小松法律事務所

幼児教育無償化は婚姻費用減額理由にならないとした高裁決定紹介


○「夫に対して別居中の妻子婚姻費用として生活保持義務を認めた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審令和元年11月12日東京高裁決定(判タ1479号59頁)全文を紹介します。

○原審では、別居中の相手方妻子に対する過去の婚姻費用として116万4264円の支払と令和元年8月から1ヶ月当たり25万8800円の支払を命じられ、これを不服とした抗告人夫が抗告していましたが、抗告審では、抗告人の相手方に対する既払金額の増加に基づき、抗告人が支払うべき婚姻費用分担額を定めるのが相当であるとして、過去の婚姻費用について116万4264円から92万1451円に、約24万円の減額が認められました。しかし、毎月の支払額は維持されました。

○抗告人は,原審判が婚姻費用に加算した月額1万6000円の長女の教育費について,令和元年10月から幼児教育・保育の無償化が開始し,幼稚園についても月額2万5700円までは無償化されるから,教育費の加算に当たっては,同額を控除すべきと主張しました。

○これに対し、東京高裁は、幼児教育の無償化は、子の監護者の経済的負担を軽減すること等により子の健全成長の実現を目的とするものであり(子ども・子育て支援法1条参照)、このような公的支援は、私的な扶助を補助する性質を有するにすぎないのでこの制度の開始を理由として令和元年10月からの婚姻費用分担額を減額すべきではないとした点が注目されます。

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主   文
1 原審判を次のとおり変更する。
(1)抗告人は,相手方に対し,92万1451円を支払え。
(2)抗告人は,相手方に対し,令和元年8月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで,毎月末日限り,1か月当たり25万8800円を支払え。
2 手続費用は,第1,2審を通じて各自の負担とする。

理   由
第1 事案の概要

1 本件は,相手方が,別居中の夫である抗告人に対し,婚姻費用分担金の支払を求めている事案である。
 原審は,抗告人に対し,平成30年I月から令和元年7月までの未払婚姻費用として116万4264円及び同年8月から当事者の離婚又は別居状態の解消に至るまで毎月末日限り月額25万8800円の支払を命じたところ,抗告人が,これを不服として抗告した。

2 抗告の趣旨及び理由は,別紙「抗告状」及び「抗告状訂正申立書」に記載のとおりである。

第2 当裁判所の判断
1 当裁判所は,既払金額の増加に基づき,原審判を変更して,抗告人が支払うべき婚姻費用分担額を主文のとおり定めるのが相当であると考えるが,その理由は,次のとおり原審判を補正し,次項のとおり当審における抗告人の主張に対する判断を付加するほか,原審判の「理由」欄の「第
2 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。なお,略称は原審判の例による。
(原審判の補正)
(1)原審判2頁1行目冒頭から4行目末尾までを次のとおり改める。
 「相手方は,二女を妊娠し,平成30年I月*日が出産予定日であったところ,同年7月8日,抗告人は,妊娠中の相手方を自宅マンションに残して長女を連れて自宅を出た。抗告人は,自宅マンションを出た後,抗告人及び長女の身の回りの世話をしてもらうため,C在住の抗告人の実母を呼び寄せた。相手方は,抗告人が長女を連れて自宅マンションを出たことから,当初予定していたD内での出産を取りやめ,同年*月19日,里帰り出産のため,E所在の相手方の実家に戻り,以後現在に至るまでその実家で生活している。同年I月*日,相手方は実家の近くの病院で二女を出産した。同年12月25日,抗告人は,長女を相手方に引渡し,以後相手方は,長女及び二女を実家で監護養育し現在に至っている。」

(2)原審判2頁11行目の「1489万5260円であった。」の次に「Fからの給与収入は,平成29年が717万1413円,平成30年が853万2000円であった。」を加える。

(3)原審判2頁14行目の「支払った。」の次に「抗告人は,相手方に対し,同年7月29日,婚姻費用分担金として更に24万2813円を支払い,同月までの婚姻費用分担金の既払額は181万4439円となる。」を加え,同頁14行目から次行にかけての「(乙8の1,2,19)」を「(乙8の1,8の2,19,23,手続の全趣旨)」と改める。

(4)原審判3頁5行目から次行にかけての「一般的に利用され,定着しているものとはいえないから,これを採用しない。」を次のとおり改める。
 「標準算定方式は,裁判官が婚姻費用を算定するに当たっての合理的な裁量の目安となるものであり,同方式は一般的に利用され定着しているところであって,原審判が,標準算定方式に基づいて婚姻費用分担額を算定し,公租公課等について,標準算定方式が基礎とした統計データに代えて相手方が主張する直近の統計データに基づき基礎収入割合を計算しなかったことが,裁判官に与えられた合理的な裁量の範囲を超えるものとは認められない。」

(5)原審判3頁11行目の「これを考慮しないことはなく,信義則違反とはいえず,」を次のとおり改める。
 「その子の生活費を扶養義務を負う親が負担するのは当然であり,当該子がいることを考慮して婚姻費用分担額を定めることが信義則に違反するとはいえず,

(6)原審判3頁13行目から次行にかけての「長女の監護補助者として相手方の実母がいたこと考慮するよう主張するが,」を次のとおり改める。
 「抗告人の実母が長女の世話をするために仕事を辞めて抗告人と同居するようになり,抗告人が実母を扶養していることを,婚姻費用分担額算定に当たり考慮すべきである旨主張するが,」

(7)原審判3頁15行目の「就業していたこと」の次に「,母親に対する扶養を理由に婚姻費用分担額を減額することは,生活扶助義務に基づく母親に対する扶養義務を生活保持義務に基づく妻子に対する婚姻費用分担義務に優先させることとなること」を加える。

(8)原審判3頁20行目から次行にかけての「本務と兼務の兼ね合い等もあることを考えると,平成30年の金額を基礎額とするのが相当である。」を次のとおり改める。
 「平成29年から平成30年にかけての減収は,医師である抗告人が主たる勤務先であるFから支給される給与の減収によるものではなく,兼務先の変更や兼務先からの給与収入の減少を原因とするものであることからすれば,平成30年の給与収入額を婚姻費用分担金算定の基礎とするのが相当である。相手方は,上記減収は抗告人によるアルバイト収入の意図的な減収調整によるものであるから,抗告人の年収は少なくとも平成29年と平成30年の平均値を採用すべきである旨主張し,同旨供述する(甲33の1)が,上記減収が抗告人による意図的なものと認めるに足りる資料はなく,相手方の主張は採用できない。」

(9)原審判3頁25行目の「506万4388円」の次に「(14,895,260×0.34=5,064,388。小数点以下切捨て)」を加える。

(10)原審判4頁2行目末尾の次に以下のとおり加える。
 「なお,同年12月24日までは,抗告人が長女を監護していたことも考慮すべきである。」

(11)原審判4頁9行目末尾に改行して次のとおり加える。
 「平成30年I月*日までの年額
5,064,388×100/100+100+55=1,986,034
 同月*日以降の年額
5,064,388×100+55/100+100+55+55=2,532,194」

(12)原審判4頁13行目末尾に改行して次のとおり加える。
 「平成30年12月25日以降の年額
5,064,388×100+55+55/100+100+55+55=3,430,714」

(13)原審判4頁20行目末尾に改行して次のとおり加える。
 「令和元年K月*日以降の年額
5,064,388×100+55+55/100+100+55+55+55=2,913,757」

(14)原審判5頁1行目の「相手方の収入状況からすると」から2行目末尾までを次のとおり改める。
 「相手方の前記認定に係る収入状況も併せ考慮するならば,平成31年4月以降の前記幼稚園やお稽古事の費用の全部又は一部については,標準算定方式に基づく試算額に加算して婚姻費用分担額を定めるのが,当事者間の衡平に適うというべきである。」

(15)原審判5頁5行目の「本件においては,」から7行目の「考えると,」までを次のとおり改める。
 「下記のとおり月額3万2155円が超過分と認められるところ,本件においては,夫婦関係が正常な状態でなくなった後に別居先において相手方が抗告人の了解を得ずに新たに選定した私立幼稚園や習い事の費用について,上記超過額の全額を抗告人に負担させるのは相当でないこと等からすれば,相手方が無職無収入であることを考慮しても,」

(16)原審判5頁8行目末尾に改行して次のとおり加える。
 「上記超過額の計算
(29,360+6,480+2,500+5,000)×12-134,217=385,863
385,863÷12=32,155(小数点以下切捨て)」

(17)原審判5頁11行目末尾に改行して次のとおり加える。
 「189,766+211,000×■+227,912+285,900×■+252,532+242,800×2=2,721,410」

(18)原審判6頁9行目末尾の次に以下のとおり加える。
 「なお,各種給付金については,児童手当等と同様,実際の負担額に応じて,抗告人と相手方との間で婚姻費用分担額とは別に清算するのが相当である。」

(19)原審判6頁14行目の「6月までの既払額157万1626円を差し引いた116万4264円」を「7月までの既払額181万4439円を差し引いた92万1451円」と改め,16行目の「月額25万8800円」の次に「(242,800円+16,000円)」を加える。

2 抗告人の当審における主張に対する判断
(1)抗告人は,長女とともに自宅マンションを出た後に支払った賃料91万8703円及び光熱費2万1942円について、賃貸借契約を解除できなかったのは相手方の希望によるものであるとして,婚姻費用分担金から控除すべきである旨重ねて主張する。
 しかしながら,引用に係る原審判(前記補正後のもの)が説示するとおり,抗告人は妊娠中の相手方がいるにもかかわらず独断で長女を連れて自宅マンションを出たこと,そのため,相手方はその後間もなく出産のためEの実家で里帰り出産をせざるを得なかったことが認められ,これらの事情にかんがみれば,相手方において自宅マンションの賃料等を負担すべき理由はないから,その後の自宅マンション賃料を,抗告人が支払うべき婚姻費用から控除するのは相当でない。 
 よって,抗告人の上記主張は採用できない。

(2)抗告人は,原審判が婚姻費用に加算した月額1万6000円の長女の教育費について,令和元年10月から幼児教育・保育の無償化が開始し,幼稚園についても月額2万5700円までは無償化されるから,教育費の加算に当たっては,同額を控除すべきである旨主張するが,幼児教育の無償化は,子の監護者の経済的負担を軽減すること等により子の健全成長の実現を目的とするものであり(子ども・子育て支援法1条参照),このような公的支援は,私的な扶助を補助する性質を有するにすぎないから,上記制度の開始を理由として令和元年10月からの婚姻費用分担額を減額すべきであるとする抗告人の主張は採用できない。

第3 結論
 よって,既払金額の増加に基づき,原審判を一部変更することとし,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 村田渉 裁判官 住友隆行 裁判官 五十嵐章裕)

別紙 抗告状〈省略〉
抗告状訂正申立書〈省略〉