小松法律事務所

別居期間9年でも有責配偶者離婚請求を権利濫用とした地裁判決紹介


○妻である原告が、夫である被告に対し、長期間の別居など婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)があると主張して、離婚及び未成年者らの親権者をいずれも原告と定めることを求め、附帯処分として未成年者らの養育費の支払を求めました。

○被告夫は、有責配偶者による離婚請求であり、権利濫用ないし信義則違反であって、許されないと主張しましたが、被告は原告の不貞行為相手Eから慰謝料を受領しています。

○これに対し、原告と被告との婚姻関係は破綻しており、修復の見込みもないから、婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)があり、婚姻関係破綻の原因は、原告の不貞行為にあり、有責配偶者からされた離婚請求であっても、夫婦の別居が当事者の年齢及び同居期間と対比して相当の長期間に及び、その間に未成熟子がいない場合には、相手方配偶者が離婚によって精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情のない限り、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできない(最高裁昭和62年9月2日大法廷判決)ところ、本件においては、離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情があり、有責配偶者が離婚によって経済的に困窮するおそれがないことや、有責配偶者の不貞相手が相手方配偶者に慰謝料を支払ったことは、上記判断を左右するものではないから、原告の離婚請求は、権利濫用であるとして、原告の請求を棄却した令和5年4月26日横浜家裁川崎支部判決(LEX/DB)の判断部分を紹介します。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求の趣旨

1 原告と被告とを離婚する。
2 原告と被告の長女C(平成22年○月○○日生)及び長男D(平成24年○月○○日生)の親権者をいずれも原告と定める。
3 被告は、原告に対し、長女C及び長男Dの養育費として、離婚判決確定の日から前項の未成年者らがそれぞれ満20歳に達する日の属する月まで、毎月末日限り相当額を支払え。

第2 事案の概要
1 事案の要

 本件は、妻である原告が、夫である被告に対し、長期間の別居など婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)があると主張して、離婚及び未成年者らの親権者をいずれも原告と定めることを求め、附帯処分として未成年者らの養育費の支払を求める事案である。

2 前提事実(掲記の証拠及び弁論の全趣旨によって明らかに認められる事実)
(1)原告(昭和55年○月○○日生)と被告(昭和42年○月○○日生)は、平成18年1月8日に婚姻した夫婦である。原告と被告との間には、長女C(平成22年○月○○日生、以下「長女」という。)及び長男D(平成24年○月○○日生、以下「長男」といい、長女と併せて「子ら」という。)が出生した(甲1)。
(2)原告は、平成25年11月29日、子らを連れて自宅を出て別居を開始した(甲20、乙12)。
(3)原告は、平成25年12月25日、名古屋家庭裁判所に夫婦関係調整調停(同裁判所平成25年(家イ)第3667号)を申し立てたが、平成26年8月1日、同調停は不成立で終了した(甲20)。
(4)原告は、平成27年8月、名古屋家庭裁判所に離婚訴訟を提起したが(同裁判所平成27年(家ホ)第255号)、同訴訟は、平成28年8月22日、訴えの取下げにより終了した(甲20、乙42)。
(5)原告は、令和3年8月13日、横浜家庭裁判所川崎支部に本件訴訟を提起した。同裁判所は、同年10月1日、本件訴訟を調停に付した(同支部令和3年(家イ)第933号)が、令和4年1月17日、同調停は不成立で終了した(事件終了通知書、当裁判所に顕著な事実)。

3 当事者の主張
(1)離婚原因
(原告の主張)
 原告は、被告が、〔1〕結婚当初の2年ほど収入がなかったにもかかわらず、自分のためにはお金を使うのに、原告や家族を含め自分以外の者には必要な出捐をしないこと、〔2〕原告の人格を否定する態度をとること、〔3〕原告が離婚を提案するようになる平成25年以降の時期になると、物を投げるなどの暴力的傾向を示したこと、〔4〕平成25年夏前頃から入浴時に長女に対し性虐待をしたこと、〔5〕平成25年11月22日、原告に対しグラスを投げつけ壁に当たって割れたこと、〔6〕同月25日、被告と被告の父親が協力し、深夜に子らを残し、原告だけを岐阜の被告の実家から屋外に追い出したことから、行政に対しDVの相談をし、女性保護事業の援助を受け、シェルターを利用し、同月29日より子らを連れて別居した。したがって、原告と被告との婚姻関係は、遅くとも別居開始の時点で確定的に破綻するに至った。当事者間には、別居後、子らを巡って多数の高葛藤な裁判手続が進行しており、夫婦関係回復の見込みはない。以上のとおり、原告・被告間の婚姻関係には、民法770条1項5号にいう「婚姻を継続し難い重大な事由」がある。

 被告は有責配偶者による離婚請求を主張するが、原告は婚姻関係破綻後にE(以下「E」という。)と関係を持ったものであり、Eは被告に対し損害賠償金を支払済みであるから、原告の責任は尽きている。また、有責配偶者の法理は、経済的社会的に有利な地位に立つ夫が子らと子らを監護する妻である母親を置いて婚姻関係の解消を求めることを前提としているところ、本件は、離婚請求を求める妻が経済的社会的な弱者で、かつ、子らを監護している事案であって、法理適用の前提を欠く。

(被告の主張)
 原告が離婚原因として主張する事実は、いずれも虚偽である。本件は、原告が、遅くとも平成25年3月頃からEと不貞の関係になり、被告と離婚してEと再婚することを目的として提起したものであり、有責配偶者による離婚請求であり、権利濫用ないし信義則違反であって、許されない。
 有責配偶者の法理の適用は、妻が経済的弱者である場合にとどまるものではなく、不貞行為をした監護親が非監護親を排除しようとしている本件のような場合にも妥当する。

(2)親権者の指定

     (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実


     (中略)

2 判断
(1)離婚原因について

 認定事実によれば、原告と被告は、平成17年1月に出会い、平成18年1月に婚姻し、平成22年○月に長女を、平成24年○月に長男を、それぞれもうけ、同年には自宅の建築を計画して土地を購入する一方、各地に家族旅行をするなどして円満に生活していたところ、原告が、平成22年、かねてから性関係のあったEと連絡し合うようになり、平成25年夏、Eと再会して不貞の関係となり、被告と離婚してEと再婚し、Eを子らの父と位置付けることを企て、同年11月、子らを連れて別居を開始し、その後、別居を継続して、被告との法的紛争を繰り広げるとともに、法的紛争についての自己の見解を子らに対して述べ、子らに被告に対する否定的イメージを形成させ、面会交流における子らの言動を通じて、被告に対し心理的に離婚を余儀なくさせるよう圧力をかけ、令和3年7月にはEの子を妊娠し、被告にその旨伝え、遅くとも令和4年3月までにはEとあからさまに同居を開始したものである。別居期間は9年を超える。これらの事実を総合すると、原告と被告との婚姻関係は破綻しており、修復の見込みもないから、婚姻を継続し難い重大な事由(民法770条1項5号)がある。

(2)有責配偶者の離婚請求について
 認定事実によれば、婚姻関係破綻の原因は、原告の不貞行為にあるものと認めるのが相当である。原告は、被告の長女に対する性的虐待の存在を主張するが、原告がその根拠とする司法面接の結果には、長女の年齢、質問方法及び回答内容に照らし信憑性が認められない。原告が離婚原因として主張する他の事情については、いずれも認めるに足りる証拠がないか、婚姻関係の継続を困難にするに足りる事情とは認められない。

そうすると、原告は婚姻関係破綻に専ら責任がある者と認められるから、本件は有責配偶者からの離婚請求である。有責配偶者からされた離婚請求であっても、夫婦の別居が当事者の年齢及び同居期間と対比して相当の長期間に及び、その間に未成熟子がいない場合には、相手方配偶者が離婚によって精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情のない限り、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできない(最高裁昭和62年9月2日大法廷判決)。

 本件においては、原告の年齢は55歳、被告の年齢は42歳、同居期間は8年弱であるのに対し、別居期間は9年余りであり、その間、原告が不貞相手との関係を続け、当事者間の法的紛争が継続していることに照らすと、夫婦の別居が当事者の年齢及び同居期間と対比して相当の長期間に及ぶということはできない。

また、本件においては、当事者間に2名の未成熟子がおり、原告が子らに対する言動を通じて片親疎外の状況を生じさせていること、離婚請求を認容すると、原告は、不貞相手であるEと速やかに再婚し、Eと子らとを養子縁組させることが見込まれ、これにより片親疎外の状況が強まることが懸念され、被告が離婚によって精神的・社会的に極めて苛酷な状態におかれるおそれがある。

そうすると,本件においては、離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情がある。有責配偶者が離婚によって経済的に困窮するおそれがないことや、有責配偶者の不貞相手が相手方配偶者に慰謝料を支払ったことは、上記判断を左右するものではない。したがって、原告の離婚請求は、権利濫用として棄却すべきである。


3 結論
 よって、主文のとおり判決する。 
横浜家庭裁判所川崎支部 裁判官 池下朗