小松法律事務所

養育費1000万円一括支払後の追加養育料支払を認めた家裁判例紹介


○養育料の支払は成年に達するまで毎月一定額を支払うのが原則ですが、子の親権者となった妻側から一括支払を要求されることが時々あります。妻としては夫が確実に支払うかどうか不安があるからです。しかしいったん取り決めた養育料は、将来の事情変更で変わる場合もあり、双方の合意がない限り、一括支払は認められません。

○支払義務者の夫側としても、毎月支払は面倒なので、養育料支払義務は、一切免れたいとして一定額を支払う場合もあります。しかし、一切免れることを条件に一定額を支払っても、将来の事情変更によって追加支払が認められる場合もあります。離婚に伴う財産分与・慰謝料として3000万円、養育費一括支払として1000万円の合計4000万円も支払ながら、受領した妻は1000万円を子の中学卒業までに使い切ってしまい、子が医学部に進学した際はさらなる養育費が必要であるとして、医学部卒業時まで、1月20万円の支払を求めた事案があります。

○これに対し、近時家庭学習費を含め教育費が高額化する傾向にあり、また、夫(父)も私立だけの教育コースを歩んでおり、子にも同程度の教育を受けさせることが不相当といえないことを考慮すると、本件申立については事情の変更があり、前調停の条項の存在にも拘わらず、高校入学以降の養育費を請求し得るとして養育費追加支払を認めた平成9年10月3日東京家庭裁判所(家庭裁判月報50巻10号135頁)全文を紹介します。

○合計4000万円も支払っているのに更に追加支払を認められた夫は、当然納得できないと抗告し、抗告審では覆っていますので、別コンテンツで紹介します。

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主   文
1 相手方は申立人に対し,406万1160円を支払え。
2 相手方は申立人に対し,平成9年10月1日から平成10年3月31日まで毎月13万0000円を,平成10年4月1日から平成14年3月31日まで毎月12万0000円を毎月末日限り支払え。

理   由
第1 申立ての趣旨及び実情
1 申立ての趣旨

 相手方は申立人に対し,事件本人の養育費として1か月20万円を支払え。

2 申立の実情
 申立人と相手方は,昭和60年11月22日当庁昭和60年(家イ)第××××号婚姻費用の分担調停事件において調停離婚した。その際,事件本人の親権者を申立人と定め,事件本人の成年に達するまでの養育費として1000万円を支払う旨の合意が成立し,申立人はこれを受領した。
 しかし,事件本人は私立の小中学校に通学したため,学費が嵩み,中学卒業までに上記1000万円を使い切ってしまった。事件本人は現在私立高校3年に在学しており,来春3月には同校を卒業して公立大学医学部に進学することを希望しているので,平成7年4月高校入学以降の養育費として大学医学部卒業の年である平成16年3月まで1か月につき20万円の支払いを求める。

第2 当裁判所の判断
1 本件申立てに至る経緯

 本件記録及び当庁平成7年(家イ)第×××号子の監護に関する処分調停事件記録並びに家庭裁判所調査官○○作成の調査報告書によると,次の事実が認められる。
(1)申立人と相手方は,昭和51年5月26日に婚姻した夫婦で,昭和54年8月事件本人をもうけたが,不和となり,昭和60年11月22日調停離婚した。
(2)調停離婚に際し,申立人と相手方は,事件本人の親権者を申立人と定め,相手方は申立人に対し,事件本人の成年に達するまでの養育費として1000万円,離婚に伴う財産分与・慰謝料として3000万円を支払う旨の合意をし,相手方は各金員の支払を完了した。
(3)申立人は,事件本人が私立の小中学校に通学したため,学費がかかり,中学卒業までに養育費の1000万円を使い切り,財産分与・慰謝料の3000万円も父親の事業につぎ込んで費消した。
(4)そこで,申立人は,平成7年2月14日,事件本人が高校に進学する同年4月1日以降の養育費の支払を求めて当庁平成7年(家イ)第×××号子の監護に関する処分(養育費)調停事件の申立てをしたが,平成7年8月4日調停委員が公平を欠くとして申立てを取り下げ,即日本件調停事件の申立てをした。
 本件調停事件は,同年11月20日不成立となり,審判に移行した。

2 本件養育費請求の可否
 相手方は,申立人は事件本人が成年に達するまでの養育費として1000万円の交付を受けたのであるから,成年までの養育費をその範囲内で計画的に支出すべきであり,不足が生じたときは自己の財産収入から充当すべきであって、相手方に請求すべき理由はないと主張する。
 しかし,民法880条は「扶養の程度若しくは方法について協議又は審判があった後事情に変更を生じたときは,家庭裁判所は,その協議又は審判の変更又は取消をすることができる。」と規定する。この規定は扶養の必要状態と可能状態はたえず変動するものであるから,事情変更があった場合には一旦成立した協議又は審判の変更を可能としたものである。

 たしかに,申立人が調停の結果「成年に達する迄の養育費として」1000万円を受領したのに,事件本人の中学卒業までに使い切ってしまったことについては,その支出につき計画性や工夫が足りないと批判されてもやむを得ない面がある。

 しかし,前記調査報告書によれば,事件本人が平成7年3月(15歳時)までに消費した教育関係費は,次のとおりと認められる。
(1)学校教育費(含む制服代)
甲小学校(昭和61年4月ないし平成4年3月) 4,208,366円
中学校受験料 42,506円
乙中学校(平成4年4月ないし平成7年3月)  2,636,610円
(合計) 6,887,482円……(a)

(2)家庭学習費
小学校時代 学習塾 2,067,737円
 家庭教師 137,894円
中学校時代 学習塾 1,103,600円
 家庭教師 39,600円
(合計) 3,348,831円……(b)
(a)+(b)=10,236,313円

 以上のとおり,事件本人の中学3年までの私立学校の学校教育費及び家庭学習費の合計額だけで1000万円を超え,前調停で定めた成年に達するまでの養育費の額を超えることが認められる。このような結果となったことについては,前記のとおり申立人に計画性や工夫が足りなかったことについて批判がされてしかるべきであるが,近時家庭学習費を含め教育費が高額化する傾向にあり,特に私立校の場合にこれが著しいことが認められること,相手方自身も私立だけの教育コースを歩んでおり,事件本人にも同程度の教育を受けさせることが不相当といえないことを考慮すると,本件申立てについては,事情の変更があり,前調停の条項の存在にもかかわらず高校入学以降の養育費を請求できるとするのが相当である。

3 養育費の算定
本件記録及び前記調査報告書によると,次の事実が認められる。
(1)申立人と相手方の収入について見るに,申立人は目下病弱であって昭和63年9月以降稼働収入を得られない状況であり,相手方からの離婚給付3000万円は父親の事業につぎ込んですべて費消し,資産として平成6年に母,妹との共有名義の町田市つくし野の自宅を売却して得た803万7785円をもとでに妹と共有で購入した岡山県倉敷市の土地の共有持分を有するのみである。

 他方,相手方は○○証券に勤務し,本店外国債券部長の地位にある。昭和62年10月2日に花末香子と婚姻し,同人とともに港区のマンションに居住している。相手方の確定申告書,給与所得の源泉徴収票によると,相手方の平成8年分の給与所得は1188万1675円(月平均99万0139円),不動産所得は778万2340円(月平均64万8528円)で,これらに対する住民税,固定資産税,必要経費,借入金返済に関する資料は一切提出されていない。相手方の平成8年分の所得税額,社会保険料の合計は470万2889円(月平均39万1906円)であるが,これから職業費(給与収入の15パーセント)214万4475円(月平均17万8706円)を控除しても十分な養育費支払能力があるものと認められる。

 そうすると,本件養育費の算定方法は実費方式を採用するのが相当であるが,前調停で成年までの養育費として1000万円が支払われていること,事件本人のこれまでの学校教育費が平均から見て高額の水準となっていることを考慮すると,申立人主張の金額をそのまま基準とすることも相当でない。そこで,事件本人の学校教育費,通学交通費,家庭教育費(学習塾費用)の一部,最低生活費をもって養育費を算定することとする。

(2)平成7年4月事件本人が私立丙高校に入学した後の学校教育費は次のとおりである。
(一)第一学年 (金額) (支払日)
入学金      296,000(円) (平7.4.11)
学費(第1期)  288,800 (平7.4.11)
学費(夏期講習費)  3,000 (平7.6.21)
学費(キャンプ費) 15,000 (平7.7.13)
学費(部費)     6,660 (平7.7.25)
学費(第2期)  238,400 (平7.9.21)
学費(第3期)  170,900 (平8.1.10)
小計     1,018,700

(二)第二学年
学費(第1期)  311,300 (平8.4.11)
学費(旅行積立金) 40,000 (平8.5.13)
学費(第2期)  248,400 (平8.9.13)
学費(第3期)  168,400 (平8.1. 9)
小計       768,100

(三)第三学年
学費(第1期)  276,300 (平9.4.30)
百周年記念事業募金 60,000 (平9.4.30)
学費(第2期)  213,400 (平9.9.  )
卒業記念行事    24,000 (平9.9.  )
学費(第3期)  158,400 (平10. 1.)
小計       732,100
合計     2,518,900(円)
1か月平均     69,969(円)(2,518,900÷36)

(3)丙高等学校在学中の通学定期代(営団地下鉄○△駅・△△駅間)は次のとおりである。
6か月定期 24,760(円)
1か月平均  4,126(円)

(4)以上,事件本人の教育費の平均月額は
 学校教育費+通学交通費=69,969+4,126=74,095(円)となる。

(5)事件本人の家庭教育費(学習塾費用)は,月額4万7013円であるが,「保護者が支出した教育費調査」(文部省調査統計企画課,平成4年度調査)によると,私立高校生1人当たりの平均教育費は,学校教育費の月額が5万3786円,家庭教育費の月額が9085円であることから考えると,かなり高額である。そこで,事件本人の家庭教育費(学習塾費用)月額4万7013円についてはその一部について認めることとし,月額9085円の範囲でこれを算入する。
 そうすると,学校教育費,通学定期代,家庭教育費(学習塾費用)の月額合計は
74,095+9,085=83,180(円)となる。

(6)事件本人が,高校を卒業し,大学に進学する平成10年4月以降の学校教育費について検討する。
 事件本人は,現在高校3年在学中で公立大学医学部を目指して勉学中であるが,平成10年4月以降の学校教育費については,進学先がどこになるか不確定であることなど不確定要素があるので,一応4年制の公立大学に進学したと仮定して算出せざるをえない。公立大学に進学した場合の学校教育費等は,現在の丙高校の学校教育費を下回ることはないと推測されるので,前記学校教育費の額から家庭教育費(学習塾費用)を控除した額をもって平成10年4月1日以降の学校教育費とする。その額は
83,180-9,085=74,095(円)となる。

(7)事件本人の最低生活費は,平成9年8月までは5万2369円であり,平成9年9月以降は4万7059円である(平成9年度生活保護基準による事件本人1人分第1類第2類の合計額)。 

(8)そうすると,事件本人の養育費は次のとおりとなる。
(平成9年8月までの養育費)
学校教育費+通学交通費+家庭教育費+最低生活費=83,180+52,369=135,549(円)
(平成9年9月から平成10年3月までの教育費)
学校教育費+通学交通費+家庭教育費+最低生活費=83,180+47,059=130,239(円)
(平成10年4月以降の養育費)
学校教育費+通学交通費+最低生活費=74,059+47,059=121,118(円)

4 本件養育費支払の始期及び終期
 以上の養育費支払の始期は,当庁平成7年(家イ)第×××号子の監護に関する処分調停申立事件における請求の始期であり,かつ事情変更の生じた時期である平成7年4月1日が相当であり,終期は4年制大学卒業時である平成14年3月末日とするのが相当である。

5 結論
 以上の次第であるから,相手方は申立人に対し,事件本人の養育費として,(1)平成7年4月1日から平成9年9月30日までの合計406万1160円を直ちに支払い,(2)平成9年10月1日から平成10年3月31日までは1か月につき13万0000円を,(3)平成10年4月1日から平成14年3月31日までは1か月につき12万0000円を支払う義務を負う。
 よって,主文のとおり審判する。