小松法律事務所

別居期間1年に満たないとして婚姻破綻は認められないとした地裁裁判例紹介


○「別居期間1年余りの夫婦についてで婚姻破綻を認めた高裁判例紹介」の続きで、その離婚請求を棄却した第一審である平成20年12月24日神戸家裁判決(家庭裁判月報62巻4号96頁)全文を紹介します。

○夫である原告が、妻である被告に対し、被告は、原告に無断で、先妻の位牌を親戚に送付したり、原告のアルバムを処分している等の言動から、両名の婚姻関係は破綻しているとして、民法770条1項5号に基づき、離婚を求めました。しかし、神戸地裁判決は、これらの一連の行動が直ちに婚姻を継続し難い事由として認められるとはいえないことに加え、原被告間の別居生活は1年に満たないこと、別居直後に原告が自宅を訪れた際に被告は落ち着いた態度で原告に接していたことなどを考慮すると、原被告間に婚姻を継続し難い重大な事由が認められるとはいえないとして、請求を棄却していました。

○控訴審平成21年5月26日大阪高裁判決(家庭裁判月報62巻4号85頁)では、別居期間が1年を経過しており、妻が夫に無断で、先妻の位牌を親戚に送付したり、夫のアルバムを処分している等の言動等を考慮して、婚姻破綻を認めました。担当した裁判官の価値観等によって結論が左右される微妙な事案でした。

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主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 事案の概要等
1 請求

 原告と被告とを離婚する。

2 事案の概要
 本件は,夫である原告が,妻である被告は原告の先妻の位牌を原告と先妻との間の子の妻の実家に送付したり,原告の写真アルバムを廃棄したり,原告に対して悪口雑言を浴びせるなどしたため,原被告間の信頼関係は失われたとして,民法770条1項5号に基づいて,離婚を求めた事案である。

3 争点~離婚の当否(婚姻を継続し難い重大な事由の有無)
【原告の主張】
(1)被告は,原告に無断で先妻の位牌を先妻の子の妻の実家に送りつけたり,原告の古い写真アルバムを廃棄した。
(2)被告は,○○家の過去帳を処分した。
(3)被告は,宗教に凝っている。
(4)被告は,原告と一緒に食事をしようとせず,家族団らんの機会はなくなっている。
(5)被告は,自分の意見を曲げず,原告に対し悪口雑言を吐く。
(6)被告は,調停中に,離婚に応じる旨述べていた。
(7)平成20年×月×日以降,原告と被告は別居している。
(8)以上によれば,原被告間の信頼関係は失われ,既に婚姻関係は破綻している。

【被告の主張】
 離婚には応じられない。原告が勝手に別居したにすぎない。

第2 当裁判所の判断
1 証拠(甲1,2,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)
ア 原告(昭和2年×月×日生)は,先妻D(以下「先妻」という。)と婚姻し,二人の間には,長男E(昭和46年×月×日生。以下「長男」という。)のほか,二人の娘がもうけられた。

イ 原告は,貿易会社を経営していたが,同社は平成9年に倒産した。その後,平成11年12月からは貿易関連の会社顧問となったが,平成19年頃からは,実質上仕事をしなくなった。

ウ 原告は,昭和55年ころ,原告が経営することになった飲食店(バー)の差配を任せられる人がいると被告(昭和25年×月×日生)を紹介されて知合い,被告をその店のママとした。まもなく,二人は交際するようになり,二人の間に,長女C(昭和59年×月×日生。以下「長女」という。)がもうけられた。

エ 先妻は,昭和64年×月×日死亡した。

オ 原告と被告は,平成2年×月×日婚姻した。被告は婚姻にあたって,先妻の持ち物を全て処分してほしい旨述べ,先妻の二人の娘が(先妻の持ち物を)要らないと言うなら,(それらを)焼いてほしいとまで伝えた。被告としては,先妻の写真も含めて処分してほしい趣旨であったが,そのことは明確に伝えてはいなかった。そして,原告は,被告と同居するにあたって,被告の求めにより居宅の全面改装もした。

カ 原告と被告は,平成15年ころまで一緒にリビングで食事をしていたが,平成15年に原告が△△△△の手術を受けて以降は,被告がトレーで運んだ食事を原告の自室で摂るようになっている。

(2)
ア 原告と被告が同居していたマンション(以下「自宅」という。)の仏壇には,先妻の位牌のほか原告の父母の位牌が祀られていたところ,平成19年から平成20年3月までの間に,被告は,原告や長男の意見を聞くことなく,米国在住の長男に送って欲しい旨のメモを添えて,自宅の仏壇に祀っていた先妻の位牌を長男の妻の実家(△△県○○市)に送った。もっとも,被告は,そのように位牌を扱うことの当否については,事前に○○家の檀家寺の住職の意見を聞き,「魂抜き」という儀式を経た上で送付していた。

イ また,平成19年から平成20年3月までの間に,長男夫婦が自宅を訪れた際に,被告は,長男に子どものころのアルバムを見せたことがあった。そして,被告は,長男に,欲しいアルバムを持って帰ってはどうかと言うと,長男は1,2冊のアルバムを持って帰った。
 そこで,原告は,長男が欲しいアルバムは既に持ち帰ったと考えて,原告には無断で,原告のアルバム10数冊を檀家寺に依頼して処分した。これらのアルバムには,戦前の学友や戦友との写真など原告自身のアルバム1冊のほか,長男の成長過程を撮影した写真,先祖の写真,親戚の結婚の写真などのアルバムが含まれていた。もっとも,被告は,先妻の写真など見たくもなかったので,中身を全く確認せずに処分した。

ウ 被告は,原告に無断で,平成19年×月ころ,△△宗の古い教本を処分し,また,その前にも,被告は,原告が作成した先祖の過去帳を処分していた。
 もっとも,過去帳については,平成20年×月下旬以降に,長女が,○○県にある○○家の本家の檀家寺まで出向いて,新しい過去帳を作成し,また,被告は,遅くとも現在までに△△宗の新しい教本を買い求めている。

(3)
ア 平成20年×月×日,原告方を訪れていた実妹(以下「原告妹」という。)が仏壇を拝みに来た際に,原告は,先妻の位牌がなくなっていることを知った。原告は,被告に問い質したところ,被告は,先妻の位牌は長男が祀るべきであると答えて口論になった。また,原告と被告の口論に,原告妹が原告寄りの意見を述べたことにより,被告と原告妹の間でも口論になり,険悪な状態となった。
 結局,原告が,後日,長男の妻の実家に頼んでその位牌を送り返してもらい,現在,その位牌は自宅の仏壇に祀られている。

イ 同年×月×日ころ,原告は,アルバム10数冊がなくなっているのに気付いた。そこで,被告を問い質したところ,被告はお前に騙された,お前の胸に聞いてみいなどと言って口論となった。

(4)
ア 原告は,長女の大学院の卒業式に出席しないかと誘われたが,断った。
イ 平成20年×月×日,被告は長女の大学院の卒業式に出席したところ,卒業式終了後に,長女のセクハラ問題について学長と話し合ったため帰宅が遅くなり,長女と共に午後9時30分ころに帰宅した。
 原告は,帰宅した被告に食事を作るよう求めたところ,被告と口論となり,原告は食事に行くと言って外出した。そして,原告は,被告との同居に耐えられないと思うようになり,以後,原告と被告は別居している。

(5)
ア 原告は,平成20年×月×日,アパートを借りるための書類を取りに自宅に立ち寄ったところ,被告はお茶を出してくれるなどしたため,原告は,被告は多少反省しているのではないかと感じた。
イ 原告は,平成20年×月,被告を相手方として離婚調停を申し立てたが,同年×月×日,同調停は不成立に終わった。
ウ 原告は,同年×月×日,本訴を提起した。

(6)原告は既に80歳となり,高血圧症や○○○○の薬を飲んだり,最近□□を引き起こすなどしており,その健康状態は芳しくない。

2 上記認定事実を前提に検討する。
(1)被告は,原告に無断で,先妻の位牌を長男の妻の実家に送付したり,原告のアルバムを処分している。無論,原告に無断でしたことは,被告に非があるといわざるを得ず,原告が憤るのも無理からぬところはある。
 しかしながら,そのような被告の行動の背景には先妻に対する嫉妬心や嫌悪感が少なからず影響しているというべきである。すなわち,原告は,先妻と婚姻中であったにもかかわらず,被告と長女をもうけるような重婚的内縁関係を形成し,また,被告は,婚姻に際して原告に先妻の持ち物を処分するよう求めるのみならず,自宅の全面改装まで求めたというのである。長女の誕生から婚姻までに6年余りを費やしていることも考慮すると,被告が先妻に対して相応の嫉妬心や嫌悪感を抱いていたのは明らかである。

 そして,そのような被告の先妻に対する相応の嫉妬心等については,原告も認識していたというべきである。他方で,先妻の位牌はいわば先妻の魂そのものを表現したものであるし,原告のアルバムについても,長男の成長過程や親族の写真が含まれていたというのであるから,これらには先妻も写っていたとみるのが相当である。

 そうすると,先妻の写真を含むアルバムについては,原被告の婚姻の経緯に照らすと,むしろ原告が被告の目に触れないように配慮すべきであったというべきであるし,また,被告が先妻に関する話題に関して少なからず興奮し,相応に攻撃的な態度を示すことはやむを得ないというべきである。これらの事情に加えて,被告は檀家寺の住職に相談した上で魂抜きという儀式をした上での行動であったこと,先妻の位牌は廃棄されたわけではなく,結局,現在は被告が居住する自宅の仏壇に祀られていること,アルバムについては長男の意向を一応は尊重する行動を取っていることも考慮すると,被告が非難されるべき点は,せいぜい先妻の写真を含まないアルバムを原告に無断で処分したという程度にとどまる。

 以上によれば,位牌やアルバムの件が直ちに婚姻を継続し難い事由として認められるとはいえない。

(2)
ア 原告は,被告が△△宗の教本や先祖の過去帳を処分した旨主張するが,結局はいずれも新しいものに改められている。原告は新しい過去帳には間違いがある旨も主張するが,これは長女が行った行動であるにすぎない。
 また,原告が宗教に凝っている旨主張するが,少なくとも原告が宗教活動により多額の浪費をしたとか,全く原告の生活の世話をしなくなるなどの婚姻関係の破綻ないし危機的状況を招いたことを示す証拠は全くない。

イ さらに,原告は,被告は原告と一緒に食事を摂ろうとしない,家族団らんの機会を設けようとしない旨主張するが,そもそも原告が自室で食事を摂るようになったのは,原告の健康状況によるものであるし,また,そのような健康状態の原告の食事の時間に被告や長女が全て付き合う必要はないことは明らかである。原告は,お茶を飲みにリビングに行ったところ,被告から「何しに来たんや,お茶ぐらい言うてくれたら入れたるがな」と言われた旨述べるが,その言い方はさておき,その会話内容自体からは,むしろ被告の原告に対する気遣いが窺われるというべきである。また,被告は食事を作らなかったというのではなく,原告の自室まで食事を運んでいたというのであるから,この点も被告の原告に対する気遣いが窺われるとみる余地もあるというべきである。
 以上によれば,被告が原告を虐待しているような様子は全く認められない。

(3)また,被告の供述態度にかんがみれば,被告は多弁であると認められるとともに,いささか自分の意見に固執するのではないかという疑念も拭いきれず,老齢で健康状態が芳しくない原告としては,そのような被告の言動が攻撃的であると感じたとしても無理からぬところはある。しかしながら、そのように原告が感じることについても被告のみを責めることはできない。

 すなわち,原被告の交際の経緯にかんがみれば,双方が互いを求めた理由の一つとして,原告は以前は企業経営者として精力的に活動し,その頼もしさに被告は惹かれ,また,被告も店舗経営者としての実力を兼ね備え,その頼もしさに原告も惹かれたという点があったのではないかと窺われる。ところが,原告の年齢や健康状態にかんがみると,原被告の年齢差もあって,被告自身は従来通りの態度を示していたつもりであっても,原告には被告の態度が厳しいように感じるようになっていたとみる余地がある。また,被告においても,かつての頼もしかった原告と無意識に比較し,そのギャップに無意識に苛立ちを覚えて,客観的にはいささか以前よりも原告に辛くあたるようになっていたとみる余地もある。

 原告本人尋問において,原告は,はっきり覚えていないと留保しながらも,長女の卒業式に誘われたが断った旨認める一方で,長女からは卒業式の話を聞かなかった,×月×日は卒業式だと知らなかった,その当日に外出していなかった,その当日には被告と長女は卒業式に出かける旨告げずに外出したと述べるなど,いささか不自然で曖昧ではないかと思われる供述をしている。その原因の一つとして原告の記憶力の減退があると考える余地があり,そうであるとすれば,そのような原告の言動を責めることはできないとしても,そのような原告の態度や言動が被告に少なからず苛立ちを覚えさせ,そのために,被告も無意識に多少なりとも攻撃的な言動に及ぶことは十分に考えられるというべきである。 

 もっとも,そのようなことは歳を重ねる夫婦,特に年齢差のある夫婦にとって特異な状況であるとはいえないというべきである。本件においては,若い被告が原告の現在の状況を再認識し,その状況に応じた対応をとり,また,原告においても自分の状況を同様に再認識し,これに応じた対応をしてくれる被告に感謝の念を持つことによって,夫婦関係の改善をみることは十分に可能であると考えられる。

 したがって,被告が多弁であったり,また,原告がそのような被告の態度を攻撃的であると感じるようなことが,本件において婚姻を継続し難い重大な事由であるということはできない。

(4)さらに,原告は,調停中に被告が離婚する旨述べたと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない。

(5)以上の諸事情に加えて,原被告間の別居生活は1年にも満たないこと,別居直後に原告が自宅を訪れた際に被告は落ち着いた態度で原告に接していたことなどを考慮すると,被告において多少は反省すべき点があることは否定できないとしても,原被告間に婚姻を継続し難い重大な事由が認められるとはいえない。

3 結論
 以上の次第で,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。