小松法律事務所

不貞行為判明3年以上経過後離婚慰謝料請求を認めた地裁判決紹介


○「不倫相手に離婚慰謝料請求はできないとした最高裁判例紹介」に「Xがどのような論理構成でYに対し慰謝料請求をして、裁判所もどのような理由づけで損害賠償請求を一部認めたかについて知りたく、この事案の一・二審の判決内容を確認したい」と記載しておりました。

○この一審判決は、平成28年11月21日水戸地裁龍ケ崎支部判決(LEX/DB)で、原告Xが、被告Yに対し、YがXの妻と平成21年6月から平成22年4月までに不貞行為を行い、同年5月に不貞行為が判明し、平成27年2月、婚姻関係が破綻して離婚するに至り、精神的苦痛を受けるなどしたとして、同年11月に被告に対し、不法行為に基づき、慰謝料、調査費用、弁護士費用及び遅延損害金の支払を求めたものでした。

○一審水戸地裁龍ケ崎支部判決は、XはYの妻Cとの不貞行為により離婚するに至り、精神的苦痛を受けたと認められ、本件不貞行為は、多い月で月に10回以上も肉体関係を持つものであり、これによりXと妻Cとの20年以上にわたる婚姻関係が破綻に至ったとして、Yに対し、198万円もの慰謝料支払を命じていました。

○不貞行為は平成22年4月に終了し、同年5月に判明したので、平成25年5月には消滅時効が完成しているはずですが、Xは、消滅時効起算点は離婚した平成27年2月だと主張しました。これに対し水戸地裁判決は、「第三者の不法行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由として損害の賠償を求める場合,上記損害は離婚が成立して初めて評価されるものであるから,離婚が成立したときに初めて,離婚に至らせた第三者の行為が不法行為であることを知り,かつ,損害の発生を確実に知ったこととなるものと解するのが相当」としてXの主張を認めました。

○この論理では、20年前に終了し、10年前に判明した不貞行為でも、それが理由で離婚に至ったとすれば、離婚後3年間は、20年前に終了した不貞行為の相手方に慰謝料請求ができることになります。そんなバカな!と言うのが私の感覚です。

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主   文
1 被告は,原告に対し,198万円及びこれに対する平成27年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その2を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。
4 この判決は,原告勝訴の部分に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,495万円及びこれに対する平成27年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,被告が原告の妻と不貞行為を行ったことにより,婚姻関係が破綻して離婚するに至り,精神的苦痛を受けるなどしたとして,被告に対し,不法行為に基づき,〔1〕慰謝料300万円,〔2〕調査費用の一部である150万円,〔3〕弁護士費用45万円の合計495万円及びこれに対する離婚成立日である平成27年2月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1 争いのない事実等(証拠の摘示のない事実は,争いのない事実又は弁論の全趣旨により認められる事実である。)
(1)
ア 原告は,競輪選手を職業とする男性である。
イ 被告は,平成20年頃より前から,東京都内所在のマルマン株式会社(以下「本件会社」という。)に勤務していた男性である。

(2)原告とC(旧姓はd。以下「C」という。)は,平成6年3月31日,婚姻した。(甲3)
 原告とCは,平成6年○月○○日に長男eを,平成7年○○月○○日に長女fをそれぞれもうけた。(甲3)

(3)Cは,平成20年12月頃,本件会社に入社し,被告と知り合った。その際,被告は,Cが既婚者であることを知った。

(4)原告は,平成26年,横浜家庭裁判所川崎支部に対し,Cを相手方として,夫婦関係調整調停を申し立て,平成27年2月25日,以下の条項で調停が成立した(以下「本件離婚調停」という。)。(甲3,乙1)
ア 原告とCは,Cの申出により,本日,調停離婚する。

イ 当事者間の長女f(平成7年○○月○○日生)の親権者を父である原告と定め,同人において監護養育する。

ウ 原告は,Cに対し,本件離婚に伴う財産分与として,1000万円の支払義務があることを認め,これを,次のとおり分割して,三菱東京UFJ銀行新宿中央支店のC名義の普通預金口座(口座番号○○○○○○○)に振り込む方法により支払う。
(ア)平成27年3月末日限り,300万円
(イ)平成28年から平成34年まで,毎年3月末日限り,100万円ずつ

エ 当事者双方は,以上をもって,本件離婚に関する一切を解決したものとし,本調停条項に定めるほか,名目の如何を問わず,金銭その他の請求をしない。

(5)原告は,平成27年5月,東京簡易裁判所に対し,被告を相手方として,慰謝料請求の調停を申し立てたが(以下「本件調停」という。),合意に至ることなく終了した。
 原告は,同年11月9日,本件訴訟を提起した。

(6)被告は,原告に対し,同年12月14日の本件第1回口頭弁論期日において,原告の本件損害賠償請求権について,下記3(2)【被告の主張】アの消滅時効を援用する旨の意思表示をした(以下「本件消滅時効〔1〕」という。)。

(7)被告は,原告に対し,平成28年8月29日の本件第7回弁論準備手続期日において,原告の本件損害賠償請求権について,下記3(2)【被告の主張】イの消滅時効を援用する旨の意思表示をした(以下,「本件消滅時効〔2〕」といい,本件消滅時効〔1〕と併せて「本件各消滅時効」という。)。

2 争点
(1)不法行為の成否
(2)本件各消滅時効の成否
(3)Cの原告に対する財産分与請求権との相殺の有無
(4)損害額

3 争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)について

【原告の主張】
ア 被告は,Cが既婚者であることを知りながら,仕事を通じて関係を深め,遅くとも平成21年5月23日までにCと不倫関係となり,被告が本件会社を退社した平成23年頃まで,Cとの間で不貞行為を行った。例えば,平成21年5月から平成22年4月までの間には,多い月で20回近くにわたり,不貞行為を重ねている。
 原告は,被告の上記不貞行為が原因で,平成27年2月25日にCと調停離婚した。

イ 被告は,原告とCとの婚姻関係が破綻していた旨主張するが,上記不貞行為が行われた時点においても,原告とCとは,〔1〕茨城県守谷市内で子供二人を含めた家族4人で同居していたこと,〔2〕離婚調停等はしていなかったこと,〔3〕原告がCに対して食費等として毎月約15万円を渡すなど,家計を共にしていたこと,〔4〕原告がCが通う大学の学費を負担し,幼い二人の子供の育児にも協力していたことからすると,婚姻関係破綻の事実などない。

【被告の主張】
ア 被告とCが不貞行為を行っていた事実はない。

イ 仮に,被告とCが不貞行為を行っていたとしても,原告とCの夫婦関係は,原告がCのメモや携帯メールをチェックし,興信所に調査を依頼するなど,異常な状態であったことになり,Cが本件会社に入社する前から破綻し,若しくは破綻に瀕していたといえるから,原告とCとの離婚原因は,上記不貞行為ではない。

(2)争点(2)について
【被告の主張】
ア 原告の主張によれば,原告は遅くとも平成22年5月までにCの不倫を知ったのであり,原告の被告に対する損害賠償請求権については,本件調停までに時効期間の3年が経過している。
 したがって,被告は上記消滅時効を援用する。

イ 原告とCとの夫婦関係は,遅くとも平成24年1月には破綻していたのであり,少なくとも被告に対する関係では,上記時点が原告が被告とCの不貞行為による「損害を知ったとき」となると考えられるから,原告の被告に対する損害賠償請求権については,平成27年1月には時効期間の3年が経過している。
 したがって,被告は,予備的に上記消滅時効を援用する。

【原告の主張】
 不貞行為が原因で離婚に至った場合には,不貞行為自体による精神的苦痛が,離婚による精神的苦痛に置き換わったり吸収されたりして消滅するわけではなく,前者の苦痛はそのままに後者の苦痛が加わるものである。したがって,不貞行為が原因で離婚に至った場合,不貞相手に対する慰謝料請求権の消滅時効の起算点は,離婚が成立したときに求められる(最高裁昭和46年7月23日第二小法廷判決)。

 本件は,不貞行為が原因で離婚に至った事案であり,慰謝料請求権の消滅時効の起算点は,離婚が成立したときに求められるところ,原告は,Cとの離婚が成立した平成27年2月25日以後,3年の時効期間が経過する前に本件訴訟を提起している。
 したがって,被告の消滅時効の主張は明らかに失当である。

(3)争点(3)について
【被告の主張】
 原告は,本件離婚調停において,Cからは慰謝料として何らの給付を受けず,逆に,財産分与として1000万円の支払を約束をしているところ,慰謝料請求をしないで,財産分与にのみ応じるというのは不自然であるから,原告のCに対する離婚慰謝料請求権は,Cの原告に対する財産分与請求と相殺処理され,財産分与請求が残ったと判断することとなる。
 そして,仮に被告とCが不貞関係にあったとき,原告に対する共同不法行為と観念できるから,原告のCに対する離婚慰謝料請求権がCの原告に対する財産分与請求権と相殺処理されたとすると,原告の被告に対する損害賠償請求権も弁済を得たこととなる。

【原告の主張】
 原告は,Cから慰謝料を受領しておらず,また,本件離婚調停において,原告のCに対する慰謝料請求権とCの原告に対する財産分与請求とを相殺する旨の条項はない。
 したがって,原告の被告に対する慰謝料請求権が減縮することはあり得ない。

(4)争点(4)について
【原告の主張】
ア 慰謝料 300万円
 原告は,被告の不貞行為が原因で,約21年間にわたるCとの婚姻関係を破壊され,離婚するに至った。
 被告の不貞行為は,多い月で月約20回に及ぶことがあり,極めて悪質なものであって,長年連れ添った愛情の対象を失うことになった原告の精神的苦痛は計り知れないものがある。
 また,原告は,Cの意思を尊重し,幼い子供二人がいるなかで,多額の学費を費やして大学進学まで支援したにもかかわらず,被告は,Cが大学卒業後に就職した本件会社においてCと知合い,不倫関係となり,婚姻関係を破壊して原告の善意を打ち砕いたのであり,これにより原告が受けた絶望感は計り知れない。
 以上からすれば,原告の精神的苦痛に対する慰謝料相当額は300万円を下ることはない。

イ 調査費用 150万円
 原告は,株式会社オフィスエル(以下「本件調査会社」という。)に対し,Cの浮気調査を依頼し,下記のとおり,合計151万5000円を支払ったので,その一部である150万円を請求する。
(ア)平成22年1月8日  50万円
(イ)平成22年3月27日 70万円
(ウ)平成22年4月19日 31万5000円

ウ 弁護士費用 45万円
 原告は,本件訴訟提起にあたり,原告代理人弁護士に委任しており,相当因果関係にある損害として45万円の損害がある。
【被告の主張】
 否認ないし争う。

第3 争点に対する判断
1 争点(1)について

(1)前記第2,1の「争いのない事実等」,証拠(甲1の1,1の2,2,7,13,原告の供述)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,少なくとも平成21年6月1日から平成22年4月28日までの間、Cが既婚者であることを知りながら,Cと多数回にわたり肉体関係を持つことにより不貞行為を行ったこと(以下「本件不貞行為」という。),平成22年5月頃に本件不貞行為の事実が原告に発覚したことを契機に原告とCの婚姻関係は悪化し,離婚に至ったことが認められる。
 上記の被告の行為は,原告の夫としての権利を侵害する違法なものであり,原告に対する不法行為を構成するというべきである。 

(2)被告は,原告とCとの夫婦関係は,Cが本件会社に入社する前から破綻し,若しくは破綻に瀕していたといえるから,原告とCとの離婚原因は,本件不貞行為ではない旨主張し,被告及びCはこれに沿う陳述(乙2,3)をする。
 しかしながら,原告とCは,本件不貞行為が原告に発覚した平成22年5月頃の時点でも,同居生活を送り,家計を同一にしていたこと(甲13,原告3,4頁),平成13年頃までは,Cが原告に離婚を申し出ることもあったが,その後は,原告及びC双方とも,離婚を申し出るようなことはなかったこと(乙3,原告9,10頁)からすれば,原告とCとの夫婦関係が,Cが本件会社に入社した平成20年12月頃より前から破綻し,若しくは破綻に瀕していたなどといえない。
 したがって,被告の上記主張は採用できない。

2 争点(2)について
 被告は,原告は遅くとも平成22年5月までにCの不倫を知ったのであり,また,原告とCの夫婦関係は遅くとも平成24年1月には破綻していたのであるから,原告の被告に対する損害賠償請求権は,消滅時効の完成によって消滅した旨主張する。

(1)しかしながら,前記第2,3(1)及び(4)の各【原告の主張】のとおり,原告の本件慰謝料請求は,単に被告とCとの不貞行為によって精神的苦痛を被ったことを理由とするだけでなく,上記不貞行為により最終的にCとの離婚を余儀なくされるに至ったことをも被告の不法行為として主張するものであるところ,このように第三者の不法行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由として損害の賠償を求める場合,上記損害は離婚が成立して初めて評価されるものであるから,離婚が成立したときに初めて,離婚に至らせた第三者の行為が不法行為であることを知り,かつ,損害の発生を確実に知ったこととなるものと解するのが相当である(最高裁昭和46年7月23日第二小法廷判決・民集25巻5号805頁,東京高等裁判所平成10年12月21日判決・判例タイムズ1023号242頁参照)。

 そうすると,原告の本件慰謝料請求権は,原告とCの離婚調停が成立した平成27年2月25日から,初めて消滅時効が進行するものというべきである。
 したがって,原告の本件慰謝料請求権については,被告の上記主張は理由がない。

(2)他方,原告が本件調査会社に対して支払った費用の損害賠償請求(前記前記第2,3(4)【原告の主張】イ)については,原告が本件不貞行為の事実を知った平成22年5月頃の時点で損害及び加害者を知ったというべきであるから,上記時点から3年が経過した時点で消滅時効が完成しているというべきである。

3 争点(3)について
 被告は,被告とCが不貞関係にあったとき,原告に対する共同不法行為と観念できるところ,本件離婚調停において原告のCに対する離婚慰謝料請求権がCの原告に対する財産分与請求権と相殺処理されており,原告の被告に対する損害賠償請求権も弁済を得たこととなる旨主張する。

 しかしながら,本件離婚調停において,原告がCに対し財産分与として支払義務があるとされた1000万円という額は(前記第2,1(4)ウ),夫婦の資産を半分にしたものから原告が支出したCの大学の学費を控除して算出されたものであり(原告11,12頁),本件離婚調停においては,原告及びC双方が他方に慰謝料を請求することはしなかった(乙3,原告4,11頁)ことからすれば,原告のCに対する離婚慰謝料請求権がCの原告に対する財産分与請求権と相殺処理されたなどといえないことは明らかである。
 したがって,被告の上記主張は採用できない。

4 争点(4)について
(1)前記1のとおり,原告は被告の本件不貞行為によりCと離婚するに至り,精神的苦痛を受けたと認められるところ,本件不貞行為は,多い月で月に10回以上も肉体関係を持つものであったこと(甲1の1,1の2)本件不貞行為により,原告とCとの20年以上にわたる婚姻関係が破綻に至っていること,原告とCとの間には二人の子供もいたこと等の事情を考慮すると,原告の精神的苦痛に対する慰謝料の額としては180万円を認めるのが相当である。

(2)本件の事案の性質及び経過,立証の難易度,請求額,認容額その他本件で現れた一切の事情を総合的に考慮すると,被告の上記不法行為と相当因果関係がある弁護士費用の額としては,18万円と認めるのが相当である。

5 結論
 以上述べたところからすると,原告の本訴請求は,被告に対し,198万円及びこれに対する離婚成立日である平成27年2月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになるから,その限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
水戸地方裁判所龍ケ崎支部 裁判官 諸岡慎介