小松法律事務所

無職無収入の夫にも婚姻費用分担義務を認めた家裁審判紹介


○平成29年11月に結婚し、令和元年に長男が生まれた夫婦の夫が、令和2年6月に適応障害による抑うつ・情緒不安定・過食等の精神症状で就労困難となり退職し、無職無収入となり、同年8月に妻は長男を連れて別居し、夫相手に婚姻費用分担調停を申し立てましたが、不成立となり、審判手続に移行しました。

○夫は、現実の収入がゼロであり,医師の診断のとおり就労が不可能であるため稼働能力がなく婚姻費用分担義務も無いと主張しましたが、夫は,診断書によっても,将来にわたって就労が困難であるとまでは診断されていないことなどに照らせば,稼働能力が全くないと認めることはできないとして、毎月4万円の婚姻費用分担義務を認めた令和2年12月25日宇都宮家裁審判(判時2515号○頁参考収録)を紹介します。

○無職無収入では債務名義(審判書)があっても、預貯金等夫名義財産を明らかにできない限り現実の回収は無理と思われますが、この審判には、夫が抗告し、東京高裁決定で覆されました。別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 相手方は,申立人に対し,16万円を支払え。
2 相手方は,申立人に対し,令和2年12月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り,月額4万円を支払え。
3 手続費用は各自の負担とする。

理   由
第1 申立ての趣旨

 相手方は,申立人に対し,婚姻費用分担金として,毎月相当額を支払え。

第2 当裁判所の判断
1 本件記録及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 申立人(昭和58年○○月○○日生)と相手方(昭和61年○○月○○日生)は,平成29年11月に婚姻した夫婦である。
 申立人と相手方との間には,長男J(令和元年○○月○○日生,以下「長男」という。)がいる。

(2) 申立人と相手方は,相手方が飛び降り自殺をするなどと言って警察官が臨場する騒ぎになったことなどから,令和元年8月3日から別居しており,以降,現在に至るまで,申立人が長男を監護養育している。

(3) 申立人は,相手方に対し,令和2年8月11日,婚姻費用分担調停(以下「本件調停」という。)を申し立てたが(当庁令和2年(家イ)第519号),令和2年10月20日,本件調停は不成立となり,本件審判手続に移行した。

(4) 申立人は,現在,無職,無収入である。

(5) 相手方は,別居当時,株式会社Hにおいて,工場内での加工業に従事する正社員として勤務する給与所得者であったが,同社に2年9か月間勤務した後,令和2年6月15日付けで自主退職した。令和元年分の源泉徴収票によれば,申立人の令和元年分の総収入は,348万7701円である。相手方の最終学歴は,高校卒業であり,上記会社での勤務以前は,営業職の正社員として3か月程,派遣社員として1年程,それぞれ稼働していたことがあった。相手方は,令和2年2月以降,K県又はG県に所在する病院の精神科に通院しており,同年8月27日付け診断書によれば,適応障害により抑うつ,情動不安定,過食などが生じており,現在は就労は困難であるとの診断を受けている。

(6) 相手方は,申立人に対し,本件調停の申立て後,婚姻期間中の生活費を一切支払っていない。

2 検討
(1) 夫婦は,互いに協力し扶助しなければならないところ(民法752条),別居した場合でも,自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務を負う。そして,婚姻費用の分担額は,義務者世帯及び権利者世帯が同居していると仮定して,義務者及び権利者の各総収入から税法等に基づく標準的な割合による公租公課並びに統計資料に基づいて推計された標準的な割合による職業費及び特別経費を控除して得られた各基礎収入の合計額を世帯収入とみなし,これを生活保護基準等から導き出される標準的な生活費指数によって算出された生活費で按分して,義務者が分担すべき婚姻費用の額を算定する,いわゆる標準算定方式(司法研究報告書第70輯第2号養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究参照)に基づいて検討するのが相当である。

(2) 基礎収入
ア 申立人
 前記認定のとおり,申立人は,現在,無職,無収入である。長男の年齢やその監護状況に照らせば,申立人の総収入は,0円と認めるのが相当である。

イ 相手方
 前記1(5)で認定したとおり,相手方の令和元年分の給与収入は,348万7701円であるが,令和2年6月,相手方が勤務先を退職したことが認められる。

相手方は,現在34歳であるが,上記勤務先における勤務以前も一定期間にわたり複数の勤務先で稼働していたというこれまでの就労歴,退職理由,相手方の精神科への通院歴や診断書により認定できる心身の症状のほか,申立人が退職してから間もないことなどを考慮すると,本件婚姻費用分担金額の算定に当たっては,申立人については,令和元年分の給与収入348万7701円の5割である174万3850円程度の稼働能力に止まるものと認めるのが相当である。
そして,上記収入額に照らし,基礎収入割合を44%とするのが相当であるから,相手方の基礎収入は,76万7294円と算定される。

 これに対し,相手方は,現実の収入がゼロであり,医師の診断のとおり就労が不可能であるため稼働能力がないと主張する。

しかしながら,相手方の審問結果を含む一件記録によれば,相手方が,申立人とのいさかいが原因で精神的に不安定になり自殺企図した令和元年8月以降も,相当期間稼働を継続していたという従前の就労状況や,精神科への通院が開始されたのは,令和2年2月以降であり,それ以前には精神科への受診はなかったという通院歴や通院期間に加え,相手方については,前記診断書によっても,将来にわたって就労が困難であるとまでは診断されていないことなどに照らせば,稼働能力が全くないと認めることはできず,前記の限度で稼働能力を認めるのが相当である。相手方の主張は採用の限りでない。

(3) 生活費指数
 生活費指数は,申立人及び相手方を各100とし,長男を62とする。

(4) 婚姻費用分担の始期
 本件調停の申立てが令和2年8月であるから,婚姻費用分担の始期は,同月からとするのが相当である。

(5) 相手方が負担すべき婚姻費用分担額
 前記基礎収入及び生活費指数を前提として,標準算定方式に当てはめると,以下の計算式のとおりであり,相手方の婚姻費用分担額は,月額3万9536円(小数点以下切捨て)と算定される。
 以上を踏まえ,本件記録に現れた一切の事情を考慮すると,相手方が申立人に対して負担すべき婚姻費用分担額は,月額4万円と認めるのが相当である。
 【計算式】
 [(義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)×(権利者とその扶養する子の生活費指数)÷(権利者,義務者及び双方の扶養する子の生活費指数)-(権利者の基礎収入)]÷12
 [(76万7294円+0)×(100+62)÷(100+100+62)-0]÷12=3万9536円(小数点以下切捨て)

(6) 未払の婚姻費用分担額
 相手方は,申立人に対し,令和2年8月から同年11月までの4か月分の未払の婚姻費用分担金として16万円を直ちに支払うべきである。

3 結論
 以上によれば,相手方は,申立人に対し,令和2年8月から同年11月までの未払の婚姻費用として16万円を直ちに,同年12月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り,月額4万円を支払うべきである。
 よって,主文のとおり審判する。宇都宮家庭裁判所 (裁判官 本間明日香)