小松法律事務所

妊娠中絶慰謝料1100万円請求に対し110万円支払を命じた地裁判決紹介


○男女が性関係と伴って交際中女性が妊娠し、妊娠を理由に、いわゆる「できちゃった婚」に至ることがよくあります。しかし、男性には結婚の意思がない場合、中絶を望むことがよくありますが、女性に中絶して貰うために、交際を続けるとの虚偽の言動をしたことを理由に女性から1100万円の慰謝料請求をされた事案があります。

○双方主張概要は以下の通りです。
女性主張
本件妊娠を契機に,被告とともに子を養育し,一緒に生活していくことを希望したが、男性はこれを拒み、妊娠中絶する決断をさせるために,交際を続ける気持がないのに交際を続けるかのようにウソを言って女性を欺して中絶をさせた
女性が妊娠した場合,出産するか否かの判断は,可能な限り自由に,熟慮した上で真意に基づいて行うことが法的に保護された利益であるところ、男性は,この利益を違法に侵害し、女性に対し故意の不法行為に基づく損害賠償責任を負う

男性主張
交際する気がないのに交際するとウソを言った事実はない
男性と女性は恋愛関係に発展したことはなく,性的な関係がある友人という認識で交際には至っておらず、短期間で妊娠を経験し,互いの信頼関係も構築できていないので出産は望まなかった
そこで女性に対し、今後も信頼関係を構築していくことが難しく、子の父親となることは困難であることを伝え、その結果,女性は真意に基づいて中絶を選択した


○女性は、ウソを言って中絶させた男性の行為は、女性に対する不法行為であり、これにより体調不良,うつ状態が続き,仕事も休みがちになり,収入も激減し、持病の広汎性発達障害・アスペルガー症候群の障害のため,中絶手術をしたこと,裏切られたことが毎日思い出させられ,精神的苦痛を受け続けている。これを慰謝するための慰謝料は1000万円を下らないと主張しました。

○これに対し令和3年7月19日東京地裁判決(LEX/DB)は、男性の不法行為を認め、男性に対し慰謝料100万円と弁護士費用10万円の合計110万円の支払を命じました。請求額の1割認定は、女性としては大いに不服と思われますが、男性としても100万円認定は不服かも知れません。男女双方とも妊娠の可能性のある性関係は慎重にすべきとの教訓でしょう。

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主   文
1 被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する令和2年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その9を原告の,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する令和2年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 本件は,原告が,被告との間の子を妊娠したところ,被告との話合いの際の被告の虚偽の言動により中絶することを決意し,中絶手術を受けるに至った旨主張し,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償等の支払を求める事案である。

2 前提となる事実
 本件訴訟に対する判断の前提となる事実は,以下のとおりであって,当事者に争いがないか,弁論の全趣旨によって認めることができ,この認定を妨げる証拠はない。
(1)当事者
 原告は,昭和56年生まれの女性であり,看護師と保健師の資格を有している。
 被告は,昭和58年生まれの男性であり,経営コンサルタントを業務の一内容とする会社に勤務している。

(2)原告と被告との男女関係等
 原告と被告は,平成30年(以下,特に断らない限り,日付は平成30年のそれである。)2月中旬に知り合い,3月には男女の関係となった。
 原告と被告は,3月及び4月には,週に1,2回出かけたり,食事をしたりし,そのまま被告宅に泊まることもあった。
 しかし,原告と被告は,4月下旬から会う回数が減っていき,5月には1,2回,6月,7月には各1回会ったのみであった。

(3)原告の妊娠及びその後の被告との話合いの状況
ア 原告は,7月31日,被告に対し,被告の子を妊娠したこと(以下「本件妊娠」という。)を告げた。
イ 原告と被告とは,8月9日,本件妊娠が発覚してから一度目の話合いをした(以下「一度目の話合い」という。)。その際,原告は被告に子どもを産みたい旨告げたが,被告はこれに難色を示した。
ウ 原告と被告は,一度目の話合いに続き,8月11日,同月14日,同月15日にも話合いをした(以下,各話合いのうち,同月11日のものを「二度目の話合い」,14日のものを「三度目の話合い」,15日のものを「四度目の話合い」という。)。

(4)原告の妊娠中絶等
 原告は,8月24日,妊娠中絶手術を受けた(以下「本件中絶」という。)。
 原告と被告は,8月末に一度会い,9月24日に一緒に水子供養に赴いた。
 その後,原告と被告とは直接会ってはいない。

3 本件訴訟の争点

         (中略)


第3 当裁判所の判断
1 第1の争点(被告の不法行為の成否)について
(1)上記前提となる事実(第2,2)に加え,証拠(甲5。なお,以下証拠については特に断らない限り枝番のあるものはこれを含む。)及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告との本件妊娠の発覚から本件中絶までの話合いの経緯,本件中絶後の原告と被告とのやり取りは,要旨,以下のとおりと認められる。
ア 一度目の話合いの際,原告は子どもを産みたい旨告げたが,被告はこれに難色を示した。

イ 二度目の話合いの際も,妊娠中絶手術を希望する被告と,たとえ被告との関係が継続できなくても子どもを産みたいと考えている原告との間で,妥協点は見いだせなかった。

ウ 三度目の話合いで,被告は,原告に対し,現在の会社で2,3年働いた後は起業し,その仕事が軌道に乗ったら今のように激務の仕事スタイルではなく,のんびりと働くスタイルへ転向したい,その後,原告と子どもで家族の時間を持ちながら暮らしていきたいと考えている旨話した。このような被告の意向を受け,原告は,被告に対し,被告の夢がかなうまで自分が1人で子どもを産んで育てて待っているから,夢がかなったら家族3人で暮らしたい旨述べたが,被告はこれを拒んだ。また,被告は,原告一人のことでもラインが届くたびに気になってしょうがないのに,気になる対象が二人になったら到底仕事が手につかなくなってしまう,現在そのような状況になるのは難しい旨述べ,原告に理解を求めた。被告は,何度も,自分は今までこんなに誰かのことで迷うことはなかった旨も述べた。

 原告は,これまで話合いにおいて被告が原告のことを思いやる気持ちを全く持っていないと感じていたが,三度目の話合いでのこのような被告の発言を受け,被告が原告に中絶してほしいとの意向は,原告と生活する将来についても前向きに検討した上でのことと感じた。そして,原告は,それまで被告との関係が継続できなくなっても子どもを産み育てるか,今は子どもを持つことは我慢し,被告の伴侶としてともに過ごし,いずれは子どもを産み育てる,という選択肢の間で揺れ動いていたが,具体的な生活の見通しすらない前者より,目先の安寧が得られる後者に気持ちは傾いた。

エ 四度目の話合いにおいて,原告は被告に中絶するという大きな負担を負うことについてどのように責任を取るつもりか尋ねたところ,被告は,「ずっとそばで支えていくことが俺の責任だ。」と述べた。被告からどうして欲しいのか尋ねられたため,原告は「夜はできる限り一緒にいて欲しい。」と頼むと,被告は了解した上,二人で一緒に過ごせる努力をすると約束した。

さらに,このとき,原告は,婚姻届を提出することも提案したが,被告は「紙切れ一枚の関係よりも,ずっと二人で生きていることの方が大事だ。」と述べてこれを拒んだ。原告は,なおも「中絶した後に,私を捨てない保証はない。」と被告の気持ちを確認したところ,被告は「努力するから信じてほしい。今は信じてほしいとしか言えない。」と回答した。原告は,被告のこのような言葉を受け,これを信頼し,子は妊娠中絶するが被告との交際は続けるという選択をし,中絶を決意した。

オ 本件中絶後,原告と被告との間で,12月頃まではラインでのメッセージのやり取りや通話はあった。
 他方,本件中絶後に原告と被告とが直接会ったのは,8月末に一度会った後,9月24日に水子供養に一緒に出向いたのが最後であった。

カ なお,被告は,上記ウ及びエで認定した被告の発言を否認するものの,この点に関する被告本人の供述は全体的にあいまいであり,証拠(甲5)及び原告本人の供述に基づき上記発言は認められる。

(2)以上のとおり,被告は,本件妊娠発覚後の原告との話合いにおいて,子を産むことに難色を示し続け,他方,原告との関係を将来に渡り継続する旨述べたものの,本件中絶後は,その月及び翌月に会った以降は,原告と会おうとしていない。

以上の事実からすれば,本件妊娠後の話合いにおいて原告に示した,原告との関係を将来に渡り継続するとの意向は,その当時としても被告の真意とは異なったものと推認される。そして,原告は,このような被告の言説を信用し,中絶を決意したのであるから,被告のこのような言説は,原告の妊娠した子を出産するか否かの自己決定権を侵害するものであり,不法行為を構成する(以下「本件不法行為」という。)。

(3)この点につき,被告は,原告と被告とは恋愛関係に発展したことはなく,原告と男女関係となった後も原告とは交際しておらず,原告について性的な関係がある友人という認識であったということ(被告本人もこれに沿う供述をする。)を前提に,原告と被告とは出会ってから短期間で妊娠を経験し,また,当時あまり会うこともできなくなっていたから,互いの信頼関係も構築できていなかったため,原告も子を産むことに積極的ではなかった旨主張する。

しかし,原告と被告とは交際しておらず,被告は原告とは男女関係がある友人関係という認識だったという点は,その主張及び被告本人の供述の内容自体が不自然であることに加え,原告と被告とは3月からお互いに好意を伝えあい,被告も10月24日に原告へ「好きですよー」とのメッセージを送るなどしており(乙16,原告本人),これらに反する同主張及び同供述は採用できない(同メッセージは原告のことを人として好きであるという意味であるとの被告の主張は採用の限りではない。)。それゆえ,この点についての被告の主張は前提を欠き,採用できない。

 また,被告は,被告が多忙であるにもかかわらず、原告の検診や中絶手術に同行し,その費用も半額負担していること,原告と一緒に水子供養に赴いていること等を指摘し,純粋に私利私欲のために中絶をさせるのであればこのようなことはしないなどと主張する。

しかし,被告指摘の各事実は,いずれも原告に中絶を求めていた被告の目的に沿うものであるから,被告が虚偽の事実を申し向けたという被告の本件不法行為と矛盾するものではない。さらに,被告は,本件中絶後も被告は原告に連絡をとり,原告の体調を気遣っていたなどとも指摘する。

確かに,原告と被告とは,本件中絶以降もラインでのやり取りや電話での会話はあり,その中には原告の体調を気遣ったものも認められるものの,少なくともラインのやり取りのうち,被告からのものはごく短いメッセージやスタンプのみにとどまるものが多い(乙5ないし42)。これに加え,原告の体調を気遣うことが本件不法行為と必ずしも矛盾するものではないのは上記と同様である。

 以上のとおり,本件不法行為の成否についての被告の主張はいずれも採用できない。 

2 第2の争点(被告の賠償すべき損害額)について
 証拠(甲5,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,本件不法行為により,原告に精神的苦痛が生じたことが認められる。そして,本件不法行為の内容に加え,原告が広汎性発達障害,アスペルガー症候群により本件中絶や本件不法行為が想起されやすいこと(甲1,2)等,本件で認められる一切の事情を考慮すると,被告の不法行為と相当因果関係にある損害は慰謝料として100万円を相当と認める。

また,本件訴訟の難易度,審理の経過及び上記認容額等を考慮すると,被告の不法行為と相当因果関係がある損害として賠償を求め得る弁護士費用は10万円が相当である。

 以上のとおり,本件において,被告が原告に対して賠償すべき金額は合計110万円となり,本件請求は,同額及びこれに対する本件不法行為の後である令和2年2月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

3 よって,本件請求は以上の限度で認容し,その余を棄却することとし,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第16部 裁判官 五十嵐浩介