小松法律事務所

婚姻中の性交渉拒絶についての慰謝料請求を一部認めた地裁判決紹介


○「セックスが全くなかったことによる慰謝料請求国内版1」以下で、セックスが全くなかったことによる慰謝料請求として500万円の損害賠償を認めた平成2年6月14日京都地裁判決(判時1372号、123頁)を紹介していました。

○元妻である原告が、協議離婚した元夫である被告に対し、被告が性交渉を拒絶したこと等を原因として婚姻関係が破綻し、離婚に至ったものであると主張して、不法行為に基づき、慰謝料及び弁護士費用の合計550万円の支払を求めた事案について慰謝料50万円・弁護士費用5万円の支払を認めた平成29年8月18日東京地裁判決(判タ1471号237頁)関連部分を紹介します。

○判決は、被告が原告に対して性的関心を示さない、又は原告においてこれを感じることができるような態度を示さないことにより、夫婦間の精神的結合にも不和を来たし、婚姻関係の破綻に至ったということができるから、婚姻関係の破綻を招来させた被告には不法行為が成立するとした上で、本件不法行為と相当因果関係のある慰謝料額を50万円、弁護士費用を5万円と認定しました。

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主   文
1 被告は,原告に対し,56万9000円及びうち55万円に対する平成28年4月6日から,うち1万9000円に対する平成28年6月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求の趣旨

1 被告は,原告に対し,558万8000円及びうち550万円に対する平成28年4月6日から,うち8万8000円に対する平成28年6月18日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 仮執行宣言。

第2 事案の概要
 本件は,元妻である原告が,協議離婚した元夫である被告に対し,被告が性交渉を拒絶したこと等を原因として婚姻関係が破綻し,離婚に至ったものであると主張して,不法行為に基づき,慰謝料500万円及び弁護士費用50万円の合計550万円の損害賠償(中略)の支払を求めた事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,末尾に掲記した証拠等及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実等。)

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(不法行為の成否)について

(1) 認定事実

         (中略)


(2) 上記の認定事実等を踏まえて,以下,検討する。
ア 婚姻の本質は,両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思を持って共同生活を営むことにある(最高裁判所昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁参照)という一般論自体については,被告も大きく争うところではないものと思われる。

このように,性交渉等を含む夫婦間の性的な営みについては,元よりそれを想定せずに婚姻をしたなどの特段の事情のない限り,婚姻関係の重要な基礎となるものであるから,これを軽視することは相当ではないけれども,他方で,単なる性的欲求の解消というようなものではないのであるから,肉体的結合の有無ということのみを殊更重視するというのもまた相当とは言い難く,精神的な結合のもと夫婦が互いに情愛を持つ中で肉体的な結合に至り,その結果として子を授かることもあれば授からないこともあろうが,いずれにしても精神的結合のもとに成り立つ肉体的結合により更に精神的な結合が深まるというところに,夫婦間の性的接触の重要な意義があるものと考えられる。

イ ところで,本件においては,前記前提事実及び上記認定事実のとおり,原告と被告との間には約8か月の婚姻前の同居期間にも,その後の約1年の婚姻期間にも性交渉を含む性的な接触がなかったというのであるが,原告は,子を授かりたいと強く希望しており,子を授かるため,あるいは被告との間で夫婦の愛情を感じるために性交渉を持ちたいと希望していた一方で,被告にはそのような気配がさほど窺われず,被告が原告との交際期間,婚前の同居期間及び婚姻期間のいずれにおいても一度も性交渉を持たず,接吻や抱擁等の身体的接触すらもなかったというのは,被告において一般的な男性よりも相当に女性に対する性的欲求が乏しいといわざるを得ない(ただし,その原因については,本件証拠上は不明である。)のであって,原告と被告との間に性交渉等がなかったことについては,被告に相当程度の原因があるといわざるを得ない。

この点,被告は,後述するように,原告の帰宅が遅くなるなどしたために性交渉を持つ機会がなかったとも主張するが,確かに,原告は自宅を空けることが多かったと言い得るものの,被告との間で性交渉を持つことが不可能なほどに自宅に寄り付かなかったというほどのものでもないから,原告の飲酒や外出等を原因として性交渉を持つ機会に恵まれなかったとする被告の主張は,採用できない。

また,被告は,原告の職場の都合や本件居室が新生児ないし乳幼児禁止の物件であったこと,原告の金銭感覚が堅実ではないことを理由として,原告と被告との間で子をもうけることができるような状況になかったとも主張するが,本件全証拠によっても,原告の職場において原告が妊娠することを困難にするような事情があったとか,原告の金銭感覚が夫婦として子を持つことの支障になるほどのものであったと認めるに足りないし,本件居室が新生児ないし乳幼児禁止の物件であったとしても,妊娠が判明してから出産までに転居するなどして対策を講じることは十分にできるのであって,原告と被告との間で子をもうけない理由にはならず,いわんや,性交渉等を行うに当たってこれらの事情が障害になるとはいえないのであるから,被告の上記主張も,採用できない。

 そして,このように夫婦間で一度も性交渉等がなかったというのは,婚姻後間もない夫婦の在り方としては一般的とは言い難く,原告において強い不安にさいなまれ,しかもこれを被告に伝えてもなお,被告の態度に特段の変化がなかったというのであるから,このような被告の行動に起因して,婚姻関係を継続することを断念するに至ったという原告の心情は首肯できる。

加えて,上記認定事実,証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,単に被告との間で性交渉等がないというだけでなく,被告が原告に対して性的関心を示さず,性交渉はおろか接吻や抱擁等の身体的接触すらないことに起因して,夫婦の関係について相当の不安を感じており,被告においてもこのような原告の心情を察していたのであるから,性交渉そのものはなくとも,身体的な接触や言葉を交わすなどして夫婦間の精神的結合を深めるということも可能であるのに,被告にはそのような行動を起こそうとする兆しも見受けられず,このような事情に照らすと,本件においては,被告が原告に対する性的関心を示さない,

又は原告においてこれを感じることができるような態度を示さないことにより,夫婦間の精神的結合にも不和を来たし,婚姻関係の破綻に至ったということができるから,このような経緯により婚姻関係の破綻を招来させた被告には,原告に対する不法行為が成立すると評価せざるを得ない。

ウ しかしながら,一方で,被告においても,原告との婚姻関係を前提とする共同生活を営むに当たって,原告がしばしば深夜に帰宅し,月に1回程度の頻度で翌朝に帰宅することについて相当の不満を持っていたのに対し,原告はそのような被告の心情に思い至っておらず,平成28年1月に二日連続で帰宅が翌朝になった際には,被告は強い不満を覚えて原告との離婚を考え,しかもその旨を示唆するLINEのメッセージを原告に送信したにもかかわらず,原告においてはこれについて特段申し訳ないというような気持ちを持たず,後日原告から説明をしたり両者で話合いをしたりもしていない上,その後も原告において帰宅が翌午前零時を超える深夜に及ぶなどする頻度に変化はなかったことからすると,被告においても,原告が離婚を申し出る前の同年2月中旬頃には既に原告との婚姻関係を継続することに相当程度意欲をなくしていたことが認められる。

この点,原告は有職者であって,その仕事の関係上やむを得ず帰宅が深夜に及ぶこともあろうから,それは被告としても当然配慮すべきであろうし,私的な用事で帰宅が深夜になったり翌朝になったりすることも,夫婦間でコンセンサスが得られているのであれば,特段責められるようなことではないが,上記のとおり,被告において婚姻後にも原告の帰宅が翌朝になること等を許容していたと認めることはできず,また,原告の帰宅が翌午前零時を超える深夜に及んだり,翌朝になったりするような場合の理由には,友人関係の付き合いや従前アルバイトをしていた飲食店における手伝い等,相当程度原告においてコントロールし得るものが含まれており,このような私的な付き合いを一切持たないということまで強いることはできないとしても,例えば,仕事の関係上深夜に帰宅することが多くなるような時期には,そのこと自体はやむを得ないとしても,代わりに原告においてコントロールし得る他の用事を制御したり,被告も理解しているはずだなどと慢心せずに,友人との付き合いで帰宅が遅くなったりすることが見込まれるような場合には事前に被告に一言断りを入れておくなどの配慮をすることは,さほどの困難を伴うものとも思われないにもかかわらず,原告においてそのような配慮がされた様子も窺われない本件においては,未だこれらの点をもって直ちに婚姻関係を破綻させた決定的な原因であるとまで評価することはできないものの,原告の独身時代と変わらない自由な行動や,このような原告の行動について被告としては不満に感じているにもかかわらず原告の方は特段意に介していないとも受け取られかねない対応に起因して,被告において,原告との婚姻生活の継続に意欲を失ったことにも一定の理解ができる。
 したがって,このような事情については,後記2(1)イのとおり,慰謝料を判断するに当たって重視すべき一要素とするのが相当である。

エ なお,原告は,被告が原告の作った料理(原告が食べる分の味噌汁等)を捨ててしまったなどとも主張するが,同事実を認めるに足りる証拠はなく,また,被告の暴言についても,被告が「飯炊きババア」等の暴言を発したのであれば,極めて不適切な言動といわざるを得ないけれども,いかなる経緯の中で発せられたものであるのかを認定するについて的確な証拠のない本件においては,このような暴言があったことをもって直ちに,被告の責めに帰すべき理由により離婚に至ったということはできない。

 他方,被告も,原告から暴言を受けたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はなく,加えて,仮に被告主張の暴言があったとしても,これについても,いかなる経緯の中で発せられたものであるのかを認定するについて的確な証拠がなく,当該暴言をもって直ちに,原告の責めに帰すべき理由により離婚に至ったということはできない。また,被告は,原告の金銭感覚が離婚の一因であるとも主張するようであるが,本件全証拠によっても,原告の金銭感覚が婚姻関係を破綻させるようなものであったという事情を認めるに足りない。

2 争点(2)(原告の損害)について
(1) 慰謝料について

ア 原告は,被告に拒絶されたストレスから不正出血,卵巣腫大,月経不順,円形脱毛等に罹患した旨を主張する。しかしながら,甲2号証によれば,原告が平成28年5月31日の時点で不正出血,卵巣機能不全による卵巣腫大及び月経不順(無月経)との病名である旨の診断がされたことが認められるけれども,同甲号証によってはその原因が被告に拒絶されたストレスであると認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

イ 上記1で判示したところに照らすと,原告と被告との間では,婚姻前の共同生活においても性的な接触がないことが常態化していたところ,原告としては,婚姻後には一般的な夫婦のように性交渉等があるものと考えており,被告も原告の期待を察していたものの,常態化した関係を脱することができず,性交渉はおろか抱擁等の身体的接触を持つこともなく,また,それを補うような言動も乏しかったため,原告は,被告との婚姻関係を継続することに不安を覚えて同年2月26日には離婚を切り出したものであり,本来であれば,ここから夫婦間,場合によっては親族等を交えて話合いを持つなどして婚姻関係の修復に努めることも想定されるところであり,そのような努力がされることが望ましい姿であるし,上記のとおり,特に婚姻後間もない夫婦間における性的な接触というのはその関係を円満に継続するに当たって極めて重要な事柄であって,夫婦関係の基礎ともいうべきものであるから,これを望む妻に対してその心情を察知しながらもこれに応じてこなかった夫である被告としては,その理由について説明するべきであるともいい得るところではあるが,他方で,被告もまた,婚姻後には原告も帰宅が遅くなったり翌朝になったりすることは控えるであろうと考えていたのに,このような被告の期待に反して婚姻後も原告の生活様式にさほどの変化はなく,被告はこれに不満を持っていたにもかかわらず,原告はそのような被告の心情に気づくこともなく,同年1月に被告から離婚を示唆する旨のLINEのメッセージを受け取った後もその生活様式に特段の変化はないこともあって,被告において,原告から離婚が切り出された頃には,既に原告との婚姻関係の継続に意欲を失っていたことも相まって,原告と被告との間で実りのある話合いがされることのないまま,同年4月に離婚に至ってしまったということができる。

 そして,このような経緯に加え,前記前提事実に示した婚姻期間の長さ(約1年),原被告ともに婚姻の前後及び離婚の前後を通じて経済的に変化があったような事情も窺われないことその他本件に現れた一切の事情を考慮すると,原告が受けた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額は,50万円とするのが相当である。

(2) 弁護士費用について
 原告が本件訴訟の提起及び遂行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であり,本件事案の内容,審理の経過及び認容額等の事情を考慮すると,原告に生じた弁護士費用のうち5万円については,本件不法行為と相当因果関係のある損害として被告に負担させるべきものと認めるのが相当である。

         (中略)

第4 結論
 以上によれば,原告の請求は,被告に対して,離婚慰謝料及び弁護士費用として55万円の損害賠償及びこれに対する離婚の日である平成28年4月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに敷金に関する1万9000円の不当利得返還及びこれに対する訴外で催告をした際の支払期限の翌日である平成28年6月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第26部 (裁判官 瀨沼美貴)