小松法律事務所

メールデータを違法収集証拠として請求を棄却した裁判例紹介2


○「メールデータを違法収集証拠として請求を棄却した裁判例紹介1」の続きで、平成21年12月16日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)の裁判所の判断部分全文を紹介します。
重要な指摘は以下の通りです。

・携帯電話機により個人間で受送信されたメール文は,信書(特定人がその意思を他の特定人に伝達する文書)と同様の実質を有するものであり,信書と同様に正当な理由なく第三者に開示されるべきものではない
・このようなメール文及びそのデータも,正当な理由なく第三者がこれを入手したり,利用したりすることは許されない
・他方配偶者が一方配偶者に不貞行為があるとの疑いを抱いた場合に,他方配偶者の信書や携帯電話機等のメールを見たり,その内容を自ら保存すること等が一般的に許されるとはいえない
・本件メールのデータには重大な違法性があるところ,このようにして得られた証拠は排除されるべきであり,著しい反社会的手段が用いられた場合に限って排除されるとすべき根拠はない




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第3 当裁判所の判断
1 本件メールの証拠能力等

(1) 被告は,本件メールは,原告がそのデータをAの意思に反していわば窃取して作成したものであり,違法収集証拠として排除されるべきである(証拠能力がない。)と主張する。

 これに対し,原告は,平成19年3月18日(日曜日),原告の実家に面接交渉で来ていた長男がおもちゃ代わりに持っていた本件電話機を原告が操作したところ,たまたまただならぬ内容の本件メールの一部が出てきたので,本件電話機のチップを外し原告のパソコンに差し込んでそのデータ全部をコピーしたもので,このようなデータの入手方法等に違法はない(著しい反社会的手段による入手ではなく,それが書証として採用されても人格権の侵害に匹敵すべき重大な法益の被害を惹起するものでもない。)などと主張する(なお,データ入手日に関する原告の主張は変遷している。)。

(2) ところで,刑法133条の信書開封罪,235条の窃盗罪及び254条の遺失物横領罪は,封をしてある信書の開封,他人の財物の窃取及び占有を離れた他人の財物を横領する行為を犯罪としているが,本件電話機においてAと被告との間で受送信されたメール文及びそのデータは,信書あるいは財物ということはできず,刑法上の上記犯罪行為を構成しない。

 しかし,携帯電話機により個人間で受送信されたメール文は,信書(特定人がその意思を他の特定人に伝達する文書)と同様の実質を有するものであり,信書と同様に正当な理由なく第三者に開示されるべきものではない。また,そうであれば,このようなメール文及びそのデータも,正当な理由なく第三者がこれを入手したり,利用したりすることは許されないというべきである。

(3) Aは,原告との別居後まもなく離婚を求めて調停を申し立て,原告主張の本件メールのデータ入手時には2度目の調停事件が係属中であった(前提事実)。
 また,原告の主張によれば,原告は,たまたま本件電話機の操作中に本件メールの一部を見たため,そのデータを自分のパソコンにコピーし,これを入手するまで知らなかった被告の存在及びAと被告との交際の一部を知り,探偵社に依頼してAの行動を調査した上,Aに対し,平成19年4月29日の被告宅訪問の件についての調査報告書及び本件メール(甲2の1及び2の分)を見せて説明を求めたところ,Aの態度が一変し,結局,2度目の調停も不成立で終了したというのであって,このような本件メール及びそのデータの入手や利用がAあるいは被告の承諾その他これを正当とする理由に基づくものでないことは明らかであり,その入手や利用は違法であるというべきであり,その入手方法の違法性は刑事上罰すべき行為と実質的に同等に重大なものであるといえる。

 このことは,Aが長男に本件電話機をおもちゃ代わりに使わせていたこと,原告が本件電話機を操作したのはメールを探索するためではなく,メールはたまたま発見されたにすぎないこと,その際,メールはパスワード等によって保護されていなかったこと(原告はかつてはパスワードがあったと主張している。),原告がチップをデータのコピー後速やかに本件電話機に戻したことなどによって正当化されるものではない。

(4) 一般に,一方配偶者の不貞行為の相手方となることが他方配偶者に対する不法行為を構成し得ること,不貞行為の多くは一方配偶者が他方配偶者に秘密裏に密室等で行い,他方配偶者が不貞行為の存在を立証する証拠を入手するには困難があることなどは,直ちに上記判断を左右するものではない。すなわち,他方配偶者が一方配偶者に不貞行為があるとの疑いを抱いた場合に,他方配偶者の信書や携帯電話機等のメールを見たり,その内容を自ら保存すること等が一般的に許されるとはいえない(疑いを抱くことに客観的で合理的な根拠があるときは,それに基づいて不貞行為を立証すれば足りるであろうし,それがないときは,不貞行為の疑いを抱くこと自体が他方当事者の単なる主観ないし思い込みにすぎないことも多く,その証拠を一方当事者のメール等から得ようとすること自体が相当ではない。)。
 したがって,本件メールは,原告の主張によっても,違法に入手されたデータに基づくものといわざるを得ず,本件訴訟においてはいわゆる違法収集証拠として証拠能力を否定し,証拠から排除するべきである。


(5) 以上に関し,原告は,著しい反社会的手段による入手ではなく,本件メールが書証として採用されても人格権の侵害に匹敵すべき重大な法益の被害を惹起するものでもないと主張する。
 しかし,上記のとおり,原告が主張するような手段による本件メールのデータには重大な違法性があるところ,このようにして得られた証拠は排除されるべきであり,著しい反社会的手段が用いられた場合に限って排除されるとすべき根拠はなく,上記主張は採用することはできない(原告の主張は必ずしも明らかではないが,それが強取や喝取等の凶暴な手段をいうのであれば,窃取や詐取等は容認されることになるが,違法行為を助長することになり,不当である。)

 なお,原告は,チップのデータをパソコンに移す際,本件メールのデータだけではなくチップに保存されていたデータを全部コピーし,その結果,原告のパソコンには本件メール以外のAと第三者とのメール文に関するデータも現に保存されている(原告の供述)。このようなデータのコピーは,法的保護に値するAと被告及び第三者のプライバシーをも侵害する行為というべきである。また,本件メールが甲2,5及び6に分けて順次提出されていることからすれば,原告は,Aと被告との間で受送信された他のメール文のデータをも保有している可能性があり,その一部のみを恣意的に選んで本件メールとして提出することがあれば,それは真実の発見を阻害することになる(原告は,提出されていないメールは被告において提出すれば足りる旨の主張もするが,被告に本件不貞行為の不存在の立証責任はないし,被告が他のメールのデータを保存しているかも不明である。)。

2 本件不貞行為の存否について
(1) 映画の件からAの別居,調停の申立て,別件訴訟及びその和解に至る経緯等は,前提事実のとおりであり,証拠(甲4の1及び2,甲8ないし10,乙3,4の1及び2,原告,被告)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
 しかし,これらの事実から,Aと被告との間で本件不貞行為があったと認め又は推認することは困難である。
ア 映画の件に関し,Aは,平成18年1月14日の午前中に出かけたが,原告に約束した時間よりも2時間半以上遅れた午後8時過ぎまで帰宅しなかったこと,Aは被告と2人だけで映画を観たが,それは参加予定であった他の女性が来れなくなったためであること,帰宅時間が遅れたのは予約できた映画の上映時間が午後になったためであること

イ Aの別居は,映画の件のあった当日及び翌日,原告が当時1歳2か月の三男がいるのにAが約束に反して遅く帰宅したことに強く文句を言ったことが直接のきっかけであること

ウ 調停及び訴訟等については,Aは,原告とは性格の不一致があり,原告が怒りっぽい性格で,Aが言葉の暴力を受けていたので婚姻継続の意思を失っていき,民法770条1項5号所定の離婚事由があると認識していたこと,これに対し,原告は,Aが主張するような同号所定の事由に当たる事実は存在せず,平成19年3月18日以降に判明したところでは,Aに愛人である被告がおり,被告との本件不貞行為が原告とAとの婚姻関係を破綻させたと認識していたこと

エ Aが本件不貞行為の存在を認めたことはなく,Aは原告に和解金として200万円を支払ったが,これを住宅ローンの清算金の支払(財産分与)であると認識しており,原告に対する慰謝料とは認識していないこと

(2) 被告宅訪問の件につき,Aは,平成19年4月29日午前10時11分ころに被告宅を訪ね,午後1時ころ被告とともに被告宅を出て電車に乗り,午後2時30分ころに別れたが,被告宅を出た後に二人が手をつないでいることがあった(前提事実)。なお,調査報告書には,Aが被告宅のあるマンションに裏口から入ったことからAが同マンションの鍵を持っていたと考えられるとする記載があるが,同マンションの施錠や解錠がどのようなものであるかは不明であり,単に裏口から入ったことのみをもってAが鍵を持っていたと判断することはできない。

 そして,被告宅内でAと被告が2人だけで約2時間半を過ごし,被告宅を出てから被告と手をつないで歩いていた事実をもって,原告の主張するように被告宅で被告とAが肉体関係を結んだこと及びその余韻を表しているなどと即断することはできない(上記事実は原告主張のような疑念を抱かせるものではあるが,被告が被告宅でAの資格取得のための質問に答え,愚痴を聞いていたなどとする原告の主張及び供述が虚偽であると判断するに足りる証拠等はない。)。

 のみならず,原告の主張によっても,被告宅訪問の件があった当時,既に原告とAは離婚をいったん合意していたというのであって,仮に被告宅訪問の際に肉体関係があっても,それを不貞行為であると評価することはできない。

(3) 本件メールは証拠から排除されるべきであるが,仮に,その件数やその内容が原告主張のようなものであり,そこにAと被告との親密な交際ぶりや愛情ないし恋情等が繰り返し記載されていたとしても,そのことから直ちにAと被告とがただならぬ関係,すなわち本件不貞行為のある関係にあったとすることはできない。
 以上を要するに,被告は,Aが原告と婚姻していることを知りながら交際をしていたが,その交際において不法行為を構成する本件不貞行為が存在したと認めるべき証拠はなく,これが存在したとする原告の主張は理由がない。

3 よって,原告の請求は,その余の点を論ずるまでもなく理由がないから,主文のとおり判決する。
 (裁判官 笠井勝彦)