小松法律事務所

不貞行為第三者勤務先への不貞行為通知に損害賠償を認めた判例紹介


○不貞行為第三者に対する損害賠償請求事件において、第三者勤務先が使用者責任を負うことは先ずありませんが、嫌がらせとして勤務先に通告することは良くあります。この勤務先への通告が不法行為に当たると認定した平成24年12月21日東京地裁判決(ウエストロージャパン)の関連部分を紹介します。

○事案概要は、原告が、原告の自宅に食材の配達をしていた被告は、原告の妻である補助参加人と不貞行為又は接吻など不貞行為に準ずる行為をしたと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償360万円を請求(本訴)し、被告が、原告に対し、原告は、明確な証拠がないのに、代理人弁護士を通じて、被告に対して損害賠償を求め、これに応じなければ被告の勤務先に通告すると言い、その後、実際に通告したため、被告は退職を余儀なくされたなどと主張して、原告に対し、恐喝未遂、名誉毀損、プライバシー侵害又は弁護士法23条違反の教唆による損害賠償約490万円を請求(反訴)したものです。

○判決は、本訴については、被告と補助参加人が不貞行為を行っていたとまでは認められないが、情を通じ合うようなやりとりをし、接吻したり抱擁したことが不法行為にあたり、また、被告ら主張に係る時期に、原告と補助参加人の婚姻関係が破綻していたとは認められないとして、慰謝料30万円、弁護士費用3万円を損害と認定しました。

○反訴については、本件代理人弁護士らによる被告に対する通知行為は、社会常識に裏打ちされた合理的な対話を進めるものとはいい難く、許容範囲を超えるものというべきであり、また、同弁護士らの一部による被告の勤務先に対する通知行為は、プライバシーを侵害するもの又は弁護士法23条に違反するものとして、被告に対する不法行為に該当するとした上で、原告は、本件代理人弁護士らに活動を依頼したことが推認されるから、同活動によって生じた被告の損害につき、不法行為に基づく損害賠償責任を負うなどとして、逸失利益145万8180円、慰謝料30万円、弁護士費用17万5818円を損害と認定しました。

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主   文
1 被告は,原告に対し,33万円及びこれに対する平成23年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告は,被告に対し,193万3998円及びこれに対する平成23年3月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の本訴請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,本訴反訴を通じて,これを17分し,その10を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求
1 本訴

 被告は,原告に対し,360万円及びこれに対する平成23年8月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 反訴
 原告は,被告に対し,490万8180円及びこれに対する平成23年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1)本訴

 被告は,食材の宅配業を営む会社に勤務し,原告の自宅に野菜等の食材を配達していたところ,原告は,被告が,原告の妻である補助参加人と不貞行為又は接吻など不貞行為に準ずる行為をしたと主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,360万円(慰謝料300万円,弁護士費用30万円,原告と補助参加人の調停に要した弁護士費用30万円の合計額)及び平成23年8月10日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

(2)反訴
 被告は,原告が,明確な証拠がないにもかかわらず,代理人弁護士を通じて,被告が補助参加人と不貞行為をしたなどと告げて,被告に対して損害賠償を求め,これに応じなければ被告の勤務先に通告すると言い,その後,実際に被告の勤務先にその旨通告したため,被告が退職を余儀なくされたなどと主張して,原告に対し,不法行為(恐喝未遂,名誉毀損,プライバシー侵害又は弁護士法23条違反の教唆。民法719条2項)による損害賠償として,490万8180円(逸失利益145万8180円,慰謝料300万円,弁護士費用45万円の合計額)及び平成23年2月20日(被告に通知書が到達した日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 本訴について
(1)被告は補助参加人と不貞行為をしたかについて


         (中略)

2 反訴について
(1)反訴が不適法か

 本件における本訴は,原告が,被告に対し,被告が補助参加人と不貞行為をしたことを理由に損害賠償を求めるものであるところ,本件における反訴は,被告が,原告に対し,原告が上記の不貞行為に関し,原告代理人弁護士を通じて,被告の勤務先に通知したことなどを理由に損害賠償を求めるものであって,双方の事実関係に共通性があるものと認められる。
 そうすると,本件における反訴は,本訴の目的である請求と関連する請求を目的とするものであると認められる。
 また,本件における反訴が,他の裁判所の専属管轄に属する請求を目的とするものであるとはいえないし,これが提起されることによって著しく訴訟手続を遅延させるものともいえない。
 したがって,本件における反訴が,民事訴訟法146条に定める要件を欠く不適法なものであるとはいえないから,原告の主張は採用することができない。

(2)原告代理人弁護士による通知行為等が不法行為になるか
ア 恐喝未遂について

(ア)前記前提となる事実,証拠(甲3の1・2,甲4の1から3まで,甲4の5,甲5の1・2,甲8の1・2,甲9の1から6まで,乙12,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 原告代理人弁護士は,平成23年2月18日付けで,被告に対し,通知書を送付した。同通知書には,〔1〕被告が平成22年12月頃から補助参加人と不倫関係を継続しており,これがフード社に発覚した場合には懲戒の対象となること,〔2〕同月28日までに慰謝料として500万円を支払うとともに,補助参加人と接触をしないとの誓約書を提出するよう求めること,〔3〕同日までに慰謝料の支払と誓約書の提出がない場合には,被告の不法行為について,記録を添えてフード社に報告することが記載されていた。

b 原告が設置していた隠しカメラやICレコーダーには,被告が補助参加人と情を通じるようなやりとりをしている音声が記録されているだけで,不貞行為をしている映像や音声は記録されていなかった。

c 同月22日,被告は,フード社に電話をしてきた甘利弁護士に対し,勤務先に電話をされると困るので,携帯電話に電話するよう申入れ,その電話番号を教えた。同日,今度は,原弁護士から,フード社に電話があったため,被告は,携帯電話に電話するよう申し入れたが,原弁護士から,そんなことは関係ない,誠意を見せるようにと言われた。

(イ)
a 弁護士は,訴訟外の示談交渉などの活動において,自己の主張する請求を基礎付ける事実上及び法律上の理由の明確性やその請求を裏付ける資料の確実性を踏まえ,相手方による反論の可能性を考慮して,場合によっては,相手方に上記の理由や資料を開示することも視野に入れて交渉に臨むなど,社会常識に裏打ちされた合理的な対話をしていくべき義務があり,このような義務に違反し,その交渉態様が一定の許容範囲を逸脱する場合には,相手方に対する不法行為責任を負うものと解される。

b 上記(ア)の認定事実よれば,原告代理人弁護士によって作成された通知書の内容は,被告の反論の有無,内容が明らかではない交渉の初期段階において,明確な資料がないにもかかわらず,被告が補助参加人と不貞行為を行ったと断定し,それを被告の勤務先に通知することを予告しつつ,慰謝料の支払と誓約書の提出を強制するに等しいものといえ,実際,同通知書において提示した支払期限の日に,甘利弁護士と原弁護士が,順次,フード社に電話をして,被告に慰謝料の支払を求めるなど,同通知書に記載された予告を実行する意向を示していることが認められる。そうすると,このような交渉の態様は,社会常識に裏打ちされた合理的な対話を進めるものとはいい難く,許容範囲を超えるものというべきである。
 したがって,原告代理人弁護士による上記のような通知行為は,被告に対する不法行為になるものと認めるのが相当である


イ 名誉毀損について
 被告は,原弁護士らが,同年3月4日,フード社に対し,被告が勤務時間中に補助参加人と不貞行為をしていたとの虚偽の事実を告知し,同月10日,フード社との交渉の際にも同内容の告知をしたから,被告の社会的評価を低下させたと主張する。
 しかし,証拠(乙4の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原弁護士らが,フード社の取締役に対し,被告が補助参加人と不貞行為を行ったことを伝えたものと推認されるものの,これらの取締役は,このような事実が他の従業員に伝わることのないよう配慮し,被告に対しても,他の従業員に話さないよう依頼していることが認められる。

 そうすると,仮に,原弁護士らがフード社の取締役に対して,被告の社会的評価が低下するような事実を知らせたとしても,それが不特定多数人に伝播する可能性はなかったものと認めるのが相当である。
 したがって,被告の主張は採用することができない。

ウ プライバシー侵害及び弁護士法23条違反について
(ア)前記前提となる事実,証拠(乙4の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原弁護士らは,同年3月4日,大久保弁護士から,被告が補助参加人と不貞行為をしたことをフード社に通知しないよう依頼されたにもかかわらず,同日のうちにフード社に対し,その旨通知して,交渉の機会を設けるよう依頼し,同月10日,フード社の取締役との協議の際に,被告が補助参加人と不貞行為をしたなどと告げて,罰するよう求めたことが認められる。

 これらの事実によれば,原弁護士らは,フード社に対し,被告が補助参加人と不貞行為をして,トラブルになっている旨伝えたことが認められるところ,このような法的紛争を抱えていることは,一般に他人に知られたくない事項といえ,正当な理由なくこれを第三者に開示する行為は,プライバシーを侵害するもの又は弁護士法23条に違反するものとして,不法行為になるものと解するのが相当である。

(イ)原告は,フード社との交渉は,使用者責任に基づく損害賠償請求をするためのものであり,その限度で,フード社に対し,被告が補助参加人と不貞行為をした旨伝えることは,正当な理由に基づくものであり,何ら違法ではないと主張する。
 しかし,証拠(乙4の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,フード社の取締役は,同年3月10日,原弁護士らと協議をしたこと,その後,同取締役は,被告との面談を行ったこと,その際,同取締役は,被告に対し,原弁護士らから慰謝料額が伝えられたものの,フード社としては無関係であると回答した上,原告が被告に罰を与えるよう希望していることを確認したと話したことが認められる。

 このように,フード社の取締役が,原弁護士らとの協議の後,被告に上記のような説明をしたにとどまり,原告から使用者責任を追及されたことや,そのような追及がされた場合には被告に対して求償する可能性があることなどについて何ら言及していないことからすれば,原弁護士らが,フード社との協議の際,同社の使用者責任を追及したものとは認められない。
 よって,原告の主張は採用することができない。

 したがって,原弁護士らが,同月10日までにフード社に対して,被告と補助参加人が不貞行為を行い,原告と法的紛争を抱えている旨通知した行為は,被告に対する不法行為になるものと認められる。

エ 原告の責任について
 弁護士は,法律の専門家であり,社会的正義を実現させる職責を有する者として,依頼者の個別具体的な指揮監督に服することなく,ある程度独立して活動を行うものであるから,弁護士の活動によって,第三者の権利又は法律上保護される利益が侵害された場合には,依頼者は,同人が個別にそのような活動をすべきことを指示,依頼したような場合を除き,第三者に対する損害賠償義務を負うものではないと解するのが相当である。

 そこで検討するに,前記前提となる事実,証拠(乙4の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,原弁護士が,同年3月4日,フード社に被告が補助参加人と不貞行為をした旨伝えるに際し,大久保弁護士に対し,原告本人のクレームの一環としてフード社に申入れを行うことを明言していること,同月10日にフード社の取締役と協議した際に,原告の意向は被告に罰を与えることにあると伝えていることが認められる。

 これらの事実によれば,原告は,被告にフード社からの退職を含めた不利益を及ぼすため,原告代理人弁護士に活動を依頼したことが推認されるというべきであるから,原告代理人弁護士の活動によって生じた被告の損害については,原告も不法行為に基づく損害賠償責任を負うものと認めるのが相当である

オ 被告に生じた損害について
(ア)逸失利益について
 前記前提となる事実,証拠(乙5,乙12,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,フード社から給与として,毎月24万3030円を受領していたこと,被告は,原弁護士らの平成22年3月4日の申入れにより,その日のうちに自宅謹慎を命ぜられ,その後退職勧奨を受け,同月10日にフード社を退職していることが認められ,このような原弁護士らの行為がなければ,被告は,少なくとも6か月間はフード社に勤務して給与を得られたものと考えられる。

 そうすると,原弁護士らの行為による逸失利益は,6か月分の給与相当額である145万8180円であると認められる。
 この点、原告は,被告が退職したのはフード社の判断であり,原弁護士らの行為とは無関係であると主張する。
 しかし,上記のとおり,原弁護士らがフード社に通知した結果,被告は自宅待機を命ぜられ,その数日後に退職勧奨を受けたことが認められるから,原告の主張は採用することができない。 

(イ)慰謝料について
 上記認定事実によれば,原弁護士らの行為によって,フード社からの退職を余儀なくされたことが認められるものの,被告は,平成22年12月20日,補助参加人との関係を疑った原告から警告を受けていたにもかかわらず,その後,補助参加人と情を通じ合うようなやりとりをし,接吻したり抱擁したりしたこと,それが原因となって,原告が,原告代理人弁護士に依頼したことが認められることを考慮すると,原告及び原告代理人弁護士の行為によって,被告に生じた慰謝料は,30万円であると認める。

(ウ)弁護士費用
 上記(ア)及び(イ)の合計額は175万8180円であるところ,原告及び原弁護士らによる不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は17万5818円であると認められる。

(エ)まとめ
 以上によれば,被告に生じた損害は193万3998円であると認められる。
 なお,被告に上記のような損害が発生したのは,フード社を退職した平成23年3月10日であると考えられるから,遅延損害金の起算日も同日と認めるのが相当である。

3 以上のとおり,原告の本訴請求は,被告に対し,33万円及びこれに対する平成23年8月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の部分は理由がない。
 また,原告の反訴請求は,原告に対し,193万3998円及びこれに対する平成23年3月10日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の部分は理由がない。

第4 結論
 よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第37部 裁判官 片山博仁