小松法律事務所

同居9年別居44年後離婚で年金按分割合を0.35とした家裁審判紹介


○「同居9年別居44年後離婚でも年金按分割合を0.5とした高裁決定紹介」の続きで、その第一審令和元年5月9日大津家裁高島出張所審判(判時報2443号54頁)全文を紹介します。

○昭和49年に婚姻後約9年間同居した後別居し,婚姻から約44年後に離婚したとの事案で、令和元年5月9日大津家裁高島出張所審判は,婚姻期間に比して同居期間が短く,年金の保険料納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような特別の事情があるとして,按分割合を0.35としました。

○この審判では、本件の対象期間は昭和49年12月2日から平成30年7月2日であるところ、昭和60年以降は申立人と相手方が夫婦としての扶助協力関係にあったものとはみられないのであって、その意味で、上記年金分割の制度趣旨に照らして、保険金納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合にあたるとして、年金分割按分割合を0.35としました。極めて妥当な判断と思うのですが。

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主   文
1 申立人と相手方との間の別紙《略》記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0・35と定める。
2 手続費用は各自の負担とする。

理   由
第1 申立の趣旨

 申立人と相手方との間の別紙《略》記載の情報に係る年金分割についての請求すべき按分割合を0・5と定める。

第2 当裁判所の判断
1 認定事実

 本件記録によれば、以下の事実が認められる。
(1)申立人と相手方は、昭和49年12月2日婚姻し、E内で同居し、両名の間には、昭和50年×月×日長男Cが、昭和52年×月×日二男Dが出生した。

(2)申立人と相手方は、申立人の不貞の疑いから諍いとなり、申立人は昭和58年ころ家を出た。その後、昭和60年代の終わりころ、申立人と相手方は会って話をしたが、申立人は戻るつもりはないと述べた。他方、相手方は仕事の関係から、2子をFの実家に預けて、Gに住んでいた。

(3)申立人は、平成9年ころ、相手方の姉の家で、長男及び二男と再会し、相手方とも連絡を取り、申立人と長男及び二男は同居することになった。その後申立人と相手方の間では、長男のサラ金の借金を相手方に相談するなどのやりとりはあったものの、申立人と相手方が再び同居することはなかった。

(4)平成23年12月16日、申立人が60歳になり、年金受給の手続きに必要な別居証明のために、住民票や納税証明書を相手方の代理人弁護士から送ってもらったことがあった。

(5)相手方は、平成30年5月19日、大津家庭裁判所に申立人を被告として、離婚訴訟を提起し(平成30年(家ホ)第9号)、平成30年7月2日、申立人は請求を認諾した。

2 以上の事実が認められるところ、年金分割は、被用者年金が夫婦双方の老後等のための所得保障としての社会保障的機能を有する制度であるから、対象期間中の保険料納付に対する寄与の程度は、特別の事情がない限り、互いに同等とみて、年金分割についての請求すべき按分割合を0・5と定めるのが相当であるところ、その趣旨は、夫婦の一方が被扶養配偶者である場合についての厚生年金保険法78条の13(いわゆる三号分割)に現れているのであって、そうでない場合であっても、基本的には変わるものではないと解すべきである(大阪高等裁判所平成21年(ラ)第499号、第607号同年9月4日決定・家庭裁判所月報62巻10号54頁参照)。

 そこで、本件についてこれをみると、上記認定事実によれば、申立人は、昭和49年12月2日に相手方と婚姻し2子をもうけたが、昭和58年に子を残して家を出て,昭和60年には家に戻らない旨を述べて以後没交渉となっているものである。しかるに本件の対象期間は昭和49年12月2日から平成30年7月2日であるところ、昭和60年以降は申立人と相手方が夫婦としての扶助協力関係にあったものとはみられないのであって、その意味で、上記年金分割の制度趣旨に照らして、保険金納付に対する夫婦の寄与を同等とみることが著しく不当であるような例外的な事情がある場合にあたるものというべきである。

 以上その他、本件に現れた諸般の事情を総合考慮すれば、按分割合は、0・35と定めることが相当である。 

3 よって、主文のとおり審判する。
(裁判官 金子隆雄)

別紙《略》