立人によれば、同居中に、事件本人は兄達との遊びの中で時には喧嘩をしたこともあったが、他人の中ではいつも穏やかであり、大人に対するdocument imageみ付き等の行為は全くなかったという。)

3 判断
(1) 被保全権利について

 前記2(2)、(3)の認定のとおり、申立人と相手方との間において、事件本人の監護者は申立人であることが確定されている。そして、前事件の東京高等裁判所の決定が出された平成10年9月1日以後においても、申立人に事件本人の監護者としての能力、適正に問題があると認められる事情、事実はない。

 相手方は、申立人が監護意思・監護能力を欠如しているとして、申立人の性格及び離婚原因を作った申立人の帰責性を指摘するが、これらの申立人側の事情は総て前事件の判断の前提として了解されているものであって、相手方の上記主張は前事件の蒸し返しに過ぎない。また、相手方は、前事件の審判は事情の変更、すなわち相手方らの継続した監護状態、異母妹夏子と事件本人との関係、相手方らとの生活を望む事件本人の気持ちにより変更されるべきであり、申立人の監護権に基づく事件本人の引渡要求は権利の濫用であって許されないと主張する。

しかしながら、これらの事情は既にその殆どが前事件の即時抗告及び特別抗告において相手方が多くの資料を提出して主張しているものであって、現在相手方らが主張している事情は前事件における相手方の主張の延長ともいうべきものであり、また、事件本人と異母妹との関係についても前事件の東京高等裁判所の棄却決定が出されて、原審の判断の執行力が確定した後に形成された事実であるが、いずれにしても相手方らの上記主張の事実は、重大な事情の変更に該当すると評価することはできない。

なお、事件本人が申立人宅に行かない旨の発言をしていることは上記2の認定のとおりであるが、これまでの申立人と相手方の紛争の経過、相手方らと事件本人との関係からするならば事件本人のそのような発言は予測されたものである(前事件の当裁判所の審判の判断の中で指摘したとおり、事件本人は非常に頭のいい子であって、頑張って周囲の状況に合わせてしまう性格であると以前に通園していた幼稚園で評価されており、このことからも事件本人の上記発言は了解可能である。)したがって、相手方らの主張する事情を考慮しても、申立人がその監護権に基づいて事件本人の引渡を求めることが権利の濫用であるとはいえない。

 ところで、相手方春子は前事件の相手方とはされておらず、平成10年8月26日(前事件の第一審と第二審の決定の間)に相手方の代諾により事件本人と養子縁組を結んでいるので申立人の監護権と養母である相手方春子の親権との関係が問題になる。前事件の当裁判所の調査官による調査は相手方春子に対しても行われていること、相手方らとしても前事件で終始一貫して相手方及び相手方春子による事件本人の監護の状態を主張していること、前事件のいずれの裁判所も事件本人の事実の養育者が相手方及び相手方春子であることを認識していたことからすると、前事件の判断はいずれも実質的には相手方春子も含めた上で、事件本人の監護者の指定についてなされたものであると認めることができる。したがって、確定した前事件の判断は実質的には相手方春子にも及ぶものと認められ、申立人はその監護権に基づいて相手方春子に対しても事件本人の引渡を求めることができる。

(2) 保全の必要性について
 子の監護審判事件に関して審判前の保全処分が認められるのは、強制執行を保全し、又は事件関係人の急迫の危険を防止するため必要がある場合である。本件では「急迫の危険」の有無が問題となるが、これを子に対する虐待、暴力など明白なものに限定するならば、保全が認容されるのは極めて例外的な場合に限られることとなり、その結果は必ずしも子の福祉に適合するものではないこととなる。したがって、保全の必要性は、子の監護に至る経緯、現在の監護状況等を総合判断して、子の心身発達が現に損なわれていると認められる場合はもとより、本案の確定を待っていては子の福祉が損なわれる事情が認められ、かつ、これを早急に解消する必要性がある場合にも認められるべきであると考える。

 そこで、本件に関しては、上記2の認定事実を前提として、以下の問題点を指摘することができる。
① 申立人及び長男、二男と事件本人との面接は、平成10年の正月以後、前事件の東京高等裁判所の決定を受けて申立人と相手方が合意した内容に従ってなされた同年10月17日の数時間の申立人宅における面接交渉一回のみであって、実質的には1年以上の実母との分離、きょうだい分離の状態が続いている。この状態は事件本人にとっても、長男及び二男にとっても好ましくない状態であるといわざるを得ない。そして、前事件の審理経過及びその終結までに数か月を要したこと並びに上記認定のとおり相手方が申立人と事件本人との面接交渉に消極的な態度を示していることを考慮すると、本件においても本案の終結までに事件本人と申立人及び兄達との分離状態がこのまま継続される蓋然性が高いと考えられる。

② 事件本人が相手方両名の許において申立人のことを全く話題にしないということ、むしろ調査官の面接時にはその話題を避けようとしていることが認められるが、相手方らはこれを事件本人が申立人のことを短期間で忘れて現在の生活に適応し満足しているからであると主張している。しかしながら、申立人の主張によれば、平成10年10月17日の申立人との面接時において、事件本人は申立人のことは毎日忘れていなかった旨語ったとのことである。知的能力の高い事件本人が五歳まで養育された実母を短期間に忘れるということは考えられず、実母のことを全く話題にしないのは不自然であって、このことは相手方らとの生活において事件本人が自由に申立人のことを話題にできない雰囲気があると感じているのではないかとの推測が成り立つ。

 この点、申立人方における調査官の長男及び二男との面接において、同人らが事件本人、申立人及び相手方のことを自由かつ率直に語っていたのとは対照的である。

③ 相手方らは、前事件の高等裁判所の棄却決定が出された直後の平成10年9月4日に従前の幼稚園に「事情があってしばらく休ませる」旨の連絡をして突然具体的理由も伝えずに事件本人を休ませ、担任から事件本人への接触も拒否して結局約3か月間の自宅での生活の末、同幼稚園を退園させている。相手方らは、申立人の妨害として、申立人が事件本人の同級生の一部の母親と連絡をとっており事件本人がその同級生らから申立人の話題を出されるのを嫌がったことをその理由としている。しかし、この点について相手方らが幼稚園にその旨を相談した事実はなく、後日幼稚園が受けた相手方らからの理由は「ここの園では安全な送り迎えができない」というものであった。卒園、就学を目前にして、同年齢の友達との安定した集団生活を継続させることは事件本人の社会性の醸成にとって不可欠のものであるが、相手方らの事件本人に対するこのような突然の不可解な行動は問題があるといわざるを得ない。

④ 平成9年末の別居を前に、同年11月22日に申立人及び相手方から子供三人に離婚等の事実が伝えられたが、離婚原因が申立人の不貞行為にあるということも特に相手方の要求により子供三人に伝えられた。この時の子供らが受けた心の傷が非常に深いことは想像に難くないが、調査の結果からすると、同人らがこの1年間でこの事実を受け入れ、自分ながらにこれを乗り越えようとしてきた姿をうかがうことができる。しかしながら、平成10年11月8日に、これから事件本人と一緒に住むことができることを楽しみに申立人に同行して相手方に赴いた長男及び二男に対して、相手方は離婚の原因が申立人の不貞行為にあることや申立人を非難する内容の話をするという態度に出ており、このことで再び長男及び二男の心が傷つけられたのではないかとの懸念が残る。

 さらに、この時、相手方は身近に果物ナイフ等を置いた状況の中で(この点について、相手方は、相手方春子が別室で果物を切っていたので置いてあっただけと述べているが、申立人らが訪れることは明らかであるにもかかわらず、玄関に続く廊下にしかも訪問者が直ぐに判る位置に食堂用の椅子を持ち出して、その上に果物ナイフ等を置いていたのであって、上記相手方の弁解は不合理、不自然といわざるを得ない。)、遺書と題された書面を予め準備し、自殺を仄めかす言動で、いわば脅迫的言辞をもって申立人代理人に対して自己の要求を突きつけており、この相手方の尋常ならざる言動は相手方の追いつめられた心情の現れといえなくもないが、子供らを面前にしての行為としては到底許容されるものではない。長男及び二男もこの時の相手方の態度の異様さを認識しており、事件本人も「お父さんのいう通りにして」と叫ぶなど、子供らにとってはまさに修羅場というべきものであって、このことが子供らに与えた影響は計り知れないといえる。特に、事件本人は、両親の不和の原因が自分にあることは認識しており、上記の事件本人の言動からすると「相手方のいうとおりにしなければ相手方は死んでしまう」との認識を持ったのであり、したがって、事件本人の性格からして、この認識が今後の事件本人の言動の自己規制として働く可能性は相当高いと推測される。

⑤ 本件の相手方での事件本人に対する調査官の面接的に認められた事件本人の調査官に対するdocument imageみ付きを始めとする粗暴な行動については、これをどのように解釈すべきか難しいところであるが、これらの行動が前事件での調査時及び申立人との生活の中では全く見られなかったものであることからすると、事件本人の心に何らかの動揺があることは明らかである。つまり、言語表現も含めて知的能力が高いと評価される事件本人が、言語表現によらずに粗暴な行動という直接的表現行為に及んでいることから、申立人の監護下で落ち着きを得ている長男及び二男に比べて、事件本人が両親の紛争に巻込まれ、未だその渦中にあって、複雑な感情を表現できずに内面に葛藤を抱えているのではないかということが推測されるのである。したがって、相手方らによる事件本人の監護、養育状況は表面的には平穏であると認められるが、事件本人の内面は必ずしもそうとはいえないのではないかとも考えられる。

 以上の問題点に加え、長男及び二男が事件本人と一緒に暮らしたいという基本的な気持ちに変化のないこと、事件本人が兄達と遊びたいという気持ちは一貫していること、その他前事件で指摘された事件本人と兄達とのきようだい間の結びつきとそれぞれの心情(これは事件本人と異母妹との結びつきを否定するものではない。)、事件本人の就学が目前に迫っていることなどの事情を総合考慮すると、本件の本案の確定を待っていては子(事件本人のみならず長男及び二男も含めて)の福祉が損なわれる事情があると認められ、かつ、これを早急に解消する必要性があると認められる。

 よって、本件申立ては理由があるから、これを認容することとし、家事審判法15条の3、家事審判規則52条の2を適用して、主文のとおり審判する。