小松法律事務所

7年以上別居後も婚姻費用分担義務継続すべしと離婚請求棄却高裁判例紹介


○夫である第1審原告が、妻である第1審被告に対し、婚姻を継続し難い重大な理由があると主張して民法770条1項5号に基づく離婚及び二女の親権者の第1審原告への指定を求め、原判決が、第1審原告の離婚請求を、二女の親権者は第1審被告と指定して認容しました。

○これに対し第1審被告が控訴した事案で、本件において、婚姻を継続し難い重大な事由(話し合いを一切拒絶する第1審原告による、妻、子ら、病親を一方的に放置したままの7年以上の別居)の発生原因は、専ら第1審原告の側にあることは明らかであり、他方、第1審被告は、非常に強い婚姻継続意思を有し続けており、第1審原告に対しては自宅に戻って二女と同居してほしいという感情を抱いていることなど一切の事情を総合すると、本件離婚請求を認容して第1審原告を婚姻費用分担義務から解放することは正義に反するものであり、第1審原告の離婚請求は信義誠実の原則に反するものとして許されず、第1審原告は、今後も引き続き第1審被告に対する婚姻費用分担義務を負い、将来の退職金や年金の一部も婚姻費用の原資として第1審被告に給付していくべきであって、同居、協力の義務も果たしていくべきであるとして、原判決を取り消した平成30年12月5日東京高裁判決(判タ1461号126頁)関連部分を紹介します。

○文明国の殆どが破綻主義を採用しているところ、破綻主義を否定する有責主義の典型のような判決です。ポイントは、「本件離婚請求を認容して第1審原告を婚姻費用分担義務から解放することは正義に反するものであり,第1審原告の離婚請求は信義誠実の原則に反するものとして許されない。第1審原告は,今後も引き続き第1審被告に対する婚姻費用分担義務を負い,将来の退職金や年金の一部も婚姻費用の原資として第1審被告に給付していくべきであって,同居,協力の義務も果たしていくべきである。」との点です。

○この判断は、妻が「専業主婦として婚姻し,職業経験に乏しいまま加齢して収入獲得能力が減衰」していることからのものですが、この点は扶養的財産分与の問題として、経済力のある夫にその経済力に見合う妻に対する経済的援助義務を課して離婚を認めて然るべきと思うのですが。

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第3 当裁判所の判断
1 証拠(甲号各証,乙号各証,第1審原告本人,第1審被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)第1審原告と第1審被告は,知人の紹介で知り合い,平成5年8月31日に婚姻の届出をした。第1審原告はA株式会社の会社員として稼働し,第1審被告は専業主婦として家事に従事した。平成9年2月には長女が,平成15年2月には二女が出生した。

(2)第1審原告は,婚姻(平成5年8月)後平成23年6月までの約17年10か月のうち,約11年10か月が海外赴任(バンコクが平成6年から同12年まで約6年間,シンガポールが平成16年から同22年まで約5年10か月)しており,そのうち,バンコクでは4年半程度第1審被告(長女出産後は長女も)も同伴赴任していたが,シンガポールでは平成18年3月から約1年間同伴赴任しただけであった。もっとも,休暇時などは,赴任先や日本国内で家族が合流して,旅行等をして通常の家族と同じ状態にあり,平成23年7月までの間,夫婦の婚姻関係に格別の問題は存在していなかった。

(3)第1審原告の実父の亡一郎は,栃木県内の原告実家で一人暮らしをしていた。亡一郎が高齢のため一人暮らしが困難になり,夫婦で話し合った結果,3LDK(71.2平方メートル)の東十条の中古マンションを現金で購入して,東十条のマンションで亡一郎と同居して面倒をみることになった。第1審被告と子らは平成19年3月にシンガポールから帰国して東十条のマンションでの生活を開始した。亡一郎は,平成21年11月14日(当時80歳)に東十条のマンションに引っ越し,第1審被告及び子らと4人で同居しながら,第1審被告に日常生活の面倒をみてもらうようになった。亡一郎は,生活費等として,第1審被告に月額10万円を渡すようになったが,このことを第1審原告には秘密にしていた。亡一郎は,同居開始時に呼吸器障害(肺気腫)により酸素マスクを使用したり,介護用のベッドを必要としたりする状態であり,翌平成22年には身体障害者手帳の交付を受け,要介護2の認定を受けた。第1審原告は,一時帰国の際に東十条のマンションを訪れるなどして交流を続けており,第1審原告と第1審被告は,別居しながらも円満に生活していた。

(4)第1審原告は,シンガポールでは東十条のマンションより広い住居に一人で住んでいたので,平成22年9月に帰国してからの東十条のマンションでの家族5人の生活は,窮屈であった。そこで,夫婦で話し合って,より広いマンションに住み替えることに決め,一緒に物件探しをして,5LDK(103平方メートル)の新田のマンションをローン負担なしで現金で購入し,平成23年5月29日に亡一郎を含む家族5人で転居した。前後して,亡一郎がリフトで乗降可能な大型ミニバン車も購入し,東十条のマンションは売却した。
 第1審原告は,勤務先が東日本大震災を理由にサマータイム制を実施することになり,始発バスに乗っても始業時刻に間に合わないかもしれないため,同年6月11日からサマータイム期間中の予定で,勤務先の近隣の南品川の賃貸マンションに単身赴任することにした。第1審原告は,南品川への単身赴任開始時には,離婚の意思は有していなかった。

(5)第1審原告は,南品川に単身赴任を開始して1か月半ほど経過した平成23年7月25日,電話で,突然,第1審被告に対して離婚したい旨を告げた。第1審被告は,第1審原告から意図や動機の説明もなく,亡一郎や中学3年と小学3年の2人の子の世話のことも考えると離婚の申出を現実の話として受入れることができなかった。第1審原告は,第1審被告や亡一郎による大型ミニバン車の使用を不可能にした。

 第1審原告は,同年6月11日以降,当時中学3年と小学3年の子2人の監護と,要介護2で肺気腫による呼吸機能障害等級1級の障害のある亡一郎の介護を第1審被告に任せたまま,離婚の理由や離婚後の亡一郎,子2人及び第1審被告の生活設計の構想についての説明や話し合いを全くしないで,別居生活を7年間以上続けている。

(中略)

2 第1審原告の離婚請求の当否について
(1)婚姻も契約の一種であり,その一方的解除原因も法定されている(民法770条)が,解除原因(婚姻を継続し難い重大な事由)の存否の判断に当たっては,婚姻の特殊性を考慮しなければならない。殊に,婚姻により配偶者の一方が収入のない家事専業者となる場合には,収入を相手方配偶者に依存し,職業的経験がないまま加齢を重ねて収入獲得能力が減衰していくため,離婚が認められて相手方配偶者が婚姻費用分担義務(民法752条)を負わない状態に放り出されると,経済的苦境に陥ることが多い。

 また,未成熟の子の監護を家事専業者側が負う場合には,子も経済的窮境に陥ることが多い。一般に,夫婦の性格の不一致等により婚姻関係が危うくなった場合においても,離婚を求める配偶者は,まず,話し合いその他の方法により婚姻関係を維持するように努力すべきであるが,家事専業者側が離婚に反対し,かつ,家事専業者側に婚姻の破綻についての有責事由がない場合には,離婚を求める配偶者にはこのような努力がより一層強く求められているというべきである。また,離婚を求める配偶者は,離婚係争中も,家事専業者側や子を精神的苦痛に追いやったり,経済的リスクの中に放り出したりしないように配慮していくべきである。

 ところで,第1審原告は,さしたる離婚の原因となるべき事実もないのに(第1審原告が離婚原因として主張する事実は,いずれも証明がないか,婚姻の継続を困難にする原因とはなり得ないものにすぎない。),南品川に単身赴任中に何の前触れもなく突然電話で離婚の話を切り出し,その後は第1審被告との連絡・接触を極力避け,婚姻関係についてのまともな話し合いを一度もしていない。これは,弁護士のアドバイスにより,別居を長期間継続すれば必ず裁判離婚できると考えて,話し合いを一切拒否しているものと推定される。

 離婚請求者側が婚姻関係維持の努力や別居中の家事専業者側への配慮を怠るという本件のような場合においては,別居期間が長期化したとしても,ただちに婚姻を継続し難い重大な事由があると判断することは困難である。第1審被告が話し合いを望んだが叶わなかったとして離婚を希望する場合には本件のような別居の事実は婚姻を継続し難い重大な事由になり得るが,話し合いを拒絶する第1審原告が離婚を希望する場合には本件のような別居の事実が婚姻を継続し難い重大な事由に当たるというには無理がある。したがって,婚姻を継続し難い重大な事由があるとはいえないから,第1審原告の離婚請求は理由がない。

(2)仮に,婚姻関係についての話し合いを一切拒絶し続ける第1審原告が離婚を請求する場合においても,別居期間が平成23年7月から7年以上に及んでいることが婚姻を継続し難い重大な事由に当たるとしても,第1審原告の離婚請求が信義誠実の原則に照らして許容されるかどうかを,検討しなければならない。

 離婚請求は,身分法をも包含する民法全体の指導理念である信義誠実の原則に照らしても容認されることが必要である。離婚請求が信義誠実の原則に反しないかどうかを判断するには,
〔1〕離婚請求者の離婚原因発生についての寄与の有無,態様,程度,
〔2〕相手方配偶者の婚姻継続意思及び離婚請求者に対する感情,
〔3〕離婚を認めた場合の相手方配偶者の精神的,社会的,経済的状態及び夫婦間の子の監護・教育・福祉の状況,
〔4〕別居後に形成された生活関係,
〔5〕時の経過がこれらの諸事情に与える影響
などを考慮すべきである(有責配偶者からの離婚請求についての最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁の説示は、有責配偶者の主張がない場合においても,信義誠実の原則の適用一般に通用する考え方である。)。

 第1審原告代理人(当時)による「別居が一定期間継続した後に行われる離婚の訴訟では(中略)日本の法律のもとでは離婚が認められてしまう」という極端な破綻主義的見解(甲5,有責配偶者からの請求でない限り,他にどのような事情があろうと,別居期間がある程度継続すれば必ず離婚請求が認容されるというもの)は,当裁判所の採用するところではない。

 本件についてこれをみるのに,婚姻を継続し難い重大な事由(話し合いを一切拒絶する第1審原告による,妻,子ら,病親を一方的に放置したままの7年以上の別居)の発生原因は,専ら第1審原告の側にあることは明らかである。他方,第1審被告は,非常に強い婚姻継続意思を有し続けており,第1審原告に対しては自宅に戻って二女と同居してほしいという感情を抱いている。離婚を認めた場合には,第1審原告の婚姻費用分担義務が消滅する。専業主婦として婚姻し,職業経験に乏しいまま加齢して収入獲得能力が減衰し,第1審原告の不在という環境下で亡一郎及び子2人の面倒を一人でみてきたことを原因とする肉体的精神的負担によるとみられる健康状態の悪化に直面している第1審被告は,離婚を認めた場合には,第1審原告の婚姻費用分担義務の消滅と財産分与を原因として新田のマンションという居住環境を失うことにより,精神的苦境及び経済的窮境に陥るものと認められる。

 二女もまた高校生であり,第1審原告が相応の養育費を負担したとしても,第1審被告が精神的苦境及び経済的窮境に陥ることに伴い,二女の監護・教育・福祉に悪影響が及ぶことは必至である。他方,これらの第1審被告及び二女に与える悪影響を,時の経過が軽減ないし解消するような状況は,みられない。第1審原告は,婚姻関係の危機を作出したという点において,有責配偶者に準ずるような立場にあるという点も考慮すべきである。

 そして,本件の事実関係の下においては,亡一郎と第1審被告との養子縁組の届出が第1審原告の同意を得ないまま行われたことは,第1審原告が亡一郎及び第1審被告との連絡を絶つという姿勢をとっていたことにも原因があるのであって,第1審被告側の信義誠実義務の原則に反する事情として評価することは,不適当である。同様に,第1審原告に知らせないまま亡一郎の生命保険金受取人が第1審原告から子らに変更されたこと及び第1審被告が亡一郎から実家不動産の売却余剰金の贈与を受けたことを,第1審被告側の信義誠実の原則に反する事情として評価することも,不適当である。

 以上の点を総合すると,本件離婚請求を認容して第1審原告を婚姻費用分担義務から解放することは正義に反するものであり,第1審原告の離婚請求は信義誠実の原則に反するものとして許されない。第1審原告は,今後も引き続き第1審被告に対する婚姻費用分担義務を負い,将来の退職金や年金の一部も婚姻費用の原資として第1審被告に給付していくべきであって,同居,協力の義務も果たしていくべきである。 

第4 結論
 以上によれば,第1審原告の本件離婚請求は理由がないから棄却すべきところ,これと異なり第1審原告の本件離婚請求を認容した原判決は失当であって,第1審被告の本件控訴は理由があるから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 野山宏 裁判官 橋本英史 裁判官 吉田彩)