夫の妻に対する夫名義預金払戻金返還請求を棄却した地裁判決紹介
○原告(夫)が、原告名義の預金口座を管理していた被告(妻)は、原告に無断で当該預金口座から合計8億6968万5000円を引き出したと主張し、被告に対し、主位的には不法利得又は不法行為に基づき、予備的には預託金返還請求権に基づき、引き出した金員相当額の支払などを求めました。
○これに対し、判決は、本件において引き出された8億6968万5000円は、原告及び被告の夫婦共有財産と認められるところ、婚姻中の夫婦の一方は、夫婦共有財産について、当事者間で協議がされるなど、具体的な権利内容が形成されない限り、相手方に主張することができる具体的な権利を有しないものと解するのが相当であるから、原告の請求に理由がないとして、請求を棄却しました。
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主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実
第1 請求の趣旨
被告は,原告に対し,8億6968万5000円及び平成26年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 当事者の主張
1 主位的請求原因(不当利得又は不法行為)
(1)原告及び被告は,昭和48年12月21日に婚姻した夫婦である。
(2)被告は,原告の妻として原告名義の預金口座を管理していたが,平成26年12月19日,原告に相談することなく,上記口座から合計8億6968万5000円(以下「本件金員」という。)を引き出した。
(3)被告は,原告の上記行為によって,法律上の原因なく8億6968万5000円の利益を受け,他方,原告は,同額の損失を受けた。また,上記行為は,原告に対する故意の不法行為であり,原告は,これにより同額の損害を被った。
(4)よって,原告は,被告に対し,〔1〕不当利得返還請求権に基づき,不当利得金8億6968万5000円及びこれに対する平成26年12月19日から支払済みまで民法704条前段所定の年5分の割合による利息の支払,又は,〔2〕不法行為に基づき,損害賠償金8億6968万5000円及びこれに対する平成26年12月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 予備的請求原因(預託)
(1)前記1(1)と同じ。
(2)本件金員は,被告の原告に対する預り金である。
(3)よって,原告は,被告に対し,預託金返還請求権に基づき,預託金8億6968万5000円及びこれに対する平成26年12月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 主位的請求原因に対する認否及び反論
(1)請求原因(1)は認める。
(2)請求原因(2)のうち,「原告に相談することなく」との点は否認し,その余は認める。被告は,原告の指示の下,本件金員を出金した。
(3)請求原因(3)は否認ないし争う。
本件金員は夫婦共有財産であるところ,夫婦間においては,当事者間で協議がされるなど,具体的な権利内容が形成されない限り,相手方に主張することのできる具体的な権利を有しないから,原告は被告に対して本件金員について具体的な請求権を有しない。
4 予備的請求原因に対する認否及び反論
(1)請求原因(1)は認める。
(2)請求原因(2)は,原告の主張する「預り金」の趣旨が不明である。
また,上記3(3)のとおり,本件金員は夫婦共有財産であるから,当事者間で協議がされるなど,具体的な権利内容が形成されない限り,夫婦共有財産について個別の預託金返還請求権が発生するものではない。
理 由
1 主位的請求原因について
(1)主位的請求原因(1)について
主位的請求原因(1)は当事者間に争いがない。
(2)主位的請求原因(2)及び(3)について
ア 証拠(甲1~3,5,6,13,乙8,11,14,20,22)及び弁論の全趣旨によれば,
〔1〕原告は,株式会社C(以下「C」という。)の代表取締役であり,有限会社D(以下「D」という。)の元代表取締役であること,
〔2〕被告は,Cの創業者(E)の子であること,
〔3〕被告は,平成26年10月20日,Cの口座から合計8億0023万5000円を出金し,被告の口座に同額を入金したこと,
〔4〕同年12月16日,Dの口座から原告の口座に6944万7600円が入金されたこと,
〔5〕被告は,同月19日,被告の口座から8億0023万5000円を出金し,Cの口座に同額を入金した後,Cの口座から同額を出金して,原告の口座に同額を入金したこと,
〔6〕被告は,同日,原告の口座から合計8億6968万5000円(本件金員)を出金した後,うち8億0023万5000円については被告の口座に入金し,その余の6945万円については自宅の金庫に保管していること,
〔7〕原告と被告との間では,離婚等請求事件(東京家庭裁判所平成○○年(××)第○○○号)が係属しており,同事件において,原告(同事件における被告は本件の原告である。)は,被告(上記離婚等請求事件における原告は本件の被告である。)の離婚請求が認容されることを条件とする財産分与の附帯処分を申し立てていること
がそれぞれ認められる。
イ 本件金員は原告及び被告の夫婦共有財産と認められるところ,夫婦共有財産の清算に関しては,民法768条が離婚時の財産分与として定めており,財産分与の具体的な方法については,家庭裁判所が,当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して定めるものとされているから(民法768条3項),離婚によって生じることのあるべき財産分与請求権は,当事者の協議又は審判等によって具体的内容が形成されるまでは,その範囲及び内容が不確定なものと解される(最高裁昭和55年7月11日第二小法廷判決・民集34巻4号628頁)。
したがって,婚姻中の夫婦の一方は,夫婦共有財産について,当事者間で協議がされるなど,具体的な権利内容が形成されない限り,相手方に主張することができる具体的な権利を有しないものと解するのが相当である。
そうすると,仮に,被告が原告名義の預金を原告の了解なく引出したという事実が認められたとしても,原告被告間において上記協議等がされたことを認めるに足りる証拠はないから,被告の当該行為によって,原告の具体的な権利が侵害されたとか,原告に損失が生じたなどということはできない。
したがって,原告は,被告に対し,本件金員について,不当利得に基づく返還請求及び不法行為に基づく損害賠償請求をすることはできない。
ウ これに対し,原告は,
〔1〕夫婦共有財産であっても,原告が離婚訴訟において離婚原因を争っており,離婚原因がない場合には財産分与は行われないこと,
〔2〕夫婦間の窃盗等は,親族相盗例の規定により免除されるものの,刑法上も違法行為であること,
〔3〕被告の行為は夫婦共有財産を不当に害する出金であり,財産分与のみでは解決できない問題であること
から,原告の請求権が認められるべきである旨主張する。
そこで,上記〔1〕の主張について検討するに,原告が離婚原因を争っているとしても,離婚によって生じることのあるべき財産分与請求権について,その範囲及び内容が不確定なものであることに変わりはないから,上記〔1〕の主張は,前記イの判断を左右するものではない。
次に,上記〔2〕の主張について検討するに,被告が本件金員を出金した行為について、窃盗又は横領に該当すると認めるに足りる証拠はないから,上記〔2〕の主張は,その前提を欠くものというべきである。
さらに,上記〔3〕の主張について検討するに,被告の行為が夫婦共有財産を不当に害するような出金であるかどうかはおくとしても,この点は,離婚に伴う財産分与の額等を決定する際に考慮すべき事情にすぎず(民法768条3項参照),離婚によって生じることのあるべき財産分与請求権について,その範囲及び内容が不確定なものであることに変わりはない。そうすると,上記〔3〕の主張も,前記イの判断を左右するものではないというべきである。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3)小括
以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,原告の主位的請求原因に基づく請求は理由がない。
2 予備的請求原因について
(1)予備的請求原因(1)について
予備的請求原因(1)は当事者間に争いがない。
(2)予備的請求原因(2)について
予備的請求原因(2)については,原告の主張の趣旨が必ずしも明らかではないものの,上記1(2)で説示したとおり,原告は,被告に対し,当事者間で協議がされるなど,具体的な権利内容が形成されない限り,夫婦共有財産である本件金員について,被告に主張することができる具体的な権利を有しないものであるところ,本件において,上記協議等がされたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,いずれにしても,原告は,本件金員について,被告に主張することができる具体的な権利を有しないものというべきである。
(3)小括
以上によれば,その余の点について検討するまでもなく,原告の予備的請求原因に基づく請求も理由がない。
3 結論
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第4部
裁判官 大原哲治