小松法律事務所

DV等を理由とする離婚慰謝料請求を否認した家裁判決紹介


○妻である原告が、フランス人の夫である被告に対し、原告と被告との間の婚姻関係は被告から原告に対する暴言などにより破綻したと主張して、民法770条1項5号に基づく離婚、長男及び長女の親権者をいずれも原告と定めること、養育費の支払、離婚慰謝料300万円及びこれに対する遅延損害金の支払、財産分与並びに年金分割を求めました。フランス人の夫と日本で同居していた日本人の妻が、子らを連れて別居し、その後、フランスの裁判所が「監督責任を持つ者からの子供の略奪」などの罪状で妻を被疑者とする逮捕状を発布したという事実関係がありました。

○原告から被告への婚姻関係破綻のついての離婚慰謝料請求について、原被告間には、民法770条1項5号の離婚事由が認められるところ、事実経過によれば、原告と被告は、別居の時点において互いに強固な離婚意思を有しており、原被告間の婚姻関係は既に破綻していたと認めるのが相当であるから、原告が主張している被告が別居後にしたとされる種々の行動は、離婚慰謝料の発生事由とはならないとして、離婚慰謝料については認められないとした令和4年7月7日東京地裁判決(判時2541号37頁)の関連部分を紹介します。

○主に妻側から、婚姻関係破綻に至る経緯でDV被害を受けたので慰謝料請求したいとの相談をよく受けます。しかし、DVの事実は夫側は完全否定し、DV被害を受けたのはむしろ夫側であると主張し、水掛け論になることがよくあります。

○本件での妻原告と夫被告のDVに関する主張も正に水掛け論で、決め手になる立証もなく、婚姻関係破綻に至る経緯でのDVの立証は極めて困難であり、これを理由とする慰謝料請求はなかなか認められないことがよく分かる判決です。

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主   文
1 原告と被告とを離婚する。
2 原告と被告の間の長男A及び長女Bの親権者をいずれも母である原告と定める。
3 被告は、原告に対し、長男A及び長女Bの養育費として、本判決確定の日から同人らがそれぞれ20歳に達した日の属する月まで、毎月末日限り、1人につき1か月当たり16万円を支払え。
4 被告は、原告に対し、財産分与として3830万円を支払え。
5 原告は、被告に対し、財産分与として別紙物件目録《略》1記載の土地及び同目録2記載の建物の各共有持分100分の5の全部を譲渡せよ。
6 原告は、被告に対し、前項記載の土地及び建物について、各共有持分100分の5の全部につき、財産分与を原因とする共有持分全部移転登記手続をせよ。
7 原告と被告との間の別紙「年金分割のための情報通知書」《略》記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0・5と定める。
8 原告のその余の請求を棄却する。
9 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

1 主文第1項、第2項及び第7項と同旨
2 被告は、原告に対し、長男A及び長女Bの養育費として、離婚成立の月から同人らがそれぞれ成人に達する日の属する月まで、毎月相当額を支払え。
3 被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告に対し、財産分与として相当額を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

 本件は、妻である原告が、夫である被告に対し、原告と被告との間の婚姻関係は被告から原告に対する暴言などにより破綻したと主張して、民法770条1項5号に基づく離婚、長男及び長女の親権者をいずれも原告と定めること、養育費の支払、離婚慰謝料300万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払、財産分与並びに年金分割を求める事案である。
2 国際裁判管轄及び準拠法について

         (中略)

(2)原被告間の婚姻関係が破綻した原因に関し、原告から被告に対する離婚慰謝料が認められるかどうかについて
(原告の主張)

ア 被告は、平成28年5月頃から原告を一方的に攻め立てたり、平成29年1月頃から躾と称して長男に不適切な体罰を加えたり自らの教育方針を強要し続けるなどした。原告は、平成30年6月24日午前中、被告に対し、本件自宅において、風呂場の水滴を拭いて欲しい旨頼んだところ、被告は、「誰のおかげで御飯食べてる。いくらもらえてる。どちらが多い」と大声で怒鳴り、不機嫌そうな様子で険悪な態度を取り続けたので、原告が子らと三人で出掛ける準備をしたところ、被告は、一層苛立ち、大声で怒鳴り立てた後、突然、長男の面前で原告の首を掴んで原告を投げ飛ばし、膝を付いた原告の背後から、原告の背中を2回蹴り付け、原告が大きな声で「やめて」と言ったにもかかわらず、さらに怒鳴り声を上げながら原告に暴力を振るい、長男が怯えて泣き出した。

被告は、一旦凄まじい勢いで本件自宅を出て行き、直ぐに本件自宅に戻り、「離婚しよう。後は弁護士を通すので。必要があれば弁護士を付けなさい。お金はいらない。欲しいだけ上げるから子供に会わせるように」と述べた。原告、被告及び子らは、平成30年7月4日から同月19日まで当初の予定のとおりフランスにある被告の実家に赴いたが、被告は、渡航中、子らに対する配慮を欠いた過密な予定を立てたり、原告の行動を厳しく監視して外出を制限したりするなどした。

被告は、帰国後の同月25日、原告に対し、離婚について弁護士と委任契約を締結したなどと言い、同年8月1日、原告に対し、パスポートのコピーを求めるなどしたため、原告は、被告が子らをフランスに連れ去るのではないかとの恐怖心を抱き、同月10日、子らを連れて本件自宅を出る形で別居した。

イ 原告は、別居後、長女を連れて自家用車を運転していた際、長女が車内で嘔吐したので、本件自宅に立ち寄ってガレージに車を止め、汚れたチャイルドシートをチャイルドシートとして使えるバギーと交換していたところ、被告と鉢合わせをした。被告は、原告のこのような行動に関し、原告が長女を車のトランクに入れるという虐待をした旨を繰り返し吹聴し、平成30年11月には家事調停手続の際にフランス国営放送のカメラクルーを裁判所の庁内に入れて撮影させようとしたり、同年12月20日には日本外国特派員協会主催のパネルディスカッションに子らを奪われた被害者の立場で実名を出してパネラーとして登壇したり、平成31年4月9日には同協会主催のパネルディスカッションに再度実名を出して参加をし、原告が子らを拉致したなどとでたらめな事を述べたり、フランスにおいて原告を誘拐犯として告訴したり,被告の母と姉が子らの実名を挙げて原告を非難する内容をSNSに発信するなどしたことに関し、子らのプライバシーを守るよう同人らに申入れた様子もなかった。

ウ 被告は、本件訴訟係属中である令和3年7月10日から同月30日までの間、JR千駄ヶ谷駅前でハンガーストライキを行い、自らの主張をインターネットで公開するとともに国内外のメディアからの取材に応じているところ、これ以前にされた記者会見を含め、「私は妻に脅しをかけられています。非難することはあってはならないと脅しをかけられています。」、「妻の弁護士だという女性から手紙が届きまして金銭的な話があると伝えられました。(中略)誘拐があれば身代金の要求が次にくるはずです。」、「子供の養育費として毎月72万円を支払うよう請求されました。」、「私の子供たちは日本で誘拐されています。拉致」などと述べるなど客観的事実に反する主張をし、その結果、原告は、内外のメディアから犯罪者であるような誤った個人情報を開示されるに至った。
 
エ 以上によれば、原被告間の婚姻関係は、被告から原告に対する暴言、暴力、長男に対する虐待、上記イやウで主張した被告の問題行動により破綻し、これにより原告が被った精神的損害は甚大であるから、離婚慰謝料を300万円とするのが相当である。

(被告の主張)
ア 被告が原告にDVやモラルハラスメントに当たる行為をしたことはない。被告が平成30年6月24日午前中に「誰のおかげで御飯食べている」などと大声で怒鳴り、長男の面前で原告の首を掴んで投げ飛ばし、膝を付いた原告の背中から2回蹴り付け、原告が大きな声で「やめて」と言ったにもかかわらず、さらに怒鳴り声を上げながら暴力を振るったことは否認する。

被告は、平成30年6月24日午前中にシャワーを浴びていたところ、午前10時頃にようやく起きてきた原告が壁面に水滴が残っているなどと言って子らの前で被告を叱責し、大声で怒鳴り声を上げたので、一旦外出して原告が冷静になるのを待ったのである。

 原告は、些細な事で激高しやすく、被告を大声で叱責したり、子らを連れて外出し、被告と子らが遊ぶことができないように夜遅く帰宅したりしたので被告が苦言を呈したところ、原告は、平成30年8月10日、被告に無断で、家財道具一切と共に子らを連れて本件自宅を出て、以来、被告と子らとの面会交流を拒んでおり、被告は、口頭弁論終結時まで一度も子らと会うことができていない。

イ 以上によれば、原被告間の婚姻関係が破綻した原因は原告にあるから、離婚慰謝料は発生しない。

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前提事実に加え、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

         (中略)

4 原被告間の婚姻関係が破綻した原因に関し、原告から被告に対する離婚慰謝料が認められるかどうかについて
(1)認定事実(4)によれば、遅くとも平成28年頃から、原告及び被告は互いに徐々に不満や苛立ちを募らせ、原告と被告は、平成30年6月24日午前中に被告がシャワーを浴びた後にシャワー室の壁面に水滴が残っていたことを巡って口論となり、フランスから帰国した後も夫婦関係が改善せず、被告は、同年7月25日、原告に対し、離婚について弁護士に依頼した旨を告げ、原告は、同年8月10日、被告が出社した後、被告に告げず、子らを連れて本件自宅を出る形で被告と別居し、以後、口頭弁論終結時まで別居が継続しているというのである。

そうすると、原告と被告は、同居中、考え方の相違や性格の不一致から互いに不満や苛立ちを募らせ、遂には別居に至ったのであり、離婚の原因が、被告のみにあるとは認められない。

(2)原告は、被告が平成30年6月24日午前中、本件自宅において、「誰のおかげで御飯食べてる。いくらもらえてる。どちらが多い」と大声で怒鳴り、不機嫌そうな様子で険悪な態度を取り続けたので、原告が、子らと三人で出掛ける準備をしたところ、被告は、一層苛立ち、大声で怒鳴り立てた後、突然、長男の面前で原告の首を掴んで原告を投げ飛ばし、膝を付いた原告の背後から、原告の背中を2回蹴り付け、原告が大きな声で「やめて」と言ったにもかかわらず、さらに怒鳴り声を上げながら原告に暴力を振るった旨主張し、平成30年6月26日12時30分に原告の膝を撮影したとされる写真(以下「本件写真」という。)を提出する。

 しかしながら、原告は、本件訴えを提起した令和元年9月13日から2年5か月以上が経過した令和4年2月24日に本件写真について証拠の申出をしているところ、原告がこれより前に本件写真について証拠の申出をしなかった合理的な理由は示されていない上、本件写真には膝にわずかな擦り傷のある足の様子が撮影されているものの、本件写真から、直ちに、被告が、平成30年6月24日午前中に原告に対し、首を掴んで原告を投げ飛ばし、膝を付いた原告の背後から原告の背中を2回蹴り付けたという事実を認めることはできず、他にこれを認めるべき的確な証拠はない。

(3)そして、他に、被告から原告に対する行為や言動によって、原告が金銭的評価を受けるべき程度の精神的苦痛を受けたことを認めるに足りる証拠はない。
 以上によれば、原告から被告に対する離婚慰謝料は認められない。


(4)原告は、被告が、別居後、原告が長女を車のトランクに入れるという虐待をした旨を繰り返し吹聴し、家事調停手続の際にフランス国営放送のカメラクルーを裁判所の庁内に入れて撮影させようとしたり、日本外国特派員協会主催のパネルディスカッションに子らを奪われた被害者の立場で実名を出してパネラーとして登壇したり、同協会主催のパネルディスカッションに再度実名を出して参加をし、原告が子らを拉致したなどとでたらめな事を述べたり、フランスにおいて原告を誘拐犯として告訴したり、被告の母と姉が子らの実名を挙げて原告を非難する内容をSNSに発信するなどしたことに関し、子らのプライバシーを守るよう同人らに申入れた様子もなかったり、JR千駄ヶ谷駅前でハンガーストライキを行い、自らの主張をインターネットで公開するとともに国内外のメディアからの取材に応じているところ、これ以前にされた記者会見を含め、「私は妻に脅しをかけられています。非難することはあってはならないと脅しをかけられています。」などと述べるなど客観的事実に反する主張をし、その結果、原告は、内外のメディアから犯罪者であるような誤った個人情報を開示されるに至ったことが離婚慰謝料の発生事由である旨主張する。

 しかしながら、認定事実(4)によれば、遅くとも平成28年頃から、原告と被告は互いに徐々に不満や苛立ちを募らせ、原告と被告は、平成30年6月24日午前中に被告がシャワーを浴びた後のシャワー室の壁面に水滴が残っていたことを巡って口論となり、フランスから帰国した後も夫婦関係が改善せず、被告は、同年7月25日、原告に対し、離婚について弁護士に依頼した旨を告げ、原告は、同年8月10日、被告が出社した後、被告に本件自宅を出ることや行き先を告げず、子らを連れて本件自宅を出る形で被告と別居したというのである。

このような事実経過によれば、原告と被告は、別居の時点において互いに強固な離婚意思を有しており、原被告間の婚姻関係は既に破綻していたと認めるのが相当である。そうすると、原告が主張している被告が別居後にしたとされる種々の行動は、離婚慰謝料の発生事由とはならないというべきである。
 したがって、この点に関する原告の主張は採用することができない。