小松法律事務所

離婚届出書作成後離婚意思撤回で離婚届出無効とした地裁判決紹介


○将来の協議離婚の予約契約は、有効ですかとの質問を受けました。離婚届出は、届出時点で離婚意思が必要であり、離婚協議書と離婚届出書を作成しても、届出時点直前に、一方配偶者が離婚意思を撤回した場合は、仮に離婚届出が受理され、戸籍に離婚が記載され、配偶者の一方の新たな本籍が登録されてもその離婚は無効となります。

○将来の離婚予約契約をしても、予約通り、当事者が履行即ち将来離婚届出を出せば問題になりません。しかし、当事者の一方が撤回すれば無効となり、この将来の協議離婚予約による離婚を強制することはできず、結論として将来の離婚予約は無効と言うことになります。古い判例ですが、これを明らかにした昭和31年9月13日山口地裁徳山支部判決(最高裁判所民事判例集13巻10号1258頁)を紹介します。この事件は最高裁まで争われ、最高裁でもこの結論が維持されており、別コンテンツで紹介します。

○本件は、妻である被告と原告夫が離婚に合意して離婚届出書を作成した後、被告妻が離婚届出書を提出する前日に、原告夫が、市役所に離婚届不受理申出をましたが、市役所は届出を受付したので、原告夫が、離婚届出の無効確認を求めて提訴しました。

○判決は、協議離婚は、市町村長に対してこれを届け出て始めてその効力を生ずる身分上の要式行為であるから、市町村長に対して届出がなされた当時、夫婦ともに協議離婚をしようとする意思を保有することが必要であって、たとえ、協議離婚の合意が成立して当事者双方が署名捺印した届書を作成したとしても、これを市町村長に提出した当時離婚の意思を有しなくなった場合は、その届書の提出を依頼(委任)された者にその委任を解除したかどうか、また、その依頼を受けた者が当事者の意思の変更を知ると否とを問わず、この届出は、本人の意思に基づかないものとして無効と解するのが相当であるとしました。

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主   文
昭和2年3月11日光市長に対して為した原告と被告との協議離婚届による離婚は無効なることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。

事   実
原告の訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、其の請求の原因として、原告は昭和14年6月7日被告と婚姻し原告の肩書住所地で一戸をかまえて同棲した結果、被告との間に長男A、次男B、及び三男Cの三児を挙げた。ところが、被告は昭和26年5月頃岩国市麻里布町で被告名義で飲食店を開業し、原告は右3人の子供とともに光市に居住していたが被告は毎週少くとも一度は光市に帰つてくる約束であるにこの約束に反して同年9月頃からは帰つて来なくなり、たまたま原告が被告方に出向くと営業に邪魔だと称して原告の行くのを喜ばなくなり遂には右営業についての税金を免れる手続を訴外Dに頼むからと称して原告にその名義の印章の交付を要求したので原告はこれを信じてその印章を右Dに交付した。

しかるに、被告は、意外にも右印章を使用して原告と協議離婚をしたとの届書を偽造した上これを昭和27年3月11日光市長に提出して原告と協議離婚を届出た。しかしこの届出は全く被告の偽造による届書によるものであつて原告は被告と協議離婚する意思は全くないのであるからこの届出による原被告の協議離婚は無効である。

仮りに右届書が原告に離婚の意思があつて正当に作成されたものとしても、原告はその後協議離婚の意思をひるがえしてまだ右届書が光市長に提出されない前に自ら同市役所に出頭して係員に対してたとえ何人の手によつて原被告の協議離婚届書が提出されてもこれは原告の意思ではないから受理してくれるなと申出たから、たとえ、右届書作成の際には原告に離婚の意思があつてもその届出の時にこの意思が消滅している故この届出による被告との右協議離婚は無効である。そこで右届出による原被告の右協議離婚の無効の確認を求めるために本訴に及んだ、と述べた。

被告の訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告の主張事実の中被告が原告とその主張の頃婚姻し同棲したこと、原被告間に原告主張の3人の男子があること、被告が原告主張の日時場所でその主張のように飲食店を開業し、原告は3人の子供とともに光市に居住していたこと、被告が訴外Dに依頼して右営業税減税の手続をしてもらつたこと及び原被告が原告主張の頃その主張の届出をして協議離婚したことはいずれも認めるが、その他の主張事実は全部否認する。

即ち、
(一)右離婚届は原告も被告も離婚に合意してその合意に基いて作成された上、これを光市長に提出受理されたものであつて決して被告が原告の印章を使用して偽造したものでないから有効である。
(二)又原告は右離婚届前に被告に対して協議離婚を取止める意思を表示したことはない。原告がその主張のように右離婚届が光市役所に提出される前にこれを受理しないよう申出でたことは認めない。
(三)仮にこのようなことがあつたとしても、これは離婚の意思を撤回したのではなく、被告との共有の土地約600坪を原告に有利に分割しようとする目的でやつたものであるから右離婚届は有効である。
と述べた。
(立証省略)

理   由
公文書であるから真正に成立したものと推定する甲第1号証によると、原被告は昭和14年6月7日婚姻したこと及原被告の協議離婚届が昭和27年3月11日光市長に提出され同日これが受附けられたことが認められる。

そこで、右離婚届による原被告の協議離婚が有効か無効かを判断するに、当事者弁論の全趣旨によつて右離婚届書と認められる甲第2号証、証人E、F、D(一部)、被告本人の供述(第1回)の一部を綜合すると、原被告は昭和14年6月7日婚姻し、それ以来、原告方で同棲しその間に3人の男子を儲けたところ、原告は最初は漁業の手伝をしていたが終戦後はこれといつて定つた職業がなく、失業対策事業の人夫をしていたので、とうてい一家の生計が維持できなくなり、原被告協議の上で、被告は昭和26年5月頃原告と別居して現在地で飲食店を開業して、それ以来その営業を続けて来た。

ところが、原被告は別居しているためその夫帰仲が次第に悪くなりたびたび夫婦喧嘩をし、その都度訴外Dその他の仲裁で一応はおさまつたが、遂に夫婦関係を継続しがたい状態になつたので、昭和27年3月初旬頃右D方で同人の仲裁もむなしく双方協議離婚し、長男と三男との親権者は原告、次男の親権者は被告とすることに合意が成立し、その場で右Dが協議離婚届書の用紙中の当事者の署名捺印欄以外の所要欄にそれぞれ記載し、原告の署名も同人に代つて記載し、原告がその名下に捺印し、被告は自ら署名捺印して甲第2号証の協議離婚届書が作成され、被告がこれを保管していたところ、その後同年3月10日頃被告は右Dに右協議離婚届書を光市役所に提出することを依頼したので、同人が右離婚届書をその翌11日に同市役所に提出したこと、及び原告は右3月10日頃光市役所に来て係員訴外Gに対して、被告から離婚届が出されるかも知れないが原告としては承諾したものでないから受理しないでくれと申出があつたが、同人は離婚届は書面審理であるから正式な届出があれば受理しないわけにはゆかないと答え、その翌11日右離婚届書を受附けたことが認められ、右認定に反する証人Dの証言の一部並びに原告本人の供述(第1、2回)は前記事実と対照して信用できないし、他に右認定を左右し得る証拠はない。

右事実によると、被告が原告の印章を使用して右協議離婚届を偽造したとの原告の主張は全く認められないが、原告は一旦被告との協議離婚に同意して右離婚届書を作成したがその後これが届出られる前日協議離婚の意思をひるがえし、前認定のように係員にこれを受理しないように申出でたことは十分認められる。

被告は、原告は被告と共有土地の分割を有利にする目的で右申出をしたのであつて真に離婚の意思をひるがえしたのではないと主張するが、これを認める証拠はないからこの主張は採用できない。

しかして協議離婚は市町村長に対してこれを届出でて始めてその効力を生ずる身分上の要式行為であるから市町村長に対して届出がなされた当時に夫婦ともに協議離婚をしようとする意思を保有することが必要であつて,たとえ、協議離婚の合意が成立して当事者双方署名捺印した届書を作成してもこれを市町村長に提出した当時離婚の意思を有しなくなつた場合は、その届書の提出を依頼(委任)された者にその委任を解除したかどうか、又その依頼を受けた者が当事者の意思の変更を知ると否とを問わずこの届出は、本人の意思に基かないものであるから無効と解するのを相当とする。(大審院昭和16年11月29日判決参照)

そうすると被告が右Dに依頼して光市長に提出した右離婚届は無効であつて、従てこれに基く原被告の協議離婚も亦無効といわなければならない。

しかるに被告はこの無効を現に争つていることは弁論の全趣旨によつて明かであり又、夫婦の身分関係の保持の必要上戸籍の記載を抹消するためにも原告はこれが確認を求める法律上の利益を有するものといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。(昭和31年9月13日山口地方裁判所徳山支部)