小松法律事務所

不貞行為第三者責任が”害意”なしとして破産免責された判例紹介


○破産免責の対象とならない旧破産法第366条の12(現破産法第253条)「破産者ガ悪意ヲ以テ加ヘタル不法行為ニ基ク損害賠償」請求権の「悪意」とは「積極的な害意」をいうとして、不貞行為を理由とする損害賠償請求権が非免責債権に当たらないとされた平成15年7月31日東京地裁判決(ウエストロージャパン)全文を紹介します。

○債務超過になった場合、最終的には免責許可決定を得るため破産手続開始決定申立をしますが、この免責許可決定が出ても公租公課請求権等一定要件の請求権は、以下の破産法規定により、免責されません。
第253条(旧破産法366条の12、免責許可の決定の効力等)
 免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。ただし、次に掲げる請求権については、この限りでない。
一 租税等の請求権(共助対象外国租税の請求権を除く。)
二 破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権
三 破産者が故意又は重大な過失により加えた人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(前号に掲げる請求権を除く。)


○上記三の人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権は、典型的には交通事故によって身体に傷害を与えた場合の人身損害賠償請求権がありますが、故意又は重大な過失がないと破産免責決定によって免責されます。交通事故の場合の重大な過失とは、飲酒運転、居眠り運転等が該当します。本件では、上記二の悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権として、不貞行為第三者責任としての損害賠償請求権が「悪意」に該当するかどうかが問題になりました。

○判決は、「悪意」とは積極的な害意をいうところ、本件では、不貞関係が継続した期間は少なくとも約5年にも及び、しかもCの離婚を確認することなく結婚式を挙げたという事情もあるから、不法行為としての悪質性は大きいといえなくもないが、本件における全事情を総合勘案しても、原告に対し直接向けられた被告の加害行為はなく、したがって被告に原告に対する積極的な害意があったと認めることはできないから、その不貞行為が「悪意をもって加えたる不法行為」に該当するということはできないとしました。

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主  文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

 被告は、原告に対し、1000万円及びこれに対する平成13年11月9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。(一部請求)

第2 事案の概要
1 本件は、被告と原告の夫との不貞行為を理由に原告が損害賠償を求めるが、提訴後に被告が破産して免責されたため、本訴請求債権が非免責債権である悪意による不法行為に基づく損害賠償請求権(破産法366条の12第2号)に当たるかが争点となった事案である。

2 争いのない事実
(1) 原告(昭和18年8月19日生)と訴外C(昭和20年2月3日生)は昭和42年11月16日に婚姻した夫婦である。(甲1参照)
(2) 被告(昭和44年3月1日生)は、平成元年ころアルバイト先のスナックでCと知り合い、それから約1年後ころに同人と性交渉をもつようになり、Cに妻のあることを知った後も少なくとも平成10年ころまで同人との関係を続けた。
(3) 本訴が提起されたころ被告は自己破産申立ての準備中であり、その後、平成14年4月19日午後5時当庁において破産宣告を受け、続いて同年7月4日に免責の決定を受けた。(乙2、4参照)
 そこで原告は免責の決定について東京高等裁判所に抗告したが、平成14年8月19日に棄却された。(甲19参照)

3 当事者の主張
(1) 不貞行為に基づく損害賠償責任について

(原告)
 夫Cは、平成2年5月ころから月額賃料15万円のマンション(ガーデン荻窪101)を借りてこれに被告を居住させ、以来平成13年2月ころまで多額の生活費等をも支給して不貞関係を継続した。しかも、Cは年に数回の海外旅行に被告を同行し、平成7年にはハワイのホテルで被告との結婚式を挙行した。(しかし、その後Cが会社経営に失敗し、他方被告が他の男性と婚姻することとなったため、両者の不貞関係は解消された。)

 原告が以上の不貞関係を知るに至ったのは、会社の業績が悪いのに被告に送金するCの行状をみかねて長男Dがこれを原告に告げたからである。原告の追及に対し、Cは被告との不貞関係に係る費用は合計1億6000万円ほどになると告白した。それまで原告は、被告のためにCの会社経営が悪化し自宅も手放さなければならなくなったことを全く知らなかったのである。
 以上の不貞関係による原告の精神的経済的損害は1000万円を下らないので、本訴では内金1000万円を請求する。

(被告)
 被告がCと知り合った当時、Cは離婚したと言っていた。1年位してCが経営する会社(コムテック株式会社)のワープロ入力等の仕事をするようになり、そのころ求められて性交渉をもつ結果となった。ハワイで結婚式を挙げたのは、Cから離婚が成立するので結婚したいとの申し出があり、被告の母にもその挨拶があったからである。

 マンションを借りてもらったこと、旅行費用を負担してもらったこと、生活費を与えられていたことは否認する(なお、プレゼントをもらったことはあるが、少なくとも合計1億6000万円相当の援助を受けたなどということはなく、もしそうであれば被告が自己破産をするはずもない。)。

 平成7年ころからコムテックの経営状態が悪くなり、逆に被告がCに金銭を貸与するような状態になって、平成10年末ころにはCとの関係は途絶えた。この金銭貸与が被告が破産した原因である。
 原告とCとの婚姻関係は、被告がCと関係をもったころには既に破綻していた。また、被告はCの離婚したとの話に騙され、自己の青春を踏みにじられた。したがって、被告とCとの性交渉は原告に対する不法行為を構成せず、また実質的に原告の権利を侵害していないので、原告の請求は棄却されるべきである。

 さらに、原告は夫であるCに対して離婚や慰謝料の支払を求めておらず、前記のとおり被告がCの無心に応じて金銭を提供してきたという事態にも照らすと、本訴請求は権利濫用として許されない。

(2) 悪意による不法行為に当たるか否かについて
(被告)
 仮に被告とCの不貞行為が不法行為に当たるとしても、非免責債権である破産法366条の12第2号の「悪意をもって加えたる不法行為」には当たらないから、被告が免責されている以上、原告の請求は棄却されるべきである。同号にいう「悪意」とは単なる故意ではなく、被害者を害する積極的な意欲を意味すると解されているからである。Cが被告に対し「離婚した」「籍が抜けていないだけの状態だ」等と述べていたこと、両者の年齢差、すでに不貞行為は解消し原告がCに対し離婚等を求めていないこと等の事情に窺われるように、被告には原告を害する積極的な意欲がなかった。

(原告)
 本件不貞行為は故意の不法行為であり、破産法366条の12第2号の「悪意」は故意とほぼ同じ意味と解されている(通説・判例タイムス805号35頁「破産法第366条ノ12但書2号にいう悪意の対象」参照)うえ、被告は結婚式を挙げるなど妻の地位を侵奪しようとし原告夫婦の夫婦関係及び生活を破綻させたもので、その行為は非常に悪質なものであるから、同条同号の「悪意をもって加えたる不法行為」に当たる。

第3 当裁判所の判断
1 損害賠償責任について

 被告と原告の夫であるCが不貞関係にあったことについては、その解消時期の点を別にして、争いがない。
 被告は不貞関係時にすでにCと原告の夫婦関係は破綻していたというが、これを認めるに足りる証拠はなく、不貞関係開始時にCから「離婚した」と説明されたとしても、その後妻がいることを知りながら関係を続けたのであるから、これによって妻である原告が被った精神的損害について不法行為に基づく慰謝料支払責任を負ったことは明らかである。なお、原告は財産的損害も被ったかのような主張をするが、Cが被告に対し金銭的援助等をしたとしても、それはC又はその経営する会社の財産からの出捐であって原告の財産を直接侵害するものではないから、その主張は採用できない。

 もっとも、被告の主張にも窺われるように、不貞行為については不貞行為に及んだ当の配偶者(C)がより重い責任を負担すべきであるというべきであり、さらに本件では被告とCに相当の年齢差があること、及び被告が積極的に誘惑したとみるべき事情がないことの反面としてCの主導により不貞行為が開始・継続されたと解されることからも、被告が本訴請求のような多額の損害賠償責任を負わなければならないとは思われない。

2 悪意による不法行為に当たるか否かについて
 破産法366条の12但書は「悪意をもって加えたる不法行為」に基づく損害賠償請求権は破産による免責の対象とならない旨を規定するが、正義及び被害者救済の観点から悪質な行為に基づく損害賠償請求権を特に免責の対象から除外しようとするその立法趣旨、及びその文言に照らすと、「悪意」とは積極的な害意をいうものと解される。故意とほぼ同義という原告の解釈は採用できない。

 本件の場合、不貞関係が継続した期間は少なくとも約5年にも及び、しかもCの離婚を確認することなく結婚式を挙げたという事情もあるから、不法行為としての悪質性は大きいといえなくもないが、本件における全事情を総合勘案しても、原告に対し直接向けられた被告の加害行為はなく、したがって被告に原告に対する積極的な害意があったと認めることはできないから、その不貞行為が「悪意をもって加えたる不法行為」に該当するということはできない。したがって、被告の不貞行為すなわち不法行為に、基づく損害賠償責任は免責されたということになる。

3 以上によれば、その余の点(損害賠償額)について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないから、主文のとおり判決する。(裁判官 佐藤和彦)