小松法律事務所

離婚判決確定を条件として使用貸借解除明渡を認めた簡裁判決紹介


○離婚訴訟係属中の夫の叔母から、妻に対する使用貸借解除による家屋明渡請求が、離婚判決確定を条件として認容された昭和46年7月3日京都簡易裁判所( 判時649号76頁、判タ270号317頁)を紹介します。

○事案は次の通りです。
・昭和31年11月、被告はAと婚姻し、A実父方離れに居住
・昭和32年10月、被告は長男を出産し、被告実父方に里帰り居住、Aとは別居状態
・昭和38年2月、原告が、甥のA一家のために本件建物無償提供し、被告はA・長男と本件建物に同居
・昭和38年11月、Aは実父方に立ち戻り、昭和39年1月、名古屋に勤務先を見つけて単身名古屋に居住
・昭和44年4月、Aは、名古屋地裁一宮支部で被告との離婚判決を受け、被告が控訴し現在名古屋高裁に係属中
・昭和44年8月、原告は、被告との本件建物使用貸借契約解除主張準備書面提出、被告は権利乱用・信義則違反抗弁


○判決は、原告の使用貸借解除の意思表示は被告ら夫婦関係の解消によって確定的にその効力を生ずるとして、無条件に本件建物の即時明渡を求めることは、現時点では、権利濫用の意味で時期尚早であり、現在、名古屋高等裁判所において被告ら夫婦の間で係争中の離婚事件の判決が確定し、被告ら夫婦の夫婦関係が解消するときに、本件建物の返還請求を求めるのが相当としました。

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主    文
被告は、原告に対し、被告を控訴人とし訴外Aを被控訴人として名古屋高等裁判所に係属中の離婚事件(同裁判所昭和44年(ネ)第357号)につき離婚の判決が確定するときは、別紙目録記載の建物の明渡をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを等分し、それぞれ原告および被告の負担とする。

理    由
一、請求の趣旨

 被告は原告に対し別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を明け渡し、かつ、昭和44年5月9日(訴状送達の翌日)より明渡済にいたるまで一ケ月金6500円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決および仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因
イ 本件建物は、原告の所有物件であるが、被告は、昭和38年2月頃より本件建物に居住し、不法にこれを占有している。
ロ 仮に原被両者間に本件建物につき使用貸借関係があったとしても、昭和44年8月2日付の原告準備書面で、同契約を解除する。
 よって、原告は、所有権に基づいて、本件建物の明渡および賃料相当の損害金の支払を求める。

三、認定した事実
イ 本件建物が原告の所有物件であり、被告が昭和38年2月頃より本件建物に居住しこれを占有している事実は,当事者間に争いがない。

ロ 被告は、本件建物の使用関係が使用貸借に基く旨を主張する。
 《証拠略》によれば、Aと被告は、昭和31年11月6日に事実上の婚姻をなし(その後、結婚届を済ませる。)、夫の父甲野太郎方の離れ6帖で同棲していたが、被告は、昭和32年10月28日に長男が出生した前後、その出産養生のために、実家の父乙原崎一治郎方に里帰りをし、同年12月頃には一旦夫の許に帰ろうとしたものの、そのまま、父の実家に止まり、それ以来、昭和38年2月頃、被告ら夫婦が本件建物に入居するまで、被告ら夫婦は、長らく別居の状態であったところ、仲に立つ人があり、被告の夫の父甲野太郎の亡妻の妹である原告が、被告ら夫婦親子3人水入らずの生活のために、本件建物を無償で提供した事実を認めることができる。

《証拠略》によれば、本件建物は、原告の夫の弟甲野次郎が結婚した際、入居する予定であった事実を認めることができるが、《証拠略》によれば、この事実は、当時、被告の知らないことであり、甲野次郎が結婚したときは、被告ら夫婦が本件建物から退去するという約束もなかった事実を認めることができる。これらの認定事実からいって、本件建物の使用関係は、期限の定のない使用貸借によるものと認める。

ハ 原告は、本件建物の使用関係が使用貸借とすれば、昭和44年8月2日付の原告準備書面で、同契約を解除する旨を主張し、被告は、この解除をもって、権利の濫用であり信義則に反する旨を主張する。

1 原告のこの準備書面は、昭和46年6月19日の第18回口頭弁論(本判決に接着する口頭弁論)でその陳述があったが、記録編綴の同準備書面には、当時の被告訴訟代理人弁護士A(同弁護士は昭和46年2月5日に被告訴訟代理人を辞任した。)の副本領収の旨の押印があるから、同訴訟代理人において、使用貸借解除の意思表示を受領する権限を有していたかいなかは、同弁護士に対する被告の委任状の記載のみでは、判然としないものの、その後の弁論の経過より見て、被告においてその受領を追認したものと認められる。

2 ところで、《証拠略》によれば、被告の夫Aは、被告と本件建物で同居後、暫くして、昭和38年11月頃、単独で、その父甲野太郎方に立ち戻り、さらに、その翌昭和39年1月下旬には、名古屋に勤務先を見付け、単身同地方に居住し、被告方に帰らない事実および被告ら夫婦は、性格の相違を理由に、昭和44年4月9日、名古屋地方裁判所一宮支部で、Aを原告、被告を被告とする離婚請求事件につき離婚の判決の言渡を受け、被告の控訴により、現在名古屋高等裁判所において係争中である事実(この控訴事件が昭和44年(ネ)第357号離婚事件として名古屋高等裁判所に係属中であることは、被告のその旨の主張に対し、原告の明らかに争わないところである。)を認めることができる。

《証拠略》によれば、昭和32年12月頃、被告が実家における出産養生を終えて新生児を伴い夫の許に帰ろうとした際、母屋に同居中の夫Aの妹甲野雪子より罵倒せられたために、そのまま実家の父の許に引き返えした事実を認めることができる。《証拠略》によれば、原告は、被告の夫の弟に当る甲野次郎が結婚する場合のために、本件建物を予定していたが、被告ら夫婦の希望もあり、転任間近かの第三者が入居中であった本件建物の明渡を求めて被告ら夫婦をこれに入居させたところ、甲野次郎が結婚しても、被告が本件建物から退去しないので、原告居住の家屋を新婚の甲野次郎夫婦に提供し、原告自身は、その亡姉の夫であり被告の夫の父である甲野太郎方の二階の一室に同居している事実を認めることができる。

さらに、被告がその夫Aとの間で、離婚事件につき現在訴訟中であり、その夫から、その生活費および夫婦間の長男の養育費の仕送りが途だえがちであるために、夜おそくまで実家の家業を手伝い、長男を実家に預けながら、その生計を維持している事実は、《証拠略》によってこれを認めることができる。

四、請求の当否
 これらの認定事実を総合して判断すれば、本件建物の使用貸借契約の背景から見て、被告ら夫婦の離婚訴訟の係属中に近親者の間柄でありながら、夫の叔母に当る原告が、係争中の妻である被告に対し、その居住する本件建物の明渡を求めることは、使用貸借の貸主は、何時でも、その目的物の返還を求めることができるとはいえ、些か酷に失するものと認めざるを得ない。

 換言すれば、原告が被告に対し現在無条件に本件建物の即時明渡を求めることは、現時点では、権利濫用の意味で時期尚早というべく、現在、名古屋高等裁判所において被告ら夫婦の間で係争中の離婚事件(同裁判所昭和44年(ネ)第357号)につき離婚の判決が確定し、被告ら夫婦の夫婦関係が解消するときに、本件建物の返還請求を求めるのが相当である

 この意味で、原告のいわゆる解除の意思表示は、被告ら夫婦関係の解消によって確定的にその効力を生ずるものと解し、原告の本訴請求は、その範囲において、一部その理由があるものと認める。なお、原告は、賃料相当の損害金の支払をも訴求するのであるが、その主張する賃料相当額が一ケ月金6500円である点については、立証がないのみならず、右の判断の意味で、本訴請求の一部を認容する以上、損害金の支払の請求を認める余地なく、さらに、原告の仮執行の申立を認容する必要は、全く存在しない。(裁判官 小野木常)

別紙物件目録《略》