小松法律事務所

不貞行為判明3年以上経過後離婚慰謝料請求を認めた高裁判決紹介


○「不貞行為判明3年以上経過後離婚慰謝料請求を認めた地裁判決紹介」の続きでその控訴審判決平成29年4月27日東京高裁判決(LEX/DB)を紹介します。

○被控訴人Xが、控訴人Yが被控訴人の妻Cとの不貞行為に及んだことにより、被控訴人の婚姻関係が破綻して離婚に至ったと主張して、控訴人に対し、不法行為に基づき、慰謝料、調査費用の一部及び弁護士費用並びにこれに対する遅延損害金の支払を求めたところ、原審が被控訴人Xの請求を198万円認めていました。

○そこで控訴人Yが控訴しましたが、控訴審判決も、本件不貞行為が発覚した平成22年5月頃の時点でも,被控訴人XとCの婚姻関係が破綻しておらず,本件離婚は本件不貞行為と因果関係があり、且つ、被控訴人Xの慰謝料請求は,本件不貞行為が原因で被控訴人XとCの婚姻関係が破壊され,離婚するに至ったことの精神的苦痛についての慰謝料の支払を求めるものであり、これは離婚が成立して初めて評価されるものであるから,本件慰謝料請求権の消滅時効は,離婚調停が成立した平成27年2月25日から進行するとして、控訴人Yの主張は認められませんでした。

○この論理では、20年前に終了し、10年前に判明した不貞行為でも、その不貞行為が原因で離婚に至ったと主張すれば、理屈上は、離婚後3年間経過するまでに20年前に終了した不貞行為の相手方に慰謝料請求ができるとの明らかに不合理な結論となります。控訴人Yは、当然不服として上告しました。

○上告審平成31年2月19日最高裁判決(裁判所ウエブサイト裁判例情報)は、「夫婦の一方は,他方と不貞行為に及んだ第三者に対して,特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を請求することはできない」と正当な判断をし、Yに対し198万円の支払を認めた第一審判決を取り消し、被上告人(被控訴人)Xの請求を棄却しました。

○最高裁判決が請求できないとしたのは、あくまで「離婚に伴う慰謝料」であり、「不貞行為についての慰謝料」請求は、従前通り可能です。本件では、「不貞行為についての慰謝料」請求権は、消滅時効が完成し、請求できない事案でした。

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主   文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消しに係る被控訴人の請求を棄却する。

第2 事案の概要等
1 本件は,被控訴人が,控訴人が被控訴人の妻との不貞行為に及んだことにより,被控訴人の婚姻関係が破綻して離婚に至ったと主張して,控訴人に対し,不法行為に基づき,〔1〕慰謝料300万円,〔2〕調査費用の一部である150万円及び〔3〕弁護士費用45万円の合計495万円並びにこれに対する離婚の日である平成27年2月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

 原審は,被控訴人の請求を,198万円及びこれに対する平成27年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容し,その余を棄却し,控訴人が控訴した。

2 争いのない事実等,争点及び争点に対する当事者の主張は,次のとおり補正し,次項に当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」第2の1ないし3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)原判決4頁21行目の「調停」の次に「の申立て」を加える。
(2)同5頁22行目の「不貞関係にあったとき,」を「不貞関係にあったとしても,両者が不貞関係にあったことは」と改める。

3 当審における当事者の主張
(控訴人の主張)
(1)控訴人の行為と婚姻関係の悪化及び離婚との関係について
 平成21年頃,被控訴人が外泊したCを問い詰めようとした際,Cは,嫌悪感を露骨にして「ほっといてくれ」と言い,被控訴人もそれ以上話をしようとしなかったというのであるから,その時点において,被控訴人とCの婚姻関係は相当に悪化していたことは明らかである。したがって,被控訴人とCの婚姻関係の悪化と離婚については,その原因の全てを控訴人の行為に求めることはできない。

(2)消滅時効の起算点について
 本件慰謝料請求は,控訴人とCとの不貞行為による慰謝料の請求であり,離婚慰謝料の請求ではない。仮に前記不貞行為が控訴人とCとの離婚(以下「本件離婚」という。)の原因の一つとなったとしても,前記(1)のとおり,その原因の全てを控訴人の行為に求めることはできない。更に,不貞をされたことによる精神的苦痛と離婚したことによる精神的苦痛とは,別個のものである。

 したがって,本件慰謝料請求権については,被控訴人が前記不貞行為の事実を知った平成22年5月から消滅時効が進行すると考えるべきである(最高裁平成3年(オ)第403号同6年1月20日第一小法廷判決・裁判集民事171号1頁)。

(3)Cに対し慰謝料請求権を行使していないことについて
 被控訴人は,探偵社を使ってまでCの調査をしたにもかかわらず,同人に対して慰謝料の請求をしていない。また,C作成の陳述書(乙3)には「慰謝料の話は,お互い様として,話題には上りませんでした。また,不倫問題が話題になることもありましたが,そのことは問わないということになりました。」との記載もある。以上からすると,被控訴人も,自らの行為や態度も離婚の大きな理由であると自覚していたからこそ,Cに対し慰謝料の請求ができなかったと考えられるのであり,被控訴人には本件離婚に伴う慰謝料請求権は発生しなかったものである。

(被控訴人の主張)
(1)控訴人の行為と婚姻関係の悪化及び離婚との関係について
 Cは,控訴人との不貞関係により,少なくとも平成21年6月から平成22年4月まで1年間の長期間にわたり,毎日のように深夜の帰宅及び外泊を繰り返していたのであるから,これが夫婦関係悪化及び本件離婚の原因となったことは明らかである。

(2)消滅時効の起算点について
 本件慰謝料請求は,被控訴人が,控訴人とCとの不貞行為によって単に精神的苦痛を受けたことだけではなく,最終的に本件離婚を余儀なくされたことによる精神的苦痛をもその対象とするものであるから,その消滅時効の起算点は,本件離婚が成立した平成27年2月25日である。

(3)Cに対し慰謝料請求権を行使していないことについて
 慰謝料請求権は,一身専属権であり,発生した権利を行使するか否かについては権利者の意思により決せられるのであるから,被控訴人がCとの離婚調停手続において慰謝料の請求をしなかったからといって,当該請求権が発生しなかったものと推認することはできない。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,被控訴人の本件請求は,198万円及びこれに対する平成27年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があると判断する。その理由は,次のとおり補正し,次項に当審における当事者の主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」第3の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決7頁20行目の「被告」から同8頁2行目末尾までを次のとおり改める。
「控訴人及びC各作成の陳述書(乙2,3)にはこれに沿う内容の記載があり,被控訴人本人尋問の結果によれば,平成21年ころ,被控訴人は,Cの帰宅が遅く,外泊することもあったことについて問い質したところ,Cが「私のことはほっといてくれ」と言い,話がそれで終わったという出来事があったことが認められる。

 しかし,証拠(甲3,乙3,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,Cは,平成13年ころまでは,被控訴人に離婚を申し出ることもあったが,その後は,被控訴人及びCの双方とも離婚を申し出るようなことはなかったこと,Cは,平成15年4月,東京農業大学に入学し,平成19年3月に卒業したが,この間の学費,アパート代等の費用はすべて被控訴人が負担したこと,Cは平成20年12月に本件会社に入社したが,本件不貞行為が発覚した平成22年5月頃の時点でも,家族全員で同居していたこと,控訴人は,競輪選手ということもあり,家を空けることも多かったが,家にいるときは炊事,洗濯などの家事をしており,年に1回,海外旅行にも行っていたこと,生活費は被控訴人が負担しており,Cが本件会社で働くようになってからは,財布は別々になったが,被控訴人が食費として月15万円を負担するほか,その他の生活費,学費,税金等は被控訴人の口座から支払われていたこと,Cが本件会社に入社した以降は,被控訴人とCとの性交渉はなくなっていたこと,本件不貞行為の発覚後も,被控訴人とCは同居し,被控訴人は子らのためにも控訴人との婚姻関係を維持していくよう努力したが,平成26年4月,長女が大学進学のため神奈川県川崎市に居住することとなったのを機に,Cは同市において長女と同居する形で被控訴人と別居することとなり,Cは,その後半年間,一度も被控訴人のもとに帰らず,連絡もしなかったため,被控訴人も離婚を決意し,同年11月に本件離婚調停の申立てをしたこと,以上の事実が認められる。

 以上の事実に照らせば,本件不貞行為が発覚した平成22年5月頃の時点でも,被控訴人とCは,子らとともに同居し,夫婦共同生活を送っていたのであって,その婚姻関係が破綻していたとも破綻に瀕していたとも認められないというべきである。Cが本件会社に入社した以降は,被控訴人とCとの性交渉はなくなっており,また,被控訴人とCとの間で,平成21年頃,Cの帰宅が遅いことや外泊について,Cが「私のことはほっといてくれ」と言い,話がそれで終わったという出来事があったとしても,これらの事実をもって,婚姻関係が破綻していたものと認めることはできず,前記判断を左右するものではない。

 そして,前記事実に照らせば,本件不貞行為が発覚した時点で直ちに被控訴人とCの婚姻関係が破綻したのではないものの,本件不貞行為により夫婦間の信頼関係が失われ,そのことは,被控訴人がCとの離婚を決意するに至ったことの原因をなすものと認められるから,本件離婚は本件不貞行為と因果関係があるものと認められる。本件離婚調停において,被控訴人がCに対して離婚慰謝料の支払を求めなかったとの事実(乙3)も,前記認定判断を左右するものではない。他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。」

(2)同8頁10行目の「単に」から同頁12行目の「主張する」までを「本件不貞行為が原因で被控訴人とCの婚姻関係が破壊され,離婚するに至ったことにより,被控訴人が被った精神的苦痛についての慰謝料の支払を求める」と改める。

(3)同8頁21行目の「初めて」を削る。

(4)同9頁5行目の「不貞関係にあったとき,」を「不貞関係にあったことは」と改める。

(5)同9頁15行目の「などとはいえないことは明らかである」を「事実は認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない」と改める。

2 当審における当事者の主張について判断する。
(1)控訴人の行為と婚姻関係の悪化及び離婚の関係について
 控訴人は,平成21年頃,被控訴人が外泊したCを問い詰めようとした際,Cは,嫌悪感を露骨にして「ほっといてくれ」と言い,被控訴人もそれ以上話をしようとしなかったのであるから,その時点において,被控訴人とCの婚姻関係は相当に悪化していたのであり,被控訴人とCの婚姻関係の悪化と本件離婚について,その原因の全てを控訴人の行為に求めることはできないと主張する。

 しかし,本件不貞行為が発覚した平成22年5月頃の時点でも,被控訴人とCの婚姻関係が破綻していたとも破綻に瀕していたとも認められず,本件離婚は本件不貞行為と因果関係があるものと認められることは,前記1において認定説示したとおりである。控訴人の主張は採用することができない。

(2)消滅時効の起算点
 控訴人は,本件慰謝料請求は,本件不貞行為による慰謝料の請求であり,離婚慰謝料の請求ではないところ,不貞をされたことによる精神的苦痛と離婚したことによる精神的苦痛とは別個のものであるから,本件においては,被控訴人が不貞の事実を知った平成22年5月から消滅時効が進行すると考えるべきであると主張する。

 しかしながら、被控訴人の本件慰謝料請求は,本件不貞行為が原因で被控訴人とCの婚姻関係が破壊され,離婚するに至ったことにより,被控訴人が被った精神的苦痛についての慰謝料の支払を求めるものであって,この場合には,上記損害は離婚が成立して初めて評価されるものであるから,本件慰謝料請求権の消滅時効は,本件離婚調停が成立した平成27年2月25日から進行するものというべきであることは,前記1説示のとおりである。控訴人の主張は採用することができない。 

(3)Cに対し慰謝料請求権を行使していないことについて
 控訴人は,被控訴人は,探偵社を使ってまでCの調査をしたにもかかわらず,同人に対して慰謝料の請求をしていないことなどからすれば,自らの行為や態度も離婚の大きな理由であると自覚していたものであり,だからこそ,Cに対し慰謝料の請求ができなかったのであって,被控訴人には離婚に伴う慰謝料請求権は発生しなかったと主張する。

 しかし,被控訴人が,Cに対し離婚に伴う慰謝料請求権を行使するかどうかは,被控訴人の自由な選択に委ねられるものであって,被控訴人がCに対し慰謝料請求をしていない事実をもって,被控訴人に離婚に伴う慰謝料請求権が発生していないものとみることはできない。そして,本件離婚は本件不貞行為と因果関係があるものと認められることは,前記1において認定説示したとおりである。控訴人の主張は採用の限りではない。

3 よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第14民事部 裁判長裁判官 後藤博 裁判官 武田美和子 裁判官 南部潤一郎