小松法律事務所

ハーグ条約実施法により常居所地国(米国)への返還を命じた高裁決定紹介


○「ハーグ条約実施法により常居所地国(米国)への返還を命じた家裁決定紹介1」の続きで、その抗告審である平成27年3月31日東京高裁決定(判タ1450号113頁、判時2375・2376号200頁)全文を紹介します。

*********************************************

主   文
抗告人らの相手方に対する本件各抗告をいずれも棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。

理   由
第1 抗告人らの抗告の趣旨

1 原決定を取り消す。
2 相手方の本件申立てを却下する。

第2 事案の概要

(1)抗告人A(昭和49年*月*日生。)と相手方(昭和50年*月*日生)は,平成13年*月*日にアメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)○○州の方式により婚姻し,同州における婚姻生活中,両名の間の子として,G(平成13年*月*日生。),B(平成15年*月*日生。),D(平成18*月*日生。),E(平成20年*月*日生。)及びF(平成22*月*日生。)の5名が出生した(以下,Gを除く4名の子を「本件子ら」ということがある。)。

(2)相手方は,平成21年以降,Aに対して複数回の接近禁止命令を申し立て,Aと相手方は,平成23年*月,別居した。相手方は,平成24年*月*日,○○州○○郡巡回裁判所(以下「裁判所」という。)に対し,Aに対する3回目の接近禁止命令を申し立て,裁判所は,相手方にG及び本件子らの暫定的監護権を付与する旨の接近禁止命令(以下「本件接近禁止命令」という。)を発令した。本件接近禁止命令に係る暫定的監護権の内容は,Aの養育時間を除き,相手方がG及び本件子らを監護するというものであり,Aの養育時間については,当初は監督付き養育時間が付与されたが,後に,裁判所の平成25年*月*日付け修正命令により,G及び本件子ら全員について,毎週水曜日の放課後から午後8時までの養育時間,Fを除く4名の子について,金曜日の放課後から日曜日の午後8時までの宿泊を伴う養育時間が付与されている。

(3)相手方は,平成26年*月*日(金曜日)開始に係るAの養育時間に関し,AがG及び本件子らと宿泊付きの面会をすることを了承した。この面会には,Gは行かず,本件子らが行き,Aは,週明けの同月*日(月曜日)午後2時に相手方に本件子らを返すことになっていたが,同時刻になっても所定の場所に現れず,この頃,本件子らを伴い,カナダを経由して日本に入国し(以下「本件連れ去り」という。),現在まで本件子らとともに日本に居住している。

(4)本件連れ去りの前である平成26年*月*日,相手方の提起していた裁判所の離婚裁判の手続において,相手方に本件子らの単独監護権を認めた上で離婚する旨の和解が成立していたが,本件連れ去り後の平成26年*月*日,裁判所は離婚判決をし,同判決において相手方に本件子らの単独監護権を認めた。

(5)相手方は,平成26年*月*日,Aに対し,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(以下「法」という。)に基づき,本件子らをアメリカに返還することを求める申立てをした。

(6)原審は,平成27年*月*日,相手方の本件申立てを認容し,Aに対し,本件子らのアメリカへの返還を命じる旨の決定をしたので,A及びBがこれを不服として抗告した。

2 Aの主張
(1)子の異議について

 法28条1項5号は「子の年齢及び発達の程度に照らして子の意見を考慮することが適当である場合において,子が常居所地国に返還されることを拒んでいること」を子の返還拒否事由と定めているところ,次の諸点に照らせば,上記規定により,本件子らの返還は認められるべきではない。
ア Bについて
 Bは,家庭裁判所調査官による調査において,アメリカに帰りたくない理由について,アメリカに帰るとGとけんかになることを述べているが,このようなBの発言から,Bが,Gと一緒にいたくないだけで,アメリカに帰ることは拒絶していないと捉えるべきではない。すなわち,子の異議の内容を常居所地国において発生した状況やDVから完全に切り離して理解することは不可能であり,子の異議の主たる内容が常居所地国において発生した状況やDVに関するものであったとしても,異議の程度が強い場合には常居所地国への返還の拒否とみるべきである。そして,Bは,家庭裁判所調査官による調査(スケーリング・クエスション)において,今の状態を10点,日本に来る前の状態を1点と表現としていることなどに照らせば,その異議は合理的で強いものとみることができるから,アメリカに返還されること自体に異議を述べているとみるべきである。

イ Dについて
 Dは,家庭裁判所調査官による調査において,「アメリカに帰るか決める。うーん,もう分かんない。」と述べたが,成人でも,アメリカに帰るかを決める手続であることは理解できても,それ以上のことは,理解できないことはあり得るし,Dは,家庭裁判所調査官による調査において,来庁の目的などを正確に回答しているから,子供っぽい表現だけを捉えて,手続の意味を理解していないと判断することは極めて早計で危険であり,その意見を考慮に入れることが適当である年齢及び成熟度に達していたといえる。Dは,家庭裁判所調査官による調査において,アメリカに戻ることに対しては明確に「行きたくない。」と述べ,「ママが嘘をつく。」と述べるなど,アメリカに帰国させられることに対して強い懸念を表明している。異議の強さについても,スケーリング・クエスションにおいて,どのような条件であってもアメリカに帰国することは0点と評価しているから,アメリカに返還されること自体に異議を述べているとみるべきである。

ウ E及びFについて
 きょうだいを分離すべきではないから、B及びDのアメリカへの返還が認められない以上,E及びFのアメリカへの返還も認められるべきではない。 

(2)重大な危険について
 法28条1項4号は「常居所地国に子を返還することによって,子の心身に害悪を及ぼすことその他子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること」を子の返還拒否事由として定めているところ,次の諸点に照らせば,本件子らについて上記の「重大な危険」が存在する。
ア 相手方は,ビザの申請を却下され,上訴しているが,Uビザを取得できる可能性は低い。Uビザを取得することができなければ,就労することができないし,運転免許を取得することもできない。本件子らがアメリカに返還されれば,生活に困窮する可能性が高い。相手方はアメリカの正規の滞在者ではないため,本件子らのために○○州から必要な援助を受けることはできない。

イ 本件子らがアメリカに返還されれば,Gから暴力を振るわれる可能性があるところ,アンダーテーキングの手法を採用していれば,本件子らの返還につき,Gと同居しないための措置を講じることを条件にすることもできるが,日本はアンダーテーキングの手法を採用していないから,アメリカに返還されれば,本件子らについて「重大な危険」があるとみるべきである。

ウ 本件子らはAと過ごすことを強く望んでいるが,本件子らがアメリカに返還されれば,Aと引き離されることとなり,精神的な危害に晒される。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,Aは,本件子らをアメリカに返還すべきものと判断する。その理由は,後記2のとおり,当審におけるAの主張に対する判断を付加するほかは,原決定の「理由」中「第3 争点に対する判断」に記載のとおりであるから〈中略〉,これを引用する。

2 Aの主張に対する判断
(1)子の異議について

ア Aは,BだけでなくDについても年齢及び発達の程度に照らして意見を尊重することが適切であるところ,子の異議の内容を常居所地国において発生した状況やDVから完全に切り離して理解することは困難であるから,子の異議の主たる内容が常居所地国において発生した状況やDVに関するものであったとしても,異議の程度が強い場合には常居所地国への返還の拒否とみるべきである旨主張する。

イ しかし,国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約は,国境を越えた子の不法な連れ去り又は留置があった場合には,原則として子を元々居住していた国に返還することが子の利益に資するとの考え方を基本としているものと解され,そのように考える理由としては,子は,一方の親の都合によって国境を越えて不法に連れ去られ又は留置されることにより,異なる言語又は異なる文化環境での生活を余儀なくされるなどの有害な影響を受けると認識されていること,子の監護に関する紛争は,子が慣れ親しんできた生活環境のある常居所地国で解決することが望ましいと考えられることなどが挙げられる。このような条約及び法の趣旨からすると,常居所地国への返還を認めるか否かは,子の居住地として常居所地国と連れ去り先の国とのいずれかが適切かという問題であって,したがって,法28条1項5号で考慮すべき「子の意見」も,常居所地国で発生した諸状況やDVなど個別具体的な事情に関する意見ではなく,「子が常居所地国に返還されることを拒んでいる」か否かについて,子の意見を考慮することにあると解される。
 そして,Bが常居所地国であるアメリカに返還されること自体に異議を述べているものとはいえないことは,引用に係る原決定の「第3 争点に対する判断」中の2(3)に説示のとおりである。

ウ また,一件記録によれば,Dは,家庭裁判所調査官による調査において,来庁の目的を尋ねられると,「日本にいるために」と答えたものの,家庭裁判所調査官がもう少し説明してほしいと促すと,「うーん,分かんない。」と述べたことが認められる。そして,その後の家庭裁判所調査官による調査の内容は,引用に係る原決定の「第3 争点に対する判断」中の2(2)イに認定のとおりである。このように,Dは来庁の目的を一応明確に述べているものの,その後の家庭裁判所調査官による調査の状況に照らせば,来庁の目的を真に理解しているか疑わしい。また,Dの「アメリカに帰るかを決める。うーん,もう分かんない。」という発言が,自らの理解している範囲を認識した上でのものとも考えられない。そして,Dがその意見を考慮に入れることが適当である年齢及び成熟度に達しているか,また,その意見がD自身の記憶や考えに基づくものであることについて疑問が残るといわざる得ないこと,Dが常居所地国であるアメリカに返還されること自体に対する異議を述べているものとはいえないことは,引用に係る原決定の「第3 争点に対する判断」中の2(4)に説示のとおりである。

エ なお,Bは年齢及び発達の程度に照らしてその意見を考慮することが適切であるから,仮にBがアメリカに返還されること自体を拒んでいるとみることができるとすれば,きょうだいのうちBだけが日本で生活することになる。しかし,他のきょうだいと離れBだけが日本で暮らすことは,Bに悪影響を及ぼすおそれがあることについては,後記(2)ウに説示のとおり,仮にGのBに対する暴力があったとしても,それはきょうだいげんかの域を出るものではないこと,○○州では,DHSや裁判所等関係機関の関与を通して,相手方やGとの関係でBの保護が図られる見込みがあることなどの事情に照らせば,Bをアメリカに返還することがBの利益に資すると認められる。

オ したがって,Aの上記主張は,採用することができない。

(2)重大な危険について
ア 抗告人は,前記第2の2(2)のアないしウに照らせば,法28条1項4号の「重大な危険」が存在する旨主張する。しかし,次のイないしエに照らし,抗告人の上記主張は,採用することができない。

イ 相手方は,現在Uビザを申請中で取得できる見込みがないとはいえないこと,旅行ビザの申請を拒絶されたものの,旅行ビザとUビザは異なることは,引用に係る原決定の「第3 争点に対する判断」中の1の(1)及び(2)の各ウに説示のとおりである。

ウ Gが,平成26年*月頃,Bとけんかをして足にあざを生じさせたことはあったが(引用に係る原決定の「第3 争点に対する判断」の1(2)イ(ア)),これ以外に,GがAに傷害を負わせたことを認めるに足りる証拠はない。Aは,家庭裁判所調査官による調査において,「Gの物を勝手に触ったら,Gがすごく怒ってけんかして,引きずられたり殴られたりする。」と述べているものの,一方で,最後にけんかをしたときのことや一番大きなけんかになったときのことは「忘れた。」などと述べていることに照らせば,GがBに対して継続的に暴行を働いていたことは認められず,GがBに暴力を振るったことがあったとしても,それはきょうだいげんかの域を出ないものと考えられる。

エ 本件子らがアメリカに返還されれば,精神的な危害に晒されることを認めるに足りる証拠はない。

3 結論
 以上によれば,Aは,本件子らをアメリカに返還すべきであり,これと同旨の原決定は相当である。
 よって,本件抗告は理由がないから棄却することとして,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 浜秀樹 裁判官 宮永忠明 裁判官 木太伸広)