小松法律事務所

交通事故損害保険金一部を財産分与対象と認めた高裁決定紹介


○「交通事故損害保険金一部を財産分与対象と認めた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審平成17年6月9日大阪高裁決定(家庭裁判月報58巻5号67頁)。

○調停離婚した抗告人(元妻)が、離婚前に相手方(元夫)が交通事故により取得した損害保険金5200万円が実質的には夫婦の生活の原資となるべきもので、財産分与の対象となるとして、その半額の分与を求める審判を申立て、原審では、上記保険金につき、症状固定時の翌月から離婚成立月までの期間(1年間)の逸失利益等を財産分与の対象としました。

○これを不服として抗告人(妻)が抗告したましたが、抗告審大阪高裁は、上記保険金のうち、傷害慰謝料、後遺症慰謝料に対応する部分は相手方が被った精神的苦痛を慰謝するためのもので、抗告人の寄与はなく、相手方の特有財産とすべきとし、逸失利益に対応する部分は財産分与の対象となるとして、症状固定時から離婚調停成立日の前日まで期間(284日間)につき財産分与の対象と認めたました。

○原審の認定金額約140万円が154万円と14万円増額になっていますが、その理由がよく分かりません。原審認定では、和解金5200万円の内約4673万円が逸失利益でその余は慰謝料でした。抗告人(元妻)は、逸失利益全体の半分を財産分与対象と主張しましたが、離婚成立までの期間に限定されています。この認定は当然と思います。

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主   文
1 原審判を次のとおり変更する。
(1)抗告人に対し,財産分与として金154万円を取得させる。
(2)相手方は,抗告人に対し,金154万円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 抗告費用は,抗告人の負担とする。

理   由
第1 抗告の趣旨及び理由

1 抗告人は,原審判を取り消す,相手方は,抗告人に対し,財産分与として,金2600万円及びこれに対する平成15年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え,との裁判を求めた。

2 抗告理由は,別紙のとおりであるが,その要旨は,次のとおりである。
(1)原審判は,平成15年1月から同年3月までの間,相手方から135万円の支払を受けたことを,財産分与の先行取得であるとして控除したが,上記金員は婚姻費用としての支払であって,控除するのは相当でない。

(2)原審判は,相手方が受領した損害保険金(傷害慰謝料,後遺障害慰謝料,逸失利益)5200万円のうち,財産分与の対象となるものを,症状固定時の翌月から離婚成立の月までの間の逸失利益額に限定したが,財産分与には扶養的意味も含まれるから,上記のように限定する根拠はなく,上記保険金全額とすべきであり,少なくとも逸失利益は全額を対象とすべきである。

(3)抗告人は,平成13年1月ころまで,相手方の事業に対し,電話受付,配送作業,ハウスクリーニングの担当,資材,コンテナ賃貸料の支払などの手伝いをしており,他方,相手方は賭麻雀に浸り,家庭を顧みない生活を続けた結果,多額の負債を負い,借金の取立てにより,抗告人は平穏な家庭生活を送ることができなかった事実があるから,これら事情を,抗告人の寄与割合を算定するうえで考慮すべきである。

第2 当裁判所の判断
1 一件記録によれば,原審判3頁20行目から同6頁22行目までの事実を認めることができる(ただし,同3頁27行目の「申立人」を「相手方」と,同4頁7行目の「述とべ」を「と述べ」と,同頁19行目の「自動車損害賠償」を「自動車損害賠償保険」と,各改め,同5頁17行目の「治療費等」の次に「(休業損害1560万円《52万円×30か月》を含む。)」を加える。)。

2 財産分与の対象財産は,婚姻中に夫婦の協力により維持又は取得した財産であるところ,上記保険金のうち,傷害慰謝料,後遺障害慰謝料に対応する部分は,事故により受傷し,入通院治療を受け,後遺障害が残存したことにより相手方が被った精神的苦痛を慰謝するためのものであり,抗告人が上記取得に寄与したものではないから,相手方の特有財産というべきである。

 これに対し,逸失利益に対応する部分は,後遺障害がなかったとしたら得られたはずの症状固定時以後の将来における労働による対価を算出して現在の額に引き直したものであり,上記稼働期間中,配偶者の寄与がある以上,財産分与の対象となると解するのが相当である。


 本件においては,症状固定時(記録によれば,相手方は,○△□大学病院脳神経外科で,一旦,頭部外傷の症状が平成14年2月4日に固定したと診断されたが,その後の経過から,同病院で,同年12月9日,改めて症状が固定し,大脳萎縮の亢進があり記憶障害など高次脳機能障害が残存したと診断されたことが認められ,症状固定日は同年12月9日と認めるのが相当である。)から,離婚調停が成立した日の前日である平成15年9月18日までの284日間の分につき財産分与の対象と認めるのが相当である。
 以上を前提に,上記期間の逸失利益相当額を算定すると,次の計算式のとおり概ね307万1626円となる。
515600円×12×0.67×0.9523×284÷365=3071626円

3 記録によれば,相手方は,症状固定後も,平成15年3月までの間,上記保険会社から月額52万円の支払を受け,うち45万円を抗告人に渡し,生活費として費消されたことが認められる。
 これには,上記逸失利益の期間と重複する部分(平成14年12月9日から平成15年3月までの労働の対価)があるが,保険会社側で何らかの事情により重複支払をしたに過ぎないとみられるから,これを財産分与の先行取得と扱う必要はないというべきである。

 抗告理由(1)は,上記の限度で理由がある。

4 そして,記録によれば,抗告人は,家事育児全般に従事し,その結果,相手方が事業に専念できたと認められるから,寄与割合は,概ね2分の1と認めるのが相当である。
 以上によれば,相手方の抗告人に対する財産分与額は,上記金額の概ね2分の1に当たる金額である154万円と定め,抗告人に同額を取得させるのが相当である。
 よって,相手方に対し,154万円及びこれに対する本裁判確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を抗告人に支払うことを命じるものとする(財産分与の裁判は形成の裁判であるから,財産分与金に対する遅延損害金の支払は,裁判確定の日の翌日からとするのが相当である。)。

5 その他の抗告理由について
(1)同(2)
 保険金のうち慰謝料に対応する部分が夫婦の協力により形成された財産といえないことは上記のとおりであり,また,離婚後の逸失利益相当額についても,清算的財産分与の対象とすべき根拠はないといわざるを得ない。
 そして,相手方の上記後遺障害の内容及び程度,双方の生活状況(記録によれば,抗告人はパートタイマーの仕事により月額約10万円の収入があり,他方,相手方は,上記後遺障害のため,自動車の運転もできないことから,将来定職に就くことは実際上困難と認められる。)からすれば,相手方に抗告人に対し扶養的財産分与として給付すべきものがあると認めることは相当ではなく、抗告人の主張は採用できない。

(2)同(3)
 抗告人の主張する相手方事業を手伝った事実を前提としても,これにより,抗告人に通常の配偶者としての寄与を超える特別の事情があるとはいい難い。 
 また,相手方が賭麻雀に浸り,家庭を顧みない生活を続けたとの点については,相手方が有責の配偶者であって,有責行為により慰謝料が発生するのであれば,これを含めて財産分与としての給付額を定めることもできるというべきであるが,本件においては,相手方は上記事実を否定しているところ,相手方が離婚につき有責であると認めることができる確たる資料も見当たらないので,上記主張は,採用できない。

6 以上の次第で,本件抗告は,以上の説示に沿う限度で理由があるので,家事審判規則19条2項に従い,原審判を変更する裁判をすることとして,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田中壯太 裁判官 松本久 村田龍平)